やっと目覚めた術式のせいで呪詛師認定されそうな件 作:へーれ
「この子がさっき言ってた…」
「そう。伏黒津美紀。今年の春に入ってすぐ、今から2ヶ月前に倒れてからずっと意識不明の状態。」
病室に通されるとそこには少女が横たわっていた。眠っているというよりも意識を失っているといった方が適切な様子。恵君はこの姉を守るためにこちらに戦闘を仕掛けようとしてきたのか。
先生が人払いをして、現在の病室の周辺には先生、俺、恵君と津美紀ちゃんの4人しかいない。万が一の衝撃があった際に巻き込まないように隣室は高専が押さえているそうだ。
これなら内緒話も多少出来るだろう。
「額の紋様は何ですか?」
少女の額には、薔薇のタトゥーのような紋様が濃く浮かび上がっている。
高専側で仕込んだ防護術だったら良いが…
「意識不明になってから表れた。偶発的に呪われたわけじゃない。仕掛けた奴がいる。」
「そうなるとただの解呪とは危険度が違いますね。被呪者はこの子だけですか?」
「津美紀が倒れてから他の事例が無いか調べさせたら国内で24件の類似案件が見つかった。位置は差異があるけど皆同種の症状な上に、一番古い事例は3年前に発生していて被害者はそのまま寝たきりだ。」
普通ならこんな特殊な案件が数年もの間御三家の当主の耳に入らないとは考えづらい。
それが意味することは、意図的に情報を封鎖していた奴がいるということだ。
「犯人は総監部にも何らかのパイプを持っていて、僕のところまで話が流れない様にしていたんだろう。」
先生の声の苛立ちが濃くなる。
「コソコソと嫌がらせをするだけならまだしも明らかに呪詛師が絡んでいる案件まで隠蔽しようとするとなると、いよいよこの業界のどこまで輩の手が伸びているのかわからないからね。」
その言葉に今日の呼び出しについて合点がいく。
「それで今日の呼び出し方法だったんですね。詳しい用件が伝えられないのはいつものことですけど、今回は時間だけは正確に指定があったので珍しいなと思ってたんです。」
「誰が内通しているかわからないからね。今回は恵にも来客のことは伏せざるを得なかったのさ。」
「碌に説明しないのはいつもじゃないですか。それよりもいい加減そこの連れて来た人について説明してくださいよ。」
伏黒君が呆れと苛立ちをミックスした声色で先生に詰問する。
今は先生の影響で大分落ち着いているが、病院前では話すら聞かずに侵入者を殺そうとする程張り詰めた緊迫していた。
肉親を守るためにかなり憔悴している上に、
あの様子だと普段から先生に振り回されて疲弊しているのだろう。
「こちらは高専3年生の賀﨑隆景君。治療に関するスペシャリストとして今日は来てもらいましたー!」
「それ、この間の家入ってオバサンが来た時にも言ってましたよね。その人よりも技術があるようには見えませんけど、本当に役に立つんですか。」
しれっと家入先生にクソ失礼なことを宣う伏黒君。まあここまで追い詰められていたら、外面を気にするどころじゃないだろうから家入先生をオバサン呼ばわりしたことは内緒にしておいてあげよう。
「オバサンじゃないよ。まだ二十代だよー。硝子には後で告げ口してやろう。それと隆景の治療術は硝子とは別方向のものなんだ。セカンドオピニオンって奴だよ。恵も社会の授業で聞いたことあるでしょ?」
それに、と先生は付け加える。
「僕と隆景は主従関係の縛りを結んでいるからね。僕がいる限り情報が漏れることは無いよ。だから少しは安心しなって。」
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改めて寝たきりの少女に話題は移る。
「先生の眼ではこの呪いのことはどのくらい見えてるんですか?」
「見ようとはしてるんだけどね。詳しい部分まではこの僕でも分からない。恐らく額の紋様が原因だ。本来なら仕掛けた呪いは見つからないように隠すものだ。」
「…あえて見つけやすくする、その縛りで先生でも呪いの詳細を見抜けないように細工している。仕掛けたやつはそれほど高度な技術を持っているということですか。」
先生の六眼は術師にとって至高のギフトともいえる代物だ。呪力を原子レベルで判別する六眼の前には殆どの術師はあっと言う間にその力量を見抜かれる。呪いも同様であり、解呪手段を持つかは別として大抵の呪詛はその観察眼と知識、分析力によって構造に至るまで分析される。
犯人はそれが分かっていて、解析を阻むための防壁として封印を一層施したのかもしれない。だとすればこの紋様の下に潜む呪いの推定脅威度は跳ね上がる。あの五条悟を想定して呪いをかけたのだ。仕込まれているのは極悪極まりないものかもしれない。
「恵。悪いけど僕と隆景はちょっと席を外すね。」
「…家族の前では言えない程重症ってことですか?」
「違うよ。隆景の意見を聞くためだよ。彼はね、家柄や、体質の関係で僕以外には喋りづらい内容もあるかもしれないからね。一旦、病室の外で話してくるだけだよ。安心しなさい。」
そう告げて先生と俺は病室を出ることにした。
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「で、隆景の見立てを聞かせてくれる?」
「体表面に出てる分については、今の俺でも解除できると思います。ただ、内側に別の呪いが仕掛けられているなら、表面の呪いを破ることでそれが活性化した場合が怖いです。内部の呪いが呪詛の類なら出力を上げればまとめて祓えると思いますが、生物に仕込むとすれば…」
「体内にわざわざ仕込むなら呪物が妥当だろうね。呪物ごと祓うのは難しい?」
「呪物の強度が分からない以上、今の『退魔の剣』のままでは出力が不安です。こっちは術式の完成を急ぎますが、仮に完成して呪物ごと祓えた場合も、既に呪物が体内にある以上、体内…おそらく脳の一部を圧迫している状態だと思います。呪物を取り除けば脳組織の急激な移動で激しいショックが加わると思います。そこのケアを万全に出来る環境が欲しいです。」
「そうだね。僕も同意見だし、その想定で進めよう。跋除後の治療措置については僕の方で手配しておく。…硝子の協力は不可欠だろうけど、このままだと術式を他言しない縛りに抵触するね。」
俺と五条先生は俺の凝固呪法について他言しないという縛りを結んでいる。解呪作業に家入先生の協力を依頼するとなればその縛りを破ることになる。
「それについては僕の方から術式を明かすのはどうでしょうか。問題は家入先生が守秘について同意してくれるかですが。」
「そこも僕が何とかするしかないかー。何だが雇用主のはずなのに逆にこき使われているけど、他の被呪者の治療も急がないといけないからね。頑張りますかねー。」
先生は伸びをしながらそう溢す。既に先生に頼りきりなところ申し訳ないが、解呪を急ぐ必要がある以上もう一件の頼みごとについても話をしなければならない。
「先生、前に相談したブツのことなんですが何とかなりそうですか?」
「うん、そっちは目途が立ったよ。鈴鹿御前の伝承に登場する三明の剣の一振り、
自身も鬼でありながら、かの大英雄坂上田村麻呂と共に大鬼を退治したという伝承を持つ鈴鹿御前。彼女が所持していたとされるのが三明の剣と呼ばれる三種の剣。そのうちの一つが
ダメ元で先生に相談していたのだが、運よく手に入ったらしい。
まだ真贋は分からないが、かの神剣の名を冠するということが俺にとっては重大だった。
呪いを操る身で浄を為そうとする矛盾。今の俺にはその矛盾を支える伝承の強度こそが必要なのだ。
伏黒君は中2までのヤサグレ時期に、姉が倒れるという出来事が重なれば、心労でかなりささくれ立っているんじゃないかということで感じ悪い口調で喋ってもらいました。南無。