味気ないレーションと泥水のようなフィーカを啜り終えた621…新しい体に合わせて彼女と呼称しよう。彼女の顔は涙の跡がありつつも、どこか爽やかな、吹っ切れた顔だった。
「非常に…非常に不味いものだった。だが…良いものだった」
「過去との決別ではないが…これから新しい…普通の人生を送ろうと思う。そこでだ、可能な範囲での要望に対する対応、が契約にあったな?」
「そ、そうだが、可能な範囲だぞ?」
お世辞にも豊かとは言えないholoX、ダメ元で入れた文言に言及され戸惑うラプラス。だが彼女の要望は
「名前を…付けて欲しい。できれば自分が強化人間C4-621であったことが分かるような。それでいて他人からは分からないような。これまでのことは自分の中だけで残していきたい」
「C4-621か…621…」
悩む総帥。幹部はその様子を微笑ましげに眺めている。
「安直だがロニーというのはどうだ?」
621をそのまま読んだだけ。確かに分からないものには分からないだろう。それを聞いた621は満足そうに
「ロニー…ロニーか。素晴らしい。では新しい名前を貰ったところで…」
それまで完璧な会話ができるにも関わらずどこかぎこちなさがあった621改めロニー。そんな彼女の雰囲気が変わる。
「これからよろしく頼む」
「こちらこそよろしく、傭兵…いや、ロニー」
名は体を表すという言葉がある。621からロニーへ名を変えた彼女はどのような人生を送るのか……
★★★
「…すまない、もう一度言ってもらえるか?」
「炊事洗濯その他諸々よろしく!これで私の負担がようやく減る!ハッハー!」
「…苦労人というやつなんだな」
生まれ変わったロニーに課せられた仕事はまさかまさかの家政婦仕事。というのも
「我輩総帥だぞー!」
「沙花叉は料理
「ござるさんはもう疲れたでござる。というか…」
「「「「本業は配信者なので!」」」」
「世界征服どこいった!?」
holoXはその配信力はともかく日常生活力に難がある者が多い。加えてその性質上生活リズムもガタガタ、睡眠を必要としないロニーへ負担がのし掛かるのは当然とも言える。博衣こよりに至っては、配信時間以外はラボに籠ってコーラル関連の研究をしているものだから不摂生の境地といえる。それでも体調を崩さないのは一重に彼女の自己管理能力の高さによるものだろう。
「おかしい、傭兵の仕事は破壊や奪取…護衛もあるがお世話は無いはず…」
だが人間とは慣れるもの。1週間も経てばすっかり立派な家政婦となってしまったロニー。
「ラプ!この間食べてたカップ麺のガラはどうなった!ゴミ箱に無いぞ!」
「あー、乾いてるから…」
「セーフじゃない!次!沙花叉は…面倒だから保留!ルイといろはは多分大丈夫だよね!?信じてるよ!こより!」
役職名やフルネームで呼んでいたのは最初だけ。配信に出るわけでも、特に戦闘があるわけでもないため役職名呼びの機会はなく、敬意を払う意識が消しとんだ今では呼び捨てが普通になった。落ち着いた口調と性格はどこへやら、10人が見れば10人が感情豊かと言うほどには情緒教育が進んでしまったロニー
「私のために研究してるのは分かるけど、その辺で打ち切ってください!企業連中でさえ多大な犠牲と時間をかけてコーラルの中和に成功したんですよ!」
「研究者としてのプライドが傷つくんじゃぁ!成功例のデータがあるならできるはず!」
「ダメか…」
なまじ自分のためにやってくれているために、無理矢理止めることはできない。ああなった人間を無理矢理止めるとどうなるかはRaDのドーザー共が証明している。工房に籠ったカーラに絡みに行った連中は軒並みグリッドで逆さ釣りにされていた。もちろん最下層でだ。
「ご飯ここ置いときますよー」
ああなった者への対応も数日で覚えた。必要なものを置いておけば勝手に良いタイミングで消費してくれる。
「これが普通の人生…なのか?」
毎日同じことの繰り返し、そういう意味では今のこれがロニーにとっての普通の人生といえるのだろう。
★★★
忙しくアジトの中を動き回るロニーを尻目に、のんびり休憩中のholoXメンバー
「ああ、紛れもなくソイツが普通の人生だよ。ロニー」
「ラプ、本音は?」
「あそこまで暴力に染まりきった手合いは仕事で埋め尽くすのが一番の治療だ。荒事を考える暇が無いくらいにな、なぁルイ?」
「私もああだった?」
「最初の頃はな」
「…」
「あっはっは、ルイ姉言われてるぅ」
「お前もだぞ沙花叉」
「ぽぇー?」
「まったく、そんなだから社会にあぶれてholoXに来る羽目になるんでござる」
「黙れ辻斬り侍」
「ぐぬぬ…」
これらの会話で察する通り、holoXメンバーは誰も彼も少々独特な性質をしており、holoXにいなければ当の昔に檻の中か土の下だろう。それらを拾い上げた者こそがラプラス・ダークネスなのだ。だからこそ口先ではどう言おうとも彼女らはラプラスに付き従う。互いが互いの性質を理解した上でそれを明言せず、絶妙なバランスの上で平穏が保たれている。
「ま、だからこそあいつはもう大丈夫さ。余程の事がない限りな」
だが、ラプラス含めて全員が分かっている。本質というものはそう簡単に変わりはしないということを。
「暇なら手伝え!お前ら!」
「だ、そうだ。少しは手伝うとするか」
それでも、少なくとも今この瞬間は普通の人生を送る一人の存在、ロニーとして扱おう。声に出さずともその気持ちは一致していた。