緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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ざっくり紹介
ゼル伝オタクがVRゼルダの伝説スカイウォードソード(綺麗な茅場さん作)を買ってきて始める。なぜかd.grayman の世界のハワード・リンクに憑依
ゲームだと勘違いしたままGO!!
デスゲームする気が無くてもデスゲームになっちゃう茅場さんマジ茅場さん。



緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!

 俺の膝の上には一個のゲームソフトが置かれている。

 

 タイトルは『ゼルダの伝説 スカイウォードソード』、世界初の一人用VR(ヴァーチャルリアリティ)ゲームである。

 

 朝から5時間並んで買ってきた。

 

 前作のトワイライトプリンセスもYOUリモコンに合わせて主人公の勇者リンクが剣を振るという仕様、65よりも圧倒的に綺麗になった映像に大興奮した俺だが、今回はそれを上回る。

 VR技術によって作られたゼルダの伝説の世界に直接入り込み、俺がリンクとなって冒険するのだ。これに興奮しないやつはゲーマーとは言えない。VRゲームの開発者である茅場さんに感謝だ。

 

 しかしもどかしいことにVRゲーム機本体が発送のミスで届くのが昼頃らしい。

 

 しかたないので俺はソフトに添付してある薄い説明書を舐めるように読んだあと、こうして焦れているのである。

 

 セーブはログアウトと同時で、ログアウトしたい時は口に出して、または心の中で『オーダー、メニュー、ログアウト』と唱えればいいらしい。それだけわかれば十分だ。

 

 早く来ないかな。

 

 

 

 

 

 VRゲーム機の本体の初期設定を終え、ゲームをスタートさせると 真っ暗な中に俺が浮いていた。

 その上空には光輝く青い体の女の子が浮いている。

 

『マスター、目覚めの時です。邪悪な者が今蘇ろうとしています。はるかな東、中つ国で眠る運命の剣をお求めください』

 

 うん、運命の剣ってあれかな、ゼルダの伝説伝統の最強の剣「マスターソード」かな。今回は開発者インタビューで「マスターソード誕生の物語です」って言っていたらしいから。

 

 俺がメタな事を考えているうちに、いつの間にか周りの黒いのが集まってとてつもなくでかい化け物になっていた。

 

 それは俺に向かってナイフの様に鋭い歯がいっぱいついた口を開き、すわいきなりボス戦か! とおののく俺の前で唐突に霧散した。

 

「こんな所で寝てんじゃねえ! くそ坊主!」

 

 突然響くおっさんの怒鳴り声にびくぅっとすると、いつの間にか俺は馬とかにあげる干し草の束の上にいた。恒例の夢落ちですね、分かります。

 

「たく、タロンの旦那は隙あらばまっ昼間からごろごろ昼寝! おまけにこんなガキまで。お天道様が登っている時は起きて働くってのが、この世の決まりなんだよぉ!」

 

 タロンの旦那、だと……

 

「え、じゃあ、あなたもしかしてインゴーさん!?」

「お、なんだ坊主、俺のこと知ってるのか! その通り。泣く子も黙るロンロン牧場の大黒柱インゴーさんったあ俺の事よ」

 

 干し草フォーク片手にさっきまで怒鳴っていたのに今度はふんぞり返っている、中々愉快なちょび髭親父はなんと旧作時のオカリナで出てきたインゴーさんだった。

 

 あれか、オマ-ジュってやつか。ん、待てよ。ロンロン牧場にはアイドルが一人いたはずだ。

 

「じゃあ、マロンちゃ、いやマロンさんいますか」

 

 マロンちゃんは時のオカリナのヒロインの一人で、栗色の髪を腰まで伸ばしたかわいらしい女の子だ。

 

 7年の時を行ったり来たりする作品の都合上大人バージョンと子供バージョンがあり、さんづけにしたのも大人バージョンだったらやばいからだ。

 

「なんでえ、坊主。マロン嬢ちゃんの知り合いか。嬢ちゃんなら牛小屋にいるぜ」

 

 そう言って近くの建物を指さす。礼を言って俺は走った。

 タロンさんにも会ってみたかったけど、所詮奴はただの中年親父。マロンちゃんとは比べるべくもない。

 

 俺は牛舎の扉を勢い込んで開けると、そこには白い服に茶色のスカートをはいた美女がいた。

 

 年は18の俺より少し年上だろうか、スタイルの良い落ち着いた風情の美人である。マロンさんは時のオカリナでは活発な雰囲気だったのだが。

 

 もしかして平行世界にいたクリミアさんか! なんて思っていた時期が俺にもありました。

 

「あら、マロンのお知り合い?」

「え、ええ、まあ」

 

 こっちが一方的に知っているだけですとは言えません。

 

「えっと、マロンさんのお姉さんですか」

「あら、お上手ね。初めまして、私マロンの母のメロンです」

 

 この時絶叫しなかった俺を褒めてやりたい。

 だって時のオカリナではマロンちゃんのお母さん死んでたし、どう見たってこの人は10代後半から20代前半にしか見えない。夫のタロンさんは40近かったはず、このロリコンめ! 爆発しろ!

 

「はい。初めまして。僕はリンク、ハワード・リンクと言います」

 

 心の中はムンクの叫びでも表情にださず、挨拶しきった俺グット!

 名前に関しては速攻でメニュー画面をオーダーして確認。俺名前はデフォルトのままにしたので、今回はハワード・リンクがデフォらしい。苗字付きなんて珍しい。

 

「ごめんなさい。せっかく遊びに来てもらったのに」

 

 彼女の目線の先には、牛に抱きついて眠っている子供バージョンのマロンちゃんが!

 

「マロン泣きつかれて眠っちゃったの」

「何かあったんですか」

 

 これはイベントの匂いがプンプンするぜ!

 

 メロンさん曰く、この牛はマロンが小さなころから一緒にいたが、年を取ってもう牛乳があまり出なくなったので食肉として売らなくてはならない。

 

 マロンは当然大反対。皆も彼女の友達を売りたくはないのだが、正直最近ここの経営は苦しいらしく売るしかない。

 

 話し終えたメロンさんは憂鬱そうにため息をついた。

 

「みんなが幸せになれる道がどこかにないものかしらね」

「だったらこの話俺に預けてみませんか」

 

 俺はきりっとした声で言った。

 別に下心があって言ったわけではない。これが序盤のイベントなら解決できるかもしれない。というか、きっと解決しないと先に進めない。

 

「あら、僕には何か考えがあるの?」

「ええ、まあ」

 

 微笑ましそうな顔でこっちを見ているメロンさんに毅然と頷く。

 

 まあ、はっきりとした勝算は全然ないが。

 これが時のオカリナのオマージュならば、対策の一つや二つ、ゲーマーなら余裕でできる。要するにこの牛が牛乳さえ出ればいいのだ

 ……それにしてもいくら年下でも僕はないだろ。18だぞ、俺。

 

「それにはある物が必要なので、町に行って買ってきます。えっと一番近い町はどこですか」

「あら、あなた町の子じゃなかったのね。町はここを出て左に真っ直ぐ行けばすぐよ」

「分かりました。では俺が帰って来るまで牛を売るのは待っていてください。日暮れまでには戻ります」

 

 俺は彼女がしっかりと頷くのを見て踵を返した。

 

 

 牧場から歩くこと数分、そこそこ活気のある街に着いた。

 特に検問とかも無く普通に入ることが出来て良かった。身分証的アイテムなんて持ってないもん。

 

 さて、まずは町を探索だー!

 

 テンションの上がった俺はうきうきと街に繰り出した。

 

 武器屋、道具屋、服屋、仕立て屋、防具屋、雑貨屋、教会、露天商。中世から近世までの街をリアルに再現している。

 

 驚いたのは剣か盾、出来れば弓があるといいなあと思って見に行った武器屋に時代がかった拳銃やボルトアクション式のライフルが置いてあったことだ。

 

 剣よりも若干安い値段で販売していたことに二度びっくりした俺だが、高額の弾丸を見て納得した。

 印刷機本体は安いが、専用のインクを高くする商法と同じだ。あるいは携帯本体を安く売って、契約料を高くする商法と言ってもいい。

 

 ゲームなのになんてこすっからい。ムジュラの仮面を思い出す。あれもダークなゲームだった。

 

 それにしても今作のリンクは銃も扱えるのか。それなら剣いらなくね、盾と銃だけでよくね、マスターソードはラスボスに止めを刺すのがお仕事です、になっちゃうよ。

 

 まあ俺はゼル伝の伝統と様式美に則って左手に剣を右手に盾を装備するけどね! 

 実際の武術では心臓を守りづらいこの構えは良くないらしいが、ここはゲームだ。そんなの関係ねえ!

 

 銃を使うのは中盤になってお金にも気持にも余裕が出きてからでもいいだろう。どっちにしろ一番安い剣も銃も盾すら買えないけど。俺無一文だし。

 

 

 

 そんなこんなでゼル伝世界にテンションの上がりすぎた俺は町の下水道にまで突入した。

 現実の俺は家の排水口の匂いにさえ吐きそうになる軟弱者だが、今の俺は緑衣の勇者リンク。例えここが排水口の匂いを1万倍にしたような臭さでも屁でもねえぜ!

 

 すると俺の睨んだ通りルピーがあるわ、あるわ。下水道にはお宝がある、ゼル伝のお約束だ。

 緑色の小さな石が1ルピー、黄色が10、赤が20ルピー。綺麗な宝石なのに水に浮くのは何でなんだと世界の不思議について考えながら50ルピーまで集め、初期装備300ルピーまで入る財布に入れていく。赤が1つ、黄色が2つも出てくれて助かった。

 

 お金集めにとりあえず満足した俺が帰ろうと踵を返した所で、俺の前に5つの影が躍り出た。全員ボロボロの布を頭からかぶった小柄な敵だ。

 

 ふ、ついに敵キャラとエンカウトか。こんなゴブリンなんて片っ端からやっつけて……しまった!? 俺、剣どころかパチンコすらねえ! ザ・丸腰だ!

 

 このゲームって素手戦闘出来るのか。今まではしようにも出来なかったが、今の俺なら一応可能なはずだ。喧嘩なんか小学生の時にしかしたことないけど。

 

 ダメージ判定あるか、ないか。それが問題だ。

 

「その袋を置いていけ……」

 

 集団の一人が幽鬼の様にかすれた声で言った。序盤の雑魚敵のくせに無駄に怖いぜ、チクショー!

 

「嫌だ、と言ったら」

 

 俺は大物っぽく答えた。

 さっき水に映ったのを見て気付いたのだが、俺は今子供リンクをリアルにしたような姿をしている。つまりメロンさんに子ども扱いされても仕方ない金髪碧眼で7歳くらいの少年。藍色の服に茶色のズボンだ。

 

 いつもの俺なら子供のような奴で済ませられても、今は敵との身長差はほとんどない。むしろ一部負けてすらいる。

 

 しかしここで自信の無さそうな態度をとることは、ルピー全損、あるいはHP全損に直結する。

 なによりこんな序盤の雑魚敵に負ける事はゲーマーとしてのプライドが許さない。

 

「なら痛い目にあってもらう。ゴウシ、行け!」

「……」

 

 この中で一番大きな奴が無言で前に出た。

 俺はルピーの入った皮袋を庇う様に両手で持った。結び口はしっかりと縛っている。

 その態度を俺がひるんだと見なしたのか、ゴウシとやらが両腕を前に出して突進してきた。

 

「はあ!」

 

 俺は思いっきり掴みかかってきたゴウシ君の頭を財布で殴りつけた。

 

 怯えていたはずの俺がここまで強烈な反撃をしてくるとは思ってもみなかったのか、財布はゴウシ君の顎に当たり、彼は水しぶきを上げて倒れた。

 

 考えてみて欲しい。財布に入っているのはお札ではなく、重たくて硬い石である。拳よりもよほど強力な武器となるのだ。まあ、効かなかったら財布を投げつけてその隙に逃げるつもりだったが、本当効いてよかった。

 

「ゴウシ!」

 

 俺を襲ってきた一団から動揺した声が聞こえる。一人が倒れた彼の元に走り寄る。

 

「どうする、まだやるかい」

 

 俺はここぞとばかりに挑発する。というか初めて敵を倒して完全に調子に乗っていた。一応この時はこうして余裕を見せつければ、格の違いを感じて退散してくれるのではないかと考えていたが、今思うと軽率だったとしか言いようがない。

 

「っく、くそ!」

「に、逃げられると思うなよ!」

「全員でかかれば、貴方のような者に負けるはずは……」

 

 そう逆上して全員でタコ殴りにされる可能性もあることを失念していたのである。

 

 それでも俺はテレビで見たヌンチャクの様に財布を無駄にかっこつけて振り回し、余裕の笑顔だった。

 正確には脳内物質により思考がヒャッハー! 汚物は消毒だー!! 状態なだけだった。

 

 薄暗い下水道の中で両者が激突しようとした時、小さな声が響いた。

 

「やめて! 私のために争わないで!」

「テワク!? なっなにを!?」

 

 倒れたゴウシ君に寄り添っていた奴が俺と一団の間に割って入り、敵集団から再び動揺の声が上がった。

 

 テワクと呼ばれた彼は、いや彼女は顔に巻いていたボロボロの布をかなぐり捨てる。そこにいたのは、薄汚れてはいるけど長い金色の髪に、綺麗な緑色の目を涙でいっぱいにした女の子だった。

 

「もういいの! やっぱり私達に泥棒なんて無理だったんだよ! 私のためにお兄ちゃんや皆を悪者にしたくない!」

「でも、そうしないとテワクの体が……!」

 

 言い争う二人、おろおろしている2人、隅っこで気絶しているのが一人、沈思黙考する俺。

 

「なるほど、君たちはそこのテワクさんを助けるためにお金を捕ろうとした。そういうことか」

 

 俺の言葉に兄妹はバツの悪そうな顔で頷いた。

 

 つまりこのイベントは強盗イベントに見せかけた人助けイベント。あそこで武器を使ってヒャッハーしたりするのも、ルピーを置いて命乞いするのも間違いだったということだ。

 

「……ああ、そうだ。テワクはこの一週間ひどい咳が止まらないし、熱も高い」

 

 お兄ちゃんさんが覆面をとって言った。10歳前後の少年だった。それにならって残りの二人も覆面代わりのぼろ布をとる。

 

「何とかしたいと思ったのですが、どうしようもなかったのです」

「僕たちは親も、家も、仕事も、今日の晩御飯すらない。テワクを医者に診せれるほどの金なんてあるはずがない」

 

 2人ともやはり汚い身なりだがモンスターでは無く人間の子供だった。いわゆるストリートチルドレンってやつか。

 彼らが話し終えると再びリーダーっぽいお兄ちゃんさんが話し出した。

 

「だからあんたの金を狙った。もうあんたに勝てるとも思っていない。あんた程の相手から逃げる事も出来ないだろう。はなから許されるとも思っていない。だが!」

 

 彼は汚水に膝をつき頭を垂れた。神に許しを請う懺悔のポーズ、またはいわゆるDO・GE・ZAだった。ハイラルにもDOGEZA文化が……!

 

「俺はどうなっても構わない。叩きのめすなり、警官に突き出すなり好きにしていい。だからこいつらは、こいつらだけは見逃してやってくれないか。頼む!!」

 

 そこには文字通り泥をかぶってでも、仲間を、家族を守ろうとする漢の姿があった。

 

「わ、私も、な、何でもするから! 皆を見逃がして欲しいの!」

 

 ん? 今何でもって言ったよね? ヘタレ紳士である俺にならともかく他の人に言っちゃ駄目だよ。変な人寄ってきちゃうからね。

 

「お、俺も」

「私からも頼みます」

 

 次々頭を下げる子供たち。みんな苦労している分、人間が出来ているなあ。プライドを捨て慣れているというか。だけど相手が悪かったな。

 

「ダメだ。それは出来ない」

 

 俺の好きな事はそんなやつらにNO! と言ってやることだ!

 

 彼らの顔が絶望に染まった。

 だってそうだろ、脳内物質出まくりで、テンションが振り切れている俺がここでYESと言う筈がない。

 

「俺はお前ら全員を救いたい。命だけじゃない、誇りもだ」

「誇り……」

 

 顔を上げたテワクちゃんが静かに呟く。

 

「そうだ。簡単に己の全てを差し出すな。全員が幸せになれる結末を目指して足掻いて、足掻いて、足掻き続けろ。自分のプライドを簡単に捨てる奴は虫けらにも劣るゴミだ、助ける価値も無い」

「……」

 

「だが、お前たちが自分のためではなく他人のために誇りを捨てた事は評価に値する。おめでとう、君たちはゴミでも虫けらでもない。立派な人間だ。そして俺は人助けを惜しまん」

「そ、それは……」

「ああ、君たち全員の命と誇り、この俺が預かった」

「……」

 

 ち、沈黙が痛い!!

 なんだよ、さっきの上から目線の発言群は!いきなり説教かましだした子供に皆ドン引きだよ。ついでに俺もドン引きだ!

 

 でも何度止めようと思っても言葉が内から溢れて止まらなかったんだ。

 も、もしかしてこのゲームはリンク=サンモードを搭載しているんじゃないですか。そうでなければ学校でもボッチ気味な俺がこんなにしゃべれるはずがない!

 

 きっとコミュニケーション能力に優れない人のために茅場さんが作った機能なんだろう。ゼルダの伝説では主人公の話しているセリフは出ないけど、実際はしゃべっているはずだし。

 なんてありがた迷惑な機能なんだ。自分には自分のセリフが聞こえないようにしといて欲しかった。

 顔はリンクさんでも声は俺のままだから余計に辛い。ベッドで足をバタバタしたくなった。

 

「わかった。俺の命と誇り、あんたに預けよう。今日からあんたが俺達のリーダーだ」

 

 お兄ちゃんさんが懺悔では無く、忠誠を誓う騎士の様に腰を落としてそう言った。他の皆もそれにならう。

 君たち本当に10歳前後?

 

 ま、まあいいや。

 これもイベントの一つと割り切ろう。

 

「行くぞ」

 

 俺は颯爽とその場を後にした。後は野となれ山となれー。

 

 




連載の息抜きに始めたお話です。希望があれば連載するかも。

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