やっと目覚めた術式のせいで呪詛師認定されそうな件 作:へーれ
「…私はかつて『
伏黒の中に潜んでいた宿儺の残留思念に襲われて呪物を飲み込ませられたと思ったら、今度は謎の空間で見知らぬ男に突然自分はお前の先祖なのだと名乗られた。
本来であれば混乱と警戒を極める事態だが、隆景は目の前で見せられた自身と同じ術式『凝固呪法』を見て、男の言葉に嘘はないと直感を持っていた。あくまで、これが自身の妄想でなけれな、という条件は付くが。
頬をつねる、自分で頭を殴る、現実であれば出来ない体操の高度な宙返り技を試して派手に失敗する、などの行為を通してどうやら自身が夢の中にいるわけではないということを確かめた隆景は改めて男の方へと向き直る。
「どうもこれは僕だけが見ている幻覚じゃないみたいですね。ということはあの術式からしてあなたは本当に賀﨑の一族の開祖で、さっきの臓器みたいな恰好で現代まで永らえてきたと?」
「永らえてきたというのは語弊があるな。呪物になってからは何度か呪霊に受肉させられていたようだが完全な受肉ではないため私の人格が表出することはなかった。私の意識が覚醒したのは最近、というより正確にはたった今だよ。今も君の身体などの受肉した身体から得た知識をもとに会話をしている。」
呪霊にわざわざ呪物を受肉させるとなるとその目的は呪霊の強化といったところだろう。“宿儺の指”を取り込んだ呪霊がそうであったように呪物に封じられた意識は必ずしも受肉先を支配するわけではない。そして呪霊に呪物を取り込ませてその呪霊を強化するという手口は呪詛師が取る手法の一つだ。対象の殺害が目的なら、強化され凶暴化した呪霊を制御下に置く必要はない。餌で誘導して標的を襲わせればそれで目的は達せられる。呪霊の後始末は術師なりなんなりに任せておけばよいという算段だ。
そうして悪用された呪物を術師が回収することは珍しいことではない。伏黒が持って来たことを踏まえると隆景が飲み込まされた呪物は禪院家の術師が回収・保管していたのであろうか。わがご先祖ながら数奇な運命を辿ったものだ。
「それにしても驚きました。羂索の他に呪物化のノウハウを持つ術師がいて、しかもそれが自分のご先祖様とは。」
「そこに関してはとても誇れるものではないよ。私は意図して呪物になったわけではない。高い生命力を持つ私の体質にも原因はあるが、呪物に転じたのは『呪い』の副産物だ。」
呪い。今更術師の技術としての意味でその言葉を使うことはないだろう。つまり彼が言わんとしているのは。
「“賀﨑家の特異体質”。前に五条先生が言っていたことは本当だったと?」
「その通りだ。彼の推察は正しい。賀﨑の一族は天与呪縛によって術式を持たないのではなく、使用できない術式を備えて生まれたが故に誰一人として術式を使うことが出来なかった。」
かつて隆景が術式に目覚めた際、賀﨑の人間は術式を“持てない”のではなく“使えない”のではないかと五条悟は推理した。アレは正鵠を射ていたというわけだ。
「…一応、理由を聞いても?」
「故意ではなかったんだ。宿儺と対して死する際、私は後の世代に希望を託そうとした。だが私は術師としてあまりに未熟だった。私と並ぶ資質を持つ者を未来に残そうとしたが結果は知ってのとおり。私に子はいなかったが、兄弟の血統に過酷な運命を強いることになってしまった。」
『華咲』の直接の後継者はいない。縛りの影響を受けたのは彼の兄弟の血筋に連なる者らであり、隆景の家系もそこに属している。彼の死後、「賀﨑」を名乗る者らが不自由を抱え、その多くが若くして命を落としてきたこと、その人生が幸福と呼べるものでなかったと、彼は責任を感じているのだろう。
だが。
「あなたが僕らのことに責任を感じるのは少し違うと思います。」
「原因」を作った者と「責任」を負う者。それは同じであるべきか。その問いに対しての隆景の答えは、否、であった。
「たとえ理由を作ったのがあなただとしても、生き方を決めたのは僕たち自身です。選択の自由が無かったとしても、それを奪ったのはあくまで僕の祖先です。決してあなたではない。」
素質を持っていたからといってそう生きなければならない理由など何処にもない。決めたのは賀﨑の人間自身だ。だったらその責も選んだ人間が負うべきである。
「あなたの遺した資産や地位。僕の祖先はそれを手放したくなかったんでしょう。だから子孫にも術師として在ることを強い続けた。豊かで在りたい。特別で在りたいという願望。だけど、術師であることとそれらは別にイコールじゃない。そのことに気づけなかったんでしょうね、ご先祖様達は。そうして子々孫々を生贄にしてでも術師で在り続けることを選んだ。それが自分たちを価値あるもの足らしめる唯一の方法だと信じて。」
富というのは恐ろしい、こんな簡単なことにも気づかなくさせるのだから、とおどけながら隆景は言葉を続ける。
「術師じゃなければ価値がないなんてそんな馬鹿な話ありますか?そもそも価値がなければならないなんて思考自体が視野狭窄も甚だしい。呪術なんてなくても生きていけるし、何なら生き死に自体も好きにしたらいいことなのに。それを強制するなんて本当にくだらない。まぁ、そんなどうしょうもない家をほっぽり出して逃げ出した俺が言えたことじゃないですけどね。」
術式を持つ初の当主であり、死滅回遊対応のために強権を振るい続けたくせに、家自体が抱える問題からは目を逸らして当主の座を下りた。自身の不徳を隆景はそう纏め、続ける。
「無責任でしょう?偉そうなことを言っておいて僕自身は残りの寿命を惜しんで逃げだしたんです。結局大事にしたのは自分の都合。口先だけの男、それが僕です。だから、まあなんです?お互い済んだことは気にせずにってことです。あなたは既に死んでいて、僕もくたばる寸前なんですから。」
未練も後悔も抱え続ける必要はない。むしろ開き直って心残りは残さないように。そんなつもりで本心を語った隆景の戯言を『華咲』は感慨深げに聞き入っていた。
「道理だな。わが子孫は私が願った以上の【強さ】を継いでくれたらしい。」
その言葉とともに二人の間には緩やかな空気が流れていたが、ここで『華咲』から思いもよらない提案を告げられる。
「だったら、これから私のすることは君にとっては迷惑になるかな。私は君にもう少し長生きをしてもらうためにここまで来たんだからね。」
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「は?」
言葉の真意が掴めずに眉を顰める隆景を気にせずに『華咲』は続ける。
「先にも言った通り、私が呪物になったのはアクシデントだ。望んだことではない。では、そのアクシデントとは何か。死に際を羂索という男に利用されたわけでもない。君の言葉を借りるなら“心残り”だ。」
胸に手を当てて『華咲』は続ける。
「死後強まる呪い、という現象はあるだろうが賀﨑家の呪いはソレではないんだ。千年規模となると流石に規模が釣り合わない。意図せずに起きたことだが、私は死後の魂の安寧と引き換えに、呪物となって子孫永代に遺る呪いを生み出した。」
突如話題が飛躍したことに隆景は困惑するが、それを気にも留めずに述懐は続く。
「呪物となった私が楔として現世に残っていたことで、賀﨑の一門は呪いを受けていたんだ。」
「待ってください。それがどうして僕の寿命の話になるんですか?。」
これまでの数々の無茶が祟り、最近では日常生活ですら体の不調を覚えるようになっていた隆景。
現在の隠遁生活も半ば自暴自棄に依るもので、それが解消されるというのは望外のことである。
だが、『華咲』が語るのは自身が生んだ呪いのことだ。
それがどうして隆景の寿命と関わりがあるのか。
「私という呪物はこれから君の肉体に溶け込むことで残った寿命…運命力とでも言えばいいかな、それを君に譲渡する。生前の私は人並み外れた強い生命力を持っていた上に、老衰しきる前に呪物に変じた。この千年の間に幾らか目減りはしただろうが君の擦り減った命の足しにはなるだろう。」
「…あなたはそれでいいんですか?」
初対面の相手だが悪人でないことは隆景にも分かった。伝え聞いた話が本当なら彼の生涯は幸福なものとは言い難いものだったろう。その上呪物となったのなら死後すらも魂に安寧は無かった筈だ。
呪物となった後の意識はどうなるのだろうか。眠ったような状態ならいいが、意識があるのならきっとそれは地獄にも等しい状態なのではないだろうか。
黄泉返り。
受肉するのならその時に身体を乗っ取ってしまえばいい。千載一遇の機会を逃すというのか。
「この体を乗っ取ってしまえばいい! 未練はないのか!? 何故僕にそこまでするんだ!? いくら何でもここまで上手い話を信じられるか!!」
疑りと混乱から隆景は思わず声を荒げる。それを制したのは未だ穏やかさを保つ声。
「そういわれると私の言うことは胡散臭いこと極まりないな。」
混乱を鎮めるためか、平静な調子で言葉は続く。
「では理由を説明しよう。」
しっかりと正面から目を合わせて『華咲』は告げる。
「賀﨑家の呪いは呪物の私が生み出している。これは裏を返せば私が消えれば呪いも消えることを意味している。」
「!?」
「私は私の罪悪感を拭うために君を利用する。命を渡すのはそのついでに過ぎない。呪いを断つには呪物として完全に消失しなければならない。そして、そのためには受肉先の人間に自身のすべてを受け渡し、それを受け入れてもらう必要がある。だからこうして君と話をしているんだ。」
「呪いが消えるっていうのはどういう風に?」
「恐らく完全に呪いから脱するのは今後生まれてくる者たちからだ。既に生まれた者も呪いから解放はされるが既に身に備わった術式は消えず、反転術式を習得しない限り使用できないことには変わりない。反転術式の習得は極めて難しい。可能性はゼロじゃないが『凝固呪法』を使えるようになる見込みはかなり低いだろう。そして賀﨑家は『100%呪力を備えて生まれる』という資質を失い、これまでの様に術師の一族として家を運営していくことは難しくなるに違いない。」
『華咲』の予測には隆景も同感だった。賀﨑の人間は体質として反転術式を習得できないがそもそもとして反転術式を会得するものは術師の中でも非常に少ない。資質に左右されるといっても過言ではない程だ。そのことを踏まえると“賀﨑の呪い”の解呪後は家の運営方針を見直さなければならないだろう。
これが渋谷事変以前の出来事であればまだよかった。賀﨑の一族は徐々に勢力を失い、緩やかに一般人の家系へと回帰していくことだったろう。だが加茂家の失墜や総監部の入れ替わりなどによって呪術界の勢力が大きく塗り替わり、賀﨑家が従前では考えられない程の権力を持つようになったこのタイミングでは穏やかに事は進まないだろう。
「路頭に迷う連中が大量に出るくらいなら随分マシな方、これまでの怨嗟から人死にが出てもおかしくはない。殺すにしろ、殺されるにしろ、ってところかなぁ。」
「君の性格からしてそういう事態は放っておけないだろう? 私は贖罪もせずに君に面倒事を押し付けて消え失せるというわけだ。渡す命はその詫び代と思ってくれたまえ。」
死滅回游開始からの僅かな間だが当主を務めたこともある隆景は事の厄介さを想像出来てしまうが故に思わずうな垂れる。そんな隆景に励ますような調子で無責任な言葉をかける『華咲』は続ける。
「“生きている限り世界と無関係ではいられない。” 君の好きそうな台詞で励ましてやろう。」
「もしくは、“誰もひとりでは生きられない。”ですかね。しょうがない。ご先祖様には楽してもらうのが孝行ってもんだと思ってもうひと踏ん張りしますか。」
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「…うん?」
浜辺の木陰で隆景は目を覚ました。
意識を失った後、わざわざ日陰まで運んでくれたのだろう。そして隆景を運んだであろう人物はというと。
「あ、起きました?」
持ち込んでいたのであろう文庫本に栞を挟み影の中に仕舞いながら伏黒恵は目線を向ける。
飲み込ませた呪物が自身に害をなすものでなかったことから予測できたことだが、隆景は念のために確認を取る。
「一応聞くけど宿儺じゃないんだよな?」
「?」
当の本人は頭上にはてなの絵柄でも見えそうなほどキョトンとした顔をしているが。
「自覚ないのかよ。俺に呪物を飲ませる前に変な笑い方してただろ。」
「げ。また出てました? 乗っ取られている間に癖とかが移っちゃったみたいで偶にやっちゃうんですよね。」
一番気付くのは虎杖なんですよ、やっぱ器になった同士で通じるものがあるんですかね~、と頭を掻く伏黒に深刻さが感じられないため釘を刺しておく。
「出てたよ。思いっきりケヒッてた。いいか?、来栖さんの前では絶対やるんじゃねえぞ、トラウマで昏倒しかねないぞ。中の『天使』にぶち殺されても俺は知らんからな。」
「…そうですね、…以後気を付けます。」
使用した領域が発動=即死の『
もっとも、新宿であれだけ苦しめられた身からすれば勘違いするのも無理はないことだと隆景は思っているが。
「ともあれわざわざこんなところまで来てもらってありがとう、伏黒。にしても禪院の当主が良く海外まで出てこれたな。」
「俺が適任だと思って何とか仕事の都合を付けて来ました。今も仕事が着々と溜まっていっていると思うと気が重くなりますが。五条先生にしろ、他の先輩にしろ、勘違いで本気の戦闘になったらこの島が吹っ飛びかねないですから。」
「なるほどね。納得の人選だわ。五条先生と秤は勿論、乙骨も結構アツくなるタイプだって新宿で良くわかったしね。そういや伏黒、お前の領域って影出すだけじゃなかったのな。」
「『影』の物を吸い込む性質を強化して術式効果にしたんです。前は呪力を纏えば抵抗できたんですけど、今はその抵抗する呪力ごとまとめて『物質』と認識して飲み込んでます。『閉じない領域』で結界術の認識が広まった恩恵ですね。」
「何それ無敵じゃん、コワ。」
さらりととんでもない技術を完成させている伏黒にドン引きする隆景だったが、本人はそんなことより、と向き直って本題を切り出す。
「すみません、さっきは少しすかしました。本当は適任だとか関係なく俺が来たかったから来たんです。先輩にはたくさん助けられました。宿儺のことだけじゃなく、津美紀のことから始まって禪院のゴタゴタまで何から何まで。だから先輩を助けられる可能性が見つかったって分かったら居てもたってもいられなくなりました。本当にありがとうございました。」
そう言って深く頭を下げる伏黒。一方で隆景はその畏まった態度におどけて誤魔化そうかと逡巡するが、改める。彼の誠意に対して真正面から受け止めないことは侮辱に当たる。
「術師としての責務を全うした結果だよ。俺だけでやったことじゃない。周りの助けが無ければ力が及ばなかったこともあると思う。だけど、その感謝の気持ちは丁重に受けさせてもらおう。お姉さんのことも、君自身も。手遅れにならず本当に良かった。無事でいてくれたことが術師としての俺の報酬だ。」
そう言って伏黒に顔を上げさせ手を掴む。
失ったものは大きく、事態はまだ終着していない。
だが、助けられたものは確実にあった。
呪術師たちはこれからもそうやって最善と思う行動をひとつずつ積み上げていく。死するその時まで。いや死した後もその志は後進に受け継がれていく。
人の世の営みがそうであるように。
書き終わってから「だいぶナルトじゃね?」と思いましたが、そもそもクロスものだったので良しとします。(暴論)