「俺は3年後の未来から来たんだ」
「3年……!?」
皆が驚いたのも無理はない。
今の俺は、彼らが知るドゥからたった3年分歳をとったにしては、大きすぎるからだ。
10年以上の成長を重ねていなければ、この見た目にはならないだろう。
「タイムスリップは大変かもしれないが、人工成長ならそんなに難しい話じゃないだろ?」
肉体年齢を人工的に引き上げる技術は、この時代のHLにも存在している。
俺がさっきまでいた時代でも、人工食肉の培養などに用いられていた。
人間に使用するのは違法だが、
胸がさほど膨らまなかったのはちょっとしたミス……と思いたい。
そもそもが歪んだ成長なのだし、体形に影響が出ても不思議ではない。
いや、俺はこういうスマートな体形も好きだけどな。
しかし、今の俺は、あのレオが
変質と言ってもいい。俺はあの頃の面影を残せなかった。
レオは俺の体に何が起きたのか、ある程度はわかってしまったのかもしれない。
気分の悪いものを見せてしまったなあ。ツェッドが険しい顔で俺に聞く。
「なぜそんなことを……」
「子供の体じゃ色々耐えらんなかったんだよ。タイムスリップにも、最終奥義の会得にも」
それから、フェムトの目の前にまでたどり着くことも。
もう彼らにも薄々わかっていることだろう。
俺が自分の体を大事にしなかったのは、俺よりも俺を大事にしてくれる人たちが、もういなかったからだ。
そうなった瞬間、俺が世界を滅ぼさなかったのを褒めて欲しかったが、褒めてくれる人ももういなかった。
自暴自棄ってわけではない。俺にはきちんと勝算があった。
今この時でさえ、絶望もしていなければ、理性を捨ててもいない。
何しろ――光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が真に敗北する事など断じて無いからだ。
「本当は過去に飛ばなくても、世界を救うくらいのことならできたかもしれない」
できたとして、1%を下回るような奇跡的な確率だったかもしれない。
それでも方法がないわけではなかったし、ライブラの皆はいつだって、少ない可能性を掴み取って来た。
俺にだってそれができたかもしれない――だがもう、やりたくはなかったのだ。俺は一歩を、そちら側には踏み出したくなかった。
「この世界に
俺にとっての吉報を述べたが、この場の誰も喜んではくれなかった。
「本当は……俺のいる未来におけるすべての元凶と一緒に、心中するつもりだったんだ。ここへ来た時、ザップに使った最終奥義でね」
俺が過去に飛ぶタイミングを選べなかったように、過去に飛ばされたときにやってくる場所も選べなかった。
つまり俺がライブラの皆の前に顔を出したのは想定外だったというわけだ。
本当は誰にも出会わずになんとかするつもりで、そうするのなら、ちょっとした電話だけでは世界は救えなかっただろう。
「俺の気分が良ければ絶対死なない超幸運が訪れるけれど、俺の気分が悪ければ悪いほど、即死してもおかしくない不運が訪れる。殺さなきゃいけない相手のことを世界のすべてだと思いながら死ぬのは、ちょっと嫌だったからさ」
ちょっとだけ嫌だったから――そして、この時代の俺が居なくなったことに、あんなに早くレオが気づいたから、俺はその作戦を諦めた。
大体、その作戦で行くと俺、誰にも知られずに死ぬことになる。いやまあそれでいいと最初は思ってたんだけどな。欲が出たのだ。
「そうはならなくて、よかったよかった。久しぶりにダイアンズダイナーにもいけたし、なによりライブラのみんなと会えた! 最高の冥土の土産!」
結局、俺がここにきてやったことと言えば大したことはない。
鼻血出して、ハンバーガー食って、みんなに電話をかけさせた。
英雄を気取るには少ない功績だ。惜しんでもらう価値はそれほどないだろう。
「だからそんな顔しないでくれ」
俺がそう言っても、誰の表情も変わらなかった。
レオは、血が出てしまうのではと心配になるほど強く、拳を握りしめた。
「他に道はないんすか……!」
「うん。ないようにしてきた。何もしなくても俺は死ぬ。レオならわかるだろ」
つまり、俺の体はめちゃくちゃに改造されていて、だからこそオムニアの天秤をここまで操れるし、だからこそもうすぐ死ぬ。
これは彼らが、過去の俺と今の俺、両方を生かす方法がないかと、無駄に奔走させないためでもある。
過去に戻れるとわかったタイミングで、追加の肉体改造を施した。
かなり早死にする程度だったのを、今すぐ死ぬ、に変更した程度の改造だ。それを代償に天秤の精度をさらにあげられたのだから、メリットの方が多い。
俺はブレスレットを外すというワンアクションで消えることができるが、彼らが本気で阻止しようと思えば、それさえ不可能になってしまう。
そうしたところで意味がない、と思ってもらわなければ、俺はあっさり幕を引けないと知っていた。
レオの辛そうな顔を見ていると、俺まで同じ気分になりそうだ。
少し斜め上を見て「ン・ガナマナガル平均株価は?」と尋ねる。
スティーブンが「変わらない」と答えた。俺はほっと溜息をつく。
つまりそう、俺は最高の気分でもなければ、最悪な気分でもない。
「俺はこんな未来でも悪くないと思うけど、みんなが嫌なら頑張ってね」
「必ず」
クラウスもあんまり辛そうな顔をしていたので、俺は拍子抜けしてしまった。
なんというか……この顔を見れたのなら、俺はこれ以上、俺がどれだけ辛い思いをしたのか、説明する必要が一切なくなってしまった。
きっと彼らが、俺の想像以上に理解してくれた。
俺は――クラウスの、肩の荷を下ろしてやることはしなかった。
どうせ死ぬのなら、俺のことを少しでも覚えていてくれないだろうか、と欲目が出た、というのもある。
「あなたの犠牲を忘れはしない。あなたを助けられないと言うのなら、あなた以外のすべてを救おう」
――いつでも、彼は俺の欲しい言葉をくれる。
「うん、クラウスならできるよ」
ここまで言われてしまっては、己の不幸自慢をこれ以上できそうになかった。
彼らへの恨み言も言えはしない。それは
この言葉は墓まで持って行こう。墓に入る死体は残らないが。
もう俺を置いて行ってほしくないから、俺はこんなに走って、彼らの背中に追いついた。
今度は、俺がみんなを追い抜く番だ。
「昔の俺によろしく。あんまり甘やかさなくていいよ。意外としたたかなヤツだからな!」
これは言っても無駄なことだったかもしれない。
俺に良くして、俺が皆のことを好きになってしまうと、俺はまた未来で
最期の言葉は感謝だと、ずっと昔に決めていた。
「ありがとう。最期まで世界を呪わずにいられて、俺は本当に安心してるんだ」
できればこの世界の俺にもそうしてやってくれ――という言葉は飲み込んだ。
それは彼らではなく、俺自身が努力することだな。
ここまで、それなりに働いた。ちょっとは役に立ったと思う。
一度は世界を滅ぼしたけど、一度は世界を救えそうだ。
大好きな人たちに囲まれていなくなるなんて、俺には贅沢過ぎる最期だった。
良い人生だった、と口にできなかったのは、俺が
幸せかどうかならば、答えは決まっている。
終わりに聞いたのは、俺の手首から滑り落ちたブレスレットが、カツン、と床にぶつかる音。
俺が本当に安心できるのは、何も恨まないまま、絶望に呑まれないままに死ねることがわかった、この瞬間だけなのだ。
――俺の物語は、これでおしまい。