緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ! 作:よもぎだんご
感想は忙しくて返信できないだけで、疲れた時にニヨニヨしながら読ませていただいています。
いつの間にか通算UAが12万を超え、お気に入りが3千人を、感想が200を超えました。
ご愛読してくださり、本当にありがとうございます。
マスターソードを取るための膨大な条件を聞いた俺は一瞬気が遠くなった。
なんで、なんで急に探し物が14個に増えてもうたん?
そもそも今回はマスターソード誕生の物語じゃなかったのかよ。ゲーム雑誌がまたいい加減なことを言ったのか。
マスターソードあるじゃないか、弱体化してるけど。今作の時系列はどうなっているんだ。また考えなくてはならないことが増えちまった。
最初の街から次のトアル村までの移動に10日もかかるほど広いゲームで14個も探し物とか、いったい何日、いや何年かかるか分かったもんじゃない。
だがこちとら10年以上ゼル伝をやり続けたコアユーザーの端くれ、この程度の苦境でマスターソードを諦めると思っては困る。
そもそもゲームには現実と違って何らかの答えが予め用意されているものだ。
しかもそれがマスターソードならば、絶対に手に入れる方法が用意されているはずだし、絶対に手に入れたい。
例え何年後ろ向きに走り続けることになったとしてもだ。
なら善は急げだ。早速行動を開始しよう。
俺は祭壇を後にし、
「マスター、ファイから一つ進言致します」
―――ようとしたところで俺の前にファイさんがドアップで現れた。
ちょ、ちょっとお顔が近すぎやしませんか。顔と顔の間が拳1つ分くらいしかないよ。
こうして見ると意外と綺麗で可愛い顔をしている、ってそうじゃないだろ、俺!
「な、なにかな」
「ファイを供に連れていくことを強く推奨します」
「君をお供に?」
「イエスマスター。この広い世界において賢者と聖なる炎の探索はマスター一人では非常に困難です。しかしファイがいれば適宜ダウジングを行い、マスターを導くことが可能です」
ダウジング、鉱石とか探す時にやると言うあれか。棒を目標に近づけると曲がったり、震えたりするらしい。この場合はファイさんがアドバイスをくれるということかな。
ということは彼女がナビィちゃんやミドナちゃんポジか!
ゲーム内で約17日、やっと相棒キャラを発見か、長かったな~。
そうするとここまで来たのは案外無駄ではなかったということか。……しかしすぐにはウンと言えない問題があった。
「でも君がフワフワ飛んでいたら目立つし、騒ぎを起こしたくない」
歴代の相棒キャラって隠そうと思えば己の姿を隠せるんだよね。
例えば初代相棒ナビィちゃんと2代目のツンデレ妖精チャットちゃん、記憶喪失のシエラちゃんは小さな妖精だったから帽子の中に隠れることが出来た。
ミドナちゃんは影の世界の住人だから、リンクの影に潜ることが出来たし、幽霊ゼルダ姫は幽霊故にそもそも一般人には見えない。
でもファイさんはリナリーたちにも見えているっぽいし、どうしたもんかな。
前作のトワイライトプリンセスでは、ミドナちゃんを街中で実体化させとくと魔物扱いされて、住人は大声を上げて逃げ惑うし、へっぴり腰の衛兵がすっ飛んで来たんだよな。
ミドナちゃん……小悪魔ちっくな猫みたいで可愛いのに。
まあ彼女が現実に居たらびっくりするだろうし、ミドナちゃんをゲーム中で実体化させるにはリンクが大きな灰色狼になる必要があるから、住人はそっちにびびっていた可能性もあった。
リアルさを重視するゼル伝のことだから、青い体の女の子を連れて街中を歩こうものならたちまち面倒なことになるだろう。
「ご心配には及びません、マスター。性能は大幅に低下しますが、ファイは他の剣を依り代とすることも可能です。マスターの剣の中に居ればいたずらに騒ぎを起こすこともないでしょう」
「それはすごいな。じゃあこの剣に憑依出来るか」
さすがマスターソードの精霊、抜かりは無かった。
俺が金剛の剣を鞘から抜いて差し出すと、彼女は俺から離れて剣に顔を寄せる。
や、やっと俺から顔を離してくれたぜ。例え精霊でも女の子に至近距離から自分の顔をじっと見つめられるのは緊張するもんだな。
「可能です、マスター。この剣ならばダウジング機能をある程度使うことが出来るでしょう」
「ある程度……完全に使うのは無理なのか」
「イエスマスター。現状では本来の性能の約9%が限界です」
1割未満か。思ったよりだいぶ低いな。封印のせいか。
「原因は封印に力を取られていること、そしてこの剣の性能的限界です」
子供リンク最強の金剛の剣でも、ファイさんの、マスターソードの本来の力は出せないってことか。
まあ、出せちゃったらマスターソードの力を取り戻す旅に出る必要が無くなってしまうんだから当然っちゃ当然だ。
それにしてもマスターソードにダウジング機能なんてあったんだね。
時のオカリナや風のタクトでも使わせてほしかった。その辺の理屈はどうなっているんだろうか。
「そうか」
「剣としての完成度が高く、マスターの力も宿ったこの剣ならば、封印の賢者さえ目覚めさせれば、剣の能力の強化や新たな能力の追加が可能です」
「本当か!」
そ、それは夢が広がリング! 徐々にパワーアップする剣とかロマンだ。
「イエスマスター。賢者を一人目覚めさせる毎に順次強化が可能です。最大で30%まで再現が可能と観測。マスターは良い剣をお持ちのようですね」
マスターソードの精霊にも認められるとは、さすがはおやじさん、さすがは金剛の剣!
色々と腑に落ちない所もあるけど、とりあえずここにはもう用はない。
ファイさんを仲間に加えた俺は、涙目のリナリーとハイテンションであちこち調べている彼女のご両親を回収して、ルンルン気分で神殿を出た。
「さて、君はこの後どうするつもりなのかな」
さっきまで学者魂が暴走したのかハイになって、ファイさんにあれこれ質問していたロックさんが真面目な口調で訊いてきた。
アリアさんはリナリーとソファに座って話している。
みんながリナリーを無視してファイさんばかり構っているから、拗ねてしまったのだ。頬を膨らませてへそを曲げているリナリーはちょっと可愛い。4歳ぐらいは甘えたい盛りだもんな。
「ファイさんと一緒に賢者様を探したいと思います」
「そうか……ちょっと待っていてくれ。君に渡したいものがある」
ロックさんは気になる事を言って居間を出て行ってしまった。
もう食糧を融通してもらう約束もしちゃったし、これ以上貰うと何を返して良いか分からないんだが。
「マスター、ファイのことはファイで構いません」
「あ、うん。ごめん、つい慣れなくて」
「いえ、ファイはマスターのお好きなように呼んでもらって構わないのですが、テイサイという物を人間は大事にすると記憶しています。ファイはマスターの剣なのですから、人前で敬称を付けるのは避けるべきだと推測します」
「了解。とりあえず人前ではファイって呼ぶことにする」
ファイさんは剣の中から話かけることも出来るらしい。今も膝の上の剣がうっすらと光ながらしゃべっている。それにしてもファイさん体裁って意味は分かっているんだろうか。妙に片言だったが。
「しかしアリアさんが賢者になれないのは予想外だった」
「人間の口伝はやはり信頼に足るものではありません。賢者の末裔が何の準備もせずに子孫を成すとは」
ファイさんはその人物に賢者の適正があるかどうか分かるらしいのだが、賢者の末裔であるアリアさんには驚くべきことに賢者の資格が無いそうだ。
最初の賢者はゲットしていた気になっていた俺は、衝撃の事実に危うく膝をつくところだった。
スタッフはとことんプレイヤーに楽をさせる気はないらしい。
賢者をやる気満々だったアリアさんもこのことを聞いて、大きなショックを受け、ズゥンと落ちこんでしまった。
もう部屋の隅で床にのの字を書きそうな勢いの落ち込みぶりだった。ついさっきまでリナリーとロックさんと俺で必死に慰めて、なんとか回復させたのだ。
詳しい説明を求めた所、
『賢者たる者、呪力、すなわち生命力に溢れていなければなりません。子孫を成そうとしないのが一番ですが、もし成すとしてもしかるべき処置をしてから行うべきです。女性は1個体出産するたびに、消費した呪力を微かに回復するので、通常の手段で子孫を産むなら千単位で産んでください』
と無茶ぶりされた。
うん、無理!
千人単位で子供を産むなんて、人間には無理!
肉体的、精神的、時間的、どれをとっても無理!
あとの希望はリナリーだけだったが、
『彼女には適正はありますが、心身が充分に発達していませんので現状では賢者になれる可能性は5%です」
とのことだった。
そこでアリアさんが復活し、
『リナリーが賢者になれるのに何年かかるかしら』
『およそ12年で賢者になるのに足る呪力が溜まると推察されます』
『リナリー。貴女にはお母さんの、お母さんの夢を継いで欲しいの……』
リナリーを懇々と諭し出した。
賢者は殺されたり、クリスタルに閉じ込められたりする危険な仕事なので子供には出来ればなってほしくない。
だが、ゲームをクリアして世界を救うには賢者の力がいる。
俺は勧めるべきか、止めるべきか迷ったが、ゼル伝では賢者の末裔は賢者として覚醒していようがいまいが狙われる宿命にある。
故にいっそのこと賢者として覚醒した方が安全かもしれない、と思って止めなかった。
賢者だろうとなかろうと、女の子は何が何でも助けるし。
賢者になれば、賢者のみ入れる不思議安全空間に居られるし、賢者パワーも使えるしね。
それにゲーム内で12年なんて、時間がかかりすぎる。
きっとリナリー以外に適性のある人がいるはずだ。
……マジで12年かかるとかないよね。うん、ないない。ありえない。
物は考え様だ。ほら14個の探し物をするからって、14個のフィールドやダンジョンがあるとは限らないじゃん。
……今まではあったけどね。
最悪風のタクトの勇気のトライフォースの欠片集めみたいに、世界中あっちこっち回ることになるかもしれないけどね。
そんなことを茅場さんはさせないよね。
あれ、ユーザーに不評だったよ。
「リンク君、ちょっとこっちに来てくれないか。やっぱり僕じゃ動かせないみたいなんだ」
俺が案内されたのはトワイライトプリンセスでリンクさんが住んでいたツリーハウスだった。
天窓から入って来る日の光、2階や地下につながる梯子、暖炉やかまど、壁に掛けられた白い絨毯や絵、干し草フォーク、ゲームそっくりの家が目の前にあった。干し草フォークがあるのはトワイライトプリンセスのリンクが牧童だったからだろう。
俺はあちこち見回し、感動し、感激しながらも疑問を覚えていた。
ここは明らかにトワイライトプリンセスのリンクの家だ。
だが、それはおかしい。
ゼル伝は時の勇者の行動が歴史のターニングポイントらしく、そこでいくつもの平行世界が生まれているから時系列が少々ややこしい。
俺の知っている情報では時のオカリナでリンクがガノンドロフをいつどうやって倒すかによって未来は大きく分けて3パターン、神々のトライフォース、トワイライトプリンセス、風のタクトに別れるらしい。
神々のトライフォースは時のオカリナのリンクさんがマスターソードを手にすることが出来ず、ガノンドロフが何でも願いが叶うトライフォースを得て世界の王となってしまった世界。
ガノンドロフはトライフォースを使って世界をまるまる一個作り、そこを足掛かりにハイラルも落とそうとしたが慢心していたのか7賢者に封印されてしまう。
だが、この世界はマスターソードを持った時の勇者が現れているので神トラの世界ではない。
トワイライトプリンセスは、時のオカリナのリンクさんがガノン討伐直後に過去に遡って子供に戻り、未来の知識を過去のゼルダ姫に話して、ガノンドロフのハイラル乗っ取りを未然に防いだ世界のその後の物語だ。
ゼルダ姫と賢者はガノンドロフ処刑に失敗し、ガノンさんは約百数十年後に蘇ってしまうものの、勇者の血筋は残っていたのでガノンさんはトワイライトプリンセスのリンクさんにぶっ殺された。
風のタクトは大人になったリンクがマスターソードを使ってガノンドロフを倒して封印した数百年後の世界。
一般人にまで時の勇者伝説が広がり、ガノンドロフが復活した時、人々は時の勇者の再来を信じていたと、風のタクトのプロローグで語られている。
しかし時のオカリナでゼルダ姫が勇者の役目を終えたリンクを過去に飛ばしてしまったために勇者の血筋が途絶えてしまい、約百年後に復活するガノンドロフを倒せず、結局ハイラルは滅び、海に沈んでしまう。
風のタクトはその後の話なのである。
トワイライトプリンセスの世界では賢者の霊や大精霊のような人外や一族の長位しか時の勇者の実在やその遺産を知らない。
一般人は端から知らないか、眉唾物の伝説や神話だと思っている。トワイライトプリンセスで精霊やたくさんの人たちとの会話の結果、俺が出した結論だ。
この世界の人々はマロンさんのような一般人まで時の勇者リンクの存在を知っている。実在した人物だと知っている。聖地巡礼まであるくらいだ。
だから勇者の生まれないはずの風のタクト系列の滅びゆくハイラルのはずなのに、トワイライトプリンセスのリンクの家がある。トアル村が存在している。
マスターソードがハイラル城では無く、森の聖域に、しかも弱体化しながら何者かを封印している。
ファイさんは俺達に何を封印しているのか、『今のマスターにお教えすると混乱する確率85%』とか言って教えてくれなかった。
ガノンさんやグフーさんみたいなシリーズ伝統の存在なのか、それとも今回初出演の方なのか分からない。
だが、マスターソードをここまで疲弊させているんだから相当の大物のはずだ。
何かがおかしい。パラレルワールドのはずの風のタクト世界とトワイライトプリンセス世界の設定が混じっている。
しかも時代も滅茶苦茶だ。
そもそも雑誌のインタビューコーナーがねつ造でなければ、今作はマスターソード誕生の話のはずなのに、マスターソードは弱体化が激しいとはいえ存在している時点でおかしい。
もしかして俺の金剛の剣がマスターソードになる話なのか?
でもファイさんの話では全盛期の3割の力しか出せないって話だしなぁ。
「こっちよ、リンク君」
俺がメタな考察を入れていると、アリアさんが地下に続くはしごを下りていく。
「僕はここで待っているよ。リナリーもいるしね」
ロックさんはうとうとしているリナリーをおぶっている。
もう夜だもん、眠くなるよね。リナリーの眠そうな顔は可愛いなあ。
対してリナリーを見つめるロックさんの表情は幸せを通り越して、恍惚としている。
漫画に出てくるようなイケメンで恩人補正まであるのに正直ちょっと笑えてくる。遊戯〇並みの顔芸です。
いつまでも彼らを見ていてもしょうがないので、地下室に下りる。
そこは梯子の周辺とカンテラで照らされている所以外は真っ暗だった。
明かりの下にあったのは1つの大きな宝箱。
アリアさんは厳かに語りだした。
「君に渡すのは、私の家が代々受け継いできた物。次代の勇者のためにご先祖様が遺された時の勇者の遺産」
誰だってなんだって、初めてというのは特別だ。
初めて行った旅行、初めてやったゲーム、初めて読んだ小説、初めてプレイしたゼル伝。
この世界に来て未だ一つも開けていなかった宝箱、記念すべき最初の宝箱が目の前にあった。
「ここにあるのは勇者に新たな道を開くもの。天地をさかさまにしかねない、ありえない力を持つとされているわ」
期待が否応も無く高まっていく。
なんだ、何が入っているんだ!
時の勇者の遺産、新たな道を開くもの。
巨大な岩をも砕く爆弾か、遠距離に移動できるフックショットか、大穴で魔法の弓矢かもしれない。
ロックさんたちの使っているのは弓矢だし、リナリーちゃんもパチンコを使っている。正直ちょっと羨ましかった。
遠距離武器が欲しいと思っていたんだよねぇ。あるいはあの広い平原を少しでも早く移動できるようになるアイテムとか。
「私は賢者の末裔として、あなたを勇者と認め、これを贈ります」
俺は期待に胸を膨らましながら宝箱に手を掛ける。
ふたを開けても宝箱の中は光に溢れていて、良く見えない。
脳内にあのディレディレ、ディレディレ、と宝箱を開ける時のゼル伝伝統の音楽がする中で、光の中に手を差し込む。
そして伸ばした手が、今、何かに当たった。
アイアンブーツを手に入れた!
鋼鉄で作られたとても重い靴。履くと体が重くなり、歩くのが遅くなる。
水の底だって歩けるぞ!
「…………」
おのれ、茅場ァァァアアアアア!!!
〇〇さん「トアル村といったら、アイアンブーツだろう」