やっと目覚めた術式のせいで呪詛師認定されそうな件 作:へーれ
「行かせてください。」
「ダメに決まってるだろ。」
来栖華によって家入らが控える救護室に運び込まれた伏黒恵は手当を受けて意識を取り戻していた。
幾度も『無量空処』を浴びたにも関わらず彼が意識を取り戻したのは、反転術式の出力が鈍っている中でも宿儺が肉体への傷を逐一修復していたことや生来の耐性-恐らく『十種影法術』の継承者に共通する-に寄るところが大きい。
しかし幾ら意識を取り戻したとはいえ彼の体はつい先程まで宿儺に乗っ取られていた上に、高専術師らからの苛烈な攻撃を浴び続けていたのだ。
そんな状態の伏黒を戦線復帰させるなど家入硝子が許可する訳が無かった。
「領域を使える術師は幾ら居ても困らない筈です。」
「君の健康状態が問題だと言っているんだ。第一、君の領域は未完成で結界で閉じることも出来ないんだろう。そんな状態で前線に向かっても徒に死人を増やすだけだ。」
「宿儺は俺の体で何度も領域を使いました。その記憶は今もこの体に残っています。今の俺なら『閉じない領域』で宿儺と張り合えます。」
伏黒の体には最強の術師たる両面宿儺が呪術を操った経験が残されている。その経験値は伏黒の術師としての能力を大きく向上させていた。
「だとしてもだ。領域には大量の呪力が必要だ。今の君の体力じゃどうにもならないだろう。」
「やって見せます!ここで行かなきゃ俺は…!」
「俺も付いていきます!」
二人の意見が衝突する中、甘井凜が声を上げた。
【待てよ!聞いたぞ!オマエの中にもう宿儺はいないんだろ!?戦えんのか!?】
【関係ない。もともとアイツに協力してもらったことなんてないしな。それに。】
【アイツを殺すためなら何でも喰ってやる。】
甘井はあの時の虎杖と同じ決意を伏黒から感じていた。炎の様に燃えさかる強い決意を。
「俺の術式で彼に糖分を補給し続けます。それなら呪力も増やせる筈です!だから…俺からもお願いします!行かせてください!」
そう言って甘井は頭を下げる。
これで自分のやったことへの後悔が解消される訳ではない。そんなことは分かっている。
それでも彼の力になりたかったのだ。前に進みたいという彼の力に。
「…ったく、しょうがない。強硬手段を取られたらどのみち私には止めようがないことだしね。」
「「ありがとうございます!!」」
「ただし、条件がある。」
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(「近づくのは宿儺の領域ギリギリまで。」ここが効果半径のギリギリの地点。)
「甘井さん、行きます。」
「わかった。俺も準備出来てる。」
瞳を閉じて体内の生得領域に意識を集中する。
甘井から受け取る糖分を使って脳をフル稼働させる。
(練ったそばから呪力を吐き出す!思い出せ!宿儺の『閉じない領域』、あの感覚を!)
薬師如来の掌印と共に呪詩を紡ぐ。
背後に人骨の塔が形成され、そこから生じた影が世界を塗り替えていく。
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宿儺の『解』と『
遠方に感じるのは恐らく伏黒の呪力だろう。虎杖が宿儺によって莫大な経験値を得たように伏黒も宿儺から『閉じない領域』を学び取ったのだろうか。
どうであれ必中効果が中断している今なら取れる手段もある。
こちらの方まで伸びてきた影から虎杖と東堂、そして領域の主の伏黒が現れる。
あの影は物の出し入れが可能だと聞いていたが生物もその対象だったとは。
影から現れた群狼が刃と化して足元から宿儺を襲う。
術式を領域に付与している宿儺は必中命令を巡って領域の押し合いをしている今、領域内で自在に斬撃を放つことは出来ず、直に触れたり手掌で対象を指定したりするなどして強化しなければ術式を行使できない。
一方で伏黒の『
宿儺の周囲を囲った影から無数の高圧水流が噴出する。式神『満象』が生み出す大量の水。それを宿儺に倣って『赤血操術 穿血』のように放射しているのだ。
宿儺は領域展延で高圧水流を防ぎながら攻撃から逃れようとするが影は追い続ける。刃のような鋭さを持つ『玉犬』の爪が剣山の如く地から伸び獲物を狙い続ける。そして宿儺を狙うのは影だけではない。虎杖の拳が斬撃と共に宿儺に突き刺さる。
「ちぃっ!」
副椀を交差して何とか受けた宿儺だが勢いを殺しきれずに地を転がる羽目になる。そして転がった先には次の一手が待ち受けている。
怪鳥の群れが電撃を伴って殺到する。爪によって展延を引き裂かれた宿儺は超高圧の電流を浴びせられる。
それでも王は止まらない。背後に迫っていた虎杖を察知してそちらに蹴りを放つ。
蹴撃は虎杖を捉えたが次の瞬間、その姿は無数の兎に変じる。
先ほどまで虎杖は確かにそこに居た。しかし、次に虎杖が現れたのは宿儺の足元の影からだった。
影に押し出されて加速した虎杖がドロップキックを直撃させる。
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(凄いな…、流石は御三家の相伝術式。いや、使い手のセンスか。前*1に戦った『十種』使いがこのレベルだったら手も足も出なかっただろうな。)
隆景は反転術式で傷を癒しながら伏黒の技量をそう評していた。
(だけどこのままじゃ勝てない。一先ずの手当ては受けているみたいだけど、今の伏黒君の体は戦える状態じゃないはず。)
「すまない、遅くなった!」
そう懸念していたところに東堂が駆けつける。
「Mr.賀﨑は一度下がったほうがいい。失血がひどい。宿儺の斬撃をもろに喰らったんだろう。五体が繋がっているだけで奇跡だ。『
「いやまだだ。」
「無茶だ。」
「ほんの少しで良い。反転術式で体を治しきるまでの間、俺を守って欲しい。」
そう言ったそばから宿儺は猛攻の合間を掻い潜ってこちらに攻撃を放ってきた。
東堂は『
「後方で治療を受けろ。今みたいな回避も領域の押し合いをしている間しか出来ない。宿儺の領域で戦うには先ほどの簡易領域が必要だ。」
「簡易領域じゃ結局決め手にはならない。それに伏黒君の領域もあまり長くは持ちそうに無い。だったら最後に試したい手がある。そのためにも傷を治しきりたいんだ。頼む、東堂君。」
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東堂とのやりとりの数十秒後、隆景は傷を治し呼吸も整え終わった状態にあった。これが現状で望める最高の状態だ。
最後に『
「頼み事ばかりで悪いがみんなに伝えて貰って良いか?さっき説明した術式で出来る結界だがそれが崩れたらその瞬間に全火力で一斉に攻撃して欲しい。俺を巻き込むのは躊躇しないで思いっきりやってくれ。」
「任されよう。だが、Mr.賀﨑は必ず俺の『
「頼もしいな。是非お願いするよ。」
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宿儺から凡そ10メートルの位置に到達した隆景は直ぐさま術式の発動を開始する。
(術式順転『
右手に『
(無下限呪術では『虚式』と呼んでいたけど、それはしっくり来なかった。コレは何かを生み出す技じゃない。何もかもを“空回り”させるのが俺の辿り着いた術式の秘奥だからだ。)
故にこう名付けた。
「術式空転 『
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隆景と宿儺を覆い隠すように黒い半球が展開する。
大きさは半径にして10メートル。これまで繰り広げられた激戦と比べると小規模なものだ。
そしてこれは領域ではない。領域であれば『
(俺の領域が停止している…。術式も使えない…、領域展開後の焼き切れた感覚とは違う。呪力そのものが駆使出来なくなっているのか?)
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半球の外でも宿儺の領域は解除されていた。伏黒の『
「何…が起きて…。」
宿儺に匹敵する技術を手に入れても今の伏黒は呪力を大きく消耗している。甘井からの補助を受けてようやく領域を展開していたが、対象を見失ったことも有り領域の維持を断念した。
崩れ落ちそうな体を甘井に支えられやっとの事で立ち上がる伏黒。あの半球は一体何だというのか。
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「俺の『凝固呪法』の本質は呪力を“流体”として捉えることにある。」
術式の開示。発動した『
「順転では正のエネルギーを固体に、反転では呪力を気体へと変形させるが、この術式は俺だけじゃ無く他人も対象なんだ。まぁ『
「だが、この『
隆景の言葉がハッタリで無いことは宿儺も理解している。彼の言葉通り、呪力による身体強化が成立しないからだ。
「つまり、呪術の呪の字もない泥仕合をこれから始める訳だが…。」
鞘に納めた愛刀に触れながら隆景は続ける。
「俺は刃物を持ち込ませて貰った。良いだろ?史上最強の術師様としがない現代術師。まさかあの宿儺様がこのくらいのことに文句ある訳ないよな。」
「減らず口を。」
宿儺は悪態を吐く。
「この条件なら俺に勝てると思っているのか?先ほどから薄ら笑いが隠せていないぞ?」
互いに構えを取る。片や四つ腕で拳を構える異形、片や腰の刀を抜き放たんと柄を握る細身の男。
「思い上がったものだな。」
二者は同時に踏み出す。最後の決戦が始まる。