邂逅
001
博麗霊夢は、クラスにおいて良くも悪くも放置されている――別に虐められているわけではない。彼女は神社の巫女だからという常人には理解できないような理由で、殆どの体育の授業には参加しないし、汚れ仕事もしない。全校集会なんかは、他の人と同じように受けているようだ。
博麗とは中学こそ違うが、高校では3年間、ずっと同じクラスだった。しかし私は誰にも気にされず、放置されているあいつに話かけられるわけではなく、日々観察しているわけで、中学から同じ学校の奴らは都市伝説かなんかのように語っているが、クラスの中でのあいつは至って普通の人間のように過ごしている。今は儚げで綺麗に見えるが、中学の頃は男女平等に制裁するような正義はあるが野蛮人―いや神だと面白おかしく言われていると言うのに。
博麗はいつも教室の隅っこで本を読んでいたり窓の外を見ていたりする。読んでいる本は本屋のカバーで隠されて見えないが、明らかに本屋で買えなさそうな、糸で閉じられた古そうな本を、カバーに包んでいた事もある。それ以外――本を読み終わってしまった時――は外、と言っても空を見ている。穴が開くほど見ている。
おかしなくらいに。
頭は相当いいようで私ですらほとんど載らない順位表に必ず載っている。頭の構造が違う人間には敵わない。もちろん友達はいないらしいが、それはそうだろう。
ただ1人もいないというのも珍しい。
それに全く話をしないという訳でもなく、クラスで話さなければならない時は事務的に、必要事項のみ、端的に、話す。クラスメイトの評価はわかりやすいがつまらない。そう言われている。学校では基本的にグループ又は居場所を作るのが普通だ。彼女には教室の窓側の1番後ろの隅という居場所はある。しかしその場所に属するのは博麗1人きりだ。博麗は当然という顔をしてそこに居る。居座っていると言うふうに言ったほうが正しいとも言える。
席替えをしても皆んなその席だけは避ける。
そして博麗は当たり前のように動かない。
それも高校生活の一種である。別に大学生活がある、社会人生活もある。一体高校で友人を作ることに何の意味があるのだろうか。
縁があっても、話さず、居るというだけの博麗がいたところで、別に後になって思い出として作れるかもしれない友人に語れるだけだ。別にそれでいい。高校生活が今後の生きる糧にならなくても、影響がなくても、それでいい。
それでよかった筈だ。
しかし。
私が寝坊して階段を焦って駆け上っていると、踊り場に着くか着かないかの所で前にいた少女が落ちてきた――否、倒れてきた。博麗が階段を踏み外して倒れてきたのだ。私とはいえ避ける事はできず、受け止めた。
避けた方がいざこざは無かったかもしれない。
けれど私は受け止めた。しかしその手を私は離すところだった。――重さがおかしい。受け止めたときは、異常なぐらいに軽かった。しかし、受け止めるとすぐに今度は、異常なぐらいに重くなった。
博麗は神に仕える巫女にして、異常。だった。
002
「博麗霊夢…さん?」
私の質問に阿求は目を輝かせつつも首を傾げる。
「彼女がどうかしたんですか?珍しい、魔理沙さんが他の人に興味を持つなんて…」
「どうかって…いやまぁ…」
私は思わず言葉を濁した。
「気になっただけなんだぜ」
「ふうん…そうですか」
「いやなんか、その、私って博麗霊夢と3年間同じクラスだったからさ、隣の席の奴事ぐらい知っておこうかと思ってな。特に博麗なんて珍しい名前じゃん」
「……博麗神社の子だからでしょう?」
「あーあのだな、霊夢なんてほとんど聞かないしな」
「変わってる?…まぁほとんど名前では聞かないけれど…確かれいむって神のお告げの現れる不思議な夢って意味だった筈ですよ」
「阿求はなんでも知ってるんだな」
「何でもなわけないでしょう。常識を知っているだけです」
納得できないといった顔の阿求だったがあまり追及はしなかった。
「やっぱり珍しいですね。魔理沙さんは人に興味の無い人だと思っていたのですが…」
稗田阿求。
このクラスの委員長だ。紫色の髪以外は校則をきっちり守っている上に、異常な程に記憶力がいい。私は博麗よりもこちらが神に選ばれていると思う。頭もよく、顔も良く、先生受けもある程度いい。最強だ。しかし、1つだけ欠点がある。それは善良すぎて思い込みが激しいということだ。私は別に普通だっていうのに同じクラスになった途端に「貴方を社会適合者にします」と言われてしまったのだ。
まぁいいやと放置している間に委員長の推薦という名の委員長命令で副委員長になっていた。そして私は今日、阿求と教室に残って6月の文化祭に向けて出し物を考えていたのだった。
「文化祭とはいえ、私たちも受験生ですしね。勉強の方が大切ですから」
流石の阿求だ。
文化祭より受験を優先させようとする辺りが、委員長だ。
「話し合いの時間を設けて案を出してもらうよりこっちである程度決めちゃった方がいいですかね?」
「まぁそれでいいんじゃないか?結局いつも阿求の意見で決まるし」
「平等じゃないですねぇ」
「別にいいだろ。事実なんだから」
「参考にするんですが、去年の魔理沙さんの出し物ってなんでした?」
「ミニゲーム」
「定番ですね。普通すぎると言ってもいい」
「まぁそうだな」
「つまらないと言えばいいですかね」
「そこまで言うべきじゃないだろ」
「そうですかぁ?」
「というか変な事したらお客さん来ないだろーに……あ。そういえば博麗って去年の文化祭の当日だけは居なかったんじゃなかったか?」
去年は、――否、一昨年もいなかった。博麗は授業こそ真面目そうに受けているが人の多いイベント系には参加していない。体育祭は個人種目のみ、修学旅行は来ていたが別行動。彼女は人混みを避けているように見える。
しかし、もしかすると――
もし、
「博麗さんの事そんなに気になってるんですか?」
「そうじゃないんだけどな…なんかな」
「まぁ清楚な女の子って感じですものね…って貴方も女子でしょうに…あー穢らわしい」
阿求にしては明るく喋っている。
見たことの無いテンションかもしれない。
「清楚な巫女、ですか…しかしあれは清楚というか病弱に近いのでは?」
清楚というには落ち方が汚かった。だから、確かに阿求の言う通り病弱、に見えるかもしれない。けれどもあれを病弱で済ましていいのだろうか。
身体が弱く、病気だとしても、あそこまでになることはない、筈だ。私だって女子――阿求に言われた事だが確かにそうだ。高校生とはいえ階段から落ちてきた少女を受け止めたらもっと衝撃が加わるだろう。
しかし、彼女を受け止めた時にはそれが無かった。
「…そもそも博麗さんの事は魔理沙さんの方が知ってるんじゃないですか?クラスも一緒なんですし」
「そうか?私はあんまりクラスのどこかに属していたわけじゃないのぜ」
「あー…確かに?そうですよね」
私は苦笑いするしかない。
「そもそも、魔理沙さんに他の人の秘密を私が言うわけないじゃないですか」
「それは――そうだな。そりゃなぁ」
当たり前。そういえば博麗に当たり前なんてあるのだろうか。
「じゃあ聞くぜ。このクラスの委員長として、博麗について話せることはないのか?どんな感じの人間ってぐらいでいいから」
阿求はシャーペンをくるくるとノートの上で回しつつ言う。
「まぁ博麗神社の巫女とはいえ、普通の優等生じゃないですか?掃除こそしませんけど」
「あーまぁそうなるかー。それぐらいは私だってわかるのぜ」
「んーあとはやっぱり壁作っちゃってますかねぇ…ずっと本読んでますし?」
「確かにな、私も話しかけにくいのぜ」
「流石にあれは――鉄壁すぎてまだ破れてないですね」
わざとらしく笑うが重い。
空気が、重い。
「中学の頃はそうでもなかったんですけどねぇ…もっと元気だったんですけどね」
「あれ?阿求って博麗と同じ中学だっけ」
「そうですよ。公立八意中学校。運動もできましたから。ああ見えて陸上部のエースだったんですよ」
人とは変わっていく生き物で。
今の私と中学の私、昔の阿求と今の阿求。中学の博麗と今の博麗。既に過ぎてしまったこと。もう戻れない。本当に博麗は宗教上の理由でこんな事になっているのかもしれない。博麗の巫女として修行を積んだからかもしれない。
「けれど――博麗さん、今の方が儚げで――綺麗」
儚げ。
人間は儚い。――けれど。
噂。
巷の噂。――それでもそれは噂。
伝説。
都市伝説?
「あー阿求。ちょっと用事があるから帰ってもいいか?」
「用事?」
「ちょっと西行寺のお嬢様に呼ばれてるんだ」
「西行寺のお嬢様って…幽々子さんの事ですか…」
「ちょっと――あってな」
「そーですかー?」
微妙だ。微妙な反応をされた。反応が悪すぎる。
「じゃあ、私帰るのぜ」
「まぁ碌に何も出来てないですしね…幽々子さんを待たせるのも悪いですしね」
阿求は幽々子の名前を出した事で何らかの自己解釈をしたらしい。
「じゃあ私はもう少しここで作業してますから。幽々子さんによろしくお願いしますね」
そして私は教室を出て、扉を閉めた。