秋は紅葉
「ツェッド」
俺が角を曲がる直前でツェッドの服を掴んで止めると、彼は正確に俺の意図を汲んだ。
角の向こう側から見えないようその身を隠すと、向こうを警戒しながら俺に聞く。
「何が?」
「スティーブン」
ツェッドは怪訝そうに眉を上げた。
「隠れる必要がありますか?」
「女の人と一緒にいるよ~……」
「なるほど」
ツェッドを止めたのは、女性と一緒にいるスティーブンをちらりと目撃したからである。
俺がそれに気づき、ツェッドが気づけなかったのは、決して彼が鈍いからではない。
ツェッドは俺と会話をするとき、極力俺と目線を合わせようとしてくれるのだ。
だから周囲を俺より見ていなかった。
逆に言うと、俺は人と話すときでも視線をうろうろしがちなので気づいたというわけだ。
あんまり話してる人の顔ばっか見ると緊張すんだもんよ。
「プライベートの時間を邪魔すると悪いですからね」
「プライベートの時間じゃなかった時の方が気まずいしな」
「……よくそこまで考えが回りますね」
「感心すんの、ぜったいそこじゃないよ、ツェッド」
つまりスティーブンが女性といるのは、その色男っぷりを利用した営業なのではないか、という俺の発言なわけだが。
それを想像したツェッドが非常に感心した風に俺を見たので、いやいや、と首を振っておく。
ここは考えすぎだと俺の考えを否定するか、あるいは幼女にしてはませた考えだなと俺の考えを否定するかしてほしいところだった。
決して俺の想像力を肯定する場所ではない。だってマジで俺の想像通りだったら困るじゃん。
「最ッ低! 地獄で××してろ××××男!」
角の向こうから女性の怒号が響いた後、パーンという破裂音が響く。
俺とツェッドは瞬時に顔を見合わせた。
決して角の向こう側を覗かなかったのは、俺たちが非常に賢明であることの証左である。
「……なにも聞かなかったことにする?」
「……そうですね」
しかし、その場から即座に逃走しなかったのは、俺たちが賢者でないことの証明でもあった。
「なにをだい?」
「キャーッ!!」
後ろから覚えのある声が聞こえたので俺は絹を裂くような悲鳴を上げてしまった。
ツェッドが慌ててしーっとやるが、叫んでしまったので手遅れだ。幼女の声はよく通る。
通行人がなんだなんだとこちらを伺っているのがわかる。
俺が「お、おっきい虫がー! こわ~い!」と幼女っぽく叫ぶと、なんだ虫か、という顔で通行人たちがこちらを意識から外した。
あぶねえ。スティーブンが通報されでもしたら困るのは俺だ。
いややっぱり人類が困るかも。俺の申し訳なさと連動した世界が滅ぶかもしれん。
恐る恐る振り返れば、そこにいたのはやはりスティーブンだった。
そしてやっぱり頬にはもみじ型の真っ赤な腫れができていた。
顔にビンタされた痕のある美丈夫って絵になるな〜とか、壁の向こうのだいぶ遠くにいたはずなのに俺の背後に来るまでがはやすぎるだろ、とかいろいろ思うことはあったのだが。
いちばんに口に出てきた言葉は以下の通りであった。
「だ、だから
こいつマジで何言ってんだ? と我ながら思った。
だが、目の前でツェッドが正に『こいつマジで何言ってんだ?』という顔で俺を見てきたのが面白くて、ちょっと笑いかけてしまった。
スティーブンの笑顔を見たら俺の笑いは完全に引っ込んだわけだが。特に怒られもしないのがいちばん怖いということを、俺はその日学んだのである。
……
「ねえスカーフェイ……ブフッ!」
「はいはい、なんだいK・K」
「ちょっと待ちなさい、1分笑わせて、あはははは!」
――後日。スティーブンに報告書を渡しに来たK・Kが、大爆笑を始めて話にならなくなったところを見たザップがいぶかしげな顔をする。
「ありゃなんだ? 姐さんはワライダケでも食ったんか」
「えっとォ……」
俺がめちゃくちゃテンパってスティーブンに変なことを口走った話をする。
ザップは笑いすぎてソファごとひっくり返った。ワライダケでも食ったんか。
「この話をK・Kちゃんにしたらザップと同じリアクションでェ……」
「それ以来思い出し笑いをするようになったってか! ぎゃはは!」
「俺としては気まずくってェ……ホントのホントに、誓って、悪気があったわけじゃなくてェ……」
笑い転げるK・Kとザップ。
気まずくて視線をうろうろさせる俺に、スティーブンがにこりと笑った。
「気にしなくて構わないよ、ドゥ少女」
「ハイッスミマセンッ」
俺はシャキッと敬礼しながら姿勢を正した。
ザップは笑いすぎて涙目になりながら俺を指さして言った。
「こういうのを社交辞令っつーんだからな、鵜呑みにすんじゃねーぞガキ」
「余計なことを言わないように、ザップ」
「ハイッスミマセンッ」
ザップは俺の隣でシャキッと敬礼しながら姿勢を正した。