術式「RG」   作:とんとなま

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夏油空気回


二話

 

(せき)(くれない)だ。今年度から高専に編入した。呪術や呪霊について経験はあれど一般の出だ。基礎知識も先日得たばかりだ」

 

2006年の4月。編入したのは東京都立呪術高等専門学校、通称高専。

聞いていた通り、クラスメイトは3人だけ。

1人は学生だというのに煙草の匂いを撒き散らし、気怠げに此方を見る女。

1人は腕組みしながらも、物珍しそうに此方を見る細目の男。

1人は嫌でも目立つ白髪とサングラスに、値踏みするような面構えの男。

見せ物にでもなったようで良い気分はしない。

というか不愉快だった。

 

「術式は……ロイヤルガード。まあ、護りに長けたものとは言っておく」

 

術式の名付けに、深い理由はない。

以前先祖の1人が英国人で近衛隊に居たとか、術式が防御に秀でていたとか、そういった事でふと頭に浮かび呟いた言葉が、そのまま俺の術式として認定された。

 

<ロイヤルガード>

 

大層な名前だが、結局のところ護る対象は俺自身なので語弊も良いところだ。我ながらこれはどうなのかと若干の後悔はあったが、今更撤回するのも面倒だった。

しかし、

 

「ロイヤルガードぉ?だぁぁぁぁっせ!」

 

転校生相手に、開口一番言い放ってきたあの白髪頭に青筋を浮かべた事に非はあるまい。

いや、そこで終わったのならまだ良かったのだ。

生活環境が著しく変わり、ストレスが溜まる時期というのに、連日同じ事で幾度も幾度も突っかかって来られる日々。そしてそれを愉快そうに見る外野二人には、こちらも堪忍袋の尾が切れるというもの。

1ヶ月、よく耐えたものだと我ながら思う。

 

「六眼だか無下限だか知らんが、此方にも意地というものがある」

「なになに?ムキになっちゃった?やれるもんならやってみろっての。ま、最近まで呪術なんて知らなかった奴に何が出来んのって話」

「さっさと表に出ろ」

 

ヘイトは必然的に直接要因に向かう訳だが、それまでの言動から口でどうにか出来る相手ではないと判断した。かと言って呪術で勝るかと言えば、それはなかった。

周囲から最強だと持て囃されている……と言えば語弊はあるが、感じ取れる呪力だけでも規格外の男である事は理解していた。

それなら尚の事、せめて一発殴るだけでもなにか変わるだろう。

そんな漠然とした理由付けの挑発(喧嘩の誘い)だった。

 

「……チッ」

「どうした転校生?殴りてえんだろ?早くかかってこいよ」

 

結果としては散々だ。元より此方は受動的な術式、()()()()()()にはなす術がない。

想像以上に奴の眼は厄介で、文字通り見透かされている。

かと言って此方が攻めれば、無下限の護りで触れることすら叶わない。

呪力も、術式も、護りにおいてすら奴には敵わなかった。

とは言え、溜まりに溜まったフラストレーションは未だに解放される時を待っている。

状況が動いたのはそんな時だった。

 

「弱い奴ってさぁ、結構な割合でイキがるんだよなぁ」

「なに?」

「その癖いざやり合うと呆気なく終わっちまう。ムカつくと思わねぇ?」

 

空はもう暗くなり始めたというのに、掛けたサングラスがやけにギラついて見えた。

 

「こっちも消化不良だっつうの。()()が誰に喧嘩売ったか教えてやるから構えろよ。護るの、得意なんだろ?」

「……上等だ」

 

完全に舐められていた。態々お前の土俵に上がってやると、お前など足元にも及ばないと断じられたのだ。

 

「くっ……」

「動き鈍ってんぞー。さっきの勢いはどうしたんだよ」

 

死を予感した経験は幾度かある。それでもそれを潜り抜けてきた事は、己の矜持でもあった。

だが五条悟は、何もかもが別格だ。体術でさえ俺は勝てない。人間の徒手だというのに、ただ込められた呪力だけであの強大な呪霊どもを上回っている。

かつて死に物狂いで凌いできたソレらを軽々と凌駕し、反撃を許さず、格の差を見せ付けてくる。

サンドバッグにされるつもりなど毛頭なかったが、此方の護りが崩れるのは時間の問題だった。

 

「悟、やりすぎだ。もう十分だろう」

 

観るに耐えないと制止に入った夏油の言葉が嫌に響いて、ハッとする。どうも対応しきれず食らった蹴りに、頭が揺さぶられた様だった。

視界は未だ明滅し、強烈な眩暈と吐き気で起き上がる事すらままならない。

先程まで肉薄していた五条が、酷く遠くに見えた。

 

「うっせぇな、消化不良つったろ。……おい三下、呆けてないで早く打ち込んでこいよ。それともそのまま這いつくばって何か言ってみるか?ほら、手も足も出ませんとかよ」

「悟!」

「もうやめときなって。またお説教コースだよ」

 

スッと不調が抜けると同時に全身が熱くなったのを、今でも覚えている。

安い挑発も、制止の声も、煙草の臭いも、今の無様な己も、何もかもが不快だった。

 

今まで溜め込んできたものが決壊し、弾けるように身体を起こす。

そのまま走り出した時、身体が酷く軽いと感じて、気が付けば俺は五条の目前で。

ほんの一瞬驚いたようだったが、再び軽薄な笑みを浮かべて此方を見やる。それはそうだろう、奴には無下限があるのだから。

 

──食い破ってやる

 

何かドス黒いものが身体の内から湧き上がってきたが、それがなんなのかを気にする余裕などなかった。

ただ奴の不愉快な面を殴る事だけを考えていた。

それでも避ける素振りすら見せず、笑みを貼り付けた顔の前で拳が止まる──事を、俺のナニカが許さなかった。

無下限に()()()瞬間、時間が停滞する感覚と、濁流のように蓄積した呪力が拳に収束するのを感じた。

 

──は?

 

一瞬聞こえた呆けた声は誰のものだったか。五条か、夏油か、家入か、はたまた俺自身か。

気付けば目前にいたはずの五条は消え、極一瞬遅れて凄まじい赤の閃光とギィィィン、とつんざく炸裂音、そして爆風が俺諸共辺りを包んでいた。

 

さながら稲妻の直撃を受けたかのような衝撃に、無防備な俺はただ呑まれ、意識は暗転した。

 

 

───────

 

 

「今日から紅には3日間の謹慎と反省文10枚、悟には1週間の謹慎と反省文30枚。これがお前達に対する処分だ。期限内に提出しろ。停学にしないのは温情と思え」

 

担任の夜蛾教諭が告げる。眼光はともかく声音こそ普段と変わらないが、コレは既に物理的制裁を加え、幾分ボルテージが下がったからだ。

隣には左頬に大きなガーゼを貼りつけた白髪の馬鹿。つい先程出来たばかりのたんこぶを抑えているが、反省の様子はない。お気に入りのサングラスを粉砕されたからか、それとも格下と侮った相手にKOされたからか、不機嫌さを隠しもせずに顰めっ面だ。

 

「教諭、隣の馬鹿に同情などありませんが、植栽や設備への被害は俺が出したものです。馬鹿に対して俺の処罰が軽いのは何故ですか」

「そもそも原因を作ったのは悟だと聴いている。初犯と言うのもあるが……コイツのことは日頃の行いだとでも思えば良い」

「日頃の行い……ですか」

 

規模はわからないが、この手のトラブルは日常茶飯事だと?教諭も感覚が麻痺しているのだろうか。普通退学になってもおかしくない事案だと思うが、これも呪術師の人手不足云々が絡むのか。

再びチラリと横を見ると、奴もまた此方を睨んでいた。此方への怒りに混じり、もどかしさのようなものを感じたのは気のせいか。

 

「そうじゃないかと思っていたが、いつもああして誰彼構わず喧嘩をふっかけているのか」

「んだよ、文句あんのか」

「大有りだ」

 

反省の色無しと判断されたか、再び夜蛾教諭の拳が落ち悶絶する馬鹿。無下限に頼らず大人しく制裁を受けているのを観るに、非は自覚していると見るべきなのか。だからと言ってコイツへの評価は変わらないが。

 

「はぁ、いい加減甘んじて罰を受けろ五条。程度に差はあれ、五十歩百歩だ。お前一人で恥をかくわけでもない。割り切れ」

「あーはいはい俺()悪かったですよ反省してます」

「それで良い。これでお前は俺と同レベルにまで堕ちたということだ」

「あ゛?一応言っとくけど、アレは偶々だかんな?偶々処理が追いつかなかっただけですー」

「減らず口を……負けを認めているのに変わりはないだろう馬鹿が」

「んじゃあもう一戦やるかぁ?初っ端から捻りつぶ」

 

3度目の拳は俺にも落ちたが、散々貶されてきた1ヶ月間の事を踏まえればこのくらいの小言は許されるだろう。いや、許されてはいないが。

気付けば怒りは呆れへと転じていたが、後に謹慎が解けた後も続くちょっかいに辟易するのは別の話である。

 

 

───────

 

 

謹慎明けの朝、教室にいるのは家入だけだった。

五条はまだ謹慎中で、夏油は俺と五条の分まで任務に回されているそうだ。

 

「久しぶりーって程でもないか。いやーあの時はスカッとした!お前も見とく?ぶっ飛んだ後のクズの顔」

 

携帯をひらつかせながら近付いてきた家入は随分と愉快そうだった。相変わらず煙草の匂いが不愉快だが、五条含め半ば自滅した俺を治療したのはコイツらしい。その点については礼をするべきだろう。

 

「見たところで何になる。……兎も角、世話になったな」

「貸一つな。なんか美味いものでも」

 

言い終わる前に眼前に樋口一葉を突き付ける。見返りを要求される事は織り込み済みだが、元より大した傷ではなかったそうだ。

色を付けても、コレ位が妥当なものだろう。

 

「……いやそこは諭吉だろ」

「不要なら返してもらう」

 

取り返そうと手を伸ばすが、すぐさま引っ込められた。まあ、これも予測できた事だ。

 

「そういえばさ、結構凄くない?流石に見直したよね」

「何がだ」

 

脈絡のない切り出しに呆れつつも、声音は純粋に此方を称賛するようだった。一応耳を傾ける。

 

「いやさ、堰のアレって術式反転じゃん。それって反転術式も使えるって事でしょ?」

「……?」

「あんだけの衝撃モロに受けといて、私が診た時悟よりずっと軽傷だったんだよ?あ、もしかして無意識って奴?兎に角、悟でも出来ない事やってんだから大したもんじゃん。呪霊相手に生き残ってたのも納得って感じ」

 

要は家入の治療と同じ事をやっている、ということか。確かに傷の治りは早い方だと思っていたが、体質によるものではないらしい。

 

「あれ、興味ない?」

「いや、確かに興味深い。だが……」

 

そもそも俺はたまたま呪術師に拾われた一般人。これまで呪術について学んだ事はなく、直感でやってきた分実感が湧かないのが実情だ。

 

「ま、私は祓う側じゃなくて治す側だし大した事言えないけどさ。難しく考えないでとりあえず自分は五条悟を殴れる凄い奴だって思っとけば?実際一級な訳だし」

「……励ましのつもりなんだろうが、お前も一要因だと忘れるなよ」

「クラスメイトなんだし気にしない気にしない」

 

五条の件で溜飲は相当に下がったのは事実。

謝罪もせず席に戻ろうとする家入を呼び止める気は起きなかった。

 

 

 

 




五条覚醒前なのでセーフ理論。厳密にはまだタネがある。
呪術廻戦は割と天才がポンポン出てくるから……
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