カンムスレイヤー ネオチンジュフ炎上   作:いらえ丸

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「ハイクを読め、カイシャクしてやる」ぞっとするほど冷淡な声でカンムスレイヤーは云った。「そんな馬鹿な……ウチの古代ケークーボカラテが、こんな輩に……!」「イヤーッ!」「ンアーッ! サヨナラ!」アールジェーは大破。そしてしめやかに入渠。

「ヌゥーッ!」カンムスレイヤーは破れかかったカンムス装束を生成し直し、自身の消耗具合を認識して眉をひそめた。アールジェー、油断ならぬ相手であった。

 しかし消耗に見合った成果はあった。プラズマからの情報で、憎むべきオリョクル・ファンド本部の場所が分かったのだ。まずはスシを食い、カラテを高め、万全を期して挑むべきだ。

 カンムスレイヤーがその幼さを残す相貌に狡猾な復讐心を練り直した、その時である!

「イヤーッ!」遥か遠くの空から甲高いカラテ・シャウト! 無論聞こえてなどいない。だが、その瞬間カンムスレイヤーは自らのカンムス第六感に従った! 風を切る、瞬時加速次いで跳躍回避! 隣のビル屋上に飛び移る! KABOOOOOOM! 背後に凄まじい爆音! そして熱波! 一体なにが!? 見れば、おお……ナムサン! 先ほどまでカンムスレイヤーが居た地点が、どういう訳か無残に爆砕されているではないか!

「アイエエエエエエエ!」爆破されたビルの真下では、落下してくる瓦礫にネオチンジュフ市民が悲鳴を上げて逃げ惑っている。それだけではない。屋上から始まり、その破壊力を振りまいた爆破は間違いなくそのビルにいた人間をも惨劇に導いたに違いない! ナムアミダブツ!

 逃げ惑う罪無き市民。轟々と燃え続ける爆炎の赤い光。一瞬のうちに数え切れぬ悲劇を生み出したるは、如何なる神罰か!? 否、これは神罰などではない。一人のカンムスの、その邪悪な意思、ただそれだけなのである! カンムスレイヤーは眼下の惨状を見て、煮えたぎる怒りを抑え込むのに必死だった。握った拳に、制御下にない黄金カラテ粒子が散った。

 上空を通り過ぎていくVTOL。遅れて落下してくるのは、ひとつの影。それは長い髪のカンムスだ。やがてカンムスレイヤーのいるビル屋上へと着地すると、凛とした声色で覇王めいたアイサツをきめた。「ドーモ、カンムスレイヤー=サン、アカギです」

「……なんだと?」――心臓が跳ねる。その瞬間、カンムスレイヤーはこれまでにない程の怒りの感情に見舞われた。血液が過剰生成され、視界が赤く染まり、過去の映像がフラッシュバックする。

 何気ない日常のはずだった。ただいつものように過ごし、妹と一緒に回転スシ・バーで夕飯を食べていた。そのはずだった。しかし、平穏は呆気なく破壊された。記憶の奥。まず感じたのは目を焼くような光と、間近に過ぎる熱の奔流。その後の、怒号と悲鳴。一般市民であったはずの姉妹の日常は、その時崩れ去ったのだ。

 燃え盛る店内。動かぬ体。朦朧とする意識の中、歪んだ視界に映るのは、倒れ伏した唯一無二の妹の姿。そして、聞こえてくる話し声。「私はこれで帰りますので、後の事は任せましたよ」「はいヨロコンデー!」「ああ、生きている方がいらっしゃいましたら、口止めをしておいて下さい。あとあと、面倒な事になるかもしれません」「はいヨロコンデー!」

 過去のビジョンの中、少女達に命令する女。その黒く長い髪、凛とした立ち姿、右肩の擬装。間違いない、このカンムスが……! このカンムスこそが……!

 復習者カンムスレイヤーは、怒りに震える手を合わせ、低く唸るようにアイサツした。「ドーモ、アカギ=サン、カンムスレイヤーです」

 オジギ終了から、0コンマ以下秒! カンムスレイヤーは既に彼我の距離を消し飛ばしていた!「イヤーッ!」カンムスレイヤーの渾身のカラテパンチが迫る!「イヤーッ!」音速を遥かに超えるパンチをしかし、アカギはがっしりと掴み取った!「イヤーッ!」アカギの体が翻る。それと同時、カンムスレイヤーの視界が乱回転し、あらゆる関節が軋みを上げる。一瞬の交錯でカンムスレイヤーは空中高く投げ飛されたのだ! なんたるジュー・ジツ!「イヤーッ!」是正し機銃を構える。しかし既に、小型の戦闘機が目前へと迫ってきていた! アブナイ! カンムスレイヤーは第六感に従って小型戦闘機へ向けて機銃迎撃。BRATATATATATA! KABOOOM! 数発の弾丸を受けた後、小型戦闘機は爆発四散した。あれをまともに食らっていたとしたら、例え強靭なカンムスレイヤーといえど大きなダメージを受けていたに違いない。

「イヤーッ!」ビル側面を蹴り、再度アカギ目掛け突撃する! 合間に十五センチ副砲を形成し、鈍器めいて大上段から振り下ろす!「イヤーッ!」アカギは右肩の擬装で以て防御! 反動でさらに空高く飛び上がったカンムスレイヤー。凶悪な連装砲をアカギに向け落下突貫!「イヤーッ!」超重量の砲身がドリルめいてアカギへと突き立てられる!「イヤーッ!」またも擬装防御! なんたる悪夢めいた強靭さか!「「イヤーッ!」」一瞬の膠着の後、両者は弾かれたように距離を開ける。砲身のひしゃげた副砲を投げ捨て、両手に機銃を持ち構え脳内で次なる攻め手を高速思考する。

「そろそろですね……」アカギが呟く。カンムスレイヤーは機銃を構え機を伺っている。「はい、時間通り……整いました。では、終わりにしましょうか」そう言って両手を広げて見せるアカギ。瞬間、カンムスレイヤーのニューロンにこれまでにない程の危機的直感が去来した! これはまずい! 思うが早いか、カンムスレイヤーがスプリントを開始した、その時であった!

 

「イッコーセン!」

 

 次の瞬間、カンムスレイヤーは爆炎に飲み込まれ、吹き飛ばされた。意識を手放す間際、カンムスレイヤーが見たものは、空に浮かぶバイオイナゴめいた不気味な影の群れであった。

 

 

 

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 ネオチンジュフの遥か南に存在する寂れた無人の軍港。自然的要塞のアトモスフィアを纏う一帯は、狂った気象とかつての死者の怨念が支配者然として君臨しているかの様である。この軍港のさらに南には廃れた入り江めいた巨大工廠があり、赤く錆びた工廠の内外は人がいなくなって久しい。そして、その工廠の中心部、無人の大きな格納庫に、おお……ナムサン! キリストめいて磔にされたカンムスレイヤーの無残な姿が!

 復習の火に燃えていたはずの大きな瞳は、今や安らかに閉じられており、見るも無残なカンムス装束は無事な箇所を探す方が難しい。その姿から、かつてのカンムスレイヤーを想起するのは困難だ。磔台に固定された彼女の足元には獰猛なバイオサソリが警戒心もあらわに俳諧している。獲物がエサに変わる瞬間を待っているのだ。

 こつん、こつん、巨大工廠内部に足音。音源を辿っていくと、筆舌に尽くしがたい程の覇気が否が応でも感じ取れる。本能で危機を察知したバイオサソリが一目散に逃走する。やがて、足音の主は磔にされたカンムスレイヤーの目前で止まると、そこにポータブルタタミを敷いて奥ゆかしく正座した。

 覇王めいた気を感知したカンムスレイヤーがの瞼が、老朽化の進んだ旧世代シャッターめいて開かれる。おお、しかし見よ……おごそかに開かれたはずの彼女の瞳には、光が無い。かつての身を震わせるような冷酷な恐ろしさも、狂気と人間性の狭間で苦悩する危うさも、原動力であったはずの復習の意思さえも見受けられぬ。そこには、ジョルリ人形めいた無機質な闇だけがあった。あのカンムスレイヤーに、一体何が? それは、これから行われる悪夢めいた所業を見て、知ってもらおう。

「では、今日もはじめましょう」言いながらアカギは、手にしていた風呂敷包みを解いていく。中から現れたのは、漆塗りの高級三段重箱。アカギは洗練された動作で蓋を開けると、その他の準備も瞬く間に終了させていった。

「ヌゥー……!」カンムスレイヤーが弱々しく身をよじる。凶悪な拘束具が彼女の肌に食い込む。憔悴しきったカンムスレイヤーの目の前には……ナ、ナムアミダブツ! 色鮮やかな大量のスシと、罪悪感さえ覚える程の豪華な料理の数々! 中にはカンムスレイヤーがこれまで食べたことのないような高級料理が、両手の指では数え切れない程敷き詰められているではないか! なんたる格差社会! なんたるマネーパワーか!

「いただきます」奥ゆかしく手を合わせたアカギは、器用に高級箸を使い油の乗ったトロ・スシを口に運んだ。「ヌゥー……!」カンムスレイヤーがもがく!「んん、やはりスシはオーガニックのトロが一番です。安価なバイオマグロではこの味を再現するのは不可能ですからね」続いて、テンプラ、イクラ、タマゴ……重箱の中の高級料理の数々を、アカギは覇王めいた風格で以て食していく。

 空腹の極限にあるカンムスレイヤーに対して、この悪魔のような所業。まさに生きながらにして殺されていくかの様。これは、古より伝わる雅な拷問手法のうちの一つ、バンメシ・トーチャリング。その効果の程は推して知るべし。強靭なるカンムスレイヤーにも実際テキメンである。

「そろそろ、答えてほしいのですが……」いったん箸を止め、アカギがさも悲しげに呟いてみせる。「もう一度お聞きしますね。貴女に宿ったソウル……それは一体なんのソウルなのですか?」問われたカンムスレイヤーは俯くばかり。アカギはやれやれと肩をすくめながら言葉を継いだ。「実際、我々には分からないのです」

 目を瞑り、淡々と言う。「その驚異的なカンムス膂力からしてホロ級である事に疑いはありません。ですが、その詳細が分からないのです。コンゴウ・カンムスクランにしては速さが足りないし、フソウ・カンムスクランであるなら邪悪なユニーク・ジツを持っているはずですから……。ナガト・カンムスクランが一番近い気がするのですが、貴女のカラテはそれを超えている気がします」

 ここで、アカギはすっと目を細めた。一呼吸の後、今度は覇気の満ちた声で言葉を発した。「貴女は一体、何者なのですか? どうやってそのソウルを? 何故、私を憎むのです?」放たれた言葉は、果たして辛うじてカンムスレイヤーに届いた。「オヌシが……カンムスだからだ……」「ほう、だから復讐を?」「…………」それ以降、カンムスレイヤーは返事をしなかった。否、できなかったのだ。既に意識を手放しているが故に。

 アカギは食べ終わった重箱を片付けると、立ち上がってポータブルタタミを畳んだ。「今日は良いお話を聞けました。これは、そのお礼です」そう言って、カンムスレイヤーの唇に米粒を一粒だけ挟んで去っていった。

 足音が遠ざかる。再びの静寂。カンムスレイヤーは動かない。磔にされたまま、生きるでもなく生かされている。これもまた、インガオホーの一つの形なのだろうか。光差さぬ闇の中、カンムスレイヤーはただ、俯いていた。

 

 

 

 

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 それから、数時間後、闇の中からカンムスレイヤーを注視する怪しい人影がひとつ。その者は首にメンポマフラーを巻いており、その両端にはそれぞれ決断的な字体で、「夜」「戦」の謎めいたカンジが書かれていた。間違いない、カンムスである。近代隠密めいた出で立ちの彼女はしかし、サムライ然とした足取りでカンムスレイヤーの近くへと歩み寄ると、腰に下げていた袋からタッパーを取り出し、中に収められていたスシをカンムスレイヤーの閉じられた口に半ば強引にねじ入れたのだった。

 口内に広がる懐かしい感触。スシだ。カンムスレイヤーはねじ入れられたスシを無意識的に丁寧に咀嚼し、感謝するようにして嚥下した。「もっと食べる?」またも口内に感触。今度はトロ・スシだ。それから数分、何度も同じ事を繰り返すと、ようやくカンムスレイヤーは完全に覚醒し、目の前のカンムスを見た。

「オヌシは……リバーインサイド=サン!?」目の前の救世主は、なんとかつてカンムスレイヤーが大破させたカンムスであった!「それは、今の私の名じゃない」

 言いながら、リバーインサイドであったカンムスはカンムスレイヤーの拘束を解いていく。「今の私の名は、ヤセンニンジャ。過去を思い出した大罪人であり、この世界の救世主であり、カンムスであり、ニンジャであり……」開放され、その場で四つんばいになるカンムスレイヤー。ヤセンニンジャと名乗ったカンムスが、復習者に手を差し伸べた。「ジゴクから蘇った、贖罪の戦士だ」

 




◆艦◆ カンムス名鑑#158【ヤセンニンジャ】 ◆殺◆
ソウルが完全覚醒したリバーインサイドの新たな姿。
その精神は極めて不安定な状態にあり、自身を神々の使者と錯覚している。

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