やっと目覚めた術式のせいで呪詛師認定されそうな件 作:へーれ
「ここで3か所目の設置は完了。後は反転術式を流し込めば…。」
順転の『
(三角形を二つ重ねて六芒星にする手もあったが、この土地のキリスト教信仰を考えると予期せぬエラーが生じかねないからそれは断念するしかなかった。)
隆景は隠遁先としている島を防護するための結界を作成していた。なるべく多くの領域を結界内に収めたかったが後述の理由から結界は三角形型のものにせざるを得ず、島の全部を防護することは出来ていない。今回は港などの外部との出入りの多い地域を敢えて結界から外し、縛りとすることで結界の強度を高めることにした。結界は人の無意識にも影響を及ぼしやすい。取捨選択の結果、島の交易の要である港湾部は結界から外して経済への悪影響は避けて代わりに住居地域を守ることに注力しようという判断を下したのである。
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結界の基本は三角形だと教わったことがある。数学の勉強はさっぱりだが、三角形というのは様々な分野で重要な意味を持つそうだ。「ロードエルメロイ三世の事件簿」*1でも三角形は大きな力と安定をもたらす概念として紹介されていた。
例えば頂点が二つの時点ではそれは線でしかないが、三つの頂点を持てばそれは「図形」となる。図形は何かを囲みその内と外とを隔てる「境」となる上に「面積」という概念を得る。その面積を自身の領地とすることによって結界術は成り立つのだ。
そして三点以上の頂点を持った時からそこには力の循環が発生する。いわゆる「回路」というものである。二点の間では力は高きから低きに一方的に流れるだけだが、循環が発生すれば流れる力は永続的な概念を持つ。増えすぎたエネルギーはいずれ流路の破裂をもたらすものだが、三点間ではそれは回路を駆動させるための燃料になるのだ。
図形で対象を囲み外界と隔絶させ、注いだエネルギーを循環させて仕込んだ術式の効率を飛躍的に上昇させる。三角形が結界術の基礎というのは概ねこういった理屈に基づいている。
ちなみに囲むという意味では多角形の方がより効率的に多くの面積を囲むことが出来るが結界という意味では四角などの多角形はあまり用途に適しているとは言えない。
例を挙げよう。仮に結界の起点の内の一か所が攻撃を受けた時にその衝撃を他の起点にも伝達する機構を予め仕込んでいたとする。三角形であれば他の二点から結界全体のエネルギーのおよそ三分の二を使ってその攻撃に対抗することが出来る。だが四角形の場合、一か所に加わった衝撃は他の三点全てではなくまずは隣接する二か所にしか伝達しない。そうなると結界の防衛に運用されるのは四点中の二点、つまり全体のエネルギーからすれば二分の一の力しか使われず、三角形のものと比べていくらか効率が落ちるということになる。
それに、複雑な多角形になっていくほど結界を成立させることは難しくなっていく。分配の割合、各地点の環境から発生するノイズ等々…。結界を安定させるための障壁は頂点を増やす程、指数関数的に増していく。
そういう訳で基本的に結界は三角形で形成することが良いとされているのだ
この点を踏まえると高い技量を持たずとも『帳』の展開を可能とさせる天元の基礎結界はすさまじい技術の元に成り立っているといえるし、それを基礎としているとはいえ日本各地に巨大な円形結界を多数展開して見せた羂索も技量だけは称賛せざるを得ない。
閑話休題。
結界作りに勤しむ隆景の視点に話を戻そう。
「これで一応害虫除けくらいにはなるだろう。」
自己補完の機能を重視したため高度な機能は持たせられなかったが、正のエネルギーで構築しているおかげで半端な呪霊は近寄りもしないだろう。今後は呪詛師や高等級の呪霊のみに集中して対応できる。
とはいっても現状、警戒するべきなのは呪霊の方だ。渋谷事変による大規模な経済ショックと世界に配信された新宿決戦を通して今や呪術はワールドワイドな存在になった。
呪いの殆どは未だに日本で発生しているが、隆景がこの島で呪霊退治をしているように世界各地で呪霊によるものと見られる怪奇・変死現象の数は増加している。
古来から呪霊と戦ってきた日本と異なり、海外には呪霊戦のノウハウが無い国も多い。これは一種の恐慌状態を引き起こし、呪具の国外への大量流出や海外では希少である呪いへの耐性を持つ人間、つまりは術師や呪詛師の奪い合いといった事態が巻き起こっている。
従来では考えられなかった高額のオファーを受けて海外にスカウトされていく呪詛師が後を絶たない。
そんな呪詛師達は殺すにしろ守るにしろ、高額報酬の仕事が次々と舞い込む空前の好景気に沸いている状態だ。中には合法・非合法を問わず組織お抱えの身分に就く者もいるほどで、隆景のように潜伏先を探すでもない限りこのような離島にわざわざ手を出す輩はまずいないと考えていい。
土地を抑えて国家樹立をもくろむ夢想家でもいれば話は別だが、今のところそういった話は噂レベルでも耳にしていない。
(いくら呪術が使えたところで、術師が活躍できるのは対人戦が限界。国家、軍隊を相手取ろうとすれば数で磨り潰されるのは目に見えている。)
特級術師の認定基準は「単独での国家転覆」が可能なほどの戦闘力を持つことであり、これはつまり1級以下の術師では国家には歯向かえないということである。
故にこそ1級に及ばない彼らは暗殺や誘拐といった稼業を生業にして都心部で暗躍してきたのだ。
呪詛師が島を襲うことはない。仮にあったとしても、ヘマをやらかして隠れ場所を探すような小物しかここにはやってこない。
隆景はそう結論づけて元の生活に戻っていったのであった。
そもそも何故隆景は日本を飛び出し、大好きなアニメも観れないような生活を送ることになったのか。他の呪詛師のように金に目がくらんで海外で荒稼ぎをしているのかというとそういう訳でもない。
彼の島での生活は何とか日々の糧を確保し、夜になれば眠り朝日とともに目を覚まし、また新たな1日を迎える。そういった慎ましいものだった。
つまりは、賀﨑隆景は隠居生活中だった。
時間を戻し、隆景が出奔を決めた経緯を話そう。
戦時に行った緊急措置の後始末、具体的に言うと、賀﨑家当主の座の簒奪と強権行使での禪院家陣営の動員、総監部の抹殺。
やむを得なかったというのはやった側の論理に過ぎない。戦後に禍根を残さないためには被害の補填が必要になる。武力にモノを言わせて敵対勢力を根絶やしにしてしまうのも不可能ではないが、人手不足が常のこの呪術師業界でそれをやってしまうと今後の運営が立ち行かなくなってしまう。
かといって彼らとの手打ちを行わずに遺恨を残したままにすれば、近い将来に過激派が暴発するという形で取り返しのつかない規模の損失が起きることになる。
そうした謂わば「爆弾」とも呼べる不安要素を解消するために、今回の戦いで割を食った連中に対しても補償を行う必要があったというわけだ。
具体的には、金銭や資産の譲渡、今後の呪術界でのある程度の地位の保証などを対価に、個人間はともかく、組織間のわだかまりについては何とか決着を付ける必要があった。
交渉では、禪院扇の乱心や、長年にわたる上層部の腐敗、引いては呪術界の機密情報やリソースがそれに仇なす大敵である、呪詛師「羂索」に垂れ流されていた件などの瑕疵を突くことで補填額を減らすこと出来たが、この一連の対応は落ち目の連中に対して弱腰の姿勢をとったと見做され家内での評判を落とす結果となった。
禪院家の連中には遠回しな嫌がらせを受け続け、家の中でも下からの突き上げで肩身が狭い。おまけに『外道 輪廻天生の術』を使ったおかげで残す寿命はあと2~3年と来た。そうしたストレス要因に囲まれる中で当主の引継などを終えて仕事にひと段落着いた時に、彼は思ってしまったのである。
「もう、俺休んでも良くない?」
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思いついたのはいいものの、世には呪霊が溢れ術師はその対処に大忙しの状況。半端に逃げたのではすぐに連れ戻されかねない。
斯くなる上は海外移住。通信環境が充実している国では居場所が割れかねないため移住先にはできない。
せめて凍死はしないようにとなると比較的暖かい気候の地域の中から選ぶことになる。
そのうえで素性の知れない流れ者が住み着いても見逃されるような場所を探して放浪すること数ヶ月。ようやくたどり着いたのがこの島というわけである。
残り2年がせいぜいの余生をこの島で呪いとは関りを持たずに過ごすつもりだったが、結局は呪いを祓って過ごしている。
(目の届く範囲しか助けられていない。俺は救う対象を選んでいる。)
命を選り好みしているこの行為は偽善に過ぎない。呪術師として正式に活動を続けていればもっと多くを助けられただろう。住処を変えても生き方を変えることは出来なかった。中途半端な存在になり果てたと自嘲しながらも隆景は漫然とこの生活を続けていた。
そんなある日。隆景の「輪廻眼」は懐かしい呪力を感知した。隆景が日頃から身に付けている呪布の性能は完全ではなく、オンオフの切り替えができない「輪廻眼」の呪力消費を幾許か抑える程度の効果しか持たない。だがそれ故に呪布を巻いている間も隆景の呪力感知は非常に高い精度を持つ。
「この呪力は…伏黒君か?」
周囲に他の呪力は感じられない。禪院家当主が一人でなぜこの地に来たのか。理由はわからないが偶然立ち寄ったというわけではないだろう。自分を訪ねてきたであろう客人を迎えに隆景は腰を上げた。
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ガサリ、と林を掻き分け道に出たところで隆景は自身の呪力感知が誤りでなかったことを知る。客人は予感のとおり、禪院家当主である伏黒恵その人であった。
しかし不審な点が一つあった。港湾部ならともかくここは島に張った結界の内だ。結界の範囲は輪廻眼込みでも隆景個人の感知範囲よりも当然広い。にも関わらず、隆景はつい先ほどまで伏黒を感知できなかった。何らかの方法で結界の感知を潜り抜けたのであろう。
「呪力は抑えていたんですがやはりその眼には気づかれましたか。」
問題はなぜそのような真似をしてまで、感知を避けようとしたのかということ。
その警戒心から既に隆景は呪布を外して伏黒と相対していた。
「久しぶりだね、伏黒君。何の用かな? 禪院のトップが一人でバカンスってわけじゃないだろう?」
問いかけに答える前に伏黒は口元を歪める。
「ケヒッ。」
それは葬った筈の悪魔の仕草。
(あり得ないっ!俺はともかく五条先生の眼を欺ける筈が無い!)
「そりゃもちろん…。」
掌印と共に足元から影が伸びていく。
「逃げられたら困るからな。」
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「シン・陰流 『簡易領域』!」
根本的に簡易領域では本物の領域には抗えない。それは当然隆景も承知している。この行動は次手への布石に過ぎない。
(体の周囲ギリギリまで範囲を絞る!1秒!1秒持てばいい!)
それだけの時間があれば島に張った結界から正のエネルギーを集めて領域結界を破壊することも不可能ではない筈だ。他に領域を破る術のない隆景は領域展開直後の術式使用が困難な状態を狙うことでしか勝ち筋が無いと判断し懐から結界操作のための呪符を取り出そうとする。
『
呪符に触れた隆景は仕込んだ術式起動のための呪力を即座に流し込もうとする。しかし、信じがたい現象と共にその目論見は破綻する。
影が『簡易領域』の縁を「潜った」のだ。
(まさかアレは!術式対象の『拡張』!?)
出鱈目な現象だがそれなら島への侵入が結界に探知されなかったのも説明が付く。いや、付いてしまう。
術式の対象を「世界」そのものへと広げることが出来るのであれば、『十種』の影は他者の結界すらも呪術ではなく、世界の1要素として見なすことが出来るのだろう。影が結界を無視して伸ばせるのなら、影の中に潜って境界を通過するだけであらゆる呪的防壁は無意味となる。
「カハッ!」
影が隆景の全身を拘束し抵抗を封じる。反転術式で影の出力に抗おうと試みたが、影に掴まれた瞬間から隆景は呪力の操作が一切出来なくなっていた。
(何でだ?影に呪力が『吸われて』いるのか!)
『十種』の影にそんな効果があるなんて聞いたことがないし、伏黒もそんな使い方はしていなかった筈だ。
抵抗を封じられた隆景の目の前に影の主が立ち、顎を掴んで無理矢理口を開かせる。
(アレは臓器か?いつの間に…。)
影から取り出したのだろうソレを口に押し込まれたところで隆景の意識は暗転した。
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「…ここは?」
気が付くと隆景は一面が植物に囲まれた空間で尻もちを付いていた。
(心象風景…生得領域か?だが誰の?少なくとも俺の生得領域はこんな穏やかな風景じゃない。…!)
混乱が収まらない隆景の前にいつの間にか男が立っていた。いやそのあまりに自然な佇まいは元からいた男に隆景がようやく気付いたのかと錯覚するほどだ。
「ようやく顔を合わせることが出来た。初めまして。名乗りたいところだが、生前の私は名を持つような身分ではなくてね。」
男は立ち上がろうとする隆景を手で制し、代わりに自分が隆景の前に腰を下ろした。
「だから代わりに力を見せようと思う。君にならそれで分かってもらえるという確信があるんだ。」
そう言うと男は胸の高さで掌を広げる。そして唱えた。
「術式順転 『
男の掌から光が生じ、やがて球体へと『固形化』する。
隆景にとってその光景は男の正体を確信させるに十分なものだった。
「もう分かったかもしれないが…私はかつて『
五条先生の無下限呪術について。
「止める力」のニュートラルな無下限呪術。それを強化したら「引き寄せる力」の『蒼』じゃなくてむしろ距離を空ける『赫』にならね?とこれまで思っていました。
それからふと、『無量空処』の光景が宇宙の星空であることから『無下限』は「無限」ではなく「宇宙」が術式の本質なのではと思いつきました。
星の光を観測する際の「赤方偏移(遠ざかる星から発せられる光は波長が長くなって赤みが強くなる)」は学んだことがありましたが、調べてみると「青方偏移(赤方とは逆に近づく星の光は波長が短くなり青みが強くなる)」というのもあるようで。もしかしたら『無下限呪術』の極の番は「魔法使いの夜」の第五魔法みたいな類のものなのかも知れません。
五条「極の番 『星間飛行』 キラッ☆(中村悠一ボイス)。」
みたいな。