ちらし寿司ってなんかこう、特別感があって好きです。
成人してお酒を嗜むようになってからというもの、玲さんはお酒に興味が出てきたように見える。
別にたくさん飲むわけでもなく、毎日飲むわけでもない。勿論、蟒蛇なので泥酔することもない。
ただ、たまに気になるお酒を見つけると購入し、それに合いそうな料理を用意して楽しむ。
それが、玲さんの好きなお酒の嗜み方だ。
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「あかりをつけましょ、ぼんぼりに〜」
朝、自室からリビングに向かうと掃除をしながら玲さんが歌なんぞを歌っていた。レアだ。
「ずいぶんご機嫌だね、玲さん」
「はっ!!き、聞こえて、しまいましたか・・・?」
「そりゃあもうバッチリと。玲さんちは三姉妹だから雛祭りはメインイベント感あるよね」
三姉妹といってもそこそこ歳は離れているので、お雛様役の取り合いとかはなさそうな気もするが。
うちは雛飾りよりもお雛様の着物を着たい瑠美に付き合って、俺がお内裏様の格好をさせられて写真を撮られるのが恒例行事だった。
きっと風雲斎賀城には豪勢な雛飾りがあるに違いない。
「そうですね・・・七段飾りの雛人形もありましたし、お着物も着せてもらいましたけど、雛人形をずっと出してると婚期が遅くなるとかで翌日にはすぐ仕舞われたりして、なんというか、1日限定のイベント感が強かったですね」
遺伝的に恋愛力が没収されている斎賀家の女性にとって、さらに婚期まで遅くなると言われれば、迷信の類であっても無視するわけにはいかないのであろう斎賀家の闇が深い。尚、今年も斎賀家の雛人形は速攻で仕舞われるらしい。あぁ、百さん・・・(察し)
「玲さんち、そういうの気にしそうだもんね・・・あぁ、でも玲さんの晴れ着姿はいいなぁ。初めてお邪魔した時も着物だったよね。あれ綺麗だった」
「きっ、綺麗とか!!褒めすぎですよ、楽郎くん!!でも嬉しい、です・・・!!」
真っ赤な顔を隠しながらも玲さんの口元がふにゃっと緩んでいる。
かと思えば、急にハッとして携帯端末をいじり出す。表情がコロコロ変わって面白い。
「そういえば!先ほど仙次さんから連絡がありまして、午前中に荷物が届く、とか」
なんで玲さんに?と思ったら俺の方にも連絡が来ていた。俺が寝てて気づかないもんだから、玲さんの方にも連絡をしたのだろう。まぁ父さんからの荷物なんて十中八九、ナマモノだろうからそりゃ受け取れないと色々面倒なことになるので、そういう連絡大事。
「きっと海鮮の類、だろうなぁ」
「そうでしょうねえ・・・って、え?お祖父様??はい、もしもし。玲です。突然どうしたんですか、お祖父様。え?荷物?今日これから届く?はい・・・わかり、ました。え?楽郎くんと仲良く?え、ひ、曾孫!?まだ早いですお祖父様ーーーーー!!」
電話を切った玲さんがふるふるしながらゆっくりこちらを振り返ったが、無言。
うん、なんか察したから皆まで言わなくていいよ玲さん。
「我能さんからは何が届くって?」
「は・・・はま・・・」
回線落ちしたみたいになってるけど大丈夫?
「は?」
「はま、ぐり・・・だそうです・・・」
「はまぐりィ??まだ潮干狩りの時期じゃないよね?」
「釣れるみたいです・・・」
マジかよ、蛤って釣れるもんなの?っていうか釣っていいもんなの?
調べたら漁業権とか色々とあるけど、然るべき手続きをすれば一般人でも釣ったり出来るらしい。うちの親父殿といい我能さんといい、あの人ら釣りキチ通り越して、もうどこ目指してんのかわからんな・・・。
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「で、このひとたちどうしてくれようか・・・?」
現在、俺の目の前には馬鹿でかい発泡スチロールの箱が二つ鎮座している。
あの人たちは一度、限度ってものを考えて欲しい。二人暮らしの家で到底消化できる量じゃないだろこれ。まだ冷凍庫にそこそこ
「とりあえず、開けてみましょうか」
我能さんからの箱は連絡通り、蛤。
砂抜きして冷凍されたものが小分けにされて袋に入っている。この状態はとても助かる。
で、父さんからの箱はというと。真空パックされた白身・・・鯛かこれ。あ、なんか手紙入ってる。
「なになに・・・?淡路島で釣れた桜鯛です・・・か」
こっちも下処理は済んでるみたいだ。
「この季節に鯛と蛤ときたら・・・ちらし寿司しかないね、玲さん」
「酢飯の用意してきますね」
「じゃ、俺は先に鯛だけ仕込んでおくかな」
流石に量が多いから半分は昆布締めにして残りは胡麻醤油漬けにしておくことにしよう。
鯛を適当に刺身にしてから塩を振って、昆布で挟んでしっかりラップで包んだら準備完了。あとは食べる直前まで冷蔵庫で冷やしておく。漬けの方は醤油と煮切った味醂とすりごまをお好みで合わせたタレに厚めに切った刺身を漬け込めば出来上がり。これで明日は鯛茶漬けが食べられる。
と、ここまでが午前中の出来事。
「楽郎君、酢飯できたので蛤のお吸い物も作っちゃいますね」
「任せたーーー!」
俺は適当炒り卵を作りながら答える。
ちらし寿司というと難しいとか、手間がかかるみたいなイメージがついて回るが、具材さえ絞り込んでしまえば実はそこまで手はかからない、と俺は思う。あとは冷蔵庫に転がってた菜の花をレンチンしたら大体終わりだ。
「五目ちらしと違って混ぜ込む具材は少なめなんですね」
「今回は鯛がメインだからね。極力シンプルな方がいいと思って」
酢飯に粗熱を取った炒り卵と水気をしっかり絞って刻んだ菜の花を混ぜ込んで、仕込んでおいた鯛の昆布締めを載せれば出来上がりだ。
「こんなもんか」
「黄色と緑で綺麗、ですね!」
「本当は赤とかピンクとかあると良かったんだけどね、ほら一応雛祭り、なわけだし」
「ピンク・・・・彩り程度で良いなら、ないことも、ない、です」
「へ?」
そういうと玲さんはキッチンの棚の奥の方を探っている。
「確かこの辺に・・・あっ!ありまし、たっ!!」
「・・・・桜の花の塩漬け?」
「以前、実家から届いた荷物に入っていたんですが、なかなか使う機会がなくて仕舞い込んでいまして。これを塩抜きして飾れば、その、もっと華やかになるかと」
実家からの荷物に普通入ってなさそうなものが入ってるのは斎賀家ならでは、って感じがするな。俺には全く使い道がわからん。あ、こういう彩り的な感じに使うのか。さすが斎賀家、やることが風流。
「俺、こういうのに疎いんだけど、これって食べられるものなの?」
「食べられますよ。ただ、そこまで美味しいものではないですけど」
ちなみにこういう彩り目的で使う以外にどんな使い道があるの?って聞いたら、なんか急に挙動がおかしくなった上に最終的に「わたし、お吸い物よそってくるので、楽郎君はお寿司をお願いしますね!!」ってはぐらかされたのは何故なの、玲さん?
「まぁ、いっか」
深く追求するほど、使い道に興味があるわけでもないので、言われた通りに皿をテーブルに運ぶ。
ちらし寿司と蛤のお吸い物、それに玲さんが用意した日本酒。これが本日の晩飯だ。
「「いただきます」」
旬の桜鯛は昆布締めにしたおかげで淡白な身に昆布の旨みがしっかり移っていて、混ぜ込んだ菜の花の苦味と炒り卵の甘みとよく合ってる。
合間に玲さん作の蛤のお吸い物をひとくち。なんだこれめちゃくちゃ味しっかりして美味いんだが。
「うまっ!これ味付け何?」
「塩だけ、です」
「
「ちらし寿司も優しい味で美味しいです!菜の花こういう使い方もいいですね」
「鯛に蛤に菜の花・・・春って感じするね」
「そうですねぇ・・・」
目一杯、春の味覚を満喫したところで「そろそろ一献いかがです?」と玲さんがグラスに日本酒を注いでくれた。
「今日は鯛に合わせたお酒を用意したつもりで・・・お口に合えばいいんですが。冷酒でどうぞ」
ひとくち飲むとすっきりとした飲み口にフルーティーな香り、そして喉を通った後にアルコールが遅れてやってくる感覚がして、白身の魚に抜群に合う。
「玲さん・・・これ美味いし飲みやすいね」
「お酒に強くない人ほど、すいすいと飲み進めてしまうみたいで。楽郎君も気をつけてくださいね?」
実際、玲さんが初めて飲んだ居酒屋でも一緒に飲んでた友人達が早々に酔い潰れ、そんな友人達を放置して飲むわけにもいかず、素面だった玲さんが全員を介抱する羽目になり、ゆっくり味わえないままその日はお開きとなったらしい。
「なんとも玲さんらしいエピソードで」
「笑い事じゃないですから・・・!」
「大丈夫だって。まぁもし酔い潰れたとしても、家だし。玲さんいるし」
30分後、見事にフラグを回収した俺は完全に酔っ払っていた。
玲さんが火が点くやつ、と形容した意味がよくわかった。まさにその通りの飲み口の日本酒だった。
酔いが回るまでラグがあり、まだ大丈夫と思ってるうちに予想以上に酔っ払い、際限がなくなる。そういう種類のやつだ。
「玲さぁん」
「だから言ったのに・・もうお開きにしますよ、楽郎君」
お水持ってきますね、と言ってキッチンへ向かった玲さんを目で追いながら、もう一回名前を呼んでみる。なんか思考もぼんやりしてきて、言いたいことがうまくまとまらない。
「玲さぁん」
「玲さんが恋愛下手で本当に良かったぁ」
半ば独り言のようなトーンのため、キッチンにいる玲さんには聞こえてないのか、カランとグラスに氷を入れる音だけが返ってくる。
「おかげで俺のとこ来てくれたから・・・」
「楽郎君、おみ、ず・・・ふえええええええええ!!!???」」
「他のやつに取られなくて、良かったぁ・・・」
グラスを差し出した玲さんに「捕まえた」と言わんばかりに抱きついたところまでは覚えてる。
そして満足したのか、ここで俺の意識は途切れた。
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楽郎君が私に抱きついたまま、寝落ちしてしまいました。
とりあえず、このままでいるわけにもいかないので、なんとかソファまで移動したのはいいんです。
そのまま寝かせて、後片付けをしようと思ったのも束の間、今度は膝枕をして欲しいとか言うんです。
で、この有様です。
「俺も、お内裏様の・・・格好するの・・・?」
「うちのお内裏様は困ったものですね」
膝の上でむにゃむにゃ言いながら寝ている楽郎君の頭を撫でる。
彼が起きるまで、もう少しこの寝顔を肴に晩酌することにしましょうか。
酔い潰れた楽郎は幼くなってくれると作者は大変嬉しい(だから書いた)
蛤は貝殻が対になっているので、古来から夫婦円満、良縁の縁起物ですね。
多分、我能さんはそういう験担ぎもあって可愛い孫に送って来たんだと思うよ!曾孫はまだだけどね!!
あと、作中で桜の塩漬けの使い道で玲さんが慌ててたのは、主な使い道が「桜茶」だからです。
これおめでたい席、まぁ大体が結納とか所謂婚礼の席で振る舞われるもので、エピソード的に入らなかったけどその意味を込めて仙さんが送りつけてきたものだからです。
「結納はいつですか?玲」
「仙姉さん!!気が!!早いです!!」
今回のお酒は佐賀の純米吟醸です。そばの美味しい居酒屋で飲んだんですけど、銘柄調べたら近くの酒屋で取り扱いしてるみたいなので、今度自宅用に買ってこようかと思うくらいにはお気に入りです。