緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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タイトルはいつも作者からのメッセージです。主に主人公に対しての。

今回は勘違い成分が少し増えたので、次回投稿する分も合わせないと分かりづらいかも。


なあ、お前、勇者だよな? 一体全体どこに向かっているんだ?

『君たちだって退屈なヌルゲーより、スリル満点の方が楽しいだろう。だからこちらも趣向を凝らしておいた』

 

 ……何か茅場さんの声が聞こえた気がした。

 

 わらわらと群がってくるキース。

 

 綱に乗って正面から迫ってくるボコブリンたち。

 

 両サイドの壁から唐突に生えてきて、紅い宝玉を輝かせて熱線を一斉に放とうとして来るビーモス。

 

 こんなところで剣を振ったら間違いなく反動で墜落する。

 遠距離攻撃できる武器なんて最初から持ってない。

 そもそも綱渡りのせいでただでさえ精神値がガリガリ削られているのに、脳内にインベントリを出す余裕はない。

 

 つまり『ゆっくり死んで逝ってね!!』って事ですね。

 分かります。

 

 チクショー、やってやんよー!! 

 

 セル伝ゲーマー舐めんなコラァー!

 

 俺は勇み足で一歩を踏み出し……踏み外した。

 

 傾いていく視線、頭上を通り過ぎるレーザー光線。

 

「ッ!」

 

 ひええええ! 落ちる! 落ちる!

 

 必死に落っこちないようにコアラのごとく両手両足でロープにしがみつく。

 

 しかし俺が偶然躱しただけのレーザーは滑らかに軌道修正して俺の腕を焼く。

 

 痛みは無いが硬く組まれていた俺の腕はダメージのせいで強制的に解かれて、俺はロープの上で足だけで宙吊りになった。

 

 洗濯物の様に垂れ下がる俺の命を支えるのは両足のみだ。

 

 ここまで来ると恐怖が一週回って笑いに変わるね。HAHAHAこのままじゃ僕プッツンしちゃうよ。

 

 

 ……もう覚悟を決めろ。

 

「道が無いなら探せばいい」

 

 アイテムやダンジョンの仕掛けを利用して、謎を解き、敵を倒し、攻略のための道筋を探す。

 

 これがゼル伝プレイヤーの基本精神だ。ゼル伝の本道だ。

 

 だが、今の俺には敵を倒す力もアイテムもない。

 この綱渡りイベントの正しい解き方も分からない。

 リナリーの純粋な憧れとプレイヤーの矜持を守るための時間もHPも残りわずかだ。

 

 これは正規のルートじゃないかもしれないとか、もう戻ってこれなくなるかもしれないなんて、怯えている場合じゃない。

 

 俺は基本精神の1つ上の領域に足を掛ける!

 

「道が無いなら作ればいい」

 

 

 今までの作品において正規のルートを無視して序盤からマスターソードを取ることは、時間と努力を重ねれば出来た事だ。

 

 それは数々のプレイヤーの実験と検証で証明されている。

 

 例えば時のオカリナなら、ストーリーを進めてダンジョンを3つクリアし、ゼルダから時のオカリナを貰わないと開かない時の扉。

 

 マスターソードへの道を塞ぐこいつは、実は特定の場所でサイドステップしまくればすり抜けて序盤から侵入できる。

 

 トワイライトプリンセスなら、ストーリーを進めてフィールドとダンジョンを3つずつ攻略しないといけない森の聖域。

 

 マスターソードの眠る森の聖域には、実は序盤に狼化したときフィローネの森の特定の場所で大ジャンプすれば侵入できる。

 

 

 今まで俺はそれをせっかくのゲームなのにストーリーを味わえない邪道だと考えていた。

 小さなショートカットとはともかく、ストーリーを大幅に歪めてしまうような行為は忌むべきものだと。

 

 だが、もはやそんなことを考えている場合ではない。

 

 このままでは俺は死ぬ。誇りもヒロインも守れぬまま。

 

 ……ゼルダの伝説では一回も死なずにクリアしないとバッドエンディングに変わることがある。

 

 俺はかつてゼルダの伝説・夢を見る島でつまらない事で死亡し、ヒロインのマリンを助けられなかったことがあった。

 

 マリンはゼル伝ユーザーにはマロンちゃんの前世だとまことしやかに囁かれている人物であり、彼女たちは名前や容姿、性格、歌が好きな事、父親の名前など多くの共通点、類似点がある。

 

 そして彼女を助けるのに失敗すると、彼女の家族や故郷の島と共に彼女は霞となって消えてしまうのだ。

 純真で優しい彼女が自分のせいで消えてしまうエンディングは俺を含め多くのプレイヤーにトラウマを刻み付けた。

 

 このゲームがバッドエンドを搭載していない保証はどこにもない。

 

 故に俺は、リンクは、一度たりとも死ぬわけにはいかないのだ。

 

 集中しろ。道が無いなら自分で作ればいいんだ。ゼル伝上級プレイヤーはみんなやっていることだ。

 

 

 第二射が来る前に立ち直ろうと逆さ吊りにされた身体を捻ってロープをしならせ、反動で上半身を前に持っていきロープにぶつける。

 

 なんとか片手でロープを掴むことが出来た。

 

 でも目の前にオレンジ色の二本の棒があった。

 

 邪魔だ。

 

 もう片方の手でガシッと掴んで谷底に捨てる。

 

「ぎぎぃ!?」

 

 何か奇声が聞こえたがこちとらそれどころではない。

 

 今度はキースとビーモスが同時に邪魔してきた。

 

 人の腕程の太さがあるレーザー光線が、俺に攻撃を仕掛けるキースたちを焼き殺しながら、俺の脚に迫る。

 

 ……あとハートは2つ半しかないのに、ハート半分も削る攻撃を喰らう訳にはいかない。

 

 でも、脚を放す事を怯える俺がいる。

 

 しっかりしろ!

 

 俺はゼル伝上級プレイヤーになるんだ。

 

 ゼル伝上級プレイヤーは盾を構えて後ろ向きに空を飛び、壁に体当たりしては空間をすり抜けてワープするんだぞ。

 

 これくらいのことを恐れてどうする。

 

 俺は自ら組まれていた脚を解いた。

 

 当然、重力に引かれて落下しはじめる足。その勢いを利用してぐるんと脚を前に持っていく。

 

 スペックの高いリンク=サンの体は俺の想像通りに動き、腕より前の位置に脚を絡ませることに成功した。

 

 はたから見れば、俺はロープの下でブリッジをしているように見えるだろう。

 

 ビーモスはビームの軌道を修正し、腕を攻撃してきた。どうやらビーモスは一番近い所を攻撃する習性があるらしい。

 

 再度俺は腕を放し、その勢いで前へ。しっかりつかんだら今度は足を放してその勢いでさらに前へと進む。これを繰り返す。

 

 途中掴むのに邪魔なボコブリンの脚を引き摺り下ろしたり、谷底に蹴落としたり、ビーモスに焼かれたり、キースに体当たりされたり、逆に蹴り殺したりしながら、俺の一人サーカスは続いていく。

 

(ブリッジ! ブリッジ! ブリッジ! キック! ブリッジ!)

 

 流れる景色が、俺が前に進んでいることを教えてくれる。

 それに励まされ、気を良くした俺はどんどんスピードを上げていく。

 

(ブリッジ、ブリッジ、ブリッジ、ブリッジ、ブリッジ)

 

 流れる景色が加速していく。なんだか楽しくなってきた。

 

(ブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジ)

 

 集中が高まっていく。

 俺の頭からブリッジ以外の余計な事が消えていく。

 どうすればより効率よく、より素早く進めるかという事だけが頭を占めていく。

 

(ブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリ)

 

 いつの間にか頭からモンスターもリナリー一家もマスターソードのことも消えていた。

 脳を支配するのはどうすればこれ以上の速さでブリッジできるか。ただそれだけ。

 

 今なら行ける。

 

 この集中状態なら、秒間3回の、いや秒間4回のブリッジだって出来る……!

 

 それ以上だって俺は成し遂げてみせる。

 

 人間の限界を超える!

 

(ブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリッジブリ……)

 

 

 

 

 

 

 

 あ、ありのまま起こった事を話すぜ!

 

 いきなりオドルワさんが現れて爆散したら、ゴーマさんが降ってきて、竜が変身した銀髪美少女が黒人美少女と一緒に谷底に落ちた。

 

 な、なにを言っているか(ry

 

 

 うん、落ち着け、俺。最初からだ。

 

 綱渡りを達成した俺は最高の気分で、一杯やろうとインベントリからロンロンミルクを出そうとした。

 

 ほら腰に手を当てて空を見上げながら、ごくっごくっ、ぷはーってやつをやりたかったんだよ。

 

 それで空を見上げながら、インベントリを右手でくいくいっと操作してたらさ、突然聞き覚えがある叫び声が聞こえて、見覚えのある巨人が空から落ちてきていた。

 

 羽とか角とかがついたごてごてとした印象のある帽子と仮面をつけて、大剣と大楯を持ち、なにより高速で盆踊りみたいなのを踊りながら、意味不明な言葉を叫びまくる。

 

 どう見ても、ムジュラの仮面の第一ボス、オドルワさんです。

 本当にありがとうございました。

 

 ちょ、まだダンジョン入ってないのに、いきなりボス戦かよ。聞いてないよ!

 

 俺もうHPがハート半分(0.5ポイント)しかないよ。回復薬も持ってないし。雑草か壺はどこだ!

 

 とか焦っている内にオドルワさんは地面に土煙を上げながら着地し、唐突に絶叫してオドルワダンス(高速盆踊り)しながら身体中から青い光を出し、爆散した。

 

 まず俺はここで目が点になった。

 

 ダンジョンでもないのにいきなり現れたと思ったら、登場と同時に突如爆散、死亡するボスキャラ。

 

 うん、意味が分からねえ。

 

 10年以上ゼル伝をやっているが、さっぱりだ。

 しかもご丁寧なことにオドルワの爆散あとにはしっかりとハートの器があった。

 

 もしかして出オチ? 

 

 この試練を乗り越えたプレイヤーに対するスタッフからのご褒美?

 

『オドルワさんはハートの器を届けるのがお仕事です』とでも言いたいのか。

 

 ムジュラの仮面でその扱いやすさと死に際の面白さから、鬼神リンクの試し斬りに使われるようなボスだとしても、その扱いはあんまりにもあんまりだ。

 

 つうか普通に宝箱置けよ。

 

 あの“ごまだれー”な音楽を楽しみにしているのに、まだこのゲームで一回も宝箱を開けてないんだぜ。

 いつものゼル伝なら1日目には開けているはずなのに。

 

 まあ、貰える物は貰って置くか。

 

 それにしてもリアルで見るハートの器は綺麗だな。ガラス細工や超高級ゼリーみたいな感じだ。

 

 俺がハートの器を手に入れ、HPの最大値が4になり、ついでに体力全回復していると、後ろから轟音が響いた。

 

 振り返るとそこには土煙が立ち込め、クレーターの中に大きな目玉がチャームポイントのゴーマさん、メカメカしい竜、黒っぽい鎧が落ちていた。

 

 なんかどれもすでにボロボロだった。ゴーマさんは目を回しているし、鋼鉄製の竜は腕や足がもぎ取られていて、そこをビリビリと電気が走っている。黒っぽい鎧は恐らく今作のタートナックかアイアンナックだと思うが、すでに鎧がべこべこだ。

 

 高い所から落ちてきたせいかな。

 

 それともこいつらはオドルワさんと戦っていたとか。ゴーマもオドルワも森林に出現するボスだし、縄張り争いか何かか。

 

 とりあえず、俺はインベントリからデクの実を取り出した。インベントリは収納せず、いつでも道具を出せるようにしておく。

 

 左手には金剛の剣を、右手にトアルの盾とデクの実を持って、ゴーマの前に立つ。

 

 いや、ゴーマってデクの木様やヴァルー様みたいな大精霊を傷つけたり、最悪殺しちゃう害虫だから、早めに駆除しないとね。

 

 それにこのゲーム初めてのボス戦だ。少なくともイベント戦であることは間違いない。

 

 オドルワさんの積極的な献身のおかげで体力は全快だし、正直ちょっと戦いが楽しみだ。

 

「せいっや」

 

 まずは挨拶代りにその大きな目玉に大上段からのジャンプ斬り。

 

 ゼル伝ではジャンプ斬りは基本的に攻撃力2倍計算だからね。

 

 くぐもった悲鳴を上げるゴーマ。

 

 衝撃で意識が戻ったのか、立ち上がろうとしたので、すかさずデクの実を眼球に投げつける。

 

 炸裂音と共に閃光が弾けて、ゴーマはまた気絶してしまった。その隙にデクの実を右手に召喚しておく。

 

 今度は盾突きを試してみよう。

 

 盾突きとはしゃがんで盾を構えてから剣で突きを入れることなのだが、時のオカリナやムジュラの仮面では何故かこれが普通に剣を振るよりも遥かに速く連続して攻撃できた。ダメージを稼ぎたい時にはお世話になったものだ。

 

 難点は地上の敵にしか当たらないことで、今まで空中に浮いている敵ばかりで使うことが出来なかった。

 

 でも、ゴーマを含め基本的にボスは地上に落としてから攻撃するので問題は無い。

 

「そおいっ」

 

 すご。いつもの1,5倍くらいの速さで剣が動く。こりゃいいや。

 

 盾突きといい、オドルワといい、マロンちゃんたちといい、やっぱ茅場さんはゼル伝をやりこんでいるな。

 

 なんてことを考えながら、テンション上げて剣を振っていると、ゴーマさんが絶叫した。

 

 またデクの実の出番かな、ってデクの実を構えていたんだが、ゴーマさんは青い炎に包まれて体がぼろぼろと崩れていき、砂になって消えてしまった。

 

 え? 弱くない? 俺まだノーダメージだよ。

 いくら金剛の剣が強いからってあっさり死に過ぎでしょ。

 もしかしてゴーマさんは中ボスさんですか。でもボスしか出さないハートの器があるぞ。

 

 どういうこと?

 

 ハートの器を取ってライフの上限を1つ上げながら、考える。

 

 可能性としてはここのボスはコキリの剣やトアルの剣みたいな初期装備で倒すことが想定されていて、コキリの剣の約3倍の威力を持つ金剛の剣で倒すことは想定されていなかったという事か。

 

 もしかして金剛の剣イベントは終盤でやるものだったのだろうか。でも特にあのイベントで変わったことは……あったな。アンジュの俺に対する好感度が高すぎる。

 

 きっと金剛の剣イベントはアンジュちゃんの好感度がトリガーになっていて彼女と友達になると親父さんが剣を作ってくれるのだ。本来ならきっと何度も何度もあの家に通い、贈り物とかしなくちゃいけなかったんだろう。

 

 普通にやっていたら最初の街なんて剣と盾を買って速攻出ていってしまうから、気付けないというわけだ。

 

 でも俺は一週間も街にいた。しかもアンジュの友人であるマロンとも友達だ。それに俺がアンジュと会った時に丸腰だったのも良かったのではないだろうか。普通に考えると子供が武装していたら怖いし、一般プレイヤーはそこで彼女の好感度を下げてしまうのだ。

 

 あと考えられるのがオドルワとゴーマは高所から落下し、落下ダメージですでに息絶え絶えだったという事か。

 他にはゲームのバグか何かで、本来なら出会わないし敵対もしないはずのオドルワとゴーマが出会ってしまい、お互いを攻撃し合ってしまったとか。

 

 まあ、つまり俺自身は何も悪くない。

 

 運や成り行きの結果がコレ、という事だ。

 

 俺がゲーム考察をしていると、呟き声が聞こえてきた。

 

「早く戻らないと……ルル=ベル様」

 

 声のした方を振り向くと、なんということでしょう、メタリックカラーの竜が光に包まれてみるみる縮んでいき、メイド服を着た銀髪少女になっているではありませんか。

 

 いや劇的ビフォーアフターすぎるだろ。家一軒くらいの大きさの竜が、15歳くらいの小柄でやせっぽちな少女に変わるって体積が違いすぎる。

 

 質量保存の法則はどこに行った。

 

 いや空き瓶のことを考えると、ゼル伝世界にはそんなものは存在しないのかもしれないな。

 

 ムジュラの仮面じゃあ、1m位あるデクナッツのお姫様を手乗りサイズの空き瓶で収納できるからな。

 

 空き瓶がAKIBINなだけかと思っていたんだが、実は……いややめよう。これ以上は危険な気がする。

 

 

 それよりこのドラゴンガールをどうするかが問題だ。

 

 見ていて可哀想なくらい傷だらけだし、手当てした方が良い。

 

 というかあの竜は四肢も翼も鋭利な刃物で切断されたかのようになっていて、そこから内部構造が若干見えていたんだが、この少女は五体満足だ。その辺はどうなっているんだろう

 

 考えているうちに、少女は傷ついた体で立ち上がっていた。

 

「待て」

 

 とっさに呼び止める。

 このまま森に帰ったんじゃ猛獣とかの餌食なってしまうかもしれない。そうなっては目覚めが悪い。

 

 ドラゴンガールはこっちを振り向いた。

 

 肉体年齢7歳位の俺より頭半分背は高いが十分小柄な部類に入る15歳くらいの少女の体は、悲しい位傷だらけで、哀しい位ぺったんこだった。顔はマロンちゃんたちやリナリーとタメを張れるくらい整っているが。

 

 銀髪小女はこっちを警戒心マックスで睨んでくる。

 なんか弱い者苛めしているみたいな気分になってきたが、引く訳にはいかない。

 

 俺はある可能性を思いついていた。

 

 “モンスターティム”というのをご存じだろうか。

 

 弱らせたり倒したモンスターを何らかの方法で味方にすることで、よくRPGに使われる。ポケットに入るモンスターもこれだ。

 

 ゼル伝でも大地の汽笛という作品に存在していて、鎧だけのモンスターファントムをリンクで弱らせてから幽霊ゼルダ姫を憑依させることで操ることが出来た。ファントムはリンクよりもスピードで劣るが、その分パワーと防御力に優れている上にワープなどの特殊能力も使えるので攻略に必須だった。

 

 もしかしたらこの竜もファントムみたいに仲間にできるのではないだろか。

 ポケットに入れるモンスターみたいにゲットできるんじゃないだろうか。ほら、ちょうどモンスター玉みたいなAKIBINがあるし。

 

 竜だったら空を飛んで移動出来るし、戦闘だって出来るだろう。

 

 なにより俺だって前を向いて歩きたい。

 

 さっきはエキサイトしてしまったが、出来ればもうブリッジで後方に進むのは遠慮したい。

 

 それに俺は決してムーンウォークやムーンダッシュを使うのが好きなHENTAIなわけでもない。

 

 前を向くより速いから使っているだけだ。盾で空も飛ばないし。

 

「なんですか、その眼」

 

 彼女が怒りの目で見てきた。俺が何かしただろうか。

 

「君の名前は?」

「ミミ、ですけど」

「ならミミ、俺の仲間にならないか」

 

 とりあえずストレートに勧誘してみた。

 

「例え殺されたって貴方にお仕えするなんてお断りです」

「そうか……」

 

 提案は鼻で笑われてしまった。どうしよう。

 

 とりあえず牛乳飲むか。さっきは飲めなかったし。インベントリを左手に呼び出し、スワイプする。

 

「ひっ!」

 

 ミミが悲鳴を上げて、頭を手で庇って目をつぶった。

 

 なんだ、何を彼女は怯えて……ああ、そうか、そういうことか。

 

 俺は馬鹿だった。

 

 ミミはメタリックカラーなドラゴンとはいえ、まだ少女なのだ。

 

 しかもついさっきオドルワに大剣で四肢と翼をちょん切られて死に掛けたばかりであり、トラウマになっていて当然だ。

 

 それなのに目の前に剣をぶら下げられたら、そりゃあ怖いだろう。

 

 配慮ってやつが足りなかったな。トラウマの克服は時間がかかるっていうから、暖かい目で見守ってやらなくてはならない。

 

 俺は目を数回瞬かせて、暖かい目を作った。決して猫型ロボットのような変顔ではないぞ。

 

 恐る恐るといった様子で目を開けたミミ。

 

『いじめない? いじめない?』

 

 彼女の心の声が聞こえてくるようだ。

 おずおずとこっちを見てくる彼女は、正体は巨大なドラゴンなのに、小動物っぽい愛らしさがあった。

 

 ミミは過剰反応した自分が恥ずかしくなったのか赤くなって俯いてしまった。

 

 よし、彼女のトラウマを克服する手伝いをする過程で仲良くなり、可能ならばティムしよう。ティムできなくても彼女の心が少しでも癒されればそれでいいや。

 

 まずは武器をしまう。暖かい触れ合いに冷たい剣は無用だ。

 

 次にミミが逃げないように固定し、彼女の頭を撫でる。

 人間の女性には絶対にやってはいけないらしいし、やる度胸も無いが、彼女はドラゴンなので問題は無い

 

「よーしよしよしよし。そうか剣が怖かったのか。ごめんな~」

 

 動物と仲良くなるには、やはりスキンシップと餌付けだ。ドラゴンって何食べるのかな。そもそも俺食べ物なんか持ってたっけ。

 

「わ、私は犬や猫じゃありません!」

「よーしよしよし。剣はしまったからな。ほらもうないぞ~」

 

 辛かったよなーうんうん。お兄さんもトラウマは108個くらいあるよ。

 

「だから、撫でるなぁー!」

 

 照れたミミは俺の手を振り払おうとするが、リンク=サンの力は見た目よりずっと強い。その程度では逃げられんよ。

 

 さて今のうちにインベントリの確認をしよう。俺はインベントリを脳内に呼び出して、確認していく。見事にロンロン牛乳ばっかりやで~。食べ物補給しないとなあ。

 

 

 結局ロンロン牛乳以外見つからなかった。

 

 すっかり大人しくなったミミを尻目に左手をひょいと振るう。俺の左手に牛乳瓶が現れた。何か魔法使いになった気分だが単にインベントリを操作しただけだ。

 

 何故か呆れたような視線をこっちに送って来るミミだが、瓶の蓋を開けると目の色が変わった。

 

「……そ、それはいったいなんですか」

「ん? ああこれはね、牛乳っていうんだ。欲しい?」

「い、入りません! 敵の施しは受けないのです!」

 

 敵って、撫ですぎちゃったかな。

 

 猫とか撫ですぎると嫌われちゃうらしいし、ドラゴンも構い過ぎには注意か。

 

 でもそう言いつつ、ミミの視線は牛乳瓶に釘付けだった。

 

 非常に分かりやすい。牛乳大好きなんだね。それとも鼻が良いから、美味しい牛乳だって分かるとか。

 

 俺はミミの目の前に瓶を持っていき、左右にゆっくりと揺らした。

 

 なみなみと入っている牛乳が波打つ、ミミはそれを目で追っている。

 

 うん、ツンデレっていいよね。こう、苛めたくなる。

 

 ミミの喉がごくりと鳴り、手がふらふらと伸びていく。

 

 その手が瓶を掴む寸前、ひょいと瓶を取り上げてみた。

 

「欲しいなら欲しいって言わないと駄目だよ」

 

 涙目で睨んでくるミミ。

 

 悩んでる、悩んでる。

 

 家で飼ってる猫そっくりだな。飼い始めたころはこんな感じだったっけ。

 

 うちの猫にやる様にミミの頬に牛乳瓶を押し付けてみた。

 

「これが欲しい? 欲しいなら、うんと首を縦に振ればいい」

 

 そしてミミは、たっぷり逡巡した後、遂に首をこくんと縦に振った。

 

「俺の所に来れば、毎日飲めるよ」

「まい、にち……」

 

 ここでもう一度押してみる。

 

「ミミ、俺の仲間にならないか」

「わ、わたしは……」

 

 その時、空気を切る凄い音が聞こえた。

 

 とっさにバックステップすると、さっきまで俺がいた所を黒い触手が唸りを上げて通り過ぎていった。

 

 あぶねー。

 

 黒い触手がミミの細い体に巻き付き、彼女の体を引き寄せていく。

 

「人の従者を随分と可愛がってくれたものね」

 

 おいおい飛び込み参加はそろそろいい加減にして欲しいんだけど、と思っている俺の前に現れたのは黒いスーツを着こなした肌の黒い少女。さっきの触手は彼女の手だったのだ。ナメック星人?

 

 しかも発言と全然ミミちゃんが抵抗しないところを見ると、ミミの保護者かモンスター仲間らしい。

 

「あっ」

 

 ミミの声には若干だが残念そうな声があった。そんなに飲みたかったならあげればよかったな。

 

「帰るわよ」

 

 不機嫌そうな彼女はミミとタートナックを腕で回収すると、谷を跳び降りた。

 

 ちょ、投身自殺かよ!

 

 そう思ってダッシュで駆け寄ると、谷の中に紫色の水のようなものが溜まっていた。

 

 なんだあれ。

 

 そう思う暇も無く彼女達は紫色の水に飛び込む。

 

 水はすぐに消えてしまい、あとにはぽかんとしている俺だけが残った。

 

 結局どういう事なんだ。

 




今回の伯爵の敗因:人選ミス リンク攻略隊にオドルワを選んでしまったこと。

ないないづくしに追い詰められた主人公は遂に覚醒を始めてしまいました。

そう恐るべきゼル伝上級プレイヤーRTA、そしてその向こうにあるTAS=サンへと、な。

主人公がブリッジしてる時のリナリー一家
ロック「遥かなる高みというやつか。僕にはとても近づけない……」
アリア「近づかれても困るわ」
リナリー「……カッコいい」
ロック アリア「「!?」」

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