石造りの心臓   作:ウボァー

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回想:偽造りの王様

「いや、ジャックじゃないって」

 

「でも《レッド・デーモンズ・ドラゴン》にホイール・オブ・フォーチュンが揃ってるんだぜ? これであいつ以外に誰がいるってんだ」

 

 ジャック・アトラス、突然の逮捕。押しかけてきたセキュリティにより重要参考人の一人として連れて来られたジェイドはこの日が来てしまったか、と悩んでいた。

 いつか起きると知っていても、どうしようもできないことの一つ。それが偽ジャック事件だった。

 

 本人は否定しているが状況証拠はジャックが犯人だと示している。ジェイドとしては本人の言葉を信じているが、それだけではどうやっても容疑を覆すことはできない。

 感覚的に……いや、魂が違うと叫んでいるのに。他者に伝えられないもどかしさが口をもにょもにょと動かす。

 

「ジェイド、クロウは本気で言っているわけではないだろうから……」

 

 二人の間で遊星はおろおろしている。

 流石にセキュリティの前でふざけんな私の弟がWRGP控えてる時期に決闘者狩りなんぞするわけないだろボケみたいに当たり散らすことはないので落ち着いて欲しい。

 ……あとクロウは本気で言ってる。言葉に迷いがないもの。

 

「一人じゃなんにもできねぇから、チームに泥を塗ってWRGP出場をフイにしようとしたんだろ!」

 

「貴様! そんなことをすると本気で思っているのか!?」

 

「ああ思ってるね!」

 

 言い争いの中、即答したのが決定的な決裂になった。

 お前のことなんか知るか反省してろ、とクロウがジャックと仲違いをした勢いのまま帰るぞ! と無理やりに皆を連れて帰ろうとする。

 

 ……やり場のないジェイドの手はジャックへと伸びたが、届くことはなかった。

 

 翌日。容疑者ジャック・アトラス逮捕、なんてニュースが新聞の一面を彩る。名前が良くも悪くも知られているせいで過剰な強調を加えられた記事は読んでいていい気持ちがするものではない。

 

 ガレージの中、一人足りない空間はギスギスとしている。……チームの終わるあの頃を思い出すようで気分が悪い。

 弟が捕まって、幼馴染と喧嘩別れして。なら兄はどうするのかと顔色を窺われるのも嫌だった。

 

「ちょっと出かけてくるね」

 

「……おう」

 

 一言断りを入れて散歩に出かける。ガレージの中に居場所はなかった。

 

 人がいる場所ではどうしたってジャックの名前が聞こえてくるから、人を見かけたら早足で逃げる、という散歩といえないような動きになってしまった。

 辿り着いた高台で一人ネオドミノシティを見下ろす。いつもと変わらない街並みだが、その中に今だけは混じれない。気分が落ち着くまでただ待つしかない。

 柵に肘をつき体重を預ける。誰の声も聞こえてこない、一人だけの時間。

 

「――ジェイド。ここにいたか」

 

 静寂を裂いたのは足音と、男の呼びかける声。

 後ろから聞こえてきたのは間違いなくジャック・アトラスの声だった。しかし、なぜだかジェイドにはそう聞こえなかった。

 

「ジャッ……ク?」

 

 だから振り向きながら疑問符を浮かべた間抜けな返答をしたのだが、そんな姿が気に入らなかったのか強引に腕を掴まれて引っ張られる。男の表情は影になっているためよく見えなかった。

 

「行くぞ」

 

「行くって……どこに」

 

 一瞬だけ動きを止めたが、何も無かったように男は力強く歩みを進める。立ち止まることはできず、釣られてジェイドも足が動いてしまう。

 

「オレと共に、運命すら追いつけぬ場所まで」

 

「そんなところはないよ」

 

「……」

 

 男は答えない。歩き続ける。物理的に存在しない場所だろうといつか辿り着けると信じている……いや、そう思わなければとても動けないのかもしれない。

 

「オレは……本物に成りたい。それだけだ」

 

「そのために私が必要なの?」

 

「そうだ」

 

 言葉を重ねる。口数は少ないが答えてくれる。

 だから一歩踏み込んだ問いをぶつけた。

 

「それだけじゃないよね」

 

 目の前にいるのはジャック・アトラスではないが、あの頃のジャックの生き写し。

 なら、強引に攫って全てを終えることもできるのにそうしていない。どこかに迷いがあるから、できる限り同意で終わらせたい……そんな思いが見え隠れしている。

 ジェイドの指摘が図星だったのか男は足を止めた。こちらへと振り向く。

 

 ほんのりと暗い肌に、目の下の黒のライン。本人にない特徴を持つその顔がしっかりと見えた。

 

「知っているのだろう。オレが何なのかも、これからのことも」

 

 ジェイドはゆっくりと頷く。その姿を見て男は苦しそうに顔を歪め、意を決したのか口を開く。

 

「破滅の未来の回避――その為にオレとお前が利用される必要はない! この街に拘らずとも生きていける! しがらみを全て捨てて逃げてしまえば、そうすれば……!」

 

 男は隠していた本音を吐露し、定められた未来からの逃走という選択肢を提示した。

 昔ならばその手を受け入れたのかもしれないが、覚悟を決めた今のジェイドを揺るがすには至らない。

 

「一緒には行けない」

 

 手を振り解く。男は離された手を中途半端な高さのままに、縋るような目で見てくるがここだけは譲れなかった。

 

「変えるって、決めたから」

 

 確固たる芯を持つ彼を説得はできない。共に歩むことができないとわかったからか、男はようやく手を降ろした。

 強く握られていた腕には跡が残っているかもしれない。クロウに問い詰められた時に困るなあとじわりと痛む箇所をさする。

 

「その果てに何処へ向かうつもりだ。全て終わった後に、お前の居場所は残っているのか?」

 

 手は離れたが、男はまだジェイドの行く末を案じている。

 もし無いと言うのなら無理矢理にでも連れ去ってしまえばいい、とでも思っているのだろう。ジャックのことだ、それぐらいわかる。

 

「…………今ははっきりとはわからないけど。でも、皆が笑顔でいられるようにはしたい」

 

「……そうか」

 

 この答えに納得したのかそうでないのかはわからないが、男は一人去っていった。

 

 

 

 巫山戯るな。勝手に作って勝手に与えた分際で、オレに負けろと望むのか。

 起動後、最初に思考したのは絶望だった。

 

 

 

 思考は0と1の組み合わせ。三大欲求が存在せず、ただ発声器官としてのみ使われる空洞。金属とプラスチックでできた物体が人間になる事などあり得ない。

 

 メモリを満たすのは現在までの連続した記憶ではなく、祀り上げられ、道化の王であった過去のみ。

 かつての野心に燃える姿と現在の牙が抜けた男とを比較するために記録はインストールはされているが、性格を固定する為かそれを自身に適用することはできない。

 

 生命の特権である成長を否定した機械。残ったのは存在しない王座に固執する空虚な愚者。

 いかに強者として設定されても、成長を続ける本物にはどうしたって届かない。

 

 だが、与えられる感情が本物であれば、自分を本物にできるのでは――そう考えてしまった。本物の男の中にずっと燻る熱は複製された自分にもある。

 突き動かされたのは必然だった。ホイール・オブ・フォーチュンへと跨り、アジトから飛び出した。

 

 やめろ、と作った男の声がしたが気にする必要などない。

 オレがオレとなるため欠けているものを埋めるだけ。誰にも止められる筋合いは無い。

 

 本物がしたように隠すのでは駄目だ。彼の在り方を歪めて壊してしまう。

 ならば共に逃げて仕舞えばいい。どこまでもどこまでも、運命が追いつけない果てへ。その先に自由がある、そう信じて。

 掴んだ手はジェイド自身に否定された。

 

 破滅の未来へと立ち向かうと、強い意志を感じさせる言葉はオレの心を震わせた。それはきっと、ネオドミノシティの象徴として作られたキングとしてあるべき姿。不安を煽るのではなく、皆を安心させるための立ち振る舞い。

 覆しようのない終わりへと抗う希望の光――オレにもそれがあれば運命を変えられるのではないか。だから、それを目に焼き付けたまま去った。

 

 そんなことを考えているとは知らないから仕方がないが、余韻を台無しにするかのような雑な回収で少しばかり熱が冷める。勝手に逃げ出しおって、余計な手間を、と愚痴をこぼされた。

 脱走という抵抗は無意味だったのか、それは奴とのデュエルが始まるまでは確定しない未来だ。

 

 改造の許されないデッキを広げ、可能な戦術と向き合う。……そう遠くないデュエルへと集中したいのに、今にも消えてしまいそうな兄の微笑みがどうしても忘れられなかった。

 

 

「――光を惑わす悪しき幻影よ! 時の狭間へと消え去るがいい!」

 

 

 かつて一人の女を救った救世の光がオレを焼き尽くす。赤き竜の力による救いの象徴から直接、オレの存在は許されないと突きつけられる。

 現代ではあり得ない技術により現実となった攻撃により、映像である炎は真実の熱を得た。

 

 視界を埋め尽くすエラー表示。人工皮膚が溶け落ち、内側の金属骨格が露わになる。あと数秒で全部消えてなくなる。……何もかも、なかったことになる。

 

『ほんとうにこれでいいのか?』

 

 回路が壊れた、そう判断した。

 だって、炎の中で聞こえるはずのない音がする。

 彼の声がする。

 

 ――こうなるべしと与えられた終わりを迎えた。

 

 ――オレは、このために作られたものだ。

 

 ――だから、もう、いい。

 

 ――これでいいんだ、ジェイド。

 

『……でも、ひとりはさびしいよ』

 

 何も映すことのないはずのレンズは翠の目をした魔性を一人捉える。

 暗闇の中に立っているだけの、本物ではない、イメージの立ち姿。彼の胸が――心臓が、光を放っている。カード1枚分の光。

 

『いっしょに、いこう?』

 

 巨大な骨の手がオレを優しく掴んでいた。

 

 

 

 偽ジャック事件が終わってこれまで通りに戻ったジェイドだったが、見えない何かに導かれるようにしてDホイールを走らせる。辿り着いたのはスクラップ置き場。

 サテライト時代はよく遊星が掘り出し物を漁っていたなあ、と思い出に浸ることはなくジェイドは廃材の山へと足を踏み入れる。

 ガシャガシャガラガラと崩れていく金属には目を向けることなく、ただ一点を目指す。

 

「…………」

 

 壊れてしまったはずのそれは、誰かが直したのか見た目は元通りになっていた。けど、目を閉じたまま動かない。

 まるでジャック・アトラスが眠っているようだった。

 

 全てが偽物で、本物には成り代われない。

 だとしても、役割が終わったら捨てられて、忘れられる……なんて、あんまりじゃないか。

 

 同情か、憐憫か。頬を伝う雫はぽたりとその上に落ちた。消え去ってしまったはずの彼がここにいる理由よりも、最後に言葉を交わせなかった悲しみの方が上回る。

 

 ――触れ合う部分から熱が伝わる。

 

 ぐちゃぐちゃになった内側でぱちりと稲妻が走る。回路が繋がる。人ならざるものである証明の再起動。

 誰も知らぬ骨の王により紡がれた奇跡だが、それでも残された時間は少ない。その時間で彼へ心に消えない傷を残すこともできるのだろうが、それはキングのすることではない。

 

「これ、を」

 

 後頭部からメモリを抜き取り、彼の手に納めた。行動を決定するための全てが入ったメモリが失われたことで男の動きは緩慢になる。

 

「ジャック?」

 

 男はそれを手放した。それをどうするかの全ての権利はジェイドに委ねられる。捨てるのか、大事に保存するのか、それとも……。

 

「もし、おまえがおれをゆるすなら。それは、Dホイール、に……」

 

「ジャック!」

 

 抱きかかえられても、そうされていると伝える五感はもはやない。全ては闇の中へと落ちていく。

 ……ただ、彼がどうしようとその未来を己は受け入れられる。そんな気がした。

 

 

 

 帰ってきたジェイドを出迎えたのは黒煙を撒き散らすガレージ。WRGPに向け新エンジン開発は進んでいるが、何一つ問題なく、と言うわけではない。

 

「ごっほ、げほ……」

 

 真正面から思いっきり吸い込んでしまい咽せる。

 

「すまん! 調整を間違えた」

 

「けほ……」

 

 換気に協力した後、レストインピースを手で押して中に運び入れる。ガレージにいた皆は爆発のせいで体や衣服のどこかしらが煤で汚れている。それはジェイドも例外ではなかった。

 

「ちょっと着替えてくる」

 

 コートを脱いだことでポケットの中に入れていたメモリが床に落ちる。

 

「む? なんだそれは」

 

「まあ……拾い物?」

 

 床に落ちてしまったそれを拾い、彼が残した言葉の通りDホイールへと差し込む。

 あまりにも自然な流れで異常な行動をしたため誰も止められなかった。

 

「なっ!?」

 

「なんで知らねえものブッ刺してるんだオイ!」

 

 四人はジェイドの奇行に慌てる。始まったのは急速なインストール。

 

「ウイルスか!?」

 

「取り敢えずオフライン環境に……ああ駄目だ間に合わない!」

 

 慌てる四人と、託されたはいいが何が起きるのかを知らされていなかったためぽかんとしているジェイド。

 インストールが完了し、画面に砂嵐が走る。

 

『――フハハハハ!』

 

「オレ……の声、だと? まさか!」

 

 笑い声がしてきたのはジェイドのDホイールから。ジャックはレストインピースを、その画面に映る存在を睨む。

 

「貴様、まだ生き残っていたか」

 

 原因はあのメモリだろう。通信が繋がっている。まさかリベンジか、と強く拳を握り徹底抗戦の意思を示す。

 

『生きる……? それはプログラムに適用されない言葉だ』

 

「何を言っている」

 

『オレの本体はとうに失われた。もう何もできん。奴らに望まれていた役目は終わり、ここにあるのはキングとは程遠い、捨てられたガラクタでしかない。……ただのプログラムではあるが……何、奴らに目にもの見せてやるための協力はしてやろう。存分に使って魅せろ、シグナー共』

 

 落ち込んでいるのかと思いきや急に上から目線になる。自信を持って語る姿はキングの頃のジャックと似通っていた。

 

「そっか――それはそれとして」

 

 いい感じになりそうだった話の流れが変わった。ジェイドの声が低くなる。ガレージの中にいた面々はあっこれはジェイドのお叱りが飛ぶぞと察して身を引いた。

 

「ブルーノ」

 

「えっ、何だい?」

 

 呼ばれたのはまさかのブルーノ。巻き込まれてはたまらないと他の面々はブルーノから離れていく。

 

「――レストインピース、好き放題整備していいよ」

 

「それは…………どこまで?」

 

「ブルーノがやりたいことなんでも」

 

「言質はとったからね」

 

 ブルーノは普段はDホイールへの愛を抑えている。子供に話しかけるような、側から見るとそういった癖の人と思われそうな言動をしてしまうからだ。

 

 それが今、ジェイドの手によって解禁された。目をきらめかせ、極上のご馳走を前にしヨダレが垂れそうな顔になってフラフラと近寄る。

 なおわきわきと動いている手は整備のためのムーブのため猥褻は一切ない。健全だ。

 

『ま、待て! なんだその顔と手つきは、きさっ、ジェイド!! 止めろ!!』

 

「何って……皆を騒がせた分だけの罰としては極めて軽いことだけど」

 

『どこを見たらそう見えているんだ貴様ァ!』

 

「プログラムにもそういう感情ってあるんだな……偽物野郎、改心しようとしたことぐらいは覚えてはおいてやるからな……」

 

「…………ブルーノだけ狡いな」

 

「おい遊星、それは冗談なのか……?」

 

 クロウは手を合わせてレストインピースとその中にいる偽ジャックにナムナムと祈っていた。勝手に殺すな。

 あと全力整備に混ざりたそうにしている遊星を見て本物のジャックはちょっと引いていた。

 

「それじゃ、痛くはしないからね……」

 

『ふ、ふざけ――巫山戯るな馬鹿者どもがぁ――!』

 

 Dホイールの中に彼の人格がインストールされたことでそういうアレとして誤認してしまうだけであり、どう見てもDホイールの整備。健全。

 ……ブルーノの言葉に目を背ければ健全。聞き始めると多分推奨年齢が設定されるけど、たぶん健全。

 

 グワーッと悲鳴が響くけどもポッポタイムは今日も平和です。




本物→ジェイドを自分だけのものにするために攫って閉じ込めようとする
偽物→ジェイドを自分だけのものにするために二人一緒に逃げようとする

どう足掻いても、同類。
なおジェイドと破滅の未来という知識を共有できるため湿度は偽物の方が上になります。
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