Scarborough Fair   作:すかすかのタキ

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第2話

 八方から間断なく、獣が怒涛と襲い来る。今のわたしに死角はない。岩を砕き、鉄をも貫く致死の触手。何処からどう振るわれようと、その全てが感知できる。充溢する魔力。拡張された感覚。既に削られ消え失せた、もともと薄い恐怖心。機械的に冷徹に。土砂降りのような連撃を、最低最小の動作で以って弾いて躱して斬り落とす。比較するのも馬鹿馬鹿しい、圧倒的戦力差がありながら何故。仕留められない苛立ちすら、手に取るように解せれる。憤懣に獣が吠えた。振るう触手が大振りになる。待っていた。その隙を見逃さない。守備から一転、懐へ烈風の如く踏み込む。灼熱する同族殺し。一振りの間に三体。一撃で、内包された十数の命ごとその肉体を蒸散させる。僅かに残った肉片が、血と体液と共に砂上へ散る。足を取られそうなそれが、少しだけ煩わしかった。

 

 

 

 ───淡々と、同じ作業を繰り返した。少なくとも、二百五十体以上は斬り捨てた。

 

 一帯に、血と肉と贓物が飛び散っている。全身に同じ物を浴びている。

 

 悪臭漂う地獄絵図。戦場ではありふれた光景。嫌悪はない。失くしているのか区別はつかない。幾多の死地を乗り切った経験。単純に、この身体がそれに慣れ切っている。獣の残数四百強。会戦時、七百在ったものが半壊間近。折り返し地点はすぐそこにある。

 

 なのに、戦えば戦うほどに、敗北だけが近付いてくる。

 

 残り、三割あった人格。それがもう、二割と少しにまで減っている。

 

 もう戻れないことは分かってた。せめてここだけは耐え抜こうと、心に決めて降り立った。

 

 なのに、ちっとも止められない。パキパキと音を立て、心が砕けて零れていく。一歩踏み込む度、この手の剣を振るう度に、魂が虚無へと漂白されていく。

 

「く──────!」

 

 刹那、意識が途切れてしまう。魔力による身体強化にブレが出る。数に任せ、全方位から、絶え間なく襲い来る触手の嵐。判断が遅れる。身体がイメージ通りに動かない。あっという間に後手へ後手へと回ってしまう。趨勢を戻す為、一時的であれ、より強い魔力を熾す。結果として、それが更に崩壊の時を早めてしまう。抜けようにも抜けられない、蟻地獄そのものな悪循環。

 

「───────あ」

 

 一秒間。ついに一秒、意識が失われてしまっていた。

 

 硬直する肉体。致命的な間隙。右頬を。左脇腹を。右大腿と左腓腹を。槍の如く突き込まれた触手が、空を切り裂きながら抉っていった。ああ、なんて忌々しい。誰の為の戦いなのか、何の為に耐え抜いてるのか。それすら失いそうなのに、痛みに限ってしぶとくこびりついている。耐え切れず膝が折れた。立ち上がれない。不意に訪れた決着に、獣共の鳴き声が上がる。形容不能な、だけど哄笑そのものの、耳障りな低い聲。一体が、地を揺らしながら突出してくる。散々手こずらせてくれた礼に、直接轢き潰してしてくれようというのだろう。二目と見れない、無残な形で同属達に晒そうと。嗤いながら。わたしを下に見下ろしながら。せめて最後まで抵抗を。剣だけは手放すな。片膝立ちになり、迫ってくる一体を横一文字に薙ぎ払う。───出来そうに、ない。脇腹の痛みが邪魔をする。振り抜くどころか、手から取り落としそうになる。平伏すように俯いた視界。それを、真っ暗な影が覆う。轢殺。瞬きの後の死が見える。

 

『大丈夫。わたし、ずっといっしょにいるから』

 

 嘘吐きめ。果たすことも、守り抜くことも叶わないままに。

 

 わたしはこんな中途半端な場所で─────

 

 

 

 爆音が響くと同時、突撃してきた獣が逆に吹き飛ばされていった。

 

 およそ三十メーター。高らかに宙を舞い、接地後二度バウンドして、数体の獣を巻き込んでいった挙句、その個体は無残にも絶命した。

 

 哄笑が止み、束の間の静寂が訪れる。目前の勝利に沸いていた、未だ四百を超える大群達。

 

 もしここに獣の研究者がいたならば『え!? 連中そんなあからさまな表情を浮かべることが出来たのか!?』と、感心してしまうくらい唖然と目を奪われている。

 

 ───剣が振るえず、立ち上がることも叶わない。

 

 助力を期待出来はしない。休む暇も、治療の暇も、策を考える暇もない。八方塞がりの絶望的状況。こんな時、一人でそれをどう乗り越えるのか?

 

 決まってる。答えはきあいとこんじょーだ。

 

 もっと強く魔力を熾し、歯を食いしばって痛みをこらえ、平然とした表情で一発ぶちかましてやるだけなのだ。

 

 だけど、今の一撃で、とうとう残りが二割を切った。人格が、加速度的に罅割れ砕けて零れていく。音を聞く機能、その半分が消失した。目に映る全てが色褪せて、常にノイズが混じり続ける。ここから先、更に絶対的不利な戦況が待ち受けている。

 

 その現実を、揺らがず静かに受け入れる。目をつぶり、残ったものを思い起こす。

 

 もう、名前も分からない。思い出の一つすら、わたしの中には残っていない。

 

 それでも儚く鮮やかに、今でも笑いかけてくれている。

 

 枯れ草色の長い髪。それを三つ編みにして垂らしてる、お調子者っぽい女の子。

 

 一見大人びて見えるけど、何故か放っておけない気にさせる、藍色の髪の女の子。

 

 ルージュの髪の、背が高くて、お茶目な仕草のメイドさん。

 

 若草色。燈色。薄紫。桜色。たくさんの、色とりどりの子供達が、わたしに笑いかけてくれている。

 

 だから、まだ戦える。

 

 真っすぐに顔を上げ、正々堂々胸を張り。これが理想の先輩だって、最後の最後まで空疎な見栄を貫ける。

 

 獣が触手をもたげていく。ほんのわずかな安らぎを経て、また戦闘が再開される。

 

 その狭間───戻れない道を往く前に、もう一度だけ赤い少女の心が届く。

 

 うん。

 

 がんばるよ。

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