石造りの心臓   作:ウボァー

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R.I.P.

「お、完成したんだ!」

 

 ジェイドの目の前にあるのはぴかぴかの黒いDホイール。細部を彩る装飾は綺麗な赤色に塗装されている。

 ホイール・オブ・フォーチュンが白をメインに青がサブなカラーリングのため、対になる感じで……とても良い。語彙力が無くなってしまうぐらいかっこいい。

 

「そろそろ見納めかぁ」

 

 完成した、ということはこのDホイールは数日中にガレージから離れて依頼者の元へ届けられるのだろう。そしてライディングデュエルにて華麗なデビューを果たすのだ。

 遊星達の技術の結晶がハイウェイを走る姿を夢想する。朝日に照らされて? それとも夜の中にライトの残光を残して? ――うん、どちらも捨てがたい。

 

「納品先ってどの辺りになるの? このDホイールの勇姿を一度は見た「ジェイドにだが」へえそうなん……ん? 私にって言った? 聞き間違いかな?」

 

 うっかり言い間違えた、の言葉を期待するように遊星の方を見る。

 

「間違ってないぞ。オレが依頼した。塗装も勿論オレだ」

 

「……うん?」

 

 誇らしげに胸を張りながら自身へ親指を向けるジャック。その様子を見て呆けているジェイドの隣にクロウが並び、肩に腕を置く。

 

「キング二人に好かれているとこ邪魔して悪いんだがこっちとしてはあまりにも気付かなすぎて途中から逆ドッキリを疑うぐらいには不安になってたんで早めに終わらせてくれると助かる」

 

 目を逸らしながら早口で捲し立てる。お前も同等の心労を負え――という副音声が聞こえた気がしないでもない。

 

「「受け取ってくれるよな?」」

 

 幼馴染トリオのうち高身長な二人が迫ってくる。

 

「いや、だって……()()()()()()()()()?」

 

 善意によるプレッシャーの中でジェイドが口にしたのは戸惑いに満ちた、本音からの言葉だった。

 

 ――転生してから殆どをサテライトで過ごし、かつお兄ちゃんをやっていたが故の奉仕精神の塊。己は他者へと与える側であるという無自覚の決めつけ。自分が居らずとも世界は救われる、その過程を描いたアニメの存在。

 それらが合わさった結果、ジェイドは己の価値をとても低く見積もってしまうという致命的な欠落を抱えていた。

 

 ……当然、贈り物を貰うなんて思いつきもしなかった。

 

 Dホイール。これからの戦いにおいて必須の存在を受け取ってしまったのならば、いつか作られるチームに参加する可能性が大きくなってしまう。

 それは日常の中に入り込んでいたこれまでと違う、ストーリーを大きく変えかねない介入になる。

 

 地縛神の騒動の後、イリアステルの介入が無い場合は破滅の未来に繋がる。アニメではイリアステルが動いた結果、遊星達の絆で破滅の未来は回避できた。

 自分の知っている未来とはアニメ由来であり、その記憶が完璧であるとはお世辞にも言い難い。……だからこそDホイールを持っていない状態のままで過ごし、サーキットの完成をアニメより早めることなく、重要イベントであるワールド・ライディングデュエル・グランプリには出場できない決闘者になる。

 

 それならきっとなんとかなる、と信じていた。今日この日までは。

 イリアステルに目をつけられている自分が関わってしまったのなら――未来が変わってしまうんじゃないか(世界が終わってしまうんじゃないか)

 

 足元が崩れ落ちてしまうような感覚。誰にも共有できない恐怖。

 

「そんな、なんで、どうして私なんか――にィっ!?」

 

 思考は体の中をぐるぐる回る。三人から逃げるように後ろへと一歩下がる。瞳が揺れる。

 軽いパニック状態になりつつあったジェイドへとジャックは歩み寄り……胸ぐらを掴んで無理やりに目を合わせる。

 

「ジャック!?」

 

()()()()()()()()()! それだけだ!!」

 

 幼馴染の戸惑いの声をかき消すように、(キング)は傲慢に咆哮する。

 

「これまで好き放題に施してきて、自分の番になったら逃げるだと? そんなものは認めん。感謝すら拒む謙虚に意味などない」

 

 ひとりぼっちからふたりぼっちになったあの時から始まり、何年分も積み重なった恩。

 場所、因縁、地位、過去――様々な要素から解放された今だからこそ、報いたい、そう考えられる余裕ができた。

 

 前もって説明していたら必ず拒否する。食べ物などの消え物で渡した場合、何やかんやでジェイドではなくこちらが消費することになってしまうのは目に見えている。

 残る選択肢は限られていた。

 

 ジャックが手を離す。彼の目ははっきりと漆黒のDホイールを捉える。

 

「これはオレの――いや、オレ達からの恩返しだ」

 

 これまでもこれからもデュエルを至上のものとする世界で、デュエルに欠かせないものを贈られる。

 その意味は、嫌と言うほど身に染みてきて。

 

「そう、か。………………うん、そうだね」

 

 ほろりとこぼれた涙が床に落ちる。

 

「ずるいや」

 

 ここまで言われてそれでも嫌です、なんて――彼らのことを守ってきたお兄ちゃんが言えるはずがない。

 

「……ありがとう、皆。大切に使わせて貰うよ」

 

「ああ」

 

 ジェイドは自身に与えられたDホイールへと歩み寄る。何にも染まらない黒色のボディに自分の顔が反射している。泣いたことで少し目の周りが赤くなっているが、それ以外はいつも通りだ。

 

 思い出すのは、言葉。

 

 未来を変えてはならない、とホセは言った。

 こちらに協力しないか、とルチアーノは言った。

 お前はオレが倒す、とプラシドは言った。

 

 現在活動しているイリアステル三人の間で意思は統一できていない。こちらの我が儘を貫き通せるだけの隙はある、はずだ。

 使ってくるのがアニメ版の【機皇帝】だと確定した今、OCGそのままな【メメント】は相性がいい。もしイリアステルが自分を排除しようとしたなら応戦する。正しい未来からの乖離について責められたなら自分で解決する。

 そのためにも。

 

「一緒に戦おうか」

 

 腰のデッキケースにそっと手を置き語りかける。温もりを感じたような気がした。精霊の声は自分には聞こえないが、きっと彼らは力を貸してくれるはずだ。

 

「名前はどうする?」

 

 尋ねられたのは、このDホイールの名前。

 

「…………レストインピース、かな」

 

 黒やブラックといった安直な単語より、自分に似合っているものを。悩んだ末に口にしたのはメメント・モリと同じく死に関連する言葉。日本語にすれば『安らかに眠れ』。死を経験した決闘者が使うDホイールにはピッタリだろう。

 

「分かった、治安維持局への届出はこっちで済ませておく」

 

 遊星がパソコンへと必要な情報を打ち込む。

 

「……ところでDホイールの免許取得のための勉強とかって誰が教えてくれるの」

 

「オレだ」

 

「デスヨネー」

 

 弟の食い気味の返答に納得しつつも、気付いてしまう。

 

「て、ことは……《Sp(スピードスペル)》買わないといけないのかぁ」

 

 想定外の出費! と頭を抱えて蹲るジェイド。

 過去にあれだけ必要なカードを拾ってきたジェイドのことだし多分殆どは拾ってなんとかなるのでは――三人ともそう思ったが、黙っておくことにした。

 

 

 

 夢を見ている。

 

 紫の炎が大地に走る。描かれた地上絵、その内側にいた不幸な人々は魂を無理やりに奪われ、悲鳴を上げながらその体を失っていく。

 蘇った邪神がその拳で敵を潰していく。巨拳と大地に挟まれた哀れな相手の末路は想像するまでもない。意気揚々と来た割にはあまりにもあっさりと終わってしまい、その弱さへの笑いが止まらない。

 

 楯突いた愚か者がどんな馬鹿面をしているのか拝んでやろうとして――赤く染まった中に、覚えのある紺色が見えた。散らばるカードの中には《スターダスト・ドラゴン》。

 

「あ、ああ、あ――?」

 

 気付いてしまった。思い出してしまった。

 

 敵は誰だ? 仲間(遊星)だ。

 それを見て笑ったのは誰だ? ()()だ。

 

「違う、こんなつもりじゃ」

 

 反射的に否定の言葉が飛び出す。ただ、最後のデュエルがしたかったはずなのに。

 広がっていた赤は黒に変わり、足に縋り付いてくる。

 

「来るな、くるなぁ!!」

 

 動けない。動かない。

 変形し、人型の黒いヘドロの塊となったそれがゆっくりと口を開く。

 

『どうして』

 

『死にたくない』

 

『助けて』

 

『お前のせいだ』

 

 老若男女、多くの人間が重なったおぞましい声。その中でも一際大きく聞こえたのはジェイド・アトラスのもの。

 

『裏切り者』

 

 異形が見ている。

 百の目が見ている。

 悪魔となった俺を見ている。

 

 ゆっくりと伸びてきた手が、首にかかり――。

 

「――ッ!!」

 

 サテライトの硬いベッドの上で寝ていた男は飛び起きる。全身が冷や汗でびっしょりとした中で首を撫でるも、あの夢で見た泥は当然付いていない。

 

「ハッ、ハァッ、ハァッ」

 

 荒い呼吸は落ち着かない。ダークシグナーであった頃の自分を思い出してからずっと繰り返し見る夢。満足に眠れた試しがない。

 

 あの時の感情と今の自分が混ざり合って思い出してしまう。ジャック・アトラスの兄を冥府の王への生贄にするのだとルドガーがアイツを連れてきた時、俺は「これで本気で俺と戦ってくれる」なんて、思って――!

 

 何十度目の嫌悪。解放されたくても、吐いたのは胃液だけだ。心の内にあったドス黒い感情がいつまでたっても消えない。

 どうにかしたくて、紫の痣があった腕へ爪を立てる。もう何も残っていない肌を何度も何度もガリガリと。赤い筋が何本も走り、また新しい傷跡が増える。

 

 ベッドサイドに置いたデッキケースを睨む。その中にはセキュリティに奪われて戻らなかった【デーモン】ではなく、蘇ったあの日から得た【インフェルニティ】が入っている。

 デッキが決闘者の魂であるのならば、何故こいつらはずっと俺の手元にあるのか。

 

 あの時、あの瞬間こそが俺の本性だと。そう告げているようで。

 カードを処分すれば楽になれるのかも知れなかったが、それはできなかった。

 

 デュエルでしか居場所を作れなかった男がデュエルを捨ててしまったのなら、残るのはなんだ?

 サテライトを統一したチームサティスファクションのリーダーではなく、負の感情を糧とするダークシグナーでもない。

 

 ここにいるのはただの鬼柳京介(罪人)だ。

 

 罪には、罰を。

 

「ああ、だれか、おれを」

 

 その後に続く言葉は、きっと彼だけが知っている。




クラッシュタウン編の鬼柳の髪の長さ的にダークシグナーの頃を思い出したのは結構早めだったのでは?と考えた結果、不満足が悪化しました。

いつか書くだろうクラッシュタウン編をシリアスにしたい。
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