影に入っても入らなくても、日差しを反射するアスファルトによって躊躇なく肌を焼かれていく季節。目に見えなくとも紫外線はそこに存在している。
見えるんだけど見えないものとは紫外線だった……? 変なことを考えるのは熱にまいっているからなのかもしれない。今日も元気もりもりメメント・モリ!(夏日)
SPFとかなんのこっちゃかわかってない男連中を説き伏せ、外出時に日焼け止めを塗らせることに成功したジェイドの姿を見てアキは「やっぱり母親……」と思っていたとかいなかったとか。
「ただいまー!」
帰宅したジェイドは上を脱いでタンクトップ一枚になり、あっついーと呟きながら洗面所に直行し顔と腕を洗う。
冷えた水の温度が体から熱を奪っていく。この季節のみに味わえる心地よさで思わず声が漏れる。
「ほい、おつかれ。今月最後のデュエルアカデミアはどうだった?」
ジェイドがタオルでフキフキしている間、氷入りの麦茶を用意してくれたクロウからコップを受け取る。タンクトップ姿の男しかいないガレージの中、ジェイドは飲み物を一気に半分ほど飲み干してから話し出した。
「ありがと。夏休み前だから雑談みたいな話をね。《眠れる巨人ズシン》をどうやったら使えるか、って皆で話してた」
扇風機の前をほぼ独占中なジャックがカードの名前からどんなモンスターかを思い出す。
「《ズシン》か。癖のある召喚条件のモンスターだったな? 確か……長期間いる通常モンスターのリリース」
「正確にはレベル1の通常モンスターが自分のターンで数えて10ターン以上。つまり20ターン維持しないといけない」
「なっが! 《終焉のカウントダウン》より長いのかよ。……そりゃ使うやついねぇわな」
「んー、ボクだったらどうだろうな……《光の護封剣》とか《安全地帯》で守るかな」
カップラーメンを啜りながらも話を聞いていたブルーノが会話に混ざる。暑い日に熱いものを食べるのはどうなのかと思わなくもないが、作るのが簡単だしカップラーメンが元々好きだからという理由で選んだのだろう。
「《ズシン》を使う仮定だが、守るだけでなく攻撃をどうするかも考えないとデュエルができないだろう。低レベルモンスターを強化できるカードを採用する方がいいんじゃないか?」
遊星らしい問いかけにジェイドは頷き同意する。
「そういう意見もあったよ。普段使わないものを使おうとする、って想定だから皆のデッキの組み方の傾向とか汎用カードの知識をどれだけ持ってるかが見えてちょっと面白かった」
「ほう……じゃあお前の考えはどうなんだ?」
「私はね、このカードを使う、とかじゃなくて《ズシン》を相手に気取らせない戦法からのアプローチ――」
アプローチ、と発言したのと同時ぐらいにコカローチみたいな闖入者が乱入。
謎の噛み跡と焦げた匂いがする黒い生き物がテーブルの上に着地した。
『うう、ひどいめにあった……許さんぞミクトランテクートリめ……』
「お前は!」
八本足の存在へと真っ先に反応したのは遊星だった。遅れてジャックとクロウがデュエルディスクを手にしていつでも戦えるよう準備を完了する。ルドガーとの二度のデュエル、そのどちらでも遊星を苦しめた強力なモンスターの姿を忘れられるはずがない。
なおブルーノは落下してきた黒くて動くもの、まさかゴキブリ!? とカップ麺を手に持ったまま背を向けて逃げた。急いで食べ切ろうとして咽せている。
「《地縛神
断言はできず言葉の最後に疑問符がついてしまった。
だってなんだかこう……あの頃の恐怖とか覇気がない。
大きさが違うというのも理由の一つだが、風呂敷を背負わされている時点でなにかおかしい。なんだこれは。
「……アシダカ軍曹?」
『アシダカグモではない! その呼び方するの二度目だぞ貴様!』
寝ぼけててもしゃっきりしててもジェイドからの呼び方が変わらないことにデフォルメされた邪神は呆れと怒りが混ざった視線を向ける。
『まあいい、今度こそ伝令を果たし――ギャッ!!』
決意を新たにする蜘蛛を襲ったのは突然の電気ショック。衝撃でテーブルから飛び降りた邪神はガレージ全体を使い、見えない何かから必死に逃げ回る。
『我はルドガーに負けた故に他の地縛神を全て葬り去るまで協力しろとこうしてこき使われているだけだ! シグナーへ復讐が出来るほどの力は無いからやめさせろジェイド!』
「え、あ、うん? とりあえずやめ! やめ!」
ジェイドは見えない精霊らに必死に呼びかける。こんな時に龍可がいればよかったのだが、生憎今日は夏休み直前のため双子は自宅直帰でのんびりしている。
いつ精霊の怒りが無くなるかわからないため、どのぐらいの時間中止を訴えればいいのかがわからない。必死な蜘蛛の動きを見つつ、これでいいのかよくわからないまま声を上げていた。
一人頑張るジェイドを他所に、ダークシグナーと戦った三人は違う点が気になっていた。
「オレの耳が確かなら……ルドガーに負けた、と言った気がするが」
「ああ、俺にもそう聞こえた」
「しかも他の地縛神をって……マジか」
運命を終わらせると光の中へと消えていった二人が何をしているのかは謎だった。
これまでの戦いにおいて封印しかできなかった地縛神を、二度と復活できないように討伐する。誰にも知られることのない戦いの一端を知った男達は困惑していた。
ルドガーに負けた――それが意味するのは、彼は神々の手の上だった己の運命を、己の力で乗り越えたこと。
「そうか、ルドガー……」
遊星は彼が持っていた痣のある自分の腕を見る。遠く離れた地で、絆の力により運命に争う兄弟へと思いを馳せるその顔はどこか嬉しそうに見えた。
どれぐらいの間ドタバタと走り回っていたのだろうか。とりあえず蜘蛛と見えない相手による追いかけっこは終わり、八本の足を投げ出すようにしてぺたんと床にくっついている。
『ひぃ、ひぃ……あの兄弟からの、ひぃ、言葉をな……』
暑い日に荷物を背負っての全力疾走で息切れしている。あの地縛神が。
……なんだかかわいそうになってきたのでジェイドは体を冷やすためとして保冷剤をハンカチに包んで一つ横に置いてやった。蜘蛛はたすかる……と長い足できゅっと抱きしめた。
全身でひんやりを満喫して復活、立ち上がったそれはある程度の威厳を取り戻したような口調で語り出す。
『シグナーの竜がなぜ今もシグナーの手にあるのか、その意味を理解するための言葉を預かっている』
「なぜ、ってそりゃあ……うん?」
「言われてみれば確かに。地縛神は倒したのだからオレ達の下にまだいる理由はないはずだ」
共に戦い、自身を象徴するものとなっているドラゴンがいつかこの手を離れることなど思いもしなかったが、考えてみれば役割を終えたのに残っているのは確かにおかしい。
『赤き竜が人間に甘い、というのもあるが……簡単だ。脅威が未だにこの世界に残っていて、お前達を狙っている』
「機皇帝のことか?」
一番最初に思いついたそれを遊星が口にする。
『まあ、それもあるが』
蜘蛛は周囲にいる人間にわからぬよう複眼のうちの一つでジェイドの様子を見て、特に何も言わなかったので何ともない感じの態度を続行。
レクス・ゴドウィンも所属していたイリアステルが実は未来人が作った組織で破滅の未来の回避がどうのこうのと知らせるのは流石に早すぎる、とジェイドと意見が一致したからだ。
『それよりも貴様らにとってはこちらの方が衝撃的だろうなぁ。――地縛神はまだ残っている』
少し焦らしてから明かした衝撃の言葉にシグナーは動揺を隠せないでいた。
驚くべき事実を前にしてジェイドだけが特に反応していない。そんな違和感に気付かないほどに。
「そんな筈は!」
「カーリーに取り憑いていた残滓ならばオレが倒した。勘違いではないのか」
5000年の戦いはレクス・ゴドウィンとのデュエルにより全て終わったはずだ。鬼柳やカーリーの記憶が戻ったのは地縛神そのものではなく、それらが残していったものによる影響。
第一、地縛神が復活しているなら大地には紫の炎による地上絵が、空にはそれに伴う光が空に照らし出されるはずだ。ネオドミノシティでそういった事例についてのニュースはもう報道されていない。
『お前らとはまだ戦っていないから知らないのも無理はない。赤き竜がその力を恐れ、地下深くへ念入りに封じた悪魔――その名は《地縛神 スカーレッド・ノヴァ》』
《地縛神 スカーレッド・ノヴァ》。
一万年前の決戦で赤き竜を劣勢に追い込んだと名指しされた存在。
物理破壊力最強が《
自ら動くことなく、しもべに命じて地上を荒らす。人心を乱し、生贄がなくとも己の力のみで復活し活動できる特異性がもたらす悪意は多くの人々を苦しめた。
天にある竜の星から舞い降りた赤き竜に対し、大地に縛り付けられた紅蓮の新星……真正面から喧嘩を売っているとしか思えない名前を名乗るだけの力がある。
『ヤツは我らの中でもいっとう強く、また変わり者でもある。それに奴のしもべは……いや、これはやめておこう。いのちたいせつに……』
どんな恐ろしいことを想像したのか蜘蛛はブルッと震えて口を閉ざす。
「知ってるのに言いたくないの?」
あの戦いを直接見ていないため地縛神の危険性を知らないブルーノは純粋な疑問を小さな邪神に遠慮なくぶつける。
『使うモンスターの名がな、その……ミクトランテクートリが知ったら怒髪天だぞ。キレるぞ間違いなく』
「名前だけで?」
『うむ。キレる』
心の闇とは無縁そうな男に対して毒気が削がれたのか、古くからいる神は少しばかり言葉が砕けていた。
ジェイドの記憶に残っている紅蓮の悪魔のしもべ関係は《スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン》のお披露目と、あと「紅蓮の悪魔の仕業でございます……」ぐらいしかない。しもべのエースモンスターなんだっけ? と思い出そうとしてもなんのとっかかりもない。
なお、しもべが使う【黄泉】のエースモンスターは《黄泉の邪王 ミクトランコアトル》。
ミクトランテクートリとケッツァーコアトル両方に喧嘩を売る名前である。
「それほどの神がどうしてあの戦いに参戦しなかったんだ」
『さあな。奴の考えていることはよくわからん。……我の策を勝手に乗っ取ったくせにやれ洗脳が甘いだのやれ蜘蛛を介さねば力が使えない格下だのぐちぐち言い出すあいつが今回いなくてせいせいしたわ! まあ今回も負けたがな! あいつもシグナーの前に屈してしまえ!!』
ダカダカ怒りのままに足を踏み鳴らしつつ口から垂れ流すヤケクソ混じりの愚痴で人間達はお、おう……みたいな空気感になる。
フィールドにいる間は他の地縛神の召喚を阻害する効果を持つせいなのか、かの神の間に絆と呼べるものはないらしい。
『……ゴドウィン兄弟も探してはいるが痕跡が全く無い。恐らくすでに地上にいるだろう。あえて弱いまま蘇り赤き竜の探知から逃れるぐらいなら奴はする』
「あ、よかった戻った」
言いたいことを吐き出してスッキリしたのか元の調子に戻る。
『奴が使った冥界の扉はどこかにあるだろうから、見つけさえすれば後は追える。まあ、復活したとて全盛期の力と比べれば程遠いから大っぴらに動くことはないだろうし、ある程度すれば赤き竜が見つけるだろう。お前達が気にしすぎる必要はない』
「忠告感謝する」
世界を滅ぼそうとした恐ろしい邪神だが、今はゴドウィンが完全に従えているため味方としていいだろう。
そう考えた遊星からの感謝の言葉に蜘蛛は少しだけ硬直し……顔を逸らしてから勘違いするな、と告げる。
『フン、我に勝ったくせに奴には負けるなどという無様な姿を晒すのが許せんだけだ。平和ボケしないようにしておけよシグナー共。……ゴドウィンらに何か言いたいことや聞きたいことがあれば我から伝えておくが』
じゃあ、と最初に手を上げたのはジェイド。
「レクスさんにどうしてジャックがこんなになるまで甘やかしちゃったのかを」
『……お前の聞くことは本当にそれでいいのか?』
攫われたり生贄にされたりした恨みつらみはどこいった、と蜘蛛による本日二度目の呆れた視線がジェイドをじっとりと眺めていた。
夜風が心地よいため開けている窓から、二人のところへ帰っていったはずの蜘蛛がよっこらかさかさと侵入してジェイドのベッドの上に着地。
ノートパソコンを開いて今日の授業の雑談内容を整理をしていたジェイドはふと音がした方向に顔を向ける。
『邪魔するぞ』
ジェイドの視界の中で風呂敷を背負った蜘蛛が挨拶のつもりか足を一本上げていた。
「あれ、忘れもの?」
『お前個人への伝言があるから周囲に人がいなくなるまで待っていた。声を落とせ。……まず、道化からはどこまで聞いた?』
人に聞かせたくないのか蜘蛛は小声で問いかける。注意して聞かないと何を言ってるのか分からないような声だ。
聞き逃さないようにジェイドは椅子から蜘蛛の隣となるベッド端へと移った。
「道化……あ、イェーガーさんのことかな。『
『……む、そうか。主人亡き後も残された言葉に従順なのは良い臣下だが口が固すぎるのも難点だな』
かしかしと頭を掻いたのち、ジェイドへと指を刺すよう足を向ける。
『お前の持つ一番古い記憶は、幼いジャック・アトラスの手を取ったこと。これに間違いはないな』
頷く。何で突然にそんなことを聞かれるのだろう、とジェイドはよくわからないままに耳を傾ける。
『……レクス・ゴドウィンが調べたが、お前の――』
『――それ以上はやめろ』
デュエルアカデミアから支給されたノートパソコンへとハッキングして会話を盗み聞きしていた彼が怒気を孕んだ声を発する。
『ジャック・アトラス……? いや、違うな。ここまでの複製はイリアステルの奴らのものか。なんだ? 我を制御しようとでも?』
『制御ではない。それ以上を言うのはやめろ、ジェイドの心を乱すな』
『ほおう。そこまで反応するとなると、我が言おうとしたことはイリアステルに既に知られているのか。……レクスは隠し通せていると思っていたようだが』
『奴らに不可能はない。イリアステルの全ては神の意思によって支配されている』
『イリアステルの神か。長きに渡り人類というものに入れ込んでいるが地上へ降りてきた様子がない神など、我なら実在を疑うがな』
『実在など関係ない。ジェイドに危害を為すならばたとえ神だろうが許しはしない、それだけだ』
『おお怖い怖い……ではこの話についてはまたいずれ、ということにしておこう。偽物の弟どのがいつ許可してくれるかは知らんがな』
両足を上げてお手上げ降参。誰が見ても分かるような大袈裟な表現をする。
人外達の会話はジェイドを置き去りにして進んでいたが、どうやら一区切りはできたのか蜘蛛はジェイドに向かって話す。
『お前は何も負担なく使えているようだが、本来【メメント】は冥府の力が無ければ扱えぬもの。――ジェイド、お前は他と違う存在であることぐらいは分かっているな?』
「まあ、それは」
『こちらが知っていることとお前が認識していることは違うかもしれんが、お前が分かっている範囲の異常性全てを説明できるか?』
考える。
「…………無理かな」
前世の記憶を持つ転生者であり、この時代にないはずの未来のカードすら拾ってしまう謎の力。
サイコデュエリストや精霊と通じ合える彼女らとは種類が全く違う未知の力を何故持っているのか。ジェイドの中に納得のできる答えはない。
『そこだ。これからの戦いに影響するかもしれないのに、理由がわからないまま放置するなど言語道断。この機会に向き合わねばならない。我や周囲に被害が出てからでは遅すぎる。……我のダークシグナーとなればお前のことは一発で分かるのだが……』
そこで言葉を区切り蜘蛛は頭を上げる。大きなものを見上げるように。
『冗談だ。牙をしまえミクトランテクートリ。というかお前がこいつの異常性を掘り下げないから我があの兄弟にしばかれつつこうして出向いたのだが?』
最初に出会った時のビビりっぷりが嘘のように反論する。どうやら口論では勝てたようで、フンと鼻を鳴らし優越感に満ちた態度となった。
『お前はお前自身の手で自分のことを知らねばならん。先に言うが、ゴドウィン兄弟と我が持つのは手がかりのみで正解は知らんからな』
つい、と頭を動かす。
ジェイドの使っていたノートパソコン、その中にいる存在を睨むように。
『……しかしアレは正解に近しいものを知っているようだ。あれほど拒絶するとなると、お前の存在を揺るがしかねんぐらいに核心に近いものを隠していると見た。保護による慈悲を与えるのもほどほどにして、解体したほうが身のためになるかもな』
『っ……』
邪神の告げた言葉は全てが正しいためアルターエゴは何も言えなくなる。
会話の邪魔をしてきた二名を黙らせることに成功してご機嫌になった蜘蛛はその勢いのままジャンプ、窓の近くへと飛び移った。
『今日はここまでにしよう。我がこちらに現れても問題ない程度の戦果をゴドウィンが上げた日の夜に続きの話といこうではないか』
あと数歩で部屋から出られるというところまで移動して……こちらへと振り向き、最後の言葉を残す。
『…………それまでの間に、偽者どのも思い直してくれればいいのだがな』
『ぬかせ、使い魔風情が』
『ほおう、使い魔? いやはやまったくもってその通り! 身の丈は弁えているとも。我は小さくとも人の役に立つ、益虫の蜘蛛よ!』
邪神は嫌味を受け流してくつくつと笑い、窓から去っていった。
前話にて命の危機を感じて帰っちゃった蜘蛛ですが、《冥界龍 ドラゴネクロ》にガブガブされてから《太陽龍インティ》による攻撃力0の炎でじっくり焦がされもう一回行け!されました。
Q.なんで風呂敷背負ってるの?
A.デフォルメされたミニサイズになってもシグナーが問答無用と倒しにくる可能性がある。敵ではないとわかるような見た目とは……と考え、地上で捨てられてた適当な端切れを蜘蛛糸でくっつけて作りました。
ちょっとした裁縫ができちゃう恐るべき邪神。