手の中の温もりを大事に包み、ゆっくりと口に含み、嚥下する。
「ふう……」
早く飲んでと誘ってくる甘い香りと期待通りの味わい。舌に残るチョコレートの味はまさしく幸せの具現。口から喉を通っていく温もりは体の内側から温めてくれて、心まで緩むような錯覚を覚える。
つまり。
ココア美味しい。
「ジェイド」
呼びかけと同時にぽいっと放り投げられた薄くて四角い平べったい箱を慌ててキャッチする。
正体はジャックが買いそうにない女性向けデザインのお高いチョコレート。キング時代から追っかけてくれているファンからの貢物だ。
どのぐらい高いかはクロウが知ったら「いくらファンとはいえこれをプレゼントするのかよ……」ってドン引きするぐらいと言えば伝わるだろうか。雑に投げ渡していいものではない。
手作りは中に何入ってるのかわからない危険があるが、これは既成品だから変なものは入ってない。包装に変な破けや穴もないため安全。
ジェイドは包み紙を丁寧に外し蓋を開ける。
箱には小さいハート型の、中にイチゴ味のジュレというかソースというか……とにかく甘いと甘いを掛け合わせたチョコレートが8個。
いただきます、と手を合わせる。
「んむ」
ぱき、と歯でチョコレートの殻の中を割ればどろりと真っ赤で甘ったるい果実が溢れてくる。チョコレートも体温で溶けて、種類の違う甘さが混ざっていく。ああ……くちいっぱいのしあわせ……。
サテライトに甘いものはそんなになかった。というか食べ物自体が足りていなかった。
そのせいかジェイドは……いや、ジェイドだけでなくサテライト育ちの幼馴染達は出された分をきっちり食べ切ってしまう欲張りボディになってしまった。それはお菓子とて例外ではない。
「ジェイド」
「ん」
食べ切ると同時にジャックがわんこそばの如くゴミを回収して追加のお菓子を出してくる。兄弟の絆がなせる連携だ。
……………本当にそうか? これを絆と呼んでいいのか? アルターエゴは訝しんだ。
ごくごくひょいぱく。みるみるうちに消えるスイーツにオトナズルイと双子の視線が集まる。ジャックにねだったらたぶんファンからの消え物系贈り物は分けてもらえるだろうけど、今のジェイドにそれを伝えられる余裕はない。
あまい。おいしい。しあわせいっぱい。
十数個積み重なった空き箱が幸せとそれに伴うカロリーを見せつけてくるがジェイドは全く気にしていない。
アキはふと気になって空き箱のラベルにある合計カロリーを頭の中で計算。……数値が信じられないものになったのか思わずジェイドを二度見していた。
「こんなに食べて平気なの? 本当に!?」
「デュエルするから大丈夫なんじゃない?」
ブルーノによる回答に納得できる部分はあるが、それで消費したとて限度は存在するだろう。日々の食事とそれに伴う体型への影響を気にする女子としては、ここまでお菓子をパクパクしているジェイドを見て羨ましいよりも恐怖の方が勝ってしまう。
一口ごとに増えていくカロリーにハラハラしながらアキは見守っていた。
外野の声を知ってか知らずかお菓子食べ食べモンスターとなったジェイドは止まらない。見ているだけで胸焼けがしそうな食べっぷりだがペースは一度も乱れることなく、完食。
ジェイドは口いっぱいの幸せを満喫した後、さっきまでのしあわせをダークチューニングでマイナスのしわしわに変換したような顔で頭を下げる。
「この度は大変ご迷惑をおかけしました……」
ジェイド・アトラス。
仲間の絆と甲斐甲斐しい世話……あとチョコレートの力で完全復活。元気もりもりメメント・モリ!(テオブロマ・カカオ)
「これでうどん生活とはサヨナラだな」
遊星が微笑みながら何故か食生活について告げたのには理由がある。心神が耗弱して動きが緩慢になってしまったジェイドでも食べやすいものを、とポッポタイムの皆が食事を合わせていたからだ。
「いやホントごめん、時間ある時になんでも奢るから」
「お、言ったな〜?」
金銭関係にはめざとい、チーム5D'sの財布の紐を握る一人であるクロウが言質をとる。
――クロウのクラッシュを原因にシティに拉致られてた頃っぽくなっていたジェイドだったが、二度目となるとこれで回復するんじゃないかという仮説がジャックにはあった。
幼馴染達と引き剥がしたのが原因の一つ。皆で作り上げたDホイールの消失が決定的になったならば、彼を保つのは絆の存在。
ジェイドが一人になる時間を極力減らし、隣にいることで孤独を感じさせないことを徹底したところ、こうして早期復活できたのだ。
「チームユニコーンの皆さんに謝りに行かないとね」
「弁償はしなくていい、って許してくれたから後はジェイドのことだけだぜ」
「Dホイールの予備をスポンサーが用意してくれているのは流石プロチーム、って感じだったね……いいなあ」
Dホイールの予備という概念そのものが万年金欠なチーム5D'sでは想像もつかない。Dホイールに囲まれた生活に思いを馳せ、ブルーノは憧れの心の声を漏らす。
「遅れちゃったけど、まずは予選一勝おめでとう! ……はぁ……無理だったとはわかってるけど、私も見たかったなぁ……皆の晴れ舞台」
チームユニコーン戦へあの状態のジェイドを連れて行くのは無理だと仲間の意見は一致した。お留守番をすることになった兄だが、一人残していては精神を悪化させてしまう。
じゃあ誰がポッポタイムに残るか、で話し合おうとした瞬間に自分から名乗り出たのはアルターエゴだった。
彼はAIであり実体を持たない。声だけでどうするのか不安だが、自信満々ならきっとなんとかするだろう。と少しばかりの不安を抱えて出発。
帰ってきた皆が見たのは、マーサハウス時代に何度も聞いていた子守唄を歌うアルターエゴによってぬくぬくスヤスヤしていたジェイドだった。
意外な優しさを持つAIだが、ジェイドの腑抜けた思考を許しはしない。
『回復しきっていない状態のままあいつがクラッシュするところを会場で見て正気でいられたと思うか?』
「オモイマセン」
『よろしい』
アルターエゴにより槍玉に挙げられたジャック・アトラスはなんかものすごい顔になっていた。せっかく兄が晴れ舞台と言っているのに何故マイナスイメージを、しかもオレを引き合いに出すのか。
怒りに燃える元キングをまあまあとアキが宥める。そんな騒がしさのある中で双子がジェイドに近寄り、彼を見上げながら元気に問いかける。
「ね、予選の次の試合からはジェイドにーちゃんがファーストホイーラーになるってことでいいんだよね?」
「うん、本戦に繋げるまでの期間限定でね。……スタートダッシュで失敗しちゃったけど……」
ちょっぴり恥ずかしそうに頬を掻きながら答えるジェイドに心配いらないと龍可は告げる。
「大丈夫、精霊たちがすっごい張り切ってるから絶対勝てるわ!」
「お、龍可ちゃんが言うなら本当だね。いるのってこのへん? どのへん? ……ここ。よしよし、頼りにしてるよ皆」
精霊が見える龍可の誘導により彼らがいるだろう空間をナデナデする。側から見るとすごく変な人だ。
「次の対戦相手はチームカタストロフ……破滅を名乗るとなるとデュエルスタイルも相応に危ない決闘者かもしれないぞ」
「全員マーカー付きのチームなんだっけ。……ジェイドのにーちゃん、怪我したりしないよね?」
マーカー付きは犯罪者の証だ。過去に何をしたのかわからないが人相は悪いため、もしかしたらを考えた龍亞が不安そうに呟く。
「問題なかろう。オレの兄なのだぞ」
「まあクラッシュタウンのアレコレと比べたら軽いから」
「アレと比べたらこの世の殆どの出来事は軽くなるだろ」
ここまでの話でなんとなく察すると思うが、ジェイドがおかしくなっていた期間はちょびっと……と言えるかは人によるが、数日間続いていた。
具体的に言うとチーム5D's対チームユニコーン戦が終わるぐらいだ。
なお、チームユニコーン戦の前にクロウが闇のカード絡みの事故で大怪我をする……はずだったのだが、ジェイドと破滅の未来についての記憶の擦り合わせをする過程でうろ覚え原作知識も聞いていたアルターエゴが一人で対応してくれていた。
やはり持つべきものは
……まあ、その対応というのはオートパイロット機能を乗っ取って操作し、急なターンでぽいっとクロウを放り投げるという乱暴なものだったが。
当然クロウは急に何するんだ! とアルターエゴに怒っていたがそこは抜け目ないAI。Dホイールに搭載されているカメラで上手いこと影からフックが出るところを撮影していたのを見せることでなんだこりゃと興味を逸らし説教を回避。
どうだ! イリアステルの思い通りにはさせなかったぞ! と満足気だが、ジェイドとしてはもうちょっと穏便な方法はなかったのだろうかと思ってしまう。
骨折という大怪我は回避したがクロウは肩を痛め、結局チームユニコーン戦は出られなくなっていたので。
……うん。後で遊星に全力整備頼んでおこうかな。
そんなこんなで問題のチームユニコーン戦はほとんどがアニメ通りになった。
ジェイドがいることで皆のデュエルの腕は成長していたけども、あの状態だったせいで周囲に多大なデバフをかけてしまったようで……。
ジャックはジェイドがする予定だった複数人抜きをしようと勝負を急ぐあまり罠にかかり盛大にクラッシュ。
アキちゃんは初の公式戦のプレッシャーにはめげず、また《スターダスト・ドラゴン》を使う奇策で立ち向かったがプロの戦術の前に惜敗。
結果としてラストホイーラーの遊星に三人抜きという負担をかけてしまった。
――ジェイドは決意する。
皆を休ませるためにも次のチームカタストロフ戦では思いっきり暴れよう。
一人で全部終わらせる。
それと同時にチーム5D'sの面々にぞわっと鳥肌が立った。
嫌な予感、というのだろうか。いや、自分たちがではなく対戦相手のほうが。もしかしてジェイドが……? いやそんなわけないよな、と無かったことにした。
チームカタストロフはいくらマーカー付きの乱暴者が集まったチームだとしても、WRGP優勝を狙う競争相手。いかなる手段を使ってなんとしてでも排除しないといけない敵って言うほどじゃない。
なお、ジェイドはチームカタストロフが闇のカードを使うことをしっかり覚えている。
よってジェイド判定では彼らは最初から敵である。
この後はアキちゃんが狙われたはず。となるとアキちゃんのDホイールであるブラッディー・キッスにアルターエゴを仕込んで助けてもらってから、どう助けたのかを判断材料にして全力整備をどのぐらいにするか決めよう。ウン。
「ライディングデュエル用にデッキ調整してくるね」
「ああ」
とんとんと階段を上がる。自室へと誰もついてくる気配はない。ドアを閉めれば一人だけの空間が出来上がり、ノートパソコンを開けばそこにはアルターエゴの姿があった。
「あの時の私、変だったよね」
デッキ調整とは表向きの言葉。本当にしたかったのは過去についての振り返り。ジェイドの言う、あの、が指すものはわかりきっている。
『……………………ああ』
アルターエゴは渋っている。とても渋っている。
確かにジェイド自身すら知らない過去と関係する事だから向き合わねばならない。しかし、あれほど取り乱していた状態を見せて本当に平気なのかと不安そうだ。
「大丈夫。過去のことだってわかってるから」
ジェイドは画面越しなら大丈夫だと言い切る。もしここで記録を見せなかったとしても、仲間からどんな感じだったかを聞き出そうとするだろう。それはそれで面倒なことになりそうだ。
アルターエゴは見せる見せないの二つを天秤にかけ……結果、あの時のジェイドの姿を彼に見せることを選んだ。
『Dホイールから音声と映像は記録している。再生するぞ』
彼がイヤホンを耳に装着したのを確認し、アルターエゴはあの時起きていたことを再生する。
――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
平静のまま自分自身の泣きじゃくる声を聞くというのはとても変な気持ちになるが、ぐっと我慢して言葉を聞き取る。
――こわすことしかできないおうさまで、ごめんなさい。
ふと抱いた疑問がそのまま口から飛び出した。
「王様って……何の?」
この世界における王様、って言われて思い浮かぶのはもう一人のボクなファラオか、キングは一人このオレだ、ってぐらい。他に心当たりはない。
というよりも、私が王様だとしてもどうやって候補を絞ればいいんだ?
『さあな。それよりもオレが気になっているのはこっちだ』
再生箇所を変更し、アルターエゴが見せてきたのはジャック達が駆けつけてからのシーン。
――……じゃっく。
――いきてる……。
「これがどうかした?」
気になる点がわからないジェイドは首を傾げ、ジャックと同じ顔をしたAIは呆れた様子で指摘する。
『変なことを言っているとわからないか? あの状況下で生きていて安心するとなると、事故を起こしたクロウだろう。……抱擁している相手がジャック・アトラスとわかっていながら、あいつが生きていることに安心したのは変だ。お前の知る未来でジャック・アトラスが死んだ世界線でもあったのか?』
「え、無いけど!?」
イリアステルの介入がない世界と、その先の破滅の未来。そしてイリアステルが介入を続けた結果の今の世界。アニメにあったのはそれだけだ。
『未来を知っているとはいえ、主要なことだけで細かい歯抜けがあるとイマイチ信用がな……』
「そこを突っ込まれるとなんとも言えないんだよなあ」
ジェイドは苦笑いする。これから何が起こるのかを知っているのは自分しかいないから、この記憶が間違っていないという証明はできない。
「ない……と、思うんだけどなあ」
『考えてもわからんことは放置してチームカタストロフの方に集中しろ。……確か、この後は十六夜アキが狙われるんだったか。ライディングデュエルに慣れていないアイツの練習をサポートするという名目でブラッディー・キッスへと移動しておく』
「クラッシュの回避だとしても放り投げるのはほどほどにしてあげてね? アキちゃんはクロウほど受け身は慣れてないだろうし……っと、皆の前で言った手前ちゃんとデッキ調整やっとかないと……」
いそいそとカードを広げ、通常の魔法カードを抜く。《メメント・ダークソード》の効果発動コストとして使えるので一部のメメント魔法は残し、《
『闇のカード頼りの軟弱者をどうするかは決めているんだろう?』
アルターエゴはカードを入れ替えるジェイドへと問いかけるが、それは質問よりも確認の意味合いの方が強い。
かつて偽ジャックとして数多のDホイーラーをクラッシュさせてきたアルターエゴだが、チームカタストロフと同じ枠に入れてもらっては困る。
彼はデュエルの結果としてクラッシュが発生した。彼が持っていたのは全てジャックから複製されたものではあるが、デッキには決闘者の誇りが確かに存在していた。
しかし、チームカタストロフはクラッシュを目的にデュエルをしている。
闇のカードの力に酔いしれ、己の魂たるデッキを捨て去った決闘者など到底許せるはずがない――ジェイドも同じ感情を抱いていた。
「――まあ、ね」
皆の生活圏にいるため決闘者としての殺気を全開にすることはない。じわりと滲み出た感情は表情のみに影響を与える。
ジェイドは獲物へ今にも飛びかかるような、闘争心による笑みを浮かべていた。
次回、チームカタストロフ死す!(比喩)
デュエルスタンバイ!