石造りの心臓   作:ウボァー

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兄と決意と占い魔女と

 その日の夕方。ジェイドは一人、部屋の中でカーリー渚宛のメールを打つ。返事はすぐにきた。

 指定された日の指定された時間に自宅まで来て欲しい、なんて絵に描いたような内緒話のお誘い。時間だけを記録したのち、万が一を考えてそれらのやりとりは消去した。

 

「……本当にこれでいいのかな、《テクトリカ》」

 

 手の中のデッキへと語りかける。精霊を感じ取る力のない彼の耳に返事は聞こえないが、話だけでも聞いてくれる相手が欲しかった。

 

「未来を変えるにしても、悲劇を増やしたいわけじゃないんだよなあ」

 

 アニメの範囲ではカーリー渚はダークシグナーの時の記憶を取り戻すことはなかった。デュエルで強くなりたいだけならば両手を上げて歓迎したが、記憶に関してはあまり乗り気になれない。

 大のため小を切り捨てられるイリアステルからすればどうでもいいことだが、この世界で地に足をつけて生きるジェイドからすると深刻な悩み。はぁ、と息を吐いても心のモヤは軽くならない。

 

「まあ、なるようにするしかないか」

 

 メモ書きのような短い文章だけではわからない本音を聞いてからでも結論を出すのは遅くないだろう。電気を消して就寝した。

 

 

 

 あれから数日経ち、約束の日。早すぎても遅すぎても迷惑になるため時間を確認しつつDホイールのスピードを調整する。

 出かける時に皆へは「カーリーさんから追加で聞きたいことがあるらしいから直接話をしてくる」と告げた。

 嘘はついていない。その中に隠し事があるだけだ。

 

 駐車場にDホイールを停め、歩いて向かう先は教えられた彼女の家の前。

 

「はーい! ちょっと待ってくださーい!」

 

 チャイムを押せばインターホン経由ではなくドアの向こうから返答が直接聞こえてきた。

 

「どうぞどうぞジェイドさん」

 

 鍵を開けてもらい招かれた彼女の家は女性らしく、かつ記者らしい可愛らしくも清潔感のある空間。

 座ってくださいと案内されたテーブルにはお茶と菓子が既に用意されており、ジェイドはカーリーと向かい合わせになる形で席についた。

 

「その……あのお願いなんですけど」

 

「他の皆には知られてないよ」

 

 隠し事に慣れていなさそうなカーリーはジェイドから連絡が来るまでドキドキだったのだろう。不安の種が一つ消え胸を撫で下ろす。

 お茶を一口頂き、ジェイドは彼女の願いについてもう一度確認する。

 

「あの時も思い出さないほうがいいって言ったけど、それでも諦めきれなかったんですか?」

 

 かつてカフェテラスで交わした会話の中で触れたのは彼女が忘れ去った闇に関するもの。あの時は明るく元気なままだったが、今回は表情に陰りがあった。

 

「……ずっと、ジャックとの間に壁があるの。きっと、ダークシグナーになっていた時に何かあったんだって、そのぐらいわかるわ」

 

「ああー……」

 

 言われたらまあそうですね、と納得しかできない理由。

 どこぞの冥界神が異空間にてジャックの気持ちを勝手にバラしたせいで、ジャックは皆からこっそりカーリーとの恋の行方を見守られているのを察している。

 

 今も気持ちは変わらず彼女を愛している。

 だからこそ身を引いた。

 

 ……今回はそれが逆効果になってしまったわけだが。

 

「ジェイドさんはこうして普通に過ごせてる。鬼柳さんは過去と向き合っても立ち直れた! なら、私だって!」

 

 身を乗り出して強く言い切るカーリーと対称的にジェイドは冷静だった。

 

「私と鬼柳は比較対象にしてはいけない例だよ。私には守ってくれた神様と仲間が、鬼柳は他人に心の内を吐き出せる強さがあった」

 

 そもそもジェイド・アトラスは転生というものを経験しているから一般人の例にならない。カーリー渚こそがごく普通の一般人だ。

 

 殺伐とした世界に身を置いたことのない彼女がダークシグナーになった記憶を思い出したとして、良いことなんて何一つ無い。

 人を死に追いやろうとした憎悪が身体を満たしていた時期があった……、そんな事実の重さに耐えきれず壊れてしまうだろう。

 

「カーリーさん、貴方は一人で抱えたままジャックとぶつかる気でしょう」

 

「それは……」

 

 図星だったのか言い淀む。ジャックの意に沿わない、後ろめたいことをしている自覚があるからジェイド個人に向けてメッセージを残した。

 

 もしここで勢い任せに動いたから考えてなかった、なんて言い訳をしてもジェイドに通用しない。鬼柳との電話をしたあの時という皆に頼むには明確なタイミングを逃しているからだ。

 

「だって……きっと、誰に聞いてもやめた方がいいって言うだろうし」

 

 相談しても背中を押されることはない。わかりきった答えが見えているから、鬼柳と同じように一人で悩みを抱えてカーリー渚は動き始めてしまった。下手に止めるのは危ないだろう。

 

「ダークシグナーになるには強い後悔が必要。許せない、死にたくない――そんな状況になるまでの記憶は?」

 

「…………覚えているのは、アルカディアムーブメントに入ったところまで。そこからは……でもね」

 

 カーリーはそこで言葉を一度区切った。

 ぼやかされた記憶だが、そこから何があったのかを察している。

 

「ジャックのためなら。それなら私は、きっと、なんだってしたと思うの」

 

 アルカディアムーブメント。サイコデュエリストの巣窟。デュエルを通じて現実に影響を及ぼす力の使い手の集まり。そんな場所へ身を守る手段がない記者が単身乗り込んだ。

 ディヴァインの所業を思い出せば、不都合なことを隠すためなら手段は選ばないと簡単にわかる。

 

 ジャックのため。そんな思いを胸に彼女は潜入し、魔の手にかかって、それで――。

 

「そこまでわかっていて、なお?」

 

「……ええ」

 

 カーリーに記憶はないが、何が起きたのかはわかっている。……ダークシグナーとなった自分はきっとそのことについても話しただろう、とも。

 

 ジャックに二回目の苦しみを背負わせてしまうが、それでも辿り着きたい真実がある。眼鏡の奥、彼女の目に宿る強い光は衰えず翡翠の男を真っ直ぐに射抜く。

 

「だからこそ、デュエルで認めさせたいの! 私はそんなに心配されるほど弱くないって!」

 

 遊星とのデュエルで王座から落とされたとはいえ、ジャックは実力者たちと何十戦も重ねてきた実力者。

 文句を言われないためには相応の力を、強さを見せるしかない。

 

 一介の記者がどうこうできる決闘者ではないとわかりながらも拳を握るカーリーの決意は固い。

 目を閉じ、ジェイドは言葉を紡ぐ。

 

「――わかった」

 

 この感情は他人がどうしようもできないものだ。説得を諦めると同時に、自分が彼女のために何をするべきかを脳内で組み立てる。

 

「じゃあ、その覚悟がどれほどかを見せてもらおうかな。時間は?」

 

「今日はお休みだから大丈夫」

 

「そうか、なら良かった」

 

 ジェイドは立ち上がる。デュエルディスクを起動しモーメントの七色の光が揺れる。

 

「今からカーリーさんが勝つまで私とデュエルをしてもらう」

 

「い、今から?」

 

 急展開に目を丸くするカーリーはしぱしぱと目を瞬かせる。

 

「皆を鍛えるために【メメント】で何回もデュエルをした結果、そう簡単に折れない強さを手に入れちゃったから今のジャックを攻略するのは相当難しい」

 

 この世界に存在しないカードによるパワーレベリングでハードルを上げてしまった。このままカーリーが挑んだところで何もできずに負けてしまうだろう。

 自分で起こした事象については自分で責任を取る。ジャックを強くした分、カーリーも強くする。それでトントンだ。

 

「今からジャックに追いつくにはそれと同じ、いや、それ以上の経験をするしかない――だから容赦はしない。それでもいいならデッキを」

 

 彼女の目の前にいるのは皆の頼れるお兄ちゃんではない。乗り越えるべき試練。

 

 さっきまでなかった緊張が部屋を満たす。カーリーはごくりと唾を飲み、眼鏡の奥の目に力が入る。

 

「や、やってやるんだからー!」

 

 ――そこからは、詳細を記さずともなんとなくでわかるだろう。

 

 気合いを入れるもきゃーっと転がされ。

 まだまだと立ち向かうも吹っ飛ばされ。

 もう一回と構えるもあっけなく負ける。

 

 最初は勢いよく攻撃をぶちかましていた幻竜だったが、デュエルを重ねていくごとに力を弱めだし……現在はペチッて音が出るぐらいに抑えている。

 

 デュエルで精神と体力を消耗したカーリーはちょっと休憩……と座り込みながらもデッキのカードを入れ替えていた。

 何をしてもいいからとにかく一勝をもぎ取れ、と言質は事前にとっていたのでメタカード投入を決意。脳の疲労に甘いものを、とお菓子をサクサクつまむ。

 

「うん。【占い魔女】として使ってるカードはそこまで悪くないんだけど……問題は実戦経験のなさだけ、かな」

 

 全てが通常モンスター。展開はどうしても遅くなる。しかし油断したところを全てひっくり返せるだけのサポートカードがある。

 

 アニメの記憶では、【フォーチュンレディ】へとデッキが切り替わった際の彼女のタクティクスはかなり高かった。……あれは地縛神の後押しもあっただろうから彼女の力と数えるのはよくない気もするが。

 

 何度もデュエルをしてよくわかったが、彼女は磨けば光る原石だ。【メメント】たちも段々と疲れてきているのか初期手札に事故の気配が出始めている。この調子ならあと数戦でジェイドに土をつけられるだろう。

 

「こんなお兄さんに鍛えられたのなら、そりゃキングにだってなっちゃいますよねぇ」

 

 へとへとヘロヘロ、テーブルに上半身を預けぺったんこになったカーリーがぽそぽそ呟く。

 

「こんな時に言うのもなんですけど……そのう、実はジャックとのデュエルで……………告白、しようと思ってまして。お兄さん的にはその辺りどうお考えで」

 

 発言として心理的揺さぶりに近い。お兄ちゃん許しませんよ、と逆効果になるかもしれないが肉親へ言わないままというのは違うよなあ、と悩んだ末の暴露だった。

 

「別にいいけども」

 

「そうですよねダメで…………へ?」

 

 眼鏡がズレる。カーリーは聞き間違いを疑い顔をしっかりとジェイドに向け、もう一度確認する。

 

「あの、いまなんて」

 

「いいよ? 二人が付き合っても」

 

「いいんですか!?」

 

 ガタガタと椅子を倒してしまいそうなぐらいの勢いで騒がしく立ち上がる。クラッシュタウンでの話を聞いている限り、許せないことは素直に許せないと伝えてくる彼がまさかの、だ。

 内心が表情に出ているカーリーを見て困ったようにジェイドはへにゃりと笑う。

 

「外野がとやかく言えるものじゃないしね。下手に妨害してもオレの運命を他者に決められたくなどないわ、なんて反発するだろうから」

 

「それは……」

 

 ほわほわとそんな状況を考えてみる。……兄に反抗する姿が簡単に目に浮かぶ。

 

「私としてはね。ジャックに大人しくついてく子よりも、自分の意見をぶつけて背中を引っ叩けるぐらいの子がいいなあ……なんて思ってたりするんだ」

 

 その言葉が指すのは誰か? なんて、答え合わせは必要ない。元気もりもりメメント・モリ!(お兄ちゃん公認)

 

「うおーっ、やる気出てきたー!! これで終わらせてやるんだからー!」

 

「うん、その意気!」

 

 ジェイドがその言葉を紡いだ相手は情熱の炎をメラメラと燃やす。

 外はだんだんと日が暮れている。残る時間は少ないが、きっとこのデュエルで決着がつくだろう。

 

 ――恋する乙女は無敵なのだから。




ジェイドは人の恋愛事情にそこまで干渉しないタイプ。否定はしませんが応援はしてくれます。
兄に女性の影が全く無い(前世の性別の影響で女性をそういう目で見れない)ためその辺については大人しいジャックですが、もし恋人ができそうになった場合は「我が兄と付き合うならばデュエルで示せ!」ってします。

次回、ジャックVSカーリー戦。
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