石造りの心臓   作:ウボァー

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流石にアステカしすぎてて遊戯王してないのはダメだよなあ、というわけでバイオレンスなところを減らしたりちょっとしたデュエルが増えたり文章の入れ替えしたりしてマイルドになった……はずの修正版です。

修正はしたけどアトラス兄弟のメンタルにはダメージが入るつらい話です。それでも良いよって人は読んでください。
曇らせ要素は紅蓮の悪魔編が最後になるはずなので……。


神贄

 夜が明けて日付が変わってもジャックが戻る気配はない。が、水も食料も持たず衝動的に去ったのだからいずれ空腹に耐えかねて帰ってくるだろうとふんで探すことはなかった。

 

 太陽が頭のてっぺんに昇る頃、鎮魂の神殿のてっぺんまで登った二人はぐるりと周囲を見渡す。特にこれといった異変は見られないが、今もなお邪神は虎視眈々と完全復活の時を待っている。

 

「帽子も持ってきた方が良かったかなあ」

 

 手製の神殿に屋根はない。直射日光がじりじりと頭を焼く。カーリーは黒髪のため白髪のジェイドよりも熱を吸収してしまうからとりあえず、と日除けとしてタオルを乗せているが効果は微妙そうだ。

 

 デュエルをしている時に紅蓮の悪魔は出てこなかった。なら邪神が潜んでいる神殿に何かしらの手がかりがあるかもと思いついたカーリーは真剣にぺたぺたと石を一つずつ触っていく。

 

「映画だと、こーいうところに隠された秘密のスイッチがあったりするのよね」

 

「ああいうのは偉い人のお墓だったりお宝があるから罠が仕掛けてあったり隠し部屋があるのであって、死者を鎮める神殿にトンデモギミックはないんじゃないかなあ」

 

「そうかもしれないけど、地縛神が隠れているなら何が起きてもおかしくないでしょ?」

 

「それはそうだけどもねぇ」

 

 ジェイド探検家からのマジレスに対してカーリー探検家はめげないしょげないへこたれない。とりあえずジェイドも石をコンコンと叩いて謎の空洞がないかを手助け中。

 

「きゃっ!?」

 

「……カーリーさん?」

 

 あっちでもないこっちでもない、とうろうろしていた彼女が突然高い声を発した。

 転倒した? それにしては音が無さすぎる。まさかと思い周囲を捜索したが……彼女は声だけを残して忽然と姿を消していた。

 

 ボマーへと伝えねば。急いで神殿を降りようとした足が何かに絡め取られる。

 

『はぁい、またまた一名様ご案内〜』

 

 例えるなら、冷たい底無し沼へ掴まれて引きずり落とされる感覚。石しかないはずの足元にぽっかりと開いた黒い渦の中へとジェイドは沈んでいく。

 

 全身が抜けた先には炎が照らす神殿の内部。地上の鎮魂の神殿とは真反対の、紅蓮の悪魔により作られた邪神を崇めるための空間。最奥にある巨大な石像は不気味に佇む。

 

 その中心に、後手を縛られ自由を奪われたカーリーがいた。

 

「カーリーさん!」

 

『おっと、この女を殺されたくなかったら大人しくしなよ』

 

 どこからともなく飛んできた三つの火の玉がぐるぐると旋回し、合体。人の形になった紅蓮の悪魔のしもべはカーリーの首筋に手を当てがい、下手なことをすれば命はないぞとわかりやすく見せつけてくる。

 

「…………何の用だ」

 

 決闘者としてピリついた殺気を放つジェイドを目の前にしても余裕を崩さず悪魔は笑う。

 

『それでは単刀直入に。ジェイド・アトラス、我が主はジャック・アトラスだけでなく貴方も欲しいとお望みです』

 

 紅蓮の悪魔が復活のために求めているのはジャック・アトラスだけのはずだった。しかし、この世界には冥界の力を持つ転生者であるジェイド・アトラスがいる。

 ……間違いなく、ろくでもないことをするつもりだ。

 

「ダメ、こんな話なんて聞いたら絶対にダメ! ジェイドさん逃げて!」

 

『お前が逃げようとしてもこの女は殺すよ? 本当に逃げちゃっていいのかな〜?』

 

 しもべは挑発するように、つう、とカーリーの顎をなぞる。

 

「くっ……」

 

 前にも後ろにも動けなくなったジェイドを背後からの威圧が支える。

 地縛神が復活しつつあるこの場なら《冥骸合竜-メメントラル・テクトリカ》は実体化できる。頼もしい神はその力で敵を討つべつ力を溜め始める。

 

『おおこわいこわい、ミクトランテクートリ神はとてもお怒りのようで……しかしここは地下。力任せに破壊したらみぃんな生き埋めで結局死んじゃうよ?』

 

 ……が、力は霧散し、そのかわりとして威嚇のために唸りだす。しもべの言葉に怯んだのだ。神が手出しできないことを確認して悪魔は満足気に笑う。

 

「カーリーさんを放せ!」

 

『私へのメリットがないお願いなんてしても無駄無駄。決まってるでしょ? 悪魔に取引を持ちかけるなら対価ってものが必要』

 

「…………なら、どうしろと」

 

『お互い納得するためにデュエルをしようじゃないの。私が負ければこの女は解放する。ジャック・アトラスのことも諦める。ただし! お前が負けたら、お前の全ては紅蓮の悪魔のものさ。……さあ、このデュエルは受けるかい?』

 

「当たり前だ!」

 

 即答。ジェイドはデュエルディスクを起動し、冥府の神は彼のデッキへと戻る。現代技術の結晶であるモーメントの虹色の光が古代の神殿の中で揺れる。

 

『うふふ、そう来なくっちゃ!』

 

 しもべの前へ初期手札となる5枚の石板が落下する。遥か昔からカードとして使われてきたそれらはしもべの持ち物なのだろう。遊戯王世界では石板がカードとして使われることもあると知っているジェイドはこの光景に動揺することはない。

 

「デュエル!」

 

『デュエル!』

 

 先攻となったのは敵滅ぼすべしと意気込むジェイド――ではない。

 

『どうやら先攻は私みたいね? ドロー! 《手札抹殺》を発動。お互い手札全てを墓地に送り、墓地に送った分だけドローする』

 

 しもべの使う石板が大地に沈み、新たな石板が天より現れる。ジェイドも使われた魔法カードの効果に従い手札を交換する。

 こちらのことを知っているなら【メメント】にも墓地を肥やすことを許すはずがないのに、何故……その答えはすぐにやってきた。

 

『キタキタ来ちゃった! 《リチュアの儀水鏡》を発動! 儀式の糧として手札の《リチュア・キラー》をリリース、墓地の《儀式魔人ディザーズ》と《儀式魔人リリーサー》を自身の効果で除外して儀式の素材に加えてレベルの合計は6に――よってレベル6の《イビリチュア・テトラオーグル》を儀式召喚!」

 

《イビリチュア・テトラオーグル》

星6/攻2600

 

 しもべが掲げた鏡の光より出でるは筋骨隆々とした赤髪の魔人魚。

 

「リチュア、というか儀式魔人!? 待て、《リリーサー》ってことは!」

 

 ジェイドは紅蓮の悪魔のしもべとのデュエルをはっきり覚えているわけではないが、これだけは断言できる。

 あれらは、絶対に原作で使っていないカードだ。わざわざジェイドと戦うためだけに用意したものだ。

 

『お、効果を知ってた? じゃあ絶望してもらおうか。《ディザーズ》と《リリーサー》、2体の儀式魔人の効果を受けた《テトラオーグル》は罠の効果を受けず、また――相手は特殊召喚できない!』

 

 

 ――最悪の効果が、適用された。

 

 

 儀式魔人により付与された効果は《禁じられた聖杯》などの効果無効ではどうしようもできない。特殊召喚を多用し、罠による破壊をよく使うジェイドの【メメント】でこの状況を突破するのは困難。

 

『《テトラオーグル》の効果! モンスターを宣言するよ。手札1枚を捨てて止められるけども、どうするどうする?』

 

「……止めない」

 

『では、互いにデッキからモンスターを1枚墓地へ! カードを1枚セットしてターンエンド』

 

 特殊召喚封じ。この世界とは異なる世界にて《儀式魔人リリーサー》が禁止カードに指定される理由の一つとなったその効果の凶悪さは……改めて語る必要もないだろう。

 

「くっ……私のターン、ドロー!」

 

 ジェイドは通常召喚のみで相手モンスターを打倒しなければならない。

 ジェイドが使える手の中で最も現実的なのは《メメント・ホーン・ドラゴン》のアドバンス召喚、そして相手モンスターを戦闘破壊して効果を解除。それができれば勝つことができる。

 

「モンスターをセット、カードをセットしてターンエンド……!」

 

 レベル8である《メメント・ホーン・ドラゴン》のアドバンス召喚に必要なのはモンスター2体。

 ……相手が警戒して攻撃しないのを期待するしかない。か細い希望に縋るジェイドを悪魔は嘲笑う。

 

『私のターン、ドロー。《イビリチュア・テトラオーグル》の効果でまたまたモンスターを宣言。どうする?』

 

「止めない」

 

『あらそう、なら私も貴方もモンスターを墓地にぽいっとしましょうね』

 

「…………」

 

 ジェイドのフィールドにはセットモンスターと伏せられたカードがそれぞれ1枚ずつ。

 

『墓地の『黄泉』モンスター3体を除外し! 出でよ! 《黄泉の邪王 ミクトランコアトル》!」

 

 《手札抹殺》と《イビリチュア・テトラオーグル》によりコツコツと墓地に貯めていたモンスターを使って大型モンスターが姿を見せようとしている。

 召喚条件から察するにこのモンスターの召喚を通してはならない。そう直感で判断したジェイドはセットカードを使う。

 

「ライフポイントを半分払い《神の宣告》発動! その特殊召喚は無効だ!」

 

ジェイド

LP 4000→2000

 

 瞬間、虚脱感に襲われる。がくりとその場で膝をつくジェイドは何が起きたのかを理解できなかった。

 

「これは……!?」

 

『あ、今気付いた? 闇のゲームでそんな一気にライフポイント削れちゃったら大変だよ?』

 

 チームカタストロフ戦においてジェイドはダメージを受けていない。闇のゲームを実体験するのはこれが初めてだった。

 意識ははっきりしているのに体がついてこない。外傷はないのに、体の中の大切なものが流れ出ていく感覚。ジェイドはすぐに立ち上がれないでいた。

 

『せっかくのカウンター罠だけど、私は《魔宮の賄賂》で無効にして破壊しちゃうよ! 我が主以外の神のいうことなんか聞きたくないもんねー、そして相手には1枚ドローをプレゼント!』

 

 神の力を賄賂という人間臭い方法で回避し、しもべのエースモンスターが降臨する。

 

《黄泉の邪王 ミクトランコアトル》

星10/攻3800

 

 それは、ケッツァーコアトルの石像がそのまま動き出したかのような巨大な蛇。

 天より舞い降りた赤き竜と地の底にて冥府を統べる竜、どちらの存在をも嘲り笑う大悪魔。

 

『さてさて準備はいいかい? バトル! 《イビリチュア・テトラオーグル》でそのセットモンスターを粉砕!』

 

 ジェイドのモンスターへ魔人魚が襲いかかり、決闘者の壁となりきれなかった羊はめええと弱々しく鳴く。

 

「……破壊された《メメント・スリーピィ》の効果、《メメント・ウラモン》を、墓地へ送る……」

 

『墓地に送っても特に意味ないよねぇ。特殊召喚できないんだし』

 

 望みのカードを引きやすくするためにデッキを圧縮しても手遅れだ。攻撃を止めるカードは、ジェイドの手の中には……無い。

 ホセによって表層に出た王の記憶の影響か、ジェイドのデュエルにはキレがなくなっている。

 

『さあ、捧げよ、その全てを! 《黄泉の邪王 ミクトランコアトル》でダイレクトアタック――!』

 

 しもべの操る悪魔が姿を変える。赤黒い、禍々しい何かへ。

 邪神の力の奔流がジェイドの全身を飲み込み、闇のゲームによるダメージで彼をどっぷりと闇へと染め上げる。悲鳴を上げることさえできない激痛の中、ジェイドのライフポイントが尽きる音がした。

 

ジェイド

LP 2000→0

 

「ジェイドさん!!」

 

 カーリーは必死に呼びかけるも、彼は倒れ伏したまま動かない。死んではいないようだが、地縛神が敗者をどうするかなんて決まりきっている。かつてダークシグナーだった彼女は原因であるしもべを強く睨みつける。

 

「ジェイドさんをこんな目に合わせるなんて許さない! 私とデュエルをしなさい!」

 

『はぁ……あのね、人質が言えることじゃないでしょ、それ。お前はもう用済みだよ。地上へサヨナラー』

 

 カーリーの手を縛っていた縄が燃え上がり、その炎がぶわりと彼女を覆い隠すように広がり消失。また、ジェイドの腕にあったデュエルディスクがこの場から消える。邪魔者に横槍を入れられないために。

 

 二人きりになった部屋で悪魔はじろじろとジェイドの顔を見て、何かに気付いた。

 

『ああ、どこかで見た顔だと思ってたらやっぱり。ダメじゃないの、責任ほっぽりだしてただの人間になろうなんて、ねぇ? モクテスマ2世さん』

 

「う、ぐ……」

 

 彼の奥底を見るように瞳をじいっと見つめ、ふとつぶやく。

 

『……ふうん? それだけじゃない。他にも混ざってるねぇ。その分も楽しめてラッキー? んふふ』

 

 目の前のこいつはジェイドがどういう存在なのかをわかっている。どういうことなのか問おうとして……視界が閉ざされていく。意識が暗く冷たい闇の中へと沈む。

 

『次に目が覚めた時には、とおってもタノシイコトをしましょうね――』

 

 

 

 力を求め、神殿の頂上にて紅蓮の悪魔へと呼びかけたことにより姿を見せた謎の空間。先の見えない暗闇に続く階段を降りきった先には、何に使うのかわからない広い場所があった。

 

「ここは……?」

 

 ボマーの作った神殿の地下にまさかこのような場所があるとは。警戒しながら辺りを見回すジャックの視界に炎がちらつく。

 ぼう、と一斉に勢いが強くなった篝火。それが照らすのは巨大な石像と、その前に佇む炎の悪魔。

 

『ようこそお待ちしておりましたジャック・アトラス様。我が主、紅蓮の悪魔の元へようこそ。私は紅蓮の悪魔のしもべでございます』

 

 悪魔は尾を揺らし、ぺこりと優雅にお辞儀をする。

 

「力はどこにある。オレとの契約はどうなった」

 

『まあまあそう焦らないで。ちゃあんと用意は済んでるから』

 

 さっきまでの礼儀正しい姿を即座に投げ捨てた悪魔は体を退け、その後ろにあるものが露わになる。

 

『じゃじゃーん!』

 

「な……!?」

 

 石の寝台のようなものにジェイドが大の字で寝転がされていた。その手首足首には囚人のように枷が嵌っていて、寝台に繋がった鎖によりそれらが固定されている。

 

「これは一体どういうことだ! なぜジェイドがここにいる!」

 

 問い正すべく大きく腕を振るう。

 

『なぜって、必要だからここに用意したのさ。契約は簡単。――まず、お前の兄を紅蓮の悪魔に捧げる。そしてお前が紅蓮の悪魔復活の器としてその体を捧げる。さすればお前が望む力はその体に宿る』

 

「何を言っている」

 

『欲しいんでしょう? 究極の力が。なら、赤き竜の力と冥界の力を両方持てばお前は究極の存在となれる。願いが全部叶っちゃう! やったね』

 

「ふざけるな! これのどこが望み通りだというのだ!」

 

 あらゆる敵を排するための究極の力を求めただけだ。兄に危害が及ぶ願いなど一切含まれていない。ましてや、紅蓮の悪魔に体を捧げる、など。

 

 契約違反だと怒りを露わにする男に対して炎の悪魔はすっとぼけた感じで答える。

 

『えー? 苦しませたくないんでしょ? 身も心も我が主のものになればもう苦しむことはないじゃん? ……そしてお前は力が欲しいとは言ってたけどさ、もう少し具体的に教えてくれないとわかんないよ〜。お前の魂はどうでもいいとか思っちゃうじゃん。私ってばなんにも嘘は言ってないもんねぇ〜』

 

 そもそも悪魔を相手にして契約の内容を完全にお任せしたのが悪いのだ。文句を言われる筋合いなんてないよ、とジャックに責任を押し付ける。

 

『たとえ地獄に堕ちようともただひたすらに力を求める赤く燃える執念――そのせいでこんなことを招いたのさ。これこそお前が望んだことだよジャック・アトラス! 責任はきちんと取らないとねぇ!』

 

 悪魔が声を張り上げる。ぼう、と石像の目が光った。

 心臓を鷲掴みにされたように息が詰まる。動けない。

 

 力が欲しい。その願いだけを強め、誘導する。嫌だ、やめろ、そんな感情を無理やりに悪魔はねじ伏せて……男の目の光が失われる。

 

「――始めろ、儀式を」

 

 契約を受け入れた。受け入れさせられた。

 これでジャック・アトラスは紅蓮の悪魔の手のひらの上。もう止めることはできない。

 

『これで準備は整った! 我が主、紅蓮の悪魔よ! ここに神の奇跡を!』

 

 しもべの言葉は開幕の合図。石像から滲み出てきた黒いモヤのようなそれがジェイドの胸部へとなだれ込む。同時にびくんと男の体が跳ねる。

 

「あ、うあああぁあぁあっ――!」

 

 地縛神を構成するのは負の力。許容量を超える邪念を注ぎ、彼の持つ冥府の力と混ざり合い、無理やりに愚かな王の過去を思い出させる。ジェイドの自我なんかお構いなしの凶行。

 

『モクテスマ2世、なんでお前だけがこうしてのうのうと続きを楽しんでいるのかなぁ。お前の後を継いだ弟は病で死んで、その次の本当の最後の王様は捕まって惨たらしい目に遭った。……苦しかったろうねぇ、痛かっただろうねぇ。なんであいつらは死ななきゃいけなかったんだろうね?』

 

 しもべは耳元で囁く。表層に出てきた王の記憶を虐めるために。

 

「ごめっ、なさ、ごめんな、ぁ――」

 

『ね、誰のせいかな? ほらほら言ってごらん』

 

 記憶を無遠慮にほじくり返し、心のやわい部分をこじ開けていく。

 

「わた、わたしがっ、あ、あ……」

 

『そう、お前のせいだよ。お前が戦わなかったからさ。誰一人としてお前を許しはしない! 許しを乞うべき対象もいない! じゃあお前が謝るべきはなにかなぁ?』

 

「ぅ、ぁう………………なさ、い」

 

 兄が酷い目に合っているのに、弟は呆然と立っているだけだった。紅蓮の悪魔によって奥底に封じ込められた自我はずっと彼の名前を呼んでいるが、心の声はどうやっても届かない。

 

「――ジャック!」

 

「紅蓮の悪魔め、すぐに二人を解放しろ! 私が相手になってやる!」

 

 ジャックがここに降りてくるために使った穴を経由したのだろう。地上にいたカーリーとボマーが階段を急いで駆け降りてきた。

 苦しむジェイドと動かないジャックの原因が紅蓮の悪魔にあるのは明白。二人は儀式を中断させるべく広場へ降りようとした。

 

『今ちょうどいいところなのね、一緒に見ていきなよ。ま、帰らせはしないけど!』

 

 が、悪魔が複数放った攻撃によりこの広場へと降りてくるための階段は崩落。また唯一の出口が潰れる。前にも後ろにも進めなくなった二人はただ契約の儀式の様子を見ることしかできない。

 

「……っ!」

 

 ボマーは紅蓮の悪魔許すまじと睨みつけ、カーリーはこんなものをずっと見ていたくないと目を閉じて顔を逸らす。

 

 耳を塞いでも、完全に遮断できない音によって想像力を余計に掻き立ててしまう。閉じた真っ黒な世界。

 そこへ、きぃんと音叉の音が響いた。それはリゾネーターがシンクロ召喚の時に出す音。

 どうして今? 思わず彼女が目を開いてしまったそこにあったのは、現実ではないが、どこかで現実になった光景。

 

 

 兄を失った事実で狂い、暴走した荒ぶる魂が感情を焼き尽くした果て、ただジェイドを蘇らせたい一心のみで世界全てを敵に回す紅蓮の魔王となってしまった。

 ――そんな恐ろしく、また、悲しい可能性。

 

 

『――なんどやってもだめだった』

 

 世界から切り離されたカーリーの耳に届くのは紛れもなくジェイドの声。でも、今の彼はこんなふうに喋ることはできないはず。彼女をこの地へと向かわせたドッペルゲンガーのジェイドがここにいるのだろうか。

 

『ほとんどがこうなってしまって、このさきのみらいをこわしてしまった』

 

 そっと、姿の見えない彼から背中を手のひらで押された気がする。けど、そこに体温はない。人の手にしては筋張った……いや、骨のような……?

 

『わたしはけっきょく、こわすことしかできなかった。……かれらをたすけたかったのに』

 

 世界が切り替わる。現実へと戻されている。

 

『こんなやくめをおしつけてごめんね。あいするひとのこえなら、きっと――』

 

 

 

「――ジャック!!」

 

 

 

 それは昔、男が共に死んでもいいと心を決めた女の声。

 それは今、男が最も愛する女の声。

 

「…………カーリー?」

 

『…………何? そんな馬鹿な! 紅蓮の悪魔の支配を断ち切るなど!』

 

 しもべは慌てる。あり得ないことが起きようとしているから。

 

『しかし意識だけ戻っても意味なんかないよ。お前の口はちゃんと儀式を始めろって言った、契約は成った! 契約者が邪魔することはできない!』

 

「くそ、体がっ」

 

 口は動くがそれ以外が硬直したままのジャックを、どこからか現れた《ヴィジョン・リゾネーター》が体当たりで思いっきり吹っ飛ばして無理やりにジェイドのいる方向へと向かわせた。

 

「……カードの精霊、とやらか。恩に着る」

 

 攻撃してきた丸っこい悪魔はもう姿が見えなくなっていた。感謝の気持ちは精霊へと伝わったのかはわからないが、ジェイドのもたらしたカードに救われたのは事実。

 

 体に自由が戻ったジャックは拘束されたジェイドを助けようと走り出し、紅蓮の悪魔のしもべは頭を掻きむしる仕草をして苛立ちを明白にする。

 

『またアイノキセキ!? またぁ!? もう飽きたんだよこんな茶番さぁ……』

 

 絶体絶命。悔しがっているはずだが……くふ、くふふっ、と声が漏れる。

 

『でもでも残念だけど! お前じゃなくてジェイド・アトラス自身との契約がもう成立してるんだよねぇ! ジェイド・アトラスはとうに我が主の供物さ!』

 

 しもべは地団駄を踏み、床が振動する。びきりと亀裂が入り石の大地が壊れていく。ジャックの立てるスペースを円形に残しそれ以外を切り離す。供物になった男を助けることができないように。

 

「ジェイドがお前と契約、だと……! どういうことだ!?」

 

『そこの女を助けようと己を賭けたデュエルをして負けたのさ。見せてやりたかったねぇ、あの負け方!』

 

 しもべの話のせいでジェイドは闇のゲームによる苦痛を思い出してしまったのか、うう、と呻く。

 

『あっほっといててごめんねモクテスマ2世。もうちょっとはっきり言える? うるさいのがいっぱいいるからさぁ』

 

「い…………ごぇ、さい」

 

「ジェイド! やめろ! それだけは――!」

 

 ジャックはもう喉がどうなってもいいと言わんばかりに彼の名前を呼ぶ。自由を奪われていた時でも、あの悪魔が何を囁いていたのかは聞こえていた。

 しもべが引き出したい言葉が何か、わかってしまったから。

 

「いき……て、なさい」

 

『もう一声! もう一声!』

 

「いきてて、ごめんなさい」

 

 翠の目が宿したのは――深く暗い、絶望の色。

 嗚呼、悪魔はこれを求めていた。これを待っていた!

 

『お前の心臓が絶望を糧にして回り出す。さあさあ早く開け、冥界の扉!』

 

「あ――あ、あ゛ぁああ!!」

 

 ジェイドがどれだけもがいても、がしゃんがしゃんと鎖が揺れるだけで苦痛からは逃れられない。マイナスのエネルギー、その中心部となった胸をなんとかしたいのか身体を弓のように反らして叫ぶ。

 

 せっかくの供物が駄目になってはたまらない。暴れるのを咎めるように石像から出現した真っ赤な蛇は四肢を固定していた枷を破壊し、その代わりにジェイドの両手首に噛み付き、宙吊りのかたちで固定する。まるで磔刑だ。

 

 更にはダークシグナーのような紋様が両腕の噛み跡から広がり、ジェイドの全身を蝕もうとしている。

 

「そんな、ばかな」

 

 心臓から漏れ出す光がジェイドの胸を照らす。それを見て、ジャックは信じられないでいた。

 あれはモーメントと同じ、虹色の光ではないか。尋ねようとも悪魔たちは理由を教える気はないだろう。

 

 ぐったりとしたジェイドを放置しジャックの方を向いて、悪魔は感謝の言葉を述べる。

 

『生きたまま冥界の扉になれる道具を運んでくれてありがとうねジャック・アトラス。使うのにちょっと手間はかかるしこのままだとぶっ壊れちゃうけど、それまで素敵な歌を提供してくれる一石二鳥な贈り物だよ!』

 

「き――貴様ァ!!」

 

 握りしめた拳、血管が浮き出ている額。全身を満たす怒りに任せ、今すぐにこいつを粉砕してやりたいと紫の目の奥で激情が轟々と燃えている。

 悪魔は望みに敏感だ。ジャック・アトラスが何をしたいのか、それを読み取って提案する。

 

『彼と紅蓮の悪魔との契約を取り消したい? クーリングオフはデュエルでのみ受け付けているけどね、既に成立した契約を無かったことにするには相応のものが必要。……このデュエルにはお前の全てを賭けてもらうよ。負ければお前は紅蓮の悪魔のものさ!』

 

「望むところ! 早く始めろ!」

 

 ジャックは敵対者へと狙いを定めるように人差し指を向ける。

 

『待って待って、ノリノリなのはいいけど私の準備ができてないの!』

 

「準備、だと? 貴様のデッキはどこにやった」

 

 ジェイドとデュエルした。紅蓮の悪魔のしもべは確かにそう言っていた。準備などとうにできているはず。

 

『私のデッキはあるんだけど、せっかく冥界の扉開通したから記念にとっておきを使いたいのさ!』

 

 しもべはふわふわと浮き、宙吊りにされているジェイドの正面へと移動。彼の胸から出ている光の中へと炎の手を沈めた。冥界の扉と呼ばれたそれはどこか別の空間へと繋がっているのか、ジェイドに外傷はない。

 

「何をするつもりだ……やめろ!」

 

『んー、繋がったばっかりだから狭いねー』

 

「ぁ、がっ、もういや、あ」

 

 内側をぐちゃぐちゃと掻き回すような仕草。肉体に害はないが精神へと影響するようで、ジェイドの体はびくびくと痙攣する。

 

『この辺りでもういいかな? さ、出ておいで地に縛られた奴隷たち!』

 

「あぁあ!!」

 

 一際大きく叫ぶ。しもべが冥界の扉の内からカードを取り出したのだ。その数は1枚2枚どころではない。何十枚も重なった、デッキとして構築されたカードの束。

 

『んっふふ、コレコレ。欲しかったんだよね、我が主にぴったりのカード達! 私の【黄泉】は力しか能がない馬鹿相手なら好相性だけど紅蓮の悪魔には似合わない。デッキ調整相手になってくれそうなのもちょうどいるし……ね?』

 

「外道が……! デュエルでその性根、叩き潰してくれる!」

 

 しもべは手にしたカードを古より使われてきた石板へと変換し、ジャックはデュエルディスクを起動する。

 

 ジェイド・アトラスは前菜だ。メインディッシュであるジャック・アトラスをようやく手にできる……石像が、そこに潜む紅蓮の悪魔が歓喜に震える。

 

 光の届かぬ地の底で、王者と悪魔による決闘が始まろうとしていた。




いつかどこかでおきたみらい
『紅蓮の魔王』

赤き竜の痣、スカーレッド・ノヴァの力、ジェイドの内にあった冥界の力を得たジャックがなってしまったもの。負の力に寄っているためダークシグナーに近い存在になっている。

――オレはただ、兄を救いたかっただけなのに。
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