完売記念
「なあ、サンタさんってさ……」
その一言を発した瞬間、場が殺気に包まれた。
ここはライブラの職場で、俺はだらだらしながらレオに話しかけたつもりだった。
思わず背筋を伸ばし、きょろきょろと周りを見渡す。敵影はなし。
まだ主語しか発言してないのに、俺は失言を!?
「クラウス……!」
「す、すまない……!」
クラウスがスティーブンに小突かれていた。殺気の発信源はクラウスらしい。
赤いからサンタに対抗意識でもあるのか? というのは冗談である。
レオは平然としたままで、俺に聞き返した。
「サンタさんがなんっスか?」
「クリスマスプレゼントなんだけどさぁ」
場が、再びピリピリとした空気になる。ここは戦場か?
俺は無理矢理その空気を無視して、話を続けた。
「今からでも変更できると思う……?」
「欲しいもの変わっちゃったんスか?」
俺は唇をあひるのようにでっぱらせながら、コクリと頷いた。
ザップが鼻で笑った。
「だから現金にしとけっつったろ」
「言われてないし、現ナマを袋に入れて担いで来たら、サンタさんが強盗と間違われてしょっ引かれちゃうだろ!」
たぶんクラウスが白いおひげをつけて変装するだろうに、銀行強盗と間違えられたら可哀想すぎる。
ああ、幼女のクリスマスを夢いっぱいにしようと頑張っている、クラウスの努力をなんとか報いらせてあげたい。
俺だってそう思っているのだ。だからサンタを信じているフリをしているわけで。
そんなことは当然お見通しであろうスティーブン協力の元、クラウスはサンタ業を既にいろいろ頑張っていたのだ……!
俺がふた月前、完全に油断していたのがいけなかった。
クリスマスという概念をすっかり忘れ――当時10月だったのでそりゃそうだ、世間は当然ハロウィンムード一色であった――俺はクラウスに最近のマイブームを聞かれたので、こう答えたのだ。
「サブレチョコについてる当たりでもらえる景品が欲しい」
サブレチョコとは、サブレみたいなチョコである。チョコ味のサブレではない。
HL産のお菓子で、人間にもビヨンドにも人気だ。
一応原材料的には、人体に害のある成分は入っていないことになっている。
俺の言葉を聞いたクラウスは真剣な顔で「ドゥはよいこなので、必ずもらえるだろう」と言ったのだ。
もらえるじゃなくて当てるだろ~、とその場では適当に流し、その日の夜ベッドに入った瞬間にハッとした。
――あれ、早めのクリスマスプレゼント欲しいもの調査だったんじゃねえのか……!?
よいこ、もらえる、というワード。雑談にしては迫真すぎるクラウスの顔。
次の日からクラウスの執務机に、サブレチョコを見るようになってから確信に変わった。
俺だって、それがプレゼント調査だとわかってたら、金払えば確実に手に入るものを言ってたよ……!
よりにもよって相当運が関わってくる、面倒なものを欲しがるガキになってしまった……!
俺は気分が良ければ世界平和をもたらすし、気分が悪いと世界を破滅に向かわせる性質をもっているが、自分自身の運はそれに左右されない。
お気に入りのカートゥーンを見て大爆笑したとして、競馬で万馬券を発生させることはあっても、己の運勢は上昇しない。
だから純粋なただひとりの人間として、当たるといいなァ~と、普通の願いを言ったのである。
それがこんなことになるとはな……!
かといって訂正するために、10月にクリスマスプレゼントはアレが欲しいな~! とか言い出す図々しいガキにもなりたくなかった。
あるいは、サンタなんかいないって知ってるんだからね、と言い出す夢のないガキにもなれなかった。
俺は、クラウスにこども扱いされるのを気に入っているのだ……!
レオはお兄ちゃんという感じだし、ツェッドは俺を一人の人間として真摯に対応してくれる。
ザップは俺より精神年齢が低いので、あいつになら俺もクソガキムーブができる。
チェインは憧れのお姉さんだし、スティーブンは俺の上司だし……俺をこどもとして扱ってくれるのは、K・Kとクラウスだけなのである。
できるだけ、彼らにとって理想のこどもになりてェよ……!
俺は苦悩しながらも、ポケットからサブレチョコのパッケージを取り出した。
サブレチョコ本体はすでにない。昨日食べた。
パッケージを開封したら見ることのできる裏面に【一等】とプリントされている。
たぶん、これで交換できるものがさ……明後日、俺の枕元に置いてあることになっていたような気がするんだよ……!
「昨日エイブラムスさんに会ってさ、一個買ってもらったら当たっちゃった」
俺はエイブラムスさんに、このお菓子が好きだという話をした覚えはない。
たまたま入ったコンビニで、「甘いものでも買ってやろう」とエイブラムスさんが偶然手にしたのがサブレチョコで、俺に渡されたそれに、一等の当たりがついていたという奇跡であった。
ちなみにそのあと、サブレチョコを買ったコンビニは強盗に入られ木っ端みじんに爆破された。
視界の端で、クラウスとスティーブンが崩れ落ちた。
「豪運のエイブラムス……!」
「まさかそうくるとは……!」
「我々の2か月にわたる努力を一撃で……!」
申し訳なさすぎる……!
どこかの株価が大暴落しているのではないか、と不安になる動悸をなんとか抑え込もうとしていると、レオがのんきに言った。
「よかったっスね~。きっとあわてんぼうのサンタクロースだったんすよ、エイブラムスさんが」
「エイブラムスさんサンタだったんか!?」
「そうそう。あわてんぼうだからよく乗る飛行機を墜落させてんすよ」
「今時のサンタはソリじゃなくて飛行機に乗るのか!?」
いいのか!? 俺の中のサンタ観がどんどん狂っていくけどいいのか!?
しかしここで反論するのは、俺にとって不利になる気がする。
「でもそっか、オーストラリアのサンタはサーフボード乗ってるって聞いたことあるし……」
「そうそう。HLのサンタは実在の人間に憑依する無形の概念式なんすよね~」
「そういう怨霊みたいな感じなの!? サンタさんって!?」
なんかこの街ならマジでありそうで困るけど!?
人間の意識を乗っ取ってサンタという概念に成るってこと!?
怖い! クリスマス過ぎたらちゃんといなくなってくれるのか!?
俺は口に手を当て、ちょっと考えた。
……もうクリスマスプレゼントを無事にもらったということにすれば、これからクラウスたちが困ることはないのか?
既に手に入れてそうな景品はひとつ無駄になってしまうけれど、彼らの努力は俺がひっそりと受け取っている。
じゃあこれで納得しよう。うん、と頷く。
「でもそっか~。エイブラムスさんもヒゲ生えてるもんな」
「そうそう。サンタ見習いだからまだひげが白くならないんすよきっと」
「欲しいものもらえたから見習い黒ひげサンタでもいいや~。あとはクリスマスにケーキとチキン食べられたら満足~」
「たぶん七面鳥っすよ」
「え? 七面鳥ってチキンじゃねえの? 烏骨鶏とか地鶏的なブランド名じゃなくて?」
尚、クリスマス会にはサンタに憑依されたクラウスが出席した。