やっと目覚めた術式のせいで呪詛師認定されそうな件 作:へーれ
次話もどうしたもんかと悩んでおります。ガハハ
夏油が去り際にこちらに放って来た呪霊を見た瞬間に俺の脳裏には5年前の訓練中に経験した恐怖が蘇る。
いざというときに救援するために潜んでいた一族の1級術師すら殺害した特級相当と目される女の姿をした呪霊。
そしてあの時と同様に。
呪霊の体を中心に呪力が放出され、結界と共に生得領域が具現化されていく。
呪霊の言葉が直接脳に入り込んでくる。
そして、周囲の景色が一変する。
『領域展開
そこは見渡す限りの石ころの平野とその中央を走る川。
領域内には等間隔にいくつもの石の山が積み重ねられている。
(この領域、やはりあの時の呪霊なのか!)
鍛錬で叩き込まれた反復動作が思考よりも先に術式を発動する。
(『シン・陰流 簡易領域』!)
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領域は生得術式を結界内に付与し、領域内部にいる存在に対してその術式を発動させる。
術式を防御無しにくらえば致命傷は免れない。
領域への対抗手段は二つ。
一つは自身も領域を展開し、相手のそれを上回る技術で相手の領域を自身の領域へと塗り替えてしまうこと。
領域どころか術式さえ持たない俺にこの選択肢はない。
もう一つは結界を破壊して領域そのものを崩壊させること。
だが、そのためには領域の外殻に到達し攻撃することで結界そのものを破壊するか、術者本体に領域の維持が不可能になるほどのダメージを与える必要がある。
前者の手段を取ることは難しい。何故なら領域内の空間は通常の空間とは異なり、術者側が支配しているためだ。
いくら俺が領域の端を目指して移動しようが、術者は領域内の空間を操作することで逃げ出そうとする者を領域内に留めることができる。
故に領域を使えない術師が領域に対抗するためには、術者本体を叩く必要がある。
『簡易領域』は術式を受け止める壁としても使用出来るが、本来の使用目的は敵の領域の中に自身の結界を作り、術式による攻撃が身体に届くことを防ぐことにある。
殆どの術師は領域について術師教育の初歩として教わる。
だからこそ、生まれて初めて対峙した領域に対して躊躇わずに『簡易領域』を発動させた。
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まだあの呪霊の術式が分かった訳ではない。だからこそ、自分の簡易領域が呪霊の領域に剝がされ術式を食らう前にあの呪霊に致命傷を与える!
ガシャン!
物音に足元を見やる。駆け出した際に石山のひとつを崩してしまったようだ。
その瞬間に、隆景の簡易領域に呪霊の領域が侵食し、ヒビが入る。
(今のが術式の発動か? だったらこの領域には必中効果は無条件で発動するものじゃない!)
どうやらこの石山を崩すことが術式の発動条件らしい。
つまり、この領域の必中効果は完璧ではない。
常時、必中効果が常時発動していないのであれば、簡易領域も常に削られ続けるわけではない。
(問題は…!)
簡易領域が再び削られる。
呪霊が呪力弾を放ち石山を吹き飛ばしたために術式が再び発動したからだ。
(石山を崩すのは奴と俺、どちらでも良いのか!)
再び呪霊が攻撃を放つ。狙うのは俺ではなく石の方、簡易領域を削り切られれば回避不能の術式が来る。
恐らく、領域内の石山を破壊するたびに術式が発動している。
今は簡易領域で凌げているが、発動のたびにそれも削られ続けている。
仮に破壊された簡易領域の再展開が間に合ったとしても、それを展開する俺の呪力の方が先に尽きる。
(『水遁 水手裏剣』!)
手裏剣状の水に変化させた呪力を呪力弾に向けて放つ。
4発の攻撃のうち、2発は弾いたが残りの2発が石山を破壊され、ビシリ、と領域から受ける圧力が増す。
隆景の呪力はこの女型呪霊との戦いの前から大きく消耗している。
夏油傑との戦闘で愛刀を取り戻す際に、『縛り』の条件としていた「印を結ぶ」行為を省いて忍術を使用したことにより、術を成立させるために大量の呪力を必要としたからだ。
その判断ミスが現在の窮地を招いている。
今の残呪力量では、簡易領域の再展開は叶わない。
(これまでの感触からして、あと2回石山を壊されたら簡易領域を剝がされるな。)
だったら、猶更速攻しかない。
隆景のこの思考傾向は度々周囲から窘められてきたが、隆景が改めることは無かった。
術式が無い以上、術式を使わせる前に相手を仕留めるしか自分の生きる方法は無い。
そう考えてこれまで戦い抜いてきた。高専に来る前からそうだった。
賀﨑に生まれた以上、術師の命は消耗品でしかない。
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「隆景、知ってるかい?」
ある時の五条先生との会話を思い出す。
「呪力を持っていなくても、術式を持っている可能性はあるって仮説のこと。」
「一般人が事故なんかで呪力と一緒に術式を発現させることがあるってことですか?」
そう尋ねた俺に先生は答える。
「そうだね。その場合も含めての話でもあるんだけどね。」
腰掛けていた椅子で足を組み替えながら続ける。
「生得領域はその人間の内面を写し取るように形作られる。その形成に呪力の有無は必須では無いんじゃないかって説があってね。残念ながら非術師を術師にする方法が確立されていない以上、実験も難しいんだけどね。」
「それは…うちの一族は呪力だけはあるんだから猶更見込み薄ってことになるじゃないですか。」
先生がわざわざその話題を選んだ理由がわからず、返答に少し苛立ちが混じってしまう。
「僕が重視しているのは、術式を自覚していない人間もいるってことだよ。それと「術式は一人に一つしか持てない」ってこと。」
余計に先生の意図が分からず押し黙ってしまう。
先生は気にした様子はない。
「賀﨑が他家から術式を持つ血を取り込んでもその術式は継承されなかった。だけど、賀﨑の血が入ったからといってその家系から術式が途絶える何てことは起きてない。」
「そこから仮定すると、賀﨑の事情は血統に結び付いた天与呪縛ではなく、家に対して結ばれた『縛り』の可能性がある。」
「もしかしたら、賀﨑は術式を持って無いんじゃなくて、持っているけど使えないんじゃないかな。」
先生はキメ顔でそう言い放った。
「それって仮説ですし、どっちにしろ術式使えないんだから意味無いじゃないですか。」
「まあねー。」
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これ以上の猶予はない。印を二種類結びながら距離を詰める。
(『水遁 霧隠れの術』!)
呪力を薄く広く広げ、霧状に変化させる。
自分の身を隠し、もう一つの術を発動させる。
(『雷遁』!)
雷の呪力で神経伝達速度を向上させ身体能力を強化する。過度な電流を体に流す所為で術者である隆景の体も傷付ける。だが、捨て身の突撃である以上それを考慮することは無い。
制御し切れないほどに強化した身体能力は呪力で強化した視力を以てしても認識が追い付かない。敵からのカウンターへの対応は間に合わないだろうが、最早攻撃を避けるつもりはない。
(『千鳥』!)
待機させていた術を発動させ、雷の呪力を右手に纏わせる。雷が肌を焼いていくが構わない。
ここで殺せなければ敵の術式で俺は死ぬ。
(獲った!)
目隠しの霧の中から必殺の貫手を突き出す。
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隆景はこの領域の必中術式が石山を崩すことによって発動すると断定していた。
だが、これは正確では無かった。
この領域に付与されていたのは必中効果ではなく、別の追加効果。
それは、時間経過による呪術的防御の無効化。
人間が水死するといわれるおおよその時間である「5分間」が経過した時に、領域内の者が行使している呪術的な防護手段を無効化して術式を命中させる。
対象が防御を行わなければ、領域展開後即座に術式は発動し、抗うものに対しては5分の時間経過ののち、その防護を無効化して術式が発動する。
そして、領域展開時に結界内に設置される石山を崩せばその時間を「1分間」強制的に進行させることができる。
この段階で隆景は4回石山の破壊を許している。制限時間は4分強制経過させられている。
残された時間は「1分」。
そしてたった今、領域展開から1分が経過した。
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必殺の貫手が呪霊を貫く寸前に簡易領域が破壊される。
(まだ石は壊されていな…)
直後、全身が呪霊の呪力に浸され領域に付与された術式が発動する。
体組織が呪力に毒され激痛が走り、自身が致命の危機にあることを悟る。
同時に溺れたかのような窒息感、体温が失われていく感覚を味わう。
体の自由が利かない。呪力で抵抗することも叶わない。
体感することで確信した。5年前、自分が神童といわれるきっかけとなった事件の際にも同じ術式を食らったことを。
護衛の術師が先に死亡したのは、そちらがより脅威であると判断した呪霊が優先して殺したためだ。
次に俺に手をかける前に、呪霊狩りにこの地を訪れた夏油がこの呪霊を調伏したため、術式は中断され俺は死亡しなかった。
死亡寸前の俺に夏油が止めを刺さなかったのは、術師だけの世界を作るという彼の野望に反する行為だったからだろうか。高専から追われる身で目撃者になりうる人間を殺さなかったのはいささか潔癖すぎるように思う。
一度は助けた命を手にかけるのは気が乗らず、こんな迂遠な手段をとったのか。それともまだ俺が同志になると見込んでいるのか。だとしてもここで俺が死ねば関係のない話である。
そう俺は死ぬ。呪術の極致である領域に対して対抗策を無くした以上、瞬きの間に呪霊によって俺は殺される。
後悔。
10歳までは術師としての生き方に疑念を抱くことは無かった。
だが、奇しくもこの呪霊に殺されかけた際に、俺は「他のフィクションの世界」を幻視した。
それ以来だ。術師の常識が俺にとって窮屈になったのは。
もし、使いつぶしのひとつでしかないと思っていた術師としての死生観がこのフィクションを成り立たせるための舞台設定でしかないとしたら。
そんなもののために死んでやるのは馬鹿馬鹿しい。
そうだ、俺は死にたくなんかない。
こんな見るからに「入水自殺専用です」とでも言いたげな外見と能力の雑魚になんか殺されてたまるものか。
死にたくない。死にたくない。呪術なんて糞食らえだ。
そんなものよりも俺は生きる力が欲しい!
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呪霊にとって、目の前の少年は木っ端に過ぎなかった。
主の命に従って殺すだけのか弱き命。
領域を展開し、条件を満たして呪い殺す。
主に飼われる前から変わらない作業だが、領域内で術式を食らわせた以上、間もなく術師は絶命する。それを確認したら、また主の元に戻り次の命を待つ。
だが、様子がおかしい。呪霊の術式は対象が絶命すると自動で終了する。
もう対象はとっくに絶命している時間だ。なのに、術式は終了しない。
それは、対象がまだ生きているという…
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その瞬間、眩い閃光が領域に走った。
隆景が死の寸前に抱いた生への渇望。
それによって彼は自身の呪力を正のエネルギーへと変質させた。
その力が光と共に、領域を崩壊させていく。
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体中の損傷が修復されていく。
家入先生に反転術式で治療してもらった時と似た感覚だ。
自分の呪力である筈なのに、これまで変質させてきた呪力のいずれとも異なる感覚。
その感覚に導かれるかのように自分の内面を知覚する。
初めて触れるのにこれまでずっと共に在ったかのようで。
無意識にその名を口にしていた。
「『
言葉を共に呪力が右手に収束し、刃の形を成していく。
振るえば忽ち周囲の呪力は崩壊していく。
三度振るったところで呪霊の領域は崩れ去った。
呪霊へ向けて歩を進める。
呪霊は尚も呪力の弾を放ってくる。
その弾に無造作に刃を振るうだけで呪霊の攻撃は霧散していく。
一振り、二振り、三振り。
呪霊の体に刃が届く。
抵抗のたびに呪霊の体を斬り飛ばしていく。
やがて四肢を根元から失った呪霊がもがく。
踏みつけにして身動きを封じる。体の再生を図ろうとするがそれも端から斬り飛ばす。
そして、
呪霊の頭蓋に刃を突き立て胴へ向けて切り裂く。
二度に渡り、俺を命の危機に追いやった呪霊は因縁の深さとは裏腹にあっさりと消失した。