ツェッドはいきなり俺に血法を見せた。
だがその使い道は戦闘ではなく、人々をあっと驚かせる芸術だった。
ツェッドの術は風を操る。
彼の用意した折り紙は意思を持っているかのように宙を舞い、それは見世物として十分以上のクオリティであった。
一通りを終え、見物人が拍手をして去って行った頃。
「大道芸人をやっています」
「すばらしい。いいもんみました。こぜにももっておらず、もうしわけない」
ぺこりと頭を下げておく。
「ドゥさんは、どうして家出を?」
「ふむ。それをかたるには、じかんがひつよう……」
嘘だ。語ったら0秒だ。家の場所を知らん、で終わる。
家の場所どころか自分の名前も知らない記憶喪失少女だ。まいったね。
それなりに正当性がありそうな理由を今からでっちあげる、という意味ならたしかに時間が必要だ。
「じんせいいろいろ。ときにはたびも、ひつようなのだ」
「そうですか……」
嘘だ。人生いろいろなんかない。記憶上、さっき始まったばかりの人生である。
これが旅なのかどうかすら俺にはわからん。俺どこ出身なの、HLなの?
「食事でもどうですか。家を出て歩き続けていたのなら、おなかが空いているのでは」
「うんといいたいが、こぜにももっておらず」
「では、バイト代ということで」
「バイト?」
「大道芸をする僕の隣で、小銭を集めてくれたでしょう」
俺は確かに、ツェッドに持たされたジュースの缶で、人々から小銭を集めていた。
そのジュースの缶は事前におごられたもので、ちょっと目を離した隙に小銭が入れられやすく口の部分が切り広げられていたが、これは血法でやったのだろうか。
というか小銭を集めていた、といいつつ、俺もツェッドの芸に目を吸い寄せられていたので、「おお~」とか言っていただけである。
初めから、これを言い訳に俺を食事に誘いたかったということだろう。
「かたじけない」
「お気になさらず」
なんてできた青年なんだ。自分が恥ずかしくなるぜ。幼女じゃなかったら己を許していない。
幼女はかわいいからおごられてもいいことにする。
場所を移し、カフェへ。
ダイアンズダイナーという名前は聞き覚えがある。
目の前に用意された皿を見つめ、俺は息をのんだ。
「これ……」
「ハンバーガーは食べられませんでしたか?」
食べた記憶がない。少なくともこの体においては。
まあアレルギーがあったらそのときはそのときだな。
俺は空腹に身を任せ、人生初のハンバーガーにかぶりついた。
「……、……!」
「落ち着いて、飲み込んでからでいいですから」
「うまい!」
食材にHL産のものが使われているのかは知らないし、俺はこの世界の一般的な食事の質を知らない。
それでも今までの前世、すべての食事を思い出した上でこう言おう。
「こ、こんなたべものが、このよにそんざいしたなんて……!」
「喜んでもらえてよかった」
空腹は最高のスパイスってことか!? うますぎる!
俺は続いてフライドポテトを口にした。
芋、油、塩。それ以外の何もない。だがそれですべてが完成されていた。
「うますぎる……!」
おいしさを噛みしめ、テーブルの前でうなりを上げる俺に、作り手のビビアンは快活に笑った。
「そんなに喜んでくれるなら、こっちも店やってる甲斐があるよ」
夢中になってフライドポテトを頬張っていると、ツェッドに凝視されているのに気がついた。
「ふぁにか?」
「いえ、ハンバーガーを食べるのが初めてなのは、珍しいなと思いまして」
「だれにでもはじめてはある。きみだって、はじめてたべたひがあっただろう」
「……ええ、たしかに。その時のことは覚えています」
場がしんみりとしてしまい、わずかな沈黙が落ちる。
店内の音がよく聞こえたせいで、俺の耳は一瞬そちらに集中した。
吊り下げテレビでは、ある商品の広告をやっていた。
『アルガルチ製薬から新商品のお知らせ! 誰にでも人生を忘れたい、そんなときがありますよね? この薬は一錠飲むだけで簡単、人生の記憶をまるっと失い脳みそを空っぽにできちゃうんです! 失った記憶を取り戻せるかはご心配なく! 飲んだ瞬間から体に浮き上がるこの特殊なタトゥーを、つつーっとなぞるだけで記憶は元通り! 恋人との特殊プレイにもどうぞ!』
製薬のCMらしくピンポーン、という注意音が鳴り、広告は終了した。
テレビで映し出された入れ墨には、非常に見覚えがあった。
具体的には、俺の右腕の手首内側に、同じ入れ墨がある。
幼女にしてはタトゥーいれるなんてなかなかロックじゃん、と思っている場合じゃなかったらしい。
俺は入れ墨を確認して、さりげなく右手をポケットに入れようとし、着ている服にポケットがないことに気がついて後ろ手に隠した。
そして下手な口笛を吹いた。舌っ足らずなので口笛も下手だった。
ツェッドは容赦なく、俺が隠した右腕を引っ張り出した。
「百歩譲っても家出ではなく迷子じゃないですか!」
あかーん! 俺の記憶喪失がテレビCMによってバレたー!
このHLでは記憶喪失もお手頃ってワケ!
「これにはわけがー、わけがー!」
「そのわけも覚えてないんでしょう!」
正論パンチだ!
俺は言い返す言葉がなくなったので、一度冷静になった、ふりをした。
「まずはおちつこう、ツェッドくん」
「いいでしょう、言い分はなんですか。覚えている限りを聞きましょう」
マジで覚えている限りを言ったら「おはながきれいでした」なのでダメだ。
「おれはけっこうまじめなタイプだ。きみがついてきてくれるといったとき、まきこんでもうしわけないな、とおもった」
記憶をまるっと失っても、もともとの性格が変わるわけではないだろう。
「そんなおれがじぶんから、わざわざ、きおくをうしなったとするのなら、それはたぶん、せきにんかんをわすれたいからだ。おぼえてたら、こうしてのんきにしてられない、じじょうがあるからだ」
まさにおそらく先ほどのCMの通りだ。
誰にでも人生を忘れたい、そんなときがありますよね?
俺にはきっと今がそうだったのだ。
「だからもうちょっと、なんにもきにせずあそんでたい……! わかってくれツェッド……!」
「わかりません……! 自分で使用したのではなく、誰かに使用されていた場合犯罪被害者じゃないですか、見逃せませんよ!」
正論パンチだ!
俺はもうなにも言い返すことができなかったので、泣いた。
「えーん、やだー、なにもおもいだしたくないー!」
「どうしてですか。何も覚えていないのなら、思い出す内容があなたを苦しめるかどうかなんてわかりませんよ。むしろ覚えていないことが不安ではないんですか」
「おぼえていないが、ちょっかんはある。おれはまともなじんせいをおくってない」
このHLで幼女が一人きり。手術着のようなペライチの服を着て、足元は裸足。
ここから想像される物語を書きなさいって言われたら、たぶん大方の人間がこの幼女に嫌な過去をとってつける。
「あのくすりをのまされたならまだマシかもな。じぶんでのんだなら、わすれたいほどのじんせいだったんだ、
俺がついたため息のあと、ツェッドはすぐに二の句を継げなかった。
場が沈黙に包まれたことで、再び吊り下げテレビからの音声が、我々の耳に自然と飛び込んできた。
『ここで緊急ニュースです! 指名手配のお知らせです。この少女の顔にピンときたら捕獲を! このHLでは珍しくALIVEオンリーでの手配になっておりますので、少女を掴んでも握りつぶしてしまわない程度にはパワーコントロールのできる方のご協力をお待ちしております!』
そうして映し出されたのは、俺がさっきショーウィンドウで確認した、アルビノの少女――つまり今の俺の顔面である。
俺、指名手配犯になった。ウケる。
「いえでしょうじょであってたのかもしれん」
「やっぱり飲まされてませんか!? 誘拐ですか!?」
誰が指名手配したのかについては先ほどのニュースでは流れてこなかった。
俺が誘拐され、犯罪者から取り戻してほしいという意味での指名手配という可能性もあるわけだ。
ここがHLということは覚えているが、ここで使われているゼーロという通貨が現実世界に換算してどれほどだったかまで覚えていない。
俺にかけられた懸賞金額、これどのくらいなんかな~とぼんやり数字を眺めた。
ここで電話がかかってくる。
もちろん俺は持ち物を何も持っていないので、ツェッドのスマホにである。
ツェッドは発信元を確認し「少し待ってください」と俺に言ったあとこの場で電話を取った。
『ツェッド、ニュースを見たか!?』
「見ましたよ、指名手配の件なら」
『最優先で確保に動いてくれ!』
「確保しました」
『今ほど君の仕事の早さを実感したことはない。よくやった。それでその少女だが、機嫌は良さそうか?』
ツェッドが「は?」という顔で俺を見たので、俺は機嫌はいいぞという意味を込めてサムズアップしておいた。
「……いいそうです」
『よし、そのままだ! そのまま彼女のご機嫌を取りながら、我々のところに護送してくれ! 頼んだぞツェッド、世界の命運は君にかかっている!』
俺のご機嫌に世界の命運がかかっているというのか。なんてこった。