11月のある日。皆揃ったガレージにて先週の授業内容の復習を年長者達にねだっていた龍亞が、それとは関係ないがとても大事なことを思い出した。
「……あ! そーだ、まだ遊星たちには聞いてなかった!」
いそいそとカバンを開ける。中にあったクリアファイルから取り出したのは、プリント用紙に文字を印刷してハサミで切った手作り感あふれる小さいチケット。
「前売りなんだけどさ、買う?」
「やきそばか……」
遊星はとりあえず受け取った前売り券を確認する。書かれているのは「やきそば」に、この券の値段だろう100円。裏面にはこの前売り券が使える日付だろうスタンプがしっかり押されていた。
「ほーん、一週間後ねぇ。デュエルアカデミアで何かイベントがあるのか?」
クロウがその様子を横から覗き込みつつ尋ねる。
「そ、コスプレデュエル大会!」
「……む? 学校のデュエル大会なのに食べ物の前売り券を出すのか?」
ソファに座りながら話を聞いていたジャックがふと浮かんだ疑問を口に出す。
キングとして大会に出場し、大衆にエンターテインメントたるデュエルを見せつけていたあの頃は長期間開催かつ複数デュエルをすることもあった都合上、会場には軽食などの店があった。けれども、学内のイベントに腹ごしらえが必要とは思えない。
「まあ実質文化祭だからね、コスプレデュエル大会」
いまいちわかっていなさげな三人にデュエルアカデミアで勤務中のジェイドが説明する。
「デュエルアカデミア本校は学生中心のデュエル大会をしていたんだ。ネオドミノ校でも同じことをしよう、本校よりも交通の便が良いから外部の人も入れたらどうか、それじゃ外向けの出し物も……ってやることを増やしていった結果デュエル大会よりは文化祭の方が正しい感じのイベントが完成。でも名前は本校の伝統を受け継ぐためって理由で変えてないとかなんとか」
ジェイドも最初はよくわからなかったが、話を聞くうちにアッ遊戯王GXのあの話か! と思い出すことに成功した。
なお、思い出すべきは過去作品より今生きている世界の詳細なストーリーでは? というツッコミができるものはいなかった。今日も元気もりもりメメント・モリ!(自由奔放)
「しっかし臨時講師サマはなんでそんな面白そうなことを隠してたんだ〜?」
うりうり、とクロウに肘でつっつかれる。ちょっとのけ反ってぐわー、とやられるフリをしつつジェイドは弁明する。
「準備に先生たちはあまり関わらないようにしてるからなぁ。文化祭は学生の主体性を尊重していくものなので龍亞の自分から言いたいって思いはむげにできなかったんだよー」
両手を顔の横へ上げてぴらぴら動かしお手上げかつノータッチだよーのポーズ。
「そういえば龍亞、俺が説明するんだーって前に自分で言ってたの、忘れてなかったわよね?」
「あ、あはは……」
そういえば、と切り出した時点で龍可は少し疑っていた。龍亞は笑って誤魔化そうとしているが、この態度はすでに答えを言っているようなものだ。
思いついた時にやらないと忘れてしまう。そしてギリギリになってヤバいと焦り出す。誰にでもあることなのでそう責めるつもりはない。
「にしてもコスプレしてデュエル、か。デュエルアカデミアが取り組むとなるとかなりの規模になるな……どんな格好をする予定なんだ?」
小銭を二人に渡して手にした前売り券を握り、観戦する気満々の遊星が問いかける。
「《パワー・ツール・ドラゴン》そっくりの安全ヘルメット!」
「私は《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》モチーフのリボンを作ったの」
「それは……コスプレか?」
コスプレ、と聞いてハイクオリティな衣装や着ぐるみを想像していたのだろう。思っていたのとは違う言葉に首を捻る。
「全身でなりきりをするのは恥ずかしいって子もいるから、モチーフのアクセサリーひとつでもオーケーなゆるいドレスコードになってるんだ。……生徒が多くて衣装を作る人手が足りてないから、がいちばんの理由らしいけどね」
双子がコスプレモチーフにしたモンスター達は世界に一枚しかないカードのため、既製品のグッズは存在しない。そのため彼ら自身がヘルメットに厚紙とダンボールを貼り付けたり布を染めたりと工作した唯一無二のものになっている。
「小等部から高等部まで全員参加可能な一大行事になるから、応援に来る人も多くてかなり混雑するらしいわ。それで先生達も外部からの一般客と見分けるために学生と判る程度のコスプレはする決まりになっているけど……ジェイドはどうするの?」
アキがジェイドの方を見る。説明がどこか伝聞口調なのは休学していた期間があったから間違いないと言い切れないためだろう。
「臨時講師だし、デュエルアカデミアに保存されてる何かしらは着ることになるんじゃないかなーとは、まあ? まだ何のコスプレかは決めてはないけど」
龍可ちゃんが突然顔を上げて何かにびっくりした様子を見せたので、恐らくカードの精霊なメメントたちがハイハイ自分のコスプレしてー! と自己主張のため動き出したのだろう。ステイステイ。
「…………元になった通常モンスターの方はワンチャンあるかもだけどメメント化した方の衣装は無いからね?」
デッキケースを押さえつつ龍可ちゃんが見ている先に向けて言い放つと、数秒して龍可ちゃんの視線の高さが元に戻った。……しょんぼりメメント?
「まー、メメントは仕方ないだろうなぁ……でも、アキ姉ちゃんはすごいんだぜ!」
「そうそう! デュエルアカデミア首席の特権として、《ブラック・ローズ・ドラゴン》をイメージした特別なドレスが縫われるの!」
ドレスは綺麗なお姫様が着るもの。女の子としていつか着てみたい憧れがあるのか、龍可はキラキラとした光を目に宿している。
「へえ、それは楽しみだな」
おっと遊星、それは口説き文句か?
「…………」
アキちゃんは無言。顔を逸らしている。そしてほっぺがちょっと赤みを帯びて……つまり照れている。
いけ遊星! もっと押せ押せの姿勢でいけ! やれ!
「フン……ならばオレも《レッド・デーモンズ・ドラゴン》のスーツでもオーダーメイドしてみるか」
「ジャックはちょっと黙ってて」
金銭感覚喪失元キングは雑にあしらっておく。何!? とか言われた気がするけど気のせいだろう。たぶん。
「ドレスか、そこまでできるのはすごいな……なら《ブラック・マジシャン・ガール》とかはどうなってしまうんだ?」
何気なしに放たれた言葉により、デュエルアカデミアのことをよく知る学生三人と臨時講師は遠い目になる。
「それはね……うん……本校で多くの男子の夢が壊れていった悲しい出来事があったから永久封印されることになってる」
「はっ?」
「夢が壊れ……な、何があったんだ!?」
《ブラック・マジシャン・ガール》は言わずと知れた決闘王のアイドルカード。その衣装を封印するという普通なら出ないワードに事情を知らない幼馴染三人組が混乱する。
「流石にアレはないよなあって」
「知らない方がいいこともあると思う」
「具体的に教えることすら危険なのか……」
デュエルアカデミア組は皆頷き同意を示す。
希望を与えられそれを奪われる、購買のトメさんによる無自覚ファンサービス的なショックが何年か続いていた悲しき歴史は断ち切らねばならなかったのだ……。というか鮫島校長がまさか毎年ブラマジコスをしていたトメさんの写真を記念に残していたなんて想像できるはずがなかった……。
「まあとりあえずは一週間後をお楽しみに、ってことで!」
迎えたコスプレデュエル大会当日。太陽はほどほどに高く上がった10時ごろに彼らはやってきた。
「お待ちしておりました、シグナーの皆様……」
遊星、ジャック、クロウの三人はデュエルアカデミア入り口に建てられた受付テントにいたダークシグナー……ではなくジェイドから歓迎(?)の挨拶を受ける。
あの戦いの記憶は風化したわけではない。咄嗟にデュエルディスクを構えるも、声の主が誰なのかわかったため安心し腕をおろす。
「っはぁー……あいつらの格好とちょっと似てるからマジのやつかと思ったじゃねえか……」
今回彼がコスプレしているのはメメント達……ではなく、《ダーク・リゾネーター》。キングしていた時のジャック・アトラス人気に乗じて作られた既製品コートと被り物セットを身につけている。
「メメント通常モンスターのどれを選んでも角が立つよなぁと悩んだ結果どれも選ばない選択をしました。はい、これがパンフ。龍亞と龍可は二人ともまだクラスの出し物の方で働いてるはずだからそっち行けばすぐ会えると思うよ」
折り畳まれたパンフレットをそれぞれの手に渡し、あっち、と双子がいる方向を指差す。
「デュエルはまだ始まっていないんだな」
「それだが、オレが飛び入り参加し――」
「ハイハイ邪魔になるからさっさと通ってねー」
学生デュエル大会の中に突然の元キングが乱入という変なことを起こされては困るので、気を逸らすためにジャックの耳元で音叉をチンチン鳴らす。
「ぐわっ耳がァ!」
「あとはよろしくー」
この瞬間、遊星とクロウは目を離したら何かしでかしそうな元キングに対する監視役にジョブチェンジ。
怯んだジャックは二人に両腕を掴まれ、引きずられるようにして連れて行かれたので問題行動はそう起きない……はず。ふぅ、とジェイドは一仕事終えたように息を吐く。
「あらぁ、よかったの? ジェイドちゃん、お友達と一緒に楽しみたかったんじゃ?」
やりとりを見ていたのか、心配そうに声をかけてくる隣の女性は恰幅のいいディアン・ケト……のコスプレをした売店のおばちゃん。
「いえ、まだ受付担当の時間が終わってないので」
「んもーそう遠慮しないで、初めてのイベントなんだから楽しんできなさいよ!」
「あわぁっ」
有無を言わせぬ早技でコスプレセットを瞬く間に奪われ、背中を強めに押されてテントの下から追い出される。いいのかな、と振り向けばからっとした笑顔のおばちゃんが手を振っていた。
「一人抜けたぐらいでへたばるほどおばちゃんはヤワじゃないわよ!」
ぺこり、と礼をしてジェイドは人混みの中へと混ざり……すぐ三人と合流するのも恥ずかしいため逆回りで散策する。
並ぶ出店はからあげとか定番もの、茶道部はお茶屋さんを開いていたり、ステージでは学生バンドが観客を盛り上げている。まさしくザ・文化祭。なのだが、イロモノも混ざっていた。
「ありなんだ、こういうの」
回転率度外視のカップラーメンの屋台。いや、カップラーメンは歩きながら食べることもできるから席数をそこまで確保しなくてもいいから意外と向いている……?
……あと見間違えでなければカップラーメンをモリモリ食べているのはイェーガー長官では? ピエロメイクしてる時点で見間違えようがないか、と自問自答。
白塗りでわかりにくいが、どことなくやつれているようにも見える。……あの上司(?)に言われたい放題されているから目の届かないところでヤケカップラーメンをしていないとやってられないのだろう。食べ終わったところで声をかける。
「初めまして……いや、お久しぶりです?」
会ったのはジャックに拉致されてからの一度きりでよく覚えてはいないが、面識があるのは事実。悩みながらの第一声となった。
「これはこれはジェイド・アトラス様! あの時のあなたの状態は聞いていますのでそう気にせずとも良いですよ」
イェーガーはヒッヒッヒと笑う。メンタルにめちゃくちゃダメージ入ってた時期の事を知られているのはとても恥ずかしい。ちょっとだけ目を逸らす。
「こうして会えたのも何かの縁でしょう……この後お時間があるならば、少しお話ししたいことがあるのですが」
重大な事を伝えるように、低めの小声でこちらへ問う。
「別に今からでも大丈夫ですよ」
メインイベントであるコスプレデュエル大会が始まるのはまだ後の時間。それまでに終わるならば特に問題はない。
「それはよかった。――こちらを見ていただきたいのです」
イェーガーが取り出したのは一つのファイル。そこには細かい文字や石板の写真などが散りばめられた論文と呼ぶべきだろう資料が挟まれていた。
「レクス・ゴドウィンが遺した物の中にあったものです。『
資料曰く、2038年10月20日より1年間が『
「あれ、赤き竜ならもう出てきてません?」
赤き竜が何度も姿を見せたフォーチュンカップやダークシグナーとの戦いがあったのは2038年4月。『
「そうなのです。故にこの文言は赤き竜そのものではなく比喩か、赤き竜に連なるものの可能性が高くなりました。――ジャック・アトラスは祖たるシグナーの血を継ぐ者。ケッツァーコアトルとも呼ばれる赤き竜と強い繋がりがあります。これから先、かの伝説になぞらえた何かが起きるやもしれません、ということをお伝えしたかったのです」
イェーガーは未来を知らないが、ジェイドは知っている。
ジャック・アトラスと赤き竜――その二つが深く関わるもの、バーニングソウル。地上絵よりも奥深くに封印されたスカーレッド・ノヴァの力を己のものへと変えてしまうほど熱く燃えたぎる魂。
「気をつけておきます」
知ってはいるが、ジェイドは口にはしない。まだ力こそパワー! しているジャックのままであるため、変に介入することでスカーレッド・ノヴァ関連のイベントが早まるのは危険だと判断したからだ。
……最後まで読みきり、ファイルをイェーガーの手へと戻す。
「ありがとうございました」
「いえいえ! 礼を言われるほどのことではありませんよ」
腰を折って感謝を告げるジェイドに対し、申し訳なさそうなイェーガー。
――ジェイドが隠しているように、イェーガーも彼に伝えていないことがある。レクス・ゴドウィンはひそかにジェイド・アトラスに関する重大なことを調べていた。
……だが、その資料は全て破棄されている。レクスより口頭で教えられたのはイェーガーのみ。記憶だけが頼りになるが――忘れられるはずがない。
不動遊星達にも、イリアステルにも教えるつもりはない一つのこと。
秘密をピエロメイクの下に隠し、彼は何もないかのように笑っていた。
これは特に関係あることかもしれませんがジェイドの【メメント】デッキには《冥骸王-メメントラン・テクトリカ》は入っていません。