対重金属酸性雨高級ビニール傘を差し、平坦なバストをもつカンムス――アールジェーは高層ビル上で無線連絡をとっていた。通信相手は自らの仕える主であり、このネオチンジュフの裏の支配者たるカンムスである。
「はい、はい、今リバーインサイド=サンがジツを使いました。アッハイ、了解しています。はい、はい、ヨロコンデー!」無線連絡を切る。隣にいるカンムスに無線機を手渡しながら、アールジェーは嘆息した。「はぁ……なんでウチがこんな事やらなあかんのやろ……。ホンマ、もう下積み時代は終わっとるっちゅーに」
項垂れるアールジェー。こんなはずではなかった、こんなはずでは。本来なら、今頃岡山県の秘境で主と共に天然温泉にでも入って、日ごろの疲れを癒していたというのにである。それは一種の現実逃避であったが、今のアールジェーの精神は上空の暗雲めいて鬱々としており、ある意味仕方のない事なのかもしれない。
まさか、得点稼ぎのために具申したプランが自分に回ってくるとは。さらに項垂れる。この作戦とて、自らが直接監督するつもりではなかったのだ。主じきじきに出撃を言い渡されるなど、思いもよらなかった。重苦しいため息を吐くアールジェーに、隣のカンムスが不思議そうな目を向けている。そんな視線に気づく事もなく、アールジェーは内心で本作戦の発端たるカンムスレイヤーを憎悪した。
「むむむ、許さへんでカンムスレイヤー=サン! これが終わったら帰ってスシ・パーティや!」なおも不思議そうな目を向けている隣のカンムス。ようやくその視線に気がついたアールジェーは、内心慌てながらも余裕げに人の良さそうな笑みを向けた。
「あんたも来るんやで」「え、なに?」「スシ・パーティ。もちろんオーガニック重点な。ウチのおごりやで」「おっ! いいの!? ヤッタ!」ちょろいもんや、とアールジェーは内心ほくそ笑んだ。この強いだけのカンムスは単純で実に御しやすい。だからこそ、簡単にソンケイを集められるし、戦力の強化だって出来る。
「まあ、それもこれもこの仕事が終わったらや。気合入れてやりな」「うん、わかった! ガンバルゾー!」張り切っている後輩を横目に、アールジェーは遠く前方を見た。彼女の視線の先、まるでそこだけ空間が切り取られているような球状の暗黒墨絵空間が存在していた。
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「イヤーッ!」BLAM! BLAM! BLAM! 狙い済まされた弾丸が迫りくる三つのステルスギョライに着弾。KABOOOM! 見事命中! タツジン! しかしカンムスレイヤーは爆発の方向を見ようともせず視線を上に向けた!
「ウラーッ!」BRATATATA! 上方よりヴェールヌイの機銃掃射! プラズマからの借り物だ!「イヤーッ!」カンムスレイヤーの右手が一瞬ブレる。放たれた弾丸を、おお! すべて掴み取っているではないか!「イヤーッ!」次いで手中の弾丸を散弾めいて投擲!「無駄なのです!」投擲散弾は強かプラズマに命中! しかしやはり、次の瞬間には木製人形へと姿を変えていた。フシギ!
「いい加減諦めたらどうだカンムスレイヤー=サン。このジツに捕らえられた以上、如何にカラテを込めようとも無意味! 奥ゆかしくセプクしろ!」ヴェールヌイが邪悪な形状のイカリブレードを投擲! 不穏な凄みを湛える回転イカリブレードをカンムスレイヤーは上体を捻って回避。背後に影、プラズマだ。影より伸びた手が飛来するイカリブレードをキャッチ&リリース!「イヤーッ!」後方からの変則奇襲にも上体を捻って対処する。刹那、カンムスレイヤーの機銃が火を噴いた!「イヤーッ!」BLAM! KABOOOM! またも迫っていたステルス・ギョライを迎撃! ゴウランガ! なんたる超高速カラテ攻防か!
「斬新な命乞いだな」カンムスレイヤーが吐き捨てるように云う。おお……しかし見よ! カンムスレイヤーの破れかかった装束を、銃口の焼け焦げた機銃を。誰がどう見ても、形勢はヴェールヌイ達に傾いている。
「とんだイディオットなのです!」プラズマが背部擬装に手を伸ばす。中から取り出したのは、ナムサン! 悪魔的カンムス用武装、五連装カラテギョライ! 彼女らはこれまで以上の攻勢で以て一気に片をつけようというのだ!
「ヴェールヌイ=サン!」「承知しているとも!」死神鎌めいた邪悪な形状のイカリブレードを構えたヴェールヌイが応える。カンムスレイヤーは身構え、来るべき時の為に呼吸を整えた。「スゥーッ! ハァーッ!」精神を落ち着かせる。体は熱く、思考は冷徹に。憎悪を燃やし、復讐心を研ぎ澄ませる。カラテを込めるのではなく、体内に留めるように。
「ウラーッ!」「ナノデス!」二人の声が聞こえる。違う、狙うのは彼女らではない。思考が加速し、見開かれた目に鈍化した世界が映し出される。二人の動きも酷くスローモーションだ。まだだ、まだだ……狙うべきは……。
舞うようにして五連装カラテギョライを回避。迫るヴェールヌイを牽制。刮目し、スローの世界を見渡す。白黒の墨絵世界を、泥のような空間を、その中にあるはずの歪みを見つけ出すべく。
やがて、それは見つかった。鈍化した世界ですらの一瞬、その歪みを!「イヤーッ!」
――ついに、見つけた! 飛び上がったカンムスレイヤー! 同時に突き出された右手に、これまで体内で溜めていた黄金のカラテ粒子を開放・凝集! 同時、獲物に襲い掛かる鷹めいて突撃! 大口径砲が形成され、目標までの距離が、ゼロになる!
「なっ……!?」砲口を突きつけられ、動きを止めるリバーインサイド。今まさに撃ちださんとしていたステルス・ギョライを手に、蛇に睨まれた蛙めいた反応で立ち尽くしている。ヴェールヌイとプラズマの二人も驚愕に硬直している。それは時間にしてみれば一秒にも満たなかったであろう。しかし、カンムス同士のイクサにおいては、その一瞬こそが命取り! 今、この瞬間においてまともなアクションを起こせるのは……!
カンムスレイヤーが、無慈悲に引き金を引いた!「イィィィヤーッ!」KABOOOOOOM!「ンアーッ!」ゼロ距離砲撃! 爆炎と共に空高く吹き飛ばされるリバーインサイド! 砲弾を受けながらも、なおも原型を保っているのは、ひとえに彼女がカンムスが故だ。しかし、たとえカンムスであろうと、その耐久力には限界がある!
「イヤーッ!」吹き飛ばされるリバーインサイドを追いかけ、地上から上昇気流めいて砲弾を放つ! KABOOOM!「ンアーッ!」砲弾直撃! ダメージ甚大! さらに吹き飛ばされる!
「イヤーッ!」吹き飛ばされるリバーインサイドを追いかけ、地上から上昇気流めいて砲弾を放つ! KABOOOM!「ンアーッ!」砲弾直撃! ダメージ甚大! さらに吹き飛ばされる!
「イヤーッ!」吹き飛ばされるリバーインサイドを追いかけ、地上から上昇気流めいて砲弾を放つ! KABOOOM!「ンアーッ!」砲弾直撃! ダメージ甚大!
花火めいてさらに高く舞い上がる! そして!「サヨナラ!」リバーインサイドは大破し、闇の帳へと吹き飛ばされていった!
「「リバーインサイド=サン!」」二人の絶叫がむなしく響く。やがて、地獄めいた目をしたカンムスが二人を見据え、呟いた。「さあ、先に入渠したいのはどちらだ」
ナムアミダブツ! コ、コワイ! コワイすぎる! なんたる死神めいた眼差しか! もしも現在の彼女の眼を覗き見たモータルがいたならば、良くて失禁、最悪急性KRS(カンムス・リアリティ・ショック)で死に至るであろう! それほどの剣呑に過ぎるアトモスフィアを纏う彼女のバストは実際豊満だ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……! 音を立てて崩れ始める白黒墨絵世界! しかし、カンムスレイヤーは委細かまわず突貫! これではまるで飢えた狼! 野生をむき出しにしたカラテモンスター!
「「アイエエエエエ!」」小柄な二人はカンムスでありながら悲鳴をあげて逃走! なんたるブザマ! それを追いかけるカンムスレイヤー! ジゴクの鬼ごっこだ! ぐんぐんと距離が詰められていき、先に捕まったのは、ヴェールヌイ!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」巨大な砲身を横凪ぎに振るう! 大味な攻撃は見事ヴェールヌイの背後に直撃!「ヤ! ラ! レ! ター!」ヴェールヌイは野球ボールめいてかっ飛ばされ、墨絵空間の隙間――元いたネオチンジュフの闇へと吸い込まれていった! ゴウランガ! ゴウランガ!「アイエエエ狂人!?」プラズマが背後を振り返りながら泣き叫ぶ。実際彼女は失禁しかけていた。
「Wasshoi!」カンムスレイヤーが全筋力を駆使し跳躍! 俯瞰する墨絵地上には、涙目で逃げ回るプラズマの後姿! 砲身を掲げ、慣性のままに突撃! 着地の瞬間、掲げた連装砲の砲身を隙だらけのプラズマへと叩きつける!「ンアーッ!」背部擬装が粉砕され、衝撃で盛大に吹き飛ばされるプラズマ。ゴロゴロと転がるも何とか停止し、はっと顔を上げると、ナムサン! そこには既に悪魔めいたカンムスが!
「選択肢を与えてやる」悪魔が言う。重く、復讐心に囚われた狂人の声だ。プラズマはまたも失禁しかけた。目尻によりいっそう涙を溜めたプラズマを確認し、カンムスレイヤーは続けた。
「大人しく情報を吐いて大破させられるか、惨たらしく拷問された後に大破させられるか。選ぶがよい」ナ、ナムアミダブツ! なんたる理不尽な選択肢か! これではどちらにせよプラズマが大破し入渠するのは確定事項ではないか!
しかし、崩壊しかかっている治外法権暗黒墨絵空間においては、この復習者の言い分こそが、力を持つ勝者こそが正しいのだ!
「ア、アイエエエ……一番で」プラズマは失禁を耐えながら答えた。涙は耐えられなかった。
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ネオチンジュフの消えぬ闇。その闇よりもなお暗い球状墨絵空間が、見る見るうちに晴れていく。高層ビルの屋上で、違法オハギを咀嚼していたアールジェーは、ジツの崩壊を確認してから口のものを嚥下し、横で暇そうにしているカンムスに視線を送った。
「お仕事の時間やで、あんたは先に行き。ウチはこれ食べたら行くでな」後輩を顎で使うアールジェー。そのバストは平坦であった。「了解! じゃ、行ってきます!」言うが早いか、後輩カンムスは一瞬の溜め動作の後、風となって飛んでいった。
無邪気な後輩を見送るアールジェーは、箱の中から最後の違法オハギを取り出し口に含んだ。そして、咀嚼しながら呟く。「覚悟するんやなカンムスレイヤー=サン。ウチらオリョクル・ファンドに楯突いたカンムスがどうなるんか、その身をもって思い知るんや」
残る口内のオハギを高級冷やし抹茶で流し込み、一気に飲み下す。やがて、獰猛な笑みを張り付けたアールジェーは、獲物を狩る捕食者めいて舌なめずりし、呻くようにして呟いた。「さて、何はともあれ久しぶりのイクサや。ウチの古代ケークーボカラテが火ぃ噴くで!」
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「サヨナラ!」暗いコンクリート室内でヴェールヌイは大破し、しめやかに入渠した。彼女はカンムスレイヤーによる致命傷を受けながらも、恐怖を克服し、自身の所属する組織の危機を伝えるべく緊急無線連絡を取っていたのだ。情報が間違いなく伝わったことを確認し、入渠を目前にしたヴェールヌイの心境は如何なるものか。大破の際の彼女の表情は、不思議と穏やかなものだった。
そして、ヴェールヌイの決死の緊急連絡を受けたネオチンジュフの支配者は、ゆっくりと、しかし力強くサバ・スシを嚥下した後、恐ろしいほどの覇気を纏い立ち上がった。
ネオチンジュフの支配者が動く。カンムスレイヤー、その者一人の為、巨大なドラゴンが目を覚ましたのだ。後戻りは出来ぬ。賽は投げられた。破滅を知らせる鐘の音が、ネオチンジュフの闇より響く。ジゴクへの、カウントダウンが始まった。
◆艦◆ カンムス名鑑#147 【ヴェールヌイ】 ◆殺◆
状況判断に優れる歴戦のカンムス。
その忠誠心は組織に所属するどのカンムスよりも厚く、ゆるぎ無い。