Scarborough Fair   作:すかすかのタキ

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第1話

 その星は、もうとっくの昔に死に果てていた。

 

 海は枯れ、河は尽き。大地には雑草一本生える余地すらありはしない。

 

 かつて世界で、最も繁栄したといわれている人間族。彼らが築いた文明の、朽ちて乾いた残骸が。

 

 未練がましくみっともなく、五百年経った今も、荒涼たる風に吹き晒されるに任せている。

 

 何処まで踏破しようとも、何処にも辿り着けはしない───希望なき灰色の無間世界。

 

 そこに、一人の年若い、徴無しの少女が跪づいている。

 

 瞳は呆として光なく、生気も意思も感じさせない。晴天に溶け去るようだった、透き通った青い髪。それももう、一本たりとも残さずに、鮮血の如き紅に染まり切ってしまってる。

 

 もう、既に。

 

 百の賢人を引き連れようと、誰にも覆しようがなく。ほんの一日すらも、引き伸ばしようがない程に。

 

 クトリ・ノタ・セニオリスという少女の死は、確定しきってしまってる。

 

 その腕には、意識を失った二人の徴無しを抱いている。身を呈した死闘。その果てに、傷付き倒れた、一人の青年と一人の少女。

 

 

 

『大丈夫。わたし、ずっといっしょにいるから』

 

 

 

 ─────そうだ。

 

 たどたどしくて、煮え切らなくて、相変わらず情けなかったけど。

 

 わたしはあの時、彼の帰りたかった本当の故郷を。

 

 手を繋いで、共に歩いて。間違いなく、同じ望みを誓い合ったんだ。

 

 少女の意識に光が灯る。

 

 罅割れ、砕けかけていた魂。それを強引に縛り上げ、クトリという人格を無理矢理にでも繫ぎ止める。

 

 傍らには、遺跡兵装デスペラティオ。同族を斬ることのみに特化した、獣殺しの赤い大剣。

 

 二人を横たえ、剣を右手に立ち上がる。

 

 振り返る。顔を上げ、見据える。

 

 彼女よりおよそ五十メートル前方。虚無の大地を埋め尽くすのは、概算七百にも及ぶ絶望と死の具現。

 

 ティメレ。深く潜む六番目の獣。

 

 巨樹と大蛇を無理矢理融合させたかのような、この世にあらざるべき異形。

 

 その触手は、鋼鉄すらも容易く穿ち。

 

 斬れども斬れども再生し、その度より強靭に進化する、極めて不滅に近い怪物。

 

 ───この先で、自分を待ち受けている結末は分かってる。

 

 それでも誓いはこの胸に。

 

 星空の演奏会。何度だって傍で見た。今なら完全に模倣できる。

 

 イメージするのは、極位古聖剣セニオリス。

 

 同族殺しを構成する、三十七のタリスマン。それを分解再構築し、ずっと共に戦ってきた、最もこの手に慣れ親しんだ愛剣と、可能な限り酷似した形へと生まれ変わらせる。

 

 掲げ上げた大剣から、光が激しく迸る。視界が焼かれる一瞬に、少女はふと先程のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 ───破壊された装甲。荒れ狂う風が剥き出しの通路を蹂躙する。

 

 多くの船員を失って、それでも辛うじて飛び続けている飛空艇。

 

 その中に、短くさっぱりと切り揃えられた、桃色の髪の少女が倒れていた。

 

 きっと、激しい戦いを潜り抜けてきたんだろう。

 

 無数の傷。流しすぎた血。限界直前まで熾し抜いた、人ならざる者の強大な魔力。全身が激しい熱を持ち、意識も混濁しかけていたに違いない。

 

 そんなになっても尚、今にも泣きだしそうな声で。

 

『行くな、戦わなくてよくなったんなら戦うなよ』『幸せになれるようになったのなら、ちゃんと幸せになれよ』

 

 そう言って、死地へと踏み出そうとするわたしを、引き留めようとしてくれた。 

 

 ───申し訳なく思う。

 

 きっと、わたしと君は、とても仲の良い二人だったのだろう。

 

 同じ場所で生き、同じ時を過ごし、たくさんの思い出を積み重ねてきたんだと思う。

 

 もう、わたしの中に君は、何一つ残っていない。

 

 もうとっくに、手の届かない虚無の果てに、砕けて崩れて呑み込まれてしまってる。

 

 歩を進め、外壁丸ごともぎ取られた、飛空艇の縁に立つ。

 

 長い髪が、乱れ踊る。全身を打つ風が、行くべきでないと忠告する。

 

『───ごめん。わたしもう、絶対に幸せになんてなれないんだ』『だって、気付いちゃったから』『わたし、もう、とっくに幸せだったんだって』

 

 それらを迷わず振り切って───わたしはわたしの行くべき場所、絶対に行きたかった場所に、こうして一人降り立っている。

 

 だけど、都合がよくもこうも思う。

 

 もしわたしが、何かの奇跡の再演で、生まれ変わってまた君と再会することがあるのなら。

 

『テメーあの時はよくもあたしを無視して行っちまいやがったな! 絶対絶対許せねえそこに直れ絞めてやるー!』

 

『はあ!? ふざけないでよどんな選択であっても最後に下す権利はわたしにあるに決まってるでしょ君こそそこに直りなさいあの時から全然改善してない乱雑な口調を大人のそれに矯正してやるわギシャー!!』 

 

 …なんて、子供じみて馬鹿馬鹿しい、大ゲンカからで構わないから。

 

 君ともう一度、互いに深く思い合える、友達になってみたいのだと。

 

 ───再構築は完了した。

 

 間合いも重量も、セニオリスと寸分違わない。申し分なく、全力で戦える。

 

 強いていうなら握り──タリスマンで構成されていない、調整技術でいじれない部分だけはいまいち手に馴染まない。まあこればかりは仕方がないか。戦いながら徐々に慣らしていく以外ないだろう。

 

 ───ところで今、わたしは何を思い起こしていたのだっけ。

 

 何を感じ、何を願っていたのだっけ。

 

 分からない。また、砕け落ちてしまってる。

 

 とりあえず、これはよくない。戦いを前にして、視界を遮る要素は命取りだ。

 

 一度だけ、目元を拭う。

 

 彼女が共に───時に背中を預け合い戦った、或る心優しく猛き戦友。

 

 最後に残った一切れの断片。失くしてはならない、喪失の哀しみすらも消え去って。

 

 太陽が沈み、赤く染まる世界の中。紛い物の相棒を手に、それでも守りたいものの為。

 

 一歩毎に崩れ落ちながら、少女は獣の群れへと駆けていく。

 

 

 

 

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