緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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スマートフォンでの更新のせいか段落を変えた時の字下げが上手くいっていません。パソコンが治り次第修正しますので、どうかご容赦ください。


蛇のように

 仮想19世紀後半の中国の港町。

 

 時刻は「良い子は寝る時間」をとっくに過ぎていた。

 しかしこの街の9割は悪い子と悪い大人で構成されている。

 なので、ちょうちんぼんぼりガス灯と、この時代のあらゆる明かりがこうこうと点いていた。おかげで街全体が薄ぼんやりと光って見える。

 

 そこに、その男はいた。

 まだ年若いその男は色の濃い帽子を被り、同色の服を堂々と着こなしている。

 その姿は、100歩前後譲れば颯爽としていると言えなくもない。少なくとも本人はこの格好がなによりイカすと思っていた。

 

「まんじゅー、まんじゅー!」

 

「そこのお兄さん、うちに寄っていきませんか。可愛い子が揃ってまっせ」

 

 周囲には互いに競うように声を張り上げる出店の主人や怪しい店の客引き。

 

 彼らの前後左右には彼らの商品、ほかほかと湯気をあげる真っ白な中華饅頭や、白粉で染め上げた身体を色鮮やかな着物で包んだ女性たちが―はなはだ遺憾なことに―『陳列』されていた。

 

 共通点はどちらも白くて大層柔らかく、暖かそうな事である。

 

 木製の柵を隔てて座り込む遊女たちは特に人気らしく、たくさんの男たちが群がっていた。彼もついつい視線が行きそうになる。

 

(おっと、いかんいかん。仕事だ、仕事)

 

 青年は仲間と共に欧州から2ヶ月という、この時代においては最速と言っていい早さで中つ国『清国』へやってきた。

 

 途中、予期せぬ密航者の出現やらなにやらあったものの、旅は概ね順調だった。

 

 彼は先程から異国情緒溢れるこの街を見て周りたい誘惑に駆られていたが、まずは目的を果たすことにしていた。

 

 連れの少女、(あれを少女と言っていいのか甚だ疑問たが)にきつーく『やるべきことをやってから遊べ』と言われていたのだ。

 

(連休前の学生かよ)

 

 そんなことを心の中で呟きながら、目的地を目指して彼は人混みのひどい大通りを歩き続け、目的地に着いた。

 

 目的地は「天青楼」。

 

 この街一番の妓楼、つまり三ツ星級なレストラン兼キャバクラ兼ホテルであり、合法非合法ひっくるめた海運業にまで手を伸ばす店である。

 

 しかし青年が向かうのはきらびやかな入り口ではない。地味な裏口である。その奥には酒蔵があり、屈強な男たちと少女が待っていた。

 

「ロマネ・コンティが20樽、ロゼワイン50樽。合ってますか」

 

 少女が青年から伝票を貰い、読み上げる。

 

「ええ、合ってますよ。マホジャさん」

 

 マホジャと呼ばれた少女は並の男よりはるかに背が高く、腕も太くて肩幅も広い。スキンヘッドなのもあいまって控え目に言っても迫力がある。

 

 将来はさらに迫力が充実してきそうだが、今の所少しビビりな所のある彼が敬語になる程度の迫力だった。

 

 もし十年後だったら土下座外交を敢行しなくてはならなかったかもしれない。

 

「確認しました。それではこれをお受けとりください」

 

 マホジャはいかにも重そうな皮袋とを青年に渡す。

 

「開けても?」

「ええ、お確かめください」

 

 青年は受け取った皮袋の中身を取り出す。中身は色とりどりのルピー。ルピーは国際通貨の面もあったのだ。

 青年が中身をあらためている内に、太い腕の男たちが酒蔵に荷車の上の木箱や樽を運びこんでいく。

 

「確かに、頂戴いたしました」

 

 青年は金額を確認した袋を懐に入れると、マホジャの差し出した契約書にさらさらとサインする。

 

「契約、完了っと。お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

 

 にこり、と微笑むマホジャ。

 しかし夜中に大男を従えたスキンヘッドのマッチョ女が微笑んでも、残念ながら彼は恐怖しか感じなかった。

 

「お、俺も向こうを手伝いに行って来ますね」

「お構い無く。それよりお茶でもいかがですか」

 

 マホジャとしては完全に善意である。中国は茶の産地。おいしいお茶でおもてなししようと思ったのだ。

(く、喰われるっ!)

「い、いえ。やっぱり俺も手伝ってきますよ!」

 

 青年はそそくさと手伝いに行ってしまった。

 

 ……男に怖がられたり、男と間違えられたり、男ではなく女に告白されたりする自分を変えたかったという思惑もマホジャにはあったのだが、解決にはまだまだ先が長そうだった。

 

 

 青年が手伝いに来た酒蔵付近は、ごつい男たちが汗水たらして働いていた。

 

(ああは言ったものの、やっぱりやりたくねえなあ)

 

 しかしやると言ってしまったからには、やるしかない。

 

 青年がワイン樽に手をかけようとしたその時、

 

「お兄さん、お兄さん」

 

 袖口をくいくい、と引かれた。

 

(客引きか? いやぁモテル男は辛いなあ)

 彼は美人さん(たぶん)に袖を引かれたことを嬉しく思いながら振り返った。するとそこには……

 

(は?、え?)

 

 彼はしばらく硬直してしまった。

 そこには、美人さんどころか誰も、居なかったのだ。

 

(え? あれ? さっき俺誰かに話しかけられて、服の袖をひかれて……え?)

 

「ま、まさか……!」

 

 彼は顔を真っ青にしてポケットに手を突っ込みがさがさと探りだした。

 

 ポケットの中には命の次に大切な紙切れとルピー袋が入っていた。

 他にもペンやら小銭やら薄っぺらい財布といった細々とした物も入っているはずだ。

 

「あった! よっ、よかった~!」

 

 ポケットの中からは契約書と領収書、ルピーの入った袋が出てきた。

 

 人前では気持ち強めに振る舞っているが、彼は元来臆病者で心配性なのだ。

 

 その証拠に、ここに来るまでもスリに大切なものを盗られないようにコートのポケットに両手を突っ込んだまま歩いていた。

 

「すんごい物盗りじゃないとするとぉ……」

 

 とたんにゾォォっとさっきとは違う恐さがやってきた。

 

 ここは遊郭である。進んで遊女になる奇特な者など僅かであり、ここにいる女たちは皆様々な理由で売られてきたはずなのだ。

 

 そんな遊女に手厚い福利厚生などあるはずがない。例えば梅毒などの性感染症になればあとは死を待つばかりだ。

 

 そしてそんな無念の死を遂げた者たちが幽霊に、それも怨霊や悪霊にならない保証は……どこにもない。

 

 青年の体がガタガタ、脚も小鹿のようにプルプル震え出す。

 

「どうしたんだい、にーちゃん」

「ひっ、あ、あの。その……」

「なんだい、もう疲れたのか。じゃ、どいてどいて。毒見の邪魔だ」

 

 突然現れた毒見係の男はぞんざいに彼を押し退けた。だがそのぞんざいさは、かえって彼が落ち着きを取り戻すきっかけになった。

 

 毒見係は彼が掴もうとしていた樽を横に倒し、木槌でコンコンコンと叩く。

 叩かれた樽から栓が取れると、樽をゆっくりと傾けた。小さな穴からは小豆色の液体が流れ、毒見係の持つ銀の杯に注がれる。

 

「うむ、毒はない。味もよし。ロマネコンティに間違いない」

 

 うんうんと一人で頷く男を見ている内に少しずつ冷静さを取り戻した彼は、一つ決定を下した。

 

「よし、仕事も終わったことだし、可及的速やかに帰ろう」

 

(こんな物理的にも霊的にも危険な所はさっさとおさらばするに限るぜ)

 

「もし」

「ひぃっ!」

 

 飛び上がる青年。

 

「よかったら少しお話ししませんか」

 

 そろーっと振り返った先にいたのは、縁側に横座りする黒髪の美少女だった。

 

 艶やかな着物を深い胸の谷間が見えるまでしどけなく着崩し、意味深な微笑みを浮かべながら上目遣いにこっちを見る彼女は、外国人である青年に異国情緒と色気を感じさせて止まない。

 

「い、今は急いでいるんで」

「あら、お仕事終わったって言っていたじゃありませんか」

 

 咄嗟に断るもクスクス笑いながらあっさり退路を絶たれてしまった。

 

 しかし幽霊が出るかもしれないところに長居はしたくない。

 

(というか、この子が幽霊なんじゃ)

 

 ふとした思いつきながら、なんだかありそうに思えてきた。いくら遊郭とはいっても、果たして深夜に少女が一人で出歩くだろうか。

 

 かつて親に売られ、男に弄ばれ、ここで非業の死を遂げた少女の……亡霊なのではないか。彼の中で勝手に想像が広がる。

 

「貴方が船乗りであると見込んで、お話ししたいことがあるのです」

 

(お、俺が船持ってるって何で知って……)

 

 知るはずのないことを知る少女は座ったまま、いざるように青年ににじり寄ってくる。

 それが逆に青年にはたまらなく恐ろしい。

 

 この人意外にしっかりした英語だなぁ、なんて現実逃避しながら必死に打開策を練る。

 

 だが、都合良く頭が冴えるはずもなく、恐怖に支配された思考はぐるぐると空回りするだけで何も思い浮かばない。

 

「お、俺、船に人待たせてるんで! し、失礼しますー!!」

 

 結局、彼が選んだのは策とも言えない強硬突破であった。

 

 脇目も降らない全力疾走。

 

 それはそれは見事な逃げっぷりだった。

 途中で迷子の鶏らしき生物を蹴り飛ばして、抗議の鳴き声をあげられていたが、彼は全く止まらなかった程だ。

 

 

「あらら、行っちゃった」

 

 そのなにふりかまわぬ走りっぷりに少女が唖然として思わず素が出てしまう。

 

「主。またこのような所に勝手に出てこられて……」

「あら、別に良いじゃない」

「せめて人を呼んでください。一人ではお召し物も汚れてしまいますし、何より主の身が危ない」

「マホジャは心配性ねぇ」

 

 色々と手配を終えて自らの主の元に戻ったマホジャは苦言を呈するが、彼女の主はクスクス笑うばかりである。

「それに早くこの事態をなんとかしなくてはならないのは事実よ。私が直接動けないなら誰かにやってもらうしかないわ」

 

 彼女は自分の足を忌々しげに見つめた。その足は幾重にも布がきつく巻かれていて、成人女性としては異様に小さい。

 

 纏足という風習が清にはあった。

 幼い頃から女の子の足にきつく布を巻きつけ、足の骨や筋肉の成長を阻害することで小さい足の女を作るのだ。

 無論彼女らには施術中は激しい苦痛や高熱が起こり、施術中も後も走ることは愚か歩くことすら非常に困難であり、苦痛を伴うことになる。

 

 足の小さい女が可愛い、というある民族の男のエゴから産まれた風習は、女性の浮気を防止するという二次効果もあり、中国全土に広まっていた。

 

 当然可愛い女の子が売り物の遊郭でやらない理由はない。

 

「大丈夫、きっとなんとかなるわ」

 

 不安げなマホジャに言い聞かせるように彼女はあえて笑って言った。

 

「マホジャは誰か頼りになりそうな人見つけた?」

「いえ、色々回ってみたのですが……あっ」

「誰かいたの!?」

「いえ、今日妙な雰囲気の少年がいまして」

「少年?」

「『理由は話せないがこの店にいる人に火急の用事がある』、と言って門番の者と押し問答をしていました」

「それって割とよくあることよね。俺の姉さんを返せって」

「ええ、まあ」

 

 珍しく歯切れの悪い従者に彼女は視線で続きを促す。

 

「そのあとは門番を強引に突破しようとしたので、店の者と協力してつまみ出したのです」

「貴女が行かなきゃならないなんて、その子相当手強かったみたいね。でも子供では私たちの助けにならないわ」

 

 酒場の主従はしばらく話しあった後、主の体を心配する従者に抱えられて行く。そして…………

 

 酒蔵には静寂が戻った。

 

 ーーーーがたり

 

 ロマネコンティが入っているはずの樽が一人でに揺れた。

 

 樽の底から赤茶けた脚と手がにゅうっと伸びる。

 

『……やっと行ったか』

 

 誰もいないはずの部屋にする子供のように高く、それでいてどこかこもった声。

 

 それはこの世に未練を残した亡霊の囁き……ではなく。

 

「待たせたな」

 

 スネ●クのように潜入した緑の勇者であった。




ここまで読んでくださった皆さま、ありがとうございます。
もし小説の続きを楽しみにしてくれてたなら、作者としてこれほど嬉しいものはありません。
また更新を再開します。

一発目はまあ、勘違い多めのこんな感じで。次回はリンクさん中の人視点です。

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