緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ! 作:よもぎだんご
酒臭い……
リンクさんはともかく、中の人たる俺は下戸なので、服についた匂いだけで酔っぱらいそうだった。
『マスター、先程の賢者のオーラを記録しています。ダウジングの使用を推奨』
OK、やり方は?
言うが早いか剣からピコン、ピコンと心電図の音を柔らかくしたみたいな音がしだした。
ちょ!? 夜中にこんな高い音立てたら、せっかく秘密裏に侵入したのがパアになっちゃうよ!
『この音は現在ファイの声同様、マスターにしか聞こえないので問題ありません』
あ、そうでしたか。騒いですいません。
ファイさん曰く、賢者のいる方向に剣を向けると音が変わるらしい。
いろんな方向に向けてみると、音と音の間隔が早くなる方向がある。
天青楼の本殿、しかもてっぺんだ。
『イエスマスター。この建物の三階に賢者となるべき者がいる模様です』
よし、早速迷宮攻略に出発だ!
酒蔵を出てそっと裏口の扉を開けた俺を迎えたのは台所だった。
中国ぽっい着物を着た中国人ぽっい料理人たちが忙しそうに働いている。
『マスター、少々厄介な状態です。このまま無防備に駆け抜ければ発見される確率87%』
うーむ、これはアレだな。一度酒蔵に戻ろう。
『マスター、この樽を被って行くのですか?』
うん。ちょっと酒臭いけど、従業員やマホジャ=サンに見つかると面倒だし、魔獣島スタイルで行くよ。
魔獣島とは、風のタクト最初の、そして風のタクトの中でも断トツで特殊なダンジョンだ。
リンクさんは警戒厳重な魔獣島に潜入するため、海賊のお頭テトラ姐さんの案で樽に詰められ船の投石機で魔獣島までぶっ飛ばされる。その際に魔獣島の壁に激突して剣を落としてしまうのだ。
ゆえになんと魔獣島では、この時点のリンク唯一の武器である剣を使用出来ない。
しかもカンテラ持って見回りをしているモリブリンに見つかるか、サーチライトに照らされると、問答無用で牢屋に放りこまれる。
つまりこのダンジョンをクリアしたければ、敵の監視の目を掻い潜ってサーチライトを潰し、最上階までたどり着かなくてはならない。
その際にお世話になるのが、樽である。スネークにダンボールがあるように、緑の勇者には樽があるのだ。
俺はそれに習って酒臭い樽を被り、足だけを出して天青楼内に潜入した。
事前に栓を開けておいたので、ちょっと狭いが樽に入ったままでも視界は良好である。
ゼルダ、待ってろよ。
料理人たちの視界に入らないように、台所をこそこそ移動する。ともかくここを抜けないと上には行けないのだ。
「ん? なんだ?」
やばっ!?
「なんでこんな所にワイン樽が」
「おい、新入り! さぼってんじゃねえぞ!」
「はい! すんません、先輩!」
ほっ。
なんてやりとりを挟みつつも、俺は厨房を突破し、ランプの明かりのみの薄暗い板張りの廊下を渡る。
廊下の左右にはカギのかかった木製の扉があり、そこから女性の喘ぎ声とか切羽詰まった声とか聞こえて正直気になるけど断固として無視する!
アレはデストラップマスター茅場が仕掛けた巧妙な罠に違いないのだ。故に華麗にスルー!
……このゲームは12歳以上対象なんだけど、12歳って小学生だろ。こんな所をダンジョンにして本当に良かったのだろうか。
絶対某所からクレームとか来ると思う。東京なんたら条例違反とか。
茅場さんはゲームクオリティとかリアリティーのためなら世間の評判とかまるっと無視しそうな印象だけど、任○堂は、特にクレーム担当の人達は……今度匿名で胃薬でも贈ろうかな。
お、階段発見!
二階は一階より狭いがまたも廊下と左右の扉であった。一階より豪華な感じがするが、やっぱり中には入れない。スイートルームなのかな。
俺はたまに現れる見回りを樽を被ってやり過ごしながら攻略していき、とうとう最上階に来てしまった。
最上階は前後に二部屋しかなかった。
前後の扉は二階より更に豪華な屏風などの調度品所以外は全く違いはなかった。
『マスター、この扉の奥から賢者の存在を感じます』
え、もうゴール?
早くね? まだこのダンジョン攻略始めて四十分位しか経ってないよ。
ダンジョンマップとかコンパスとか、新しい武器とか全然手に入らない。
これじゃあダンジョンじゃなくてただのアレなホテルだよ。
やっぱり左右の扉を開けて探索しなくてはならないのだろうか。でもいくら他人のタンスを開けれるのも勇者伝統の特権とはいえ。
とりあえず前の扉を開けようと、樽を脱いで取手に手を伸ばす。カギはかかってないようだし。
いやぁ今回は潜入さえしちゃえば楽勝でしたな。
『マスター、お待ちくだ……』
俺は忘れていた。このゲームを作ったのは、デストラップ大好きな茅場さんだということを。
「え?」
俺が触れた瞬間、扉がぐねぐねと悶え出す。ありえない光景に思わず目を奪われてしまう。
そう、木製の扉が悶えるなんてありえない。だが、その光景をかつて画面ごしに俺は見たことがあった。
「ッ!」
扉が猛烈な勢いでこっちに倒れてくる。
咄嗟にバク転して大ダメージを回避するが、扉が床にぶつかって屋敷に響き渡る位大きな音がするのは避けられなかった。
耳を覆いたくなる音が響く。響いちゃう。あはは、俺の隠行がパァだ。どうした? 笑えよ、ベジータ。
頭の中はそんな感じでも、リンクさんの体は動く。偽の扉の被害に遭わなかった樽を冷静に被って、沈着に廊下の隅っこに移動したのだ!
……あんまり解決になっていない。
時を置かずにマホジャ=サンを筆頭に警備員たちが、天井や階段からすっ飛んでくる。
やってきたのは屈強な男たち……ではなく、薙刀や砂漠の民が使う片刃の曲刀(シャムシールだっけ)を両手に持つ見覚えのありすぎる若い女性たち。
口元を紫の布で覆い、褐色の肌も同色の胸当てと、だぼっとしたズボンをはいている。
つか、ゲルド族じゃねえか!!
こ、これはますますヤバイことになったかもしれん。
ゲルド族とはゼル伝で砂漠の盗賊や海賊を生業としている部族だ。魂の賢者ナボールや魔王ガノンドロフの出身部族でもある。
赤毛と高い鼻、褐色の肌と抜群のスタイルを標準装備する女しか生まれない部族であり、ガノンドロフは百年に一回生まれる族長の資格を持つ男子らしい。それなんてエロゲ。
ハイラル王国を向こうにまわして盗賊を生業にするだけあって、彼女らの実力はそこらの騎士や兵士よりよっぽど高い。
リンクさんたちハイリア人が西洋の騎士剣術を使うなら、ゲルド族は中国と中東を合わせたような独特な剣術を用いる。
特に必殺技である回転斬りは厄介で、まともに食らえば大人のリンクさんでも一撃で意識をもってかれる。まあ、大曲剣で頭から斬られても気絶で済むリンクさんも十分化け物だが。
そんな奴が十人以上、しかもマホジャ=サンまでいる。まともにやっては多勢に無勢すぎる。
ちなみに、どうやって繁殖しているんだと思われたが、時のオカリナではたまに城下町でボーイハントをしているらしい。ソースはゴシップストーン。欲しいものは力づくで奪う肉食系女盗賊団なのだ。
「また生きる扉が誤作動を起こしたのか」
「おいおいこれで今月何回目だい」
さて、なんで俺がこんな場面で解説の真似ごとをしているのかというと、ぶっちゃけただの現実逃避である。
現在ゲルド族は現場検証をしているのだ。俺の目の前で。見つかったら、店の外に放り出されるだろう。
「まったくゴロン族の商人め。なにが『いにしえの神殿を守っていた防犯装置』だよ。誤作動ばかり起こしやがって!」
「床の修理代だってただじゃねえんだぞ。また修理費がかさむ」
あ~ゴロン族の商人がこれ売ったのか、納得。
この偽の扉によるトラップは時のオカリナでゴロン族と関わり深い炎の神殿に登場したものだ。
あの時はただの鬱陶しいトラップだったが、取り外して防犯装置として売るとは、さすがゴロン族。たぶんこれ魔物の一種だから、取り外しても勝手に生えてくるだろうしな。元手ゼロで出来る良い商売だ。
ゴロン族は爆弾とか名剣とかを造っては歴代勇者に高値で売りつけてくるだけあって、器用というか、したたかというか。ともかくバイタリティーに溢れている。
「こんなパチモンを売り付けやがって、次来たら鞭でしばき倒してやる」
「あんたってゴロン族が趣味だったっけ」
「馬鹿言うんじゃないよ。誰がそんなマニアックな趣味を持つもんかい。あたいはチビッ子専門さ」
堂々とした変態発言に戦慄を隠せない俺だが、その場にいたゲルド族はマホジャさんを除いて分かるよ分かると頷きだした。
「あたしは褐色の子が好き」
「あたいは大きくてもいいから黒髪黒目の女の子かなあ」
「くれぐれも頭や主に手を出すなよ。お前からしばき倒すぞ」
「ま、マホジャ姐さんになら、有り、かな……」
「…………」
「ああっ、マホジャ姐引かないで。その冷たい視線は止めて! 何かに目覚めちゃうから!」
「あたいは金髪碧眼の子かなぁ」
「あー、分かるよ」
「監禁して自分好みに育てたいよね」
「うんうん」
泉のように湧き出すサド、マゾ、ロリコン、ショタコン、逆光源氏計画にリンク=サンの体は微動だにしないが、中の人たる俺はガクブルである。
アジトに潜入したにも関わらず時オカリンクさんが牢屋に放り込まれるだけな理由が思いがけず分かったが、そんなことはどうでもいい。
もうゼルダといっしょにおうちかえりたい。
「そういや、この樽なんだい?」
「さあ」
でもこの場所に不自然な樽にゲルド族の注目が集まるのはある意味必然だった。
マホジャ=サンを筆頭に近づいてくるゲルド族。
彼女らは胸もあり腰も括れた美人だが、男としてお近づきになりたいとはこれっぽっちも思わない。
むしろ物理的にも心理的にも全力で距離をおきたい。
「うーんこの樽どっかで」
「面倒臭えな。怪しいもんなら、ぶった斬っちまえばいいじゃねえか」
止めてぇ! 斬らないでえ!
「誰が零れた酒を掃除するとおもってんだい。切ったら自分で掃除すんだよ」
「それに中身が爆弾だったらどうするつもりだ。主に傷がつくだろう」
「実は中身は金髪碧眼の少年だったり」
ギクッ、な、な何故分かった!?
貴様ニュータイプか! それとも白眼の持ち主か?!
け、気配が漏れているのか。くそ、石ころのお面さえあれば……!!
「そりゃ斬るのはもったいないな。皆で飼おう」
「女装させて店で働かそうぜ」
こんな時、世の先輩たちはどうしていたんだ!? 素数を数える? いや、自然に溶け込もう!
「そして夜はしっぽりと……へへ」
「いや敢えてそういう趣味の客の相手をさせるっつうのはどうよ」
「傷ついた所を優しくシテあげて依存させるんですね、分かります」
俺は樽だ、樽になるんだ、アイアムTARU!
「あー思い出した。これ新しく仕入れた高い葡萄酒だよ」
「じゃあ頭が飲むやつかな」
「わざわざ西から仕入れるなんて、頭も物好きだよね」
「じゃあ解散かねぇ。どうせこいつを持ってきた奴が間違ってお嬢の扉にさわっちまったんだろうさ」
「やれやれ、誤作動はいい加減にしてほしいね」
おお、解散の流れを感じるぞ!
「……一応頭と主に報告を入れてくる。お前たちは新しい扉トラップを持ってきてくれ。お前はここで私が来るまでこの樽を見張っていろ。それ以外は解散だ」
ゲルド族はマホジャ=サンの命令で三々五々に散っていき、あとにはゲルド族のお姉さんが一人残った。
チャンスは、今しかない。
ゲルド族の足音が十分離れたのを確認し、樽を少しだけ持ち上げる。
デクの実を相手の顔面にシューーート!
「ん? 今樽が動いた気がし、ブベラッ」
超エキサイティン!
よっしゃ、麻痺った!
俺は素早く樽を脱いで本当の扉に急ぐ。
デクの実の効果は一時的なものだからな。
だったらゲルド族を剣で気絶させとけよ、と言われそうだがそんなことしたら侵入者がいるって大声で叫ぶのと同じだ。
因みに破裂したデクの実は勝手に消える親切仕様なので回収は考えなくてよい。
ラインバックの反応からして麻痺硬直している間の記憶はないらしいし、さすがデクの実さんだぜ!
リンク行きまーす!
扉を開けてまず目についたのは、美しい屏風と着物を着た女の子の背中。包帯でぐるぐる巻きにされた女の子の足だった。
角灯だったかな、ともかく角張った提灯のぼんやりした灯りの下で熱心に何かを書いている。
「どなた?」
扉を閉める時に多少きしんでしまい、気づかれてしまった。まあ、特に問題はないだろう。
・僕は勇者だ
・泥棒です
・お化けだぞぉ
また脳内選択肢が出たが、うん、相変わらずろくでもないものばかりだな。特にお化けだぞはねえだろ、女の子驚かしてどうする。
つか、こんなもん選ぶまでもない。帽子を取ってごあいさつ。
「泥棒です」
これに決まってんだろうが!
一度でいいから言ってみたかったんだよね。
「泥棒さん?」
おお、この子ノリがいいな。いやむしろ茅場さんやスタッフのノリがいいのか。
振り返った彼女はどこかのお姫さまのように青い目と茶髪のショートカット…………なんてことはなく黒髪黒目だ。
髪もストレートなロングだし、顔は切れ長の目をした中国系美人だ。
黒い着物の上から分かる程胸も大きく、足も細くて長い。年齢は十代後半という所か。
「こんばんは、お姫さま」
「姫? 私はこの家の娘ですが、姫と呼ばれる程の身分では……」
あれ? 彼女ゼルダ姫なんじゃ。テトラ姐さんみたいに自分じゃ気がついていないタイプ?
ファイさん、ファイさん。
『なんでしょう、マスター』
この子って賢者であってる?
『イエスマスター。彼女が我々が探していた賢者である確率99.5%』
でもさ、ゼルダじゃない?
『ファイは彼女がゼルダ様だと申し上げた事はありませんが』
ファッ! そうだっけ!?
『イエスマスター。あとファイの名前はファイです。お間違えないよう御願いします』
い、いや、ファッてのは驚いた時に自然と口から飛び出る台詞であって決してファイさんのことでは無くてね。
「貴方は、マホジャの言っていた人ですね。ここにはなんのために?」
・ちょっと世界を救いに
・君を拐いに来たんだ
え? 選択肢はこの2択ですか、そうですか。
この台詞はさすがの俺も恥ずかしいんだが。
それにしても相手が子供とはいえ、見知らぬ泥棒が部屋に入ってきたというのに、彼女は余り動揺している様子はない。純真なのか、肝が太いのか、何か奥の手があるのか。
「世界を救うために、君を拐いに来たんだ」
「…………え?」
ああああっ、混ざったああっ!
俺は少し躊躇しただけなのに、リンク=サンせっかち過ぎるんよ。
見ろよ! 賢者さん(仮)が戸惑ってんだろ。どうしたらいいのかわからないって顔してるよ。
「あのそれはどういう……」
「俺はリンク。君の名前は?」
「アニタ、ですが」
「ではアニタさん。どうかこの泥棒めに、盗まれてやってください」
リンクさんの暴走が留まるところを知らない。こうなりゃ自棄だ。俺なんかが言うのはこの台詞に失礼かもしれないが、もう突っ走るしかない。
「私を?」
「金庫に閉じ込められた宝石(ルピー)たちを救い出し、囚われの女の子(賢者やゼルダ)は緑の野にそっと放してあげる」
ま、まあ間違った事は言っていない。
「これ皆、泥棒の仕事なんです」
うーん、うん、と頷く俺。
のりのりである。
「お断りします」
だが覚悟を決めては恥ずかしい台詞を言い切ったにも関わらず、あっさり断られた。俺の覚悟がぁぁぁ。
「理由をお聞きしても」
俺の精神的ライフポイントがゼロでも、リンク=サンは余裕綽々で会話を続ける。
「今この家は、この街は大変な事態に巻き込まれているのです。私だけおめおめと逃れるわけには参りません」
どうやら責任感も気も強い子らしい。
きっぱりと断られたが、リンク=サンは自信満々に続けた。
「分かりました。なら僕がその問題を解決してみせましょう」
「貴方みたいな小さな泥棒さんがですか?」
「小さいというのは否定できませんが、泥棒の力を……いや」
緑の帽子を被り直し、剣と盾を取り出した。
マップには敵対を示す赤マークが写っていたからだ。
天井を突き破って飛んできた複数の弾丸を剣と盾で跳ね返す。
「勇者の力を信じなくちゃ」
因みにもし今回リンクさんが好奇心に負けて、左右の扉を開けていたら、美女の裸体を一瞬拝める代わりゲルド族に掴まって大変な目にあっていました。
具体的には財布の中身とか他にも色々と空っぽになるまで絞りとられ、挙げ句女装させられてそういう趣味の方のお酒のお相手をさせられます。
??さん「条令? PTA? 知らんな」
原作をちょろっと解説
アニタさんは原作で撃墜されたというクロス元帥を心配して、リナリーたちと一緒に船で日本に向かうも悪魔の襲撃で乗組員ごと死んでしまう悲劇の人です。一度愛したら一途で一生懸命、しかも美人。大勢の部下に慕われてもいました。
マホジャさんは彼女の側近。原作でもレベル2の悪魔を素手で撃退できる稀有な人物だが、多勢に無勢で死んでしまう。凄く迫力があり、間近で睨まれるとアレンやラビでも「ごめんなさい」を連呼するレベル。