それは未来から現れた存在
強敵との戦いを終えた遊星は空を見上げる。不気味な赤が消え去り快晴となったこの空の色は、イリアステルの脅威から解放された日常を象徴するかのように思えた。
『ついに決着! 第1回WRGP、Dホイーラーによる数多の熱戦・激戦を乗り越えて優勝を掴んだのは、チーム5D'sだ――!!』
実況の声がネオドミノシティにいる人々全てに届けと言わんばかりに響き渡り、中継を見ていた者達は長きにわたる大会の結末を知る。
優勝――その言葉で感極まって泣き出す龍亞。龍可も気持ちはよくわかるため、嗜めることはせず仕方ないわねと微笑む。ずび、と鼻を啜るほどに泣いた龍亞だったがブルーノから手渡されたハンカチでぐしぐしと顔をぬぐい、遊星へとなんとか向けられる顔にもどす。
凱旋してきた英雄を真っ先に出迎えたのはピットで待機していたアキ、続けて龍亞と龍可にブルーノ。
「やったわね、遊星!」
「ああ」
その後に医務室から出てきたのはジェイドの肩を借りるかたちで支えられているジャックとクロウ、牛尾にカーリー、深影、ステファニー。さらに観客席から降りてきたミゾグチやチームラグナロクの三人も祝福のために駆けつける。
スタッフも観客も殆どいなくなってしまったが、功労者を労うべく思い思いに言葉を交わし喜びを分かち合う。
満面の笑みを浮かべる者や、じゃれあいのように絡みにいく者。そんな光景をカーリーが独占取材として写真で記録に残す。ちゃっかりジャックを入れつつ自分にピントを合わせた自撮りも撮影しているのは役得というものだろう。
スタッフがいないため優勝イベントに必要な表彰台もろもろは自分たちで取り出さねばならないが、何がどこにあるのかはアルターエゴがハッキング……改め運営の備品リストをチェックしてくれたため捜索に迷うことはなかった。
アトラス様のお役に立ちたい! なジャックの名誉ファン三人が中心になって、あっという間にお祝いのシャンパンファイトの準備が整った。なお使用するシャンパンはノンアルなので未成年にも安心である。
「おお、しっかり冷えてる……えーと、これ親指で押さえて振って、でいいんだよね?」
初めてのことなのでジェイドは確認を求めようとして、くるりと振り向いた先には既に発射準備万端のシャンパンを構えているクロウとジャックがいた。
「そーらよ!」
「くらうがいい!」
「のわっ!?」
ジェイドはジャックとクロウにより集中的に狙われていた。傷に染みるかもしれない、と反撃シャンパンをためらうと読まれてのダイレクトシャンパンアタック。
口近くに飛んできた飛沫を舐めて確認したシャンパンの味だが、市販のものと違って甘くない。つまり砂糖が入っていないため服がベタつくことはないが……あんまり美味しくはない。
ジェイドは手に持った瓶を向ける先をどうしようかと悩んでいるとニコニコ笑顔のブルーノが目に入った。
「……ええい道連れになれぇー!」
「なんでボクに!? うわっぷ……!」
ジェイドはジャックとクロウではなく、八つ当たり気味にブルーノへとシャンパンを発射。龍亞と龍可、アキは遊星の方にシャンパンを向けている。
「そーれ!」
遊星はトロフィーで手が塞がっているため反撃ができない。シャンパンの飛び交う壇上でトロフィーに万が一があってはならない、と遊星は視線はシャンパンに向けつつ優勝の象徴は両手で掲げて避難させていた。そんな様子を見てくすくすと笑うカーリーがカメラのボタンを押す。
あんまり格好はつかないが、とにかく楽しいことが伝わる確かな写真としてこの瞬間が残ることになった。皆元気もりもりメメント・モリ!(年相応のはしゃぎっぷり)
濡れてしまった髪や服を整えて真面目な写真もちゃんと撮ってもらえば、優勝で舞い上がった気持ちもだんだんと落ち着く。
「これでイリアステルの野望は消えた」
「……ようやく、ここまできた」
遊星の安堵の呟きと重ねるようにジェイドが……いいや、その目は空に向けられ、更にぼんやりと翠に光っている。彼の内にいる神が表に出てきているのだろう。
「これで、やっと――」
突如鳴り響く異音がその後に続く言葉を掻き消す。空がガラスのようにひび割れ、何かが姿を見せようとしていた。
天から地上へと伸びる数多の建造物。――神の居城にしてイレイドゥスの眠る地、アーククレイドル。
「馬鹿な、オレ達は勝ったはずだ! 何故あれが出てきている!?」
これにて大団円かと思われたが急転直下、背にぞわりと冷たいものが走る。何度瞬きをしても空に浮かぶソレは消えず、今起きていることは幻覚ではなく現実だと示す。
「えっえっ、うそ、俺にも見えてる……!?」
シグナーの腕に触れていない、つまり赤き竜の力を借りていないのにも関わらず龍亞の目にも見えている。シグナー達は動揺しながらもこの場にいる特殊な力を持たない者たちへ問いかける。
「皆、見えているのか」
理解を放棄しながら、怯えながら、戸惑いながら……答えるまでの反応はそれぞれ違うが、全員が質問に対して同意を示す。
「ちゃんと見えてるよ。あれが、アポリアの言っていたアーククレイドル……人類最後のモーメント」
ジェイドは始めて他者の力を借りず、己の目のみでアーククレイドルを見る。
最終決戦が行われる舞台にして、未来のネオドミノシティに作られた彼らの拠点。数多の亡骸を弔う霊廟。あれほど巨大なものが遥か未来から現代に、しかもこの地上を目指し落下してきている……その事実でぞわりと鳥肌が立ち、唾を飲み込む。
「皆さん! 大変なことが起きています、すぐに治安維持局へ!」
局員から緊急の連絡を受けたイェーガーに急かされ、チーム5D'sとミゾグチは治安維持局のモニタールームへ案内された。旧モーメントが反対方向への回転をしている、と局員が詳細な報告をする途中で阿久津所長からも通信が入る。
アーククレイドル内部にある巨大モーメントがマイナス回転している影響で、ネオドミノシティにある全てのモーメントの回転が相殺――つまりは停止してしまっている。
明かされたのはそれだけではない。アーククレイドルは今も下降し続けており――12時間後には地表に激突し、ネオドミノシティから数百キロが衝撃波に襲われるという最悪の未来。
これらの報告を受けたイェーガーは非常事態宣言を発令し、住民へ避難を開始するよう求める。
……残された12時間の猶予では住人全員を避難させるには全く足りない。だとしてもそれを正直に伝えるなど愚かな真似はしない。長官として全てを背負うため、非常事態宣言の放送を終えても持ち場は離れず、全局員へと退避するよう命令を下す。
局員がいなくなったためがらんとした部屋の中、ブルーノが端末を操作してアーククレイドルを映したカメラを拡大したりとする途中……廃墟のビル群と共に、未来のネオドミノシティの証拠となるダイダロスブリッジを見つけてしまった。
「本当に、滅んでしまうのか……」
未来に起きる破滅はアポリアの記憶の中だけの存在ではなく真実であり、しかも現実の物体としてここに落ちようとしている。なんとかして落下を止めなければ、とイェーガーが息巻くも誰も明確な解決策を思いつかない中……ブルーノが案を出す。
曰く、アーククレイドルで動いているモーメントよりも大きなプラス回転をぶつければ、可能性はある――と。
「……もしジェイドが【メメント】の力を使ってマイナス回転を制御しようとしても、ネオドミノシティにあるモーメントを全部復活なんてできないからね?」
「いやだからやらない、それだけは絶対にやらないから本当に……!」
ふとブルーノと視線があった結果、ジト目であの夜に話したような忠告を皆の前で再放送。ちゃんとわかっているからもう刺す必要のない釘を刺された。なぜ。
ジェイドが未来のことを知っているとわかっている仲間から「何て無茶をやろうとしていたんだ」「絶対にそんなことはさせないからな」とお怒りと心配の混ざった言葉をかけられた。だから私はやらないって言ってるのに。なんで。
「でも正常に動くモーメントは、もうネオドミノシティには……」
『我々を忘れてもらっては困るな』
ジェイドに負担をかけてしまうのをどうにか避けられないかと悩む作戦会議中だったが、チームラグナロクが通信に割り込む。Dホイールに乗る三人へとカメラが切り替われば、彼らのDホイールは何故動いているんだという当然の疑問が皆の頭に浮かぶ。
その答えを知るべくチーム5D'sは治安維持局の外へと迎えに出る。到着した三人が操る乗り物はモーメント特有の虹色の光を宿している。この場所に到着するために乗っていたのはガソリンで動く別の乗り物などではなく、間違いなく準決勝で使われていたDホイールのヴァルハランダーだった。
「なんでお前らのDホイールは動いてるんだ?」
「三極神の力によって俺たちはイリアステルによる改変の影響から逃れられる。同様にあのマイナス回転をしているモーメントの影響も受けない、ってことさ」
ルーンの瞳を輝かせながらブレイブがクロウの質問に答える。
「赤き竜の力も例外ではないはずだ。試してみるといい」
促されるままに遊星達がDホイールに触れてみれば無事に起動した。ここまできて最終決戦に参戦できないなんてことはないよな……と不安になったジェイドも試しにエンジンをかけてみれば胸にふわりと熱がともり、シグナー達と同じく成功。胸を撫でおろす。
これでマイナス回転をしないモーメントが用意できる、アーククレイドルをなんとかできる希望が見つかった……と喜ぶのも束の間、水を差す女性の声がした。
『それは間違いよ』
「シェリー! 生きていたのか!」
「お嬢様!」
行方不明となっていたシェリーが遊星号の画面へと姿を見せる。遊星とミゾグチが前のめりになって確認する。
間違いなくシェリー・ルブラン本人。だが、暗い背景のためどこにいるかまではわからない。長くを共にしてきた二人の感動の再会……とはならず、彼女は淡々とただメッセージを伝える。
『私はこれから起こる未来を見た。――遊星、貴方がアーククレイドルに来た場合、必ず死に至る未来を』
「死なせないよ」
遊星ではなくジェイドが否定する。
死。その重みを誰よりも知る彼はシェリーが再び口を開くまでに伝えたいことを追加する。
「シェリーさん、あなたを助けてくれた、その未来を教えてくれた英雄であった神様に……Z-ONEに伝えてくれる? 未来は、必ず変える。変えてみせる。あの場所で『不動遊星』も、誰も死なせなんてしない」
『……知ったような口をきかないで、ジェイド・アトラス。Z-ONEが教えてくれたわ。貴方のもたらす未来は私達が望む未来ではない。救済どころか破滅を招くもの……邪魔をしようとするなら排除するまでよ』
シェリーから伝わってくるのは明確な敵意。
ジェイドは遊星たちにイリアステルへと対抗するため未来のカードを使わせている。WRGPという大舞台で披露したカード達はこの時代に存在するものより強いパワーを持つうえに、中継映像が多くの人の目に触れたことで存在が一気に広まってしまった。あんなカードが欲しい、という思いはシンクロを加速させる一因になってしまうだろう。
その事実は、イリアステルからすれば破滅の未来を望むように見えるのは当然だった。Z-ONEにより未来を知り、イリアステルに力を貸すと決めた彼女からすればジェイド・アトラスはもはや敵でしかない。
「お嬢様、何故そのようなことを……さてはイリアステルに脅されて!」
モーメント・エクスプレス開発機構に潜入する前に開かれた茶会にて、シェリーとのやりとりを見守っていたミゾグチはジェイド・アトラスが心優しき人である事を知っている。シェリーもちゃんとわかっているはずと信じている。
だからこそ、これらの敵意も態度も偽りであると、そう信じミゾグチはイリアステルに怒りを燃やす。
『脅されてなどいないわ。私がいるのはアーククレイドル。これは私自身の意志、そして願いのため。……ミゾグチ、私のことは忘れなさい』
苦楽を共にしてきた執事に別れを告げる姿がどこか無理をしているように見えたのか、遊星は考え直すように訴えかける。
「シェリー、お前はネオドミノシティが消滅しても良いというのか!? そんなことをすれば数千、いや数万の命が犠牲になるんだぞ!」
『ええ。その犠牲によって未来の何億という命が救われるのよ? 迷うことなどないでしょう。――何を言われたとしても私は、貴方達の敵よ』
言い淀むことなく放たれた言葉を最後に、シェリーからの通信は切断された。
『――れいびょうまでたどりついたのなら、そこにいるだろうかれをたよりなさい』
『これまでをおもいだしてかんがえてみて。きっと、わかるはず。あなたがそのデッキをつかうことで、であうはずのひとのこと』
確か神はそう言っていた。協力してくれるのが誰なのか、までは詳しく教えてくれなかったが。
その人物を知っていると態度に出てはいけなかったからか、はたまた協力者の名前を記憶できていないから教えられなかったのか。……さすがに前者であると信じたい。
神はアーククレイドルを見た瞬間に喜びの感情が高まってふわっと出てきて、力の無駄遣いを避けるためかすぐ引っ込んでしまったので追加の質問はできていない。だから自分の記憶と知識で協力者となる人物を絞り込む必要がある。
あの言葉をそのまま受け止めて考えると、協力者とはアーククレイドルにいるZ-ONEになってしまうのだが……そうだとすればイリアステル側からの接触は増えているだろうし、三皇帝にはあの男は協力者だから良い感じに話を合わせろ、とかの根回しをした気配がないのは変だ。
シェリーから倒さなければならない相手として認識されている時点でZ-ONEという可能性は完全に消える。
なら、Z-ONEを除いたアーククレイドルにいそうな人物は? あの出来事が――『劇場版』にあったペガサス・クロフォード殺害事件が起きていないため、必然的に時空を超えた歴戦の決闘者とのデュエルをしておらず、結果として今も無事でいる滅四星の彼しかいない。
しかし、頼れと言われてもあの男が友以外に協力する姿を想像できない。強大な力を持つ数多のドラゴン達を奪い、最終的にデュエルモンスターズを消し去る計画を実行した男だ。冥骸の神から頼まれたとてはいそうですか、と簡単に受け入れはしないだろう。きっとデュエルは避けられない。
……というか、神のあの喋り方だとしっかりとお願いができていない気配がする。
《スターダスト・ドラゴン》を奪われていないならデッキは変わるのか? ……いいや、イリアステルは時間があれば特別なカードであっても複製できるのは偽ジャック事件で明らかになっている。そしてこちらの裏をかくためにアニメ効果だけでなくOCG効果のカードも混ぜている可能性は否定できない。
そうなれば《エコール・ド・ゾーン》とあのモンスター達の相性は抜群に良くなる。
シェリーはアキとクロウの二人を相手にする際、フィールド魔法と共に幻影を見せ、説明もないままバトルロイヤルルールのデュエルを行っていた。
対戦相手を誤認し、何が起きているのかわからない中……突然高攻撃力のモンスターに横槍を入れられたため敗北。その結末はなんとしても避けねばならない。
ぐ、とジェイドは拳を握る。
ならば、私の戦うべき相手は――パラドックスだ。