やっと目覚めた術式のせいで呪詛師認定されそうな件 作:へーれ
2019年11月
スコールが降りしきる森の中で隆景は呪霊と相対していた。
(やけに村で
戦闘態勢に移るために眼を覆うように巻いている呪布を解く。この呪布は隆景が自身で封印の結界術を仕込んだ特別製である。「結ぶ」ことでその「輪」の中にあるものの呪的性質を封じる代物で、これにより輪廻眼に封印を施すことで恒常的な呪力消費を無理矢理抑え込んでいる。
呪霊の風貌は西洋圏で著名な悪魔といえるベヒーモスに似ており、逞しい四肢を誇る巨躯からは等級の高さが伺える。南太平洋のこの地には似つかわしくなく思えるが、恐らく植民地時代に持ち込まれた西洋宗教の影響であろう。
体表はマグマの如く赤熱化しており、降りかかる雨を蒸発させ熱気を纏っている。
(あの様子だと術式も持っている。活火山の多いこの土地柄にお似合いだが、特級レベルにはほど遠い。標準的な1級ってところかな。)
こうした状況ではスコールは有難い。天元式の『帳』の使えない国外では呪霊を隠すのも一苦労だ。とはいっても南国の天気は移り変わりが早い。
「雨が止む前に仕留めるか。」
隆景の右手に光を束ねた得物が形成される。正のエネルギーを術式で固形化して作り出す光の剣。
呪霊にとって致命的なものであることを本能的に察知したのだろう。牛鬼型の呪霊が応じて術式を発動させる。
呪霊の足元から熱が走り溶岩流が隆景に迫る。
口から発射した水塊が溶岩の高熱を相殺する。やはり熱に関係する術式だ。今は降雨のお陰で森林に燃え広がってはいないが、スコールはいつ止むか予測が付かない。雨の止む前に決着を付けたいところだ。
術を発動させながら駆け出す。
水で象った龍で自身を囲むことで移動式の防壁を作り呪霊に接近する。途中、呪霊の放つ溶岩が飛んでくるが水の龍がその全てを相殺する。
垂直方向に身体を180度回転させながら斬り抜ける。斬撃は呪霊の右腕を切り飛ばしたが即座にその欠損部を再生させる。
(再生が速いな。)
勢いよく走り抜けた体を空中で捻ることで無理矢理反転させ再び呪霊の方へ体を向ける。
背後から首筋目掛けて放った高圧水流は呪霊が自身の背後に展開した溶岩によって阻まれる。
「呪力感知は一級品。不意打ちでやれるほど甘くはないか。だったら。」
斬り抜けの速度に加えて水断波の反動で更に加速した体を無理矢理停止させるために這いつくばるような姿勢で地に剣を突き立てる。
ズザザッと数メートルを体が着地点から流れるが停止しきる前に隆景は次の行動に移る。
「正面からブチ抜く!」
光の剣を変形・延伸させて槍を形成し、投擲の体勢へ移る。
体重移動、身体の捻り、腕のしなりによって発生する全エネルギーがつま先から指先へと伝達される。
放たれた槍が呪霊へと迫る。
呪霊も迎撃の為に術式で溶岩弾の防壁を作る。だが、隆景の術式に対して術式による防御は悪手であることを呪霊は知らない。
高熱と質量による防壁は光の槍をひと時も留めることは叶わずに通過され、防壁の主は為すすべなく貫かれる。
ギャオォォォォオオオ!と絶叫しながら呪霊は腹部に突き刺さった槍を引き抜こうと足掻く。だが、その手は槍が発する正のエネルギーによって焼かれ届くことは無い。
跳躍した隆景が呪霊の腹部に足を掛けて槍を掴む。
隆景が行ったのは新たな術式であるとか拡張術式だとかの行使ではない。ただ『
固形化を解除された槍は元の「正のエネルギー」そのものに回帰する。体内に深く突き刺さった状態でそんなことをすれば呪霊の体内に直接正のエネルギーが流れ込むことになる。呪力で体が構成されている呪霊にとってそれは防御不能の必殺の一撃となる。
呪霊特有の消失反応で跋除の完了を確認した隆景は周囲を見回す。
「最近じゃ海外でもこのレベルが出回っているのか。巡回を増やすのと、場合によっては結界も必要だな。後は火の後始末と…、他に子を残してないか見て回ってから帰るか。」
海外に出てから知ったことだが、山火事というのは非常に厄介な災害だ。消防組織が整備された先進国であっても時には大規模な街一帯を焼き尽くすこともある。呪霊を祓おうとも火災が防げなければ大勢の命が危険に晒される。
再び呪布を巻き付けた隆景は後始末のために歩き出した。
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オセアニアの島嶼群に位置するとある島国。
この国では様々な信仰が混在している。過半を占めるのはキリスト教宗派だが、その他にも土地に固有の伝統信仰や、この地域に独特なものとして
その信仰の対象だと認識されているわけではないが、近年観光業が盛んになっていることもあり、半年前から外れの林に住み着いた男は特に排斥されることもなく何となく村の生活圏に馴染みつつあった。
村で育ったこの青年も男と幾度かやりとりをしたことがある。
はじめは住処についてだった。男は木の枝と葉で作った申し訳程度の屋根の下で暮らしており、あまりにみすぼらしかったからだ。青年は端材からいくらかを見繕ってトタンと木材を男に提供して家づくりにもいくらか手を貸した。出来上がったのは犬小屋よりはマシと言った程度のものだったが男からは随分と感謝され、お礼が出来ないことをひどく申し訳なさそうに詫びられた。
男は片言の英語を使っており、会話には難儀したがその時に男の事情をいくつか知ることが出来た。何でもアジアの極東の生まれだが、生まれつき外見に異常があり、それに対しての周囲からの奇異の視線に耐えかねて出身地を飛び出したという。その後、中々落ち着く先が見つからず各地を転々とした結果、ここに流れ着いたそうだ。
その「外見の異常」について尋ねはしなかったが、男が常に眼を覆うように巻いている包帯からおおよそ察せられた。
おそらく生来の異常というのは眼の障害のことだろう。目隠し状態にもかかわらず日常生活を送れていることから青年は男がその障害と長年付き合ってきたのであろうと推察していた。
男は根菜の栽培をしているようだがその様があまりにも不慣れだったためか、村人からお裾分けを貰うことが多かった。異人で障害を持っていることに加え、人当たりが良かった男は排斥の対象にはならなかったようだ。
そして男には不思議な特技があった。彼の母国では目の悪い者はマッサージ師の職に就くことが多いらしく、男もその訓練を受けていたのだという。プロフェッショナルではないからと当初は謙遜していたが、彼の施術を受けた者は不思議と体調が良くなり、それが評判となり体調を崩した者はまずは彼に相談に行くということが村での流行となった。
そうこうする内にあっという間に時間は過ぎ、男が村に流れ着いてからおよそ半年が経とうとしていた。
「人を探している。」という異邦の客人が現れたのはちょうどその頃であった。