カンムスレイヤー ネオチンジュフ炎上   作:いらえ丸

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(これまでのあらすじ)恐るべきオリョクル・シックスゲイツのカンムスが一人、スノーウィンドを大破せしめたカンムスレイヤー。だが、誇り高きスノーウィンドは今わの際まで自らが所属する組織の情報を話す事はしなかった。またも復讐の手がかりを失ったカンムスレイヤーはしかし、偶然にもマイズル工廠付近でカンムス・ソウルを感知! カンムスレイヤーは、古代のニンジャめいて、その後を追うのだった! カラダニキオツケテネ!



ジ・エンド・オブ・ムーンレス・ナイト
#1


 マイズル工廠の煙突から不気味な色をした有毒煙が吐き出される。それらを取り込み、それら以外も飲み込んだ空はまさしくジゴクの風景そのもの。カオス極まる上空からは、絶えず有害な雨が降り続ける。

 重金属が混じった酸性雨が降り注ぐ闇の中、一人のカンムスが灰色コンクリート港町の屋根の上を駆けていた。カンムスの名はナカチャン。オリョクル・シックスゲイツの斥候だ。彼女らカンムスははカンムス・ソウルに憑依され、闇に堕ちた者たちだ。ナカチャンが手にしたのは早熟なカラテと宿したソウル由来の通常の三倍の速力だ。だが、アイドル志望の彼女がストーキングに遭おうとは、理解こそすれ期待できぬインシデントである。

 ナカチャンは焦燥していた。カンムスの速力に追随できる程の何者かが自分つけ回している。その焦りから、彼女は屋根から目立ちにくい裏路地へと飛び降り、小道を進んだ。しかし不注意にも道はそこで行き止まりになっていた。

「Wasshoi!」奥ゆかしくも躍動感のあるシャウトと共に、工廠の煙突の上からもう一人のカンムスが跳躍した。そのカンムスは空中で三度回転し、流麗な動作でピタリと着地した。風が彼女のメンポたる赤黒いマフラーをたなびかせる。そのマフラーには地獄めいた書体で「艦」「殺」の文字が刺繍されていた。

「ドーモ、カンムスレイヤーです」飛び降りたばかりの女――カンムスレイヤーが流れるようにオジギした。「ドーモ、カンムスレイヤー=サン、ナカチャンです」ナカチャンもオジギを返す。これはアイサツだ。モータル同士のそれとは違い、カンムス間でのアイサツは遺伝子レベルで記憶された絶対的な礼儀なのだ。これを無視する者はスゴイ・シツレイとされ、例え仲間であったとしてもムラハチを免れる事は困難であろう。

 先に正々堂々とアイサツをしたカンムスレイヤーのカンムス装束は、肩を露出した紅白の水兵めいた衣服に、下は丈の短いスカート。左右不ぞろいの靴下に、首にマフラーを巻いている。その髪は長く、腰まである後ろ髪を馬の尻尾めいて一まとめに結んでいる。また、その身体のどこにもカンムスを象徴する擬装が見当たらない。

 カンムスレイヤーが、ゆっくりと、かつ冷淡な声で言った。「ここまでだ、ナカチャン=サン。オヌシに逃げ道はない、観念せよ」イクサの前の緊張を感じ取り、ナカチャンはすり足で一歩後退する。この距離はまずい。直感で状況判断し、後ろ手にクナイ・ダートを構えた。「そのマフラー、貴女が最近噂のカンムスレイヤー=サン? 羨ましいなあ。ナカチャンも、早く有名になりたいな!」

 ナカチャンがクナイ・ダートを不意打ち気味に投擲しようとした瞬間、甲高いカラテシャウトと共にカンムスレイヤーの腕が鞭めいて撓り、目にも止まらぬ速度で二発の銃弾が射出された。その手には機銃。

「イヤーッ!」「ンアーッ!」銃弾がナカチャンの艤装に突き刺さる! クナイ・ダートを取り落とし、艤装から燃料が噴出した! それでも、ナカチャンは素早くアイドルステップを踏み、機銃を構えて反撃に転じようとした。しかし! 機先を制するようにカンムスレイヤーの腕が鞭めいて撓り、目にも止まらぬ速度で二発の銃弾が射出された。

「イヤーッ!」「ンアーッ!」銃弾がナカチャンの艤装に突き刺さる! 艤装から燃料が噴出した!

「ま、待ってよ! ナカチャンを轟沈させても組織があなたの命を……」有無を言わせず、カンムスレイヤーの腕が鞭めいて撓り、目にも止まらぬ速度で二発の銃弾が射出された。

「イヤーッ!」「ンアーッ!」 銃弾がナカチャンの艤装に突き刺さる! 艤装から燃料が噴出した!

「洗いざらい喋ってもらう」カンムスレイヤーが近づく。……だが、ナカチャンは既に覚悟を決めていた。

「オリョクル/バンザイ/インガオホー! さ、サヨナラ!」

 言い残し、ナカチャンは突然大破し、しめやかに入渠していった。これはナカチャンの決死の自爆であり、彼女もまた自身の所属組織の情報を渡すまいとしたのだ。

 カンムスレイヤーはしばし立ち尽くしていたが、やがて踵を返し歩き去った。おお、しかし見よ! その背に、弱弱しく明滅する小さな装置が張り付いているではないか! これはまさしくナカチャンの執念! 小型の発信機が、自爆の拍子に付着していたのだ!

 遠ざかる背中は、やがて路地裏の闇へと溶けていく。復讐に取り付かれた狂人、カンムスレイヤーが歩む茨の道を示唆するように。

 

 

 

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 奥ゆかしく静謐な岡山県の奥地。古の滝のほとりに設けられた荘厳なアズマヤ・ハウス。六畳ほどのスペースの中、二人のカンムスが相対していた。

 一人は長い黒髪を後ろに流したカンムス。手には高級冷やし抹茶を持ち、奥ゆかしく正座している。艤装を外したそのバストは豊満であった。

 もう一人は、先のカンムスに傅くようにして正座しており、作法に則って頭を垂れている。艤装が外されたそのバストは平坦であった。

「カンムスレイヤー? いえ、知らないカンムスですね」長髪のカンムスが云う。高級冷やし抹茶を音を立てて啜り、膳に盛られたオーガニック・トロ・スシを二つ同時に口に運んだ。「それで、そのカンムスは何者なのですか?」

 スシを嚥下したカンムスが問う。問われたカンムスは、頭をさらに下げ言った。「はい。カンムスレイヤーとかいうサンシタですが、どうにもカラテだけは中々のものらしく、既にスノーウィンド=サンとナカチャン=サンが大破させられております。早急に手を打ちませんと、このままでは被害が大きくなるばかりです」

「へぇ……」呟いた豊満カンムスは二つ同時にタマゴ・スシを口に運び、嚥下してから言った。「慢心はいけませんからね。いくら我がオリョクル・ファンドの力が絶大でも、柱を傷つける者がいるならば、油断せずに排除しておくべきです」

 ここで言葉を区切り、控えていたクローンマルユに冷やし抹茶のおかわりを注がせる。今度は平坦カンムスの方をしかと見据え、おごそかに告げた。「残るシックスゲイツ全員で以て、その狼藉者をすみやかに排除して下さい。失敗は、即解体を意味します。いいですね?」「ヨロコンデー! では、今からすぐにカンムスレイヤーの討伐に向かいます」「ご武運を」

 退室するカンムスを見送りながら、黒髪のカンムスは奥ゆかしく高級冷やし抹茶を啜った。シシオドシが音色を奏で、周囲のゼンめいた風景に彩を添えた。

 

 

 

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 ネオチンジュフの空は暗い。吐き出され続ける有毒煙と、バイオ水牛のゲップからなる環境汚染ゆえだ。悪しき人の業を頭上に、ネオチンジュフ市民は今日も今日とて死んだマグロめいた目を瞬かせ、過酷な労働に従事するのだ。無論、このような非人間的システムの中にあっては、それに馴染めないイレギュラーがつきものだ。

「ザッケンナコラー! お前今、俺のLAN端子ぶつかっただろコラー!」人だかりの中、恐ろしいヤクザスラングが木霊する。そこに目を向けると、ブッダ! 一人のドレッドヘアー・ヨタモノが罪なきサラリマンに因縁をつけているではないか!「アイエエエ!? そ、そんな事はしてな……」「ザッケンナコラー!」「アバーッ!」ヨタモノのパンチが炸裂! まともに受けたサラリマンは鼻血を噴出させながら数歩後ずさった。

「つべこべ言ってんじゃねぇぞコラー! はよう弁償代払わんかコラー!」「アイエエエ……」痛む鼻を押さえながらサラリマンは周囲の人間に救いを求めた。しかし、マグロめいた目をしたネオチンジュフ市民は一切彼に目を向けようとはしなかった。それもそのはず、ここネオチンジュフでは、このような悲劇はチャメシ・インシデントなのだ。

「早くしろ! さもなくばもう一発いくぞコラー!」ヨタモノが顔を赤くしながら言った。「ア、アイエエエエ! 私はこれから大事なプレゼンがあるんです! 大怪我は実際心象を悪くする! 見逃して下さい!」「見逃して欲しいなら金出せコラー!」「アイエエエ! それも困ります!」「スッゾコラー!」

 ヨタモノが丸太めいた腕を大きく振りかぶった。この一撃を食らえば、命に別状はなくともサラリマンの鼻の骨が粉砕してしまうかもしれない。アブナイ!

 ヨタモノの拳が振り下ろされようとした、その時である。「アバーッ!」突如として空中2mほどの高さまで浮き上がったヨタモノは、彼自身にも理解できぬまま重力に逆らわず地面に激突した。フシギ!

 これは一体どういう訳か? 読者の方々の中に、カンムス動体視力をお持ちの方がおられれば分かったことだろう。そう、ヨタモノが拳を振り下ろさんとした瞬間、疾風めいて赤黒マフラーのカンムスが現れ、ヨタモノを垂直に投げ飛ばしたのだ。

 痛みを覚悟し、閉じられていたサラリマンの瞼が開かれる。するとそこには、地面に大の字になって気絶しているヨタモノの姿が。サラリマンは周囲を見渡した。誰かが一瞬のうちに自分を助けてくれたに違いない。しかし、視界に映るのは見慣れたネオチンジュフ市民のみ。

 サラリマンは気づいていなかったが、彼の視界の中、人ごみに紛れるように赤黒マフラーの救世主は歩いていた。

 

 その瞳に、復讐の炎を燻らせながら。

 

 

 




◆艦◆ カンムス名鑑#131 【カンムスレイヤー】 ◆殺◆
唯一の家族である妹を殺され、自らも致命傷を負った下層労働者「ヤマト・ゴテン」に謎のカンムスソウルが憑依。
圧倒的なカラテと、全カンムス打倒の執念こそが彼女の修羅道を切り開く。

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