緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ! 作:よもぎだんご
ノアの長子
「ねえ、千年公」
「ハイハイ♥ 何デスか、ロード♥」
「さっきからなにやってんの」
上質な服を着た黒髪の少女が、安楽椅子に座って編み物をする人物に抱きついている。
それだけなら微笑ましいのだが、抱きつかれた本人がその牧歌的光景をぶち壊しにしていた。
病的に青白い肌、悪魔のように長くとがった耳、高い鼻、異常にしゃくれた顎、巨大な口とそれに合わせたような立派過ぎる歯並び、風船のように膨らんだ体。
巨大な黒い山高帽子を被り、白いロングコートで更に着膨れし、丸眼鏡を掛けたその人物は、明らかに尋常な人間ではない。
「我輩は今、とある獣を観察中なのデス♥」
傍目には編み物をしているとしか思えないのだが、どうやらその目には毛糸玉以外の物が見えているらしい。
「小賢しいヤギなのか、あるいは無能な羊なのか、それとも我輩たちに噛みつく穢らわしい神々の犬なのか、我輩は見極めねばならないのデス♥」
「ね~え、一人で楽しんでないで僕にも見せてよ~」
「良いデスケド、一つ条件がありマス♥ これを見ても絶対にこいつに手を出してはダメですヨ♥ 」
ロードはこてんっと小首を傾げた。
どうして見るだけで条件がいるのか分からない。
しかし千年公はロードがうんと言わないと見せてくれそうにない。
まあ、どうしても気になったらその時はその時、ということで。
「うん、分かった。分かったからボクにも見せてよ。気になる~」
「ハイハーイ♥ ちょっと待っててくださいネ♥」
安楽椅子に立て掛けてあったジャックオーランタン(ハロウィンのかぼちゃ)の飾りの付いた傘で、彼がちょんちょんと床を叩く。
すると黒い水のようなモノが床から滲み出てきた。
それはひとりでに浮き上がり、ロードと呼ばれた少女の前で薄く広がって、一人の少年を写しだした。
緑の帽子をかぶって、剣と盾を背負った少年が、こちらを余裕たっぷりな表情でみている。
映画のスクリーンのようなものが地面から湧いて出るのは異様なことだったが、もっと異常なことはこの少女が全く驚かないことだろう。それは明確に少女も「ソチラ側」の人間であることを示していた。
「ふーん、こいつかあ。僕には弱っちい人間にしか見えないけどなぁ」
「そこが厄介なんデス♥」
千年公が指先を振ると画面は一瞬の光と共に様変わりしていた。
銀鎧の偉丈夫が8の字の先端を尖らせたような奇妙な大剣を持ち、仁王立ちしている。
燃え盛る炎とAKUMAに囲まれているのに、眉一つ動かさない。なにより、画面越しだというのに背筋が震える程の凄まじいプレッシャーだ。明らかにただ者ではない。
その後画面は眩い光に染まり、また黒に戻った。
「なに? 今の」
「我輩のカワイイ玩具たちの撮ってきた映像ですヨ♥」
「奴が羊の皮を被った狼なのか、狼の皮を被った羊なのか、はたまたどちらでもないのか。七千年以上生きる我輩にも判らなかった。故に我輩は試してみたのデス♥」
「玩具たちはほとんど壊されてしまいましたが、結果はこの通リ♥ 奴は本来この世に存在しないはずが、どういう訳か、またここにイル……」
怒りの余りクスクスと暗黒の笑みを浮かべる千年公をロードは怪訝な表情で見た。
「この世界にいない……?」
「そうデスネ、ロード♥ 少し昔話をしてあげまショウ♥」
千年公はよっこいしょとロードを膝に乗せる。
「これはあなたが生まれるずっとずっと前のお話デス♥ 昔、昔……」
千年公の長い昔語り。それを聴き終わったロードはこう思った。
なんかとっても面白そう、と。
天井を突き破って飛来する 500mmのペットボトルサイズの、血のように赤く、ぬらぬらとした砲弾の群れ。
それらは金剛の剣に切り伏せられ、あるいはトアルの盾で防がれて俺の足元にバラバラと落ちた。
天井の向こうには角の付いた人の顔を貼り付けて、大量の砲身で全身をハリネズミのように武装した鉄球が浮かんでいた。その数、30は下らない。
こいつらは水中のオクタロックや陸上のデクナッツの親戚、空飛ぶ人面ボールだ。
正確な呼称は分からないので、暫定的に俺が命名した。
そこ、ネーミングセンスがないとか言うな! これでも一生懸命考えたんだぞ。
その中央には一際大きくて奇妙な甲冑が浮いていた。
身長は3メートル前後。砲身を全身に張り巡らしているのは同じだが、背中に蝙蝠の羽を着け、全身を赤い唐草模様と緑の龍でペイントしている。
人面ボールはこのゲームのはぐれたメタル的存在で、武器スキルレベルの良い経験値上げになる。
だが、たまに大群を成したり、大物を連れていることがある。
この唐草模様の甲冑は、きっと迷子メタルの王的存在なんだと思う。
基本的に街には出没しないと思っていたんだが、何かのイベントだろうか。それともバグか?
いや、ゼル伝では基本的に人の住んでる街にはモンスターは出没しないが、イベント中や街の中にあるダンジョンとなると話は別だった。
時オカのカカリコ村の井戸の底や闇の神殿、初めて来た時のトワプリのカカリコ村、スノーピークの獣人の館等。
どれも子供の頃にやったらトラウマに成りかねない程おっかないステージである。
それにしても……
「生きてる! こいつ生きてるぜ! 上等上等、よくやった! たいていの奴は俺の話を聞く前にくたばっちまうからな」
「喋るか撃つか、どっちかにしろ」
くっちゃべりながら馬鹿みたいに弾丸ばらまきやがって!
防がなくちゃならんこっちの身にもなれ!
第一うるさすぎて、何言ってるのかさっぱり分からんぞ!
「わりいがオレの能力
奴め、改める気ゼロだ。交渉の余地なしと言ってよい。
「アニタさん! ここは俺が食い止めますから、その隙に逃げて下さい!」
敵の方を向いたまま、振り返らずに叫ぶ。というか弾丸防ぐのに忙しくて、振り向く余裕がない。
余裕が無さすぎて素に戻ってしまい、せっかく恥かいてまで作ったダンディな怪盗的キャラが台無しだ。許せん。
ちなみに「ここは俺に任せて、先に行け!」の類は有名な死亡フラグだ。
でも1度くらい言ってみたい格好いい台詞でもあった。
大丈夫、大丈夫。死亡フラグなんて迷信さ。
「とりあえず、
「ッ!?」
唐草模様の甲冑は挨拶だとか絶叫しながら、ズドドドドドドドドドドッと、全身の砲から今までの人面ボールとは桁違いの量と勢いで弾丸を撃ってきた。
唐草模様を『注目』していた俺には、まるでビデオのコマ送りのようにその光景を見ることができた。
奴の膨大な砲台の一つ一つから砲弾が発射され、空中で鳳仙花のように炸裂して無数の弾丸をばらまく。
しかもどういう原理か炸裂した小型の弾丸は次の瞬間には、他の人面ボールの砲弾と同じ位の大きさになっていた。
他の人面ボールの撃つ弾丸とも合わさって、5000万を超える赤い砲弾の嵐がほとんど一瞬で形成される。
まさに弾幕と呼ぶにふさわしい。
ってふざけんな!
お前、挨拶って言ったやんけ!
なに、いきなり全方位にぶっぱなしてんねん! こっちには女の子もいるんやで!
焦りの余りエセ関西弁になりながらも必死に防御を念じる。
リンクさんの体は例によって勝手に動き出し、機械のような正確さで膨大な弾丸を捌き始めた。
自身の間合いをミリ以下単位で把握し、そこに入った弾丸は盾と剣を使った必用最低限の動作で軌道を反らし、弾く。
強制的に弾道を変えられた弾丸は床や壁、空中の人面ボールに激突。
木っ端や鋼鉄、煙とオイルを撒き散らし、視界は加速度的に悪くなっていく。
もちろんアニタさん目掛けて飛んでくる弾丸や、壁や天井で跳弾して彼女に向かうものは最優先で叩き落とす。
大口径の機関砲などリンク=サン以外の人が生身で直撃を受けたら一溜まりもないからだ。かすっただけでもスプラッタな大惨事となるだろう。
「あ、貴方、血が出て……」
「大丈夫です。俺は良いから早く逃げてください」
「で、ですが」
だが、いくらリンクさんが時の勇者リンク=サンとはいえ、まだ子供の体。
動きを制限される狭い部屋の中で、しかも誰かを守りながら、これほどの数の弾丸を一度に全て防ぎきるというのは少々無茶だったようだ。
少なからず被弾し、がっつり体力を削りとられた。
残り体力、2ポイント。全体のおよそ4割ってところだ。
俺の灰色の脳味噌が分析したところによれば、状況は極めて不利だった。
相手は俺の手の届かない高空から一方的に攻撃できるのに対して、俺は遠距離攻撃手段がほとんど無い上に回避が制限されている。
俺に出来る唯一の遠距離攻撃は盾アタックで弾丸を反射することだが、せっかくの反射弾も途中で弾幕に呑まれるか、唐草模様の甲冑に弾かれてしまう。
このままじゃ、ゲームオーバーになるかもしれない。しかもトワプリのイリアさん以来の護衛任務失敗という最悪のオマケ付きだ。
調子にのって死亡フラグ建てたのはどこの誰であったか。責任者はどこか。
更に悪いことに声をかけたにも関わらず、アニタさんを示すマップアイコンは扉の前から動かない。
足を怪我しているせいで扉があけられないのか。それとも見かけは子供の俺一人を置いてきぼりにする事を躊躇しているのだろうか。
俺がもう1度声をかけようとした時、予期しない所から予期すべきだった最悪の答えが帰ってきた。
『マスター、この部屋は結界により外界から隔離されています。アニタ様単独で脱出出来る確率0.3%』
"知らなかったのか? ボス部屋からは逃げられない"
……茅場さん、ここ、ボス部屋扱いだったのね……
まあ風のタクトの魔獣島のボス部屋からなら、ボスの攻撃を利用して逃げられますけどね!
『マスター、敵の弾丸をもっと多く切ることを推奨します』
「なんで?」
跳んで、弾いて、弾いて、弾いて跳んで、回って斬って、また弾く。
息つく間もない状況だが、なんとか声を絞りだす。
現状、弾丸を切り裂くのは最小限に留めていた。
リンクさんの持つ金剛の剣は、某石川先生の愛刀と違って幅広の西洋剣である。
斬鉄剣に切れ味では多少劣るかもしれないが、絶対に壊れない頑丈さと面積で勝る。
トアルの盾もゼルダの伝説仕様なので、木製とは思えないほどやたら頑丈だ。
さらに片手剣術スキルの盾アタックは、タイミングさえ合えばマシンガンだろうが魔法弾だろうが関係無く、射撃系遠距離攻撃を相手に跳ね返すことが出来る。
ならば広い剣身と盾を使って軌道を反らすか、剣と盾の頑丈さとリンクさんの腕力を活かしてジェダ○のように敵に打ち返す方が効率的だ。
『弾丸を切ることで、マスターの片手剣術スキルを上げることが可能です』
! そうだった。
今までハイラル平原を後ろ向きに疾走しながら多くの人面ボールやその弾丸をスパスパ切ってきたので、そろそろ片手剣術スキルがレベルアップしそうだったのだ。
レベルアップさえすれば、古の勇者に新たな剣術奥義を教えて貰える。それが起死回生の一手となるかどうか、分からないがやってみるしかない。
さっそく意識を防御から迎撃に切り替え、こっちに飛んできた弾丸を切りまくる。
真っ二つ、三枚下ろし、微塵切り、ともかく経験値を稼ぐ。みるみるうちに貯まっていく経験値。
だけどアニタさんのまわりを跳び回りながら剣と盾を振るっている状況では、メニューを開くこともスキル画面を開くことも出来ない。
ついでに防御より攻撃的な迎撃に切り替えた分、被ダメージが増えていく。
いったん古の勇者との剣術修業タイムに入っちゃえば、ゲーム内時間がたたないのは確認済みなんだが……なんとかならないか。
『許可を頂ければファイが設定を変更いたします』
え、なにその有能っぷり。
ファイさんそんなことも出来るの?
『イエスマスター。実行しますか』
イエス! イエス!
お願いします!
返事と同時にピコンッと電子音がなり、耳の奥で聞き覚えのある狼の遠吠えが聴こえてきた。
気がつくと俺は白い荒野にいた。
空は雲に覆われ、地面も雪が敷き詰められたかのように一面真っ白。しかし実際には雪など積もっておらず、地面を這うように漂う霧のせいで白く見えるだけだ。
『また、会ったな』
ハイラル城をバックに立っているのは、ボロボロの西洋式甲冑を纏った骸骨騎士。
十字架のような兜を着けているせいで顔が半分隠れているが、片目は紅く光っているのが確認できる。
コホー、コホーという呼吸音が元イケメン騎士のヴェイ○ー卿っぽい。
骸骨は多くのRPGで敵として登場する。骸骨騎士、骸骨兵士、骸骨剣士、その他諸々。
ゼル伝でもそれは例外ではないのだが、この骸骨騎士だけは例外的に味方である。
この骸骨騎士はトワイライトプリンセスに登場し、リンクさんに勇者に伝わる7つの奥義を教えてくれる師匠的存在だ。
現世においては勇者の魂の印とされる金色の狼として現れ、この精神と時の部屋みたいな世界では骸骨騎士に変身して剣術を指導してくれた。
このゲームでもスキルレベルの上昇と共に剣術と奥義(スキル)を伝授してくれる。
ちなみにトワプリでは最後の奥義を伝授し終えると、
「勇者として生を受けながら、後世に技を伝えられなかった私の無念もようやく晴らすことが出来た。怯まず進め! わが子よ」
と言うところから、一説にはトワプリのリンクさんの先祖、時のオカリナのリンクさん本人ではないかと言われているが定かではない。
並行世界を含めて3つも世界を救った時オカのリンクさんの最期が亡霊というのは余りにも切ないし、それだと勇者リンク転生説が崩れるからだ。
個人的には勇者の魂の大部分は次代に転生したが、子孫とハイラルを心配する余り魂の一部が残留思念として残ってしまったと考えている。
なんにせよ古の勇者の教えてくれた奥義”とどめ”を使って、勇者リンクが宿敵ガノンドロフを倒す様は圧巻である。
『ふん!』
「なんの!」
骸骨騎士が剣から不意打ち気味で光弾を放ったが、とっさに盾アタックで跳ね返した。
『剣の訓練は怠らなかったようだな』
古の勇者はどこか満足気な声で魔法弾を盾で受け止め、消し去った。しかしここで彼の雰囲気が一変して鋭いものとなる。
『だがお前が眠っている間に世界はまた一歩破滅へと近づいた。ここからはよりいっそう厳しい修練を積む必要があるだろう。お前にその覚悟があるか』
はい
応
あります
さすがリンクさん、返事が肯定しかないぜ。まあ、肯定以外選ぶ気はないけどね。
てか俺がインしていない時はリンクさん寝てるのか。三年も眠っていたら普通は体のあちこちが動かなくなると思うんだが。時のオカリナの時みたいに謎空間に封印されてたのかな。
「はい」
古の勇者は「当然だ」とばかりにうなずいた。
『お前にはこれまで機械のごとき剣術を教えてきた。己の間合いを完全に把握し、正確に剣と肉体を操り、肉体と思考を別々に並行して動かす技…… しかしそれは真の勇者、否、真のハイラルの剣士の基本技能の一つに過ぎない 』
武器を背負い腕組みした骸骨騎士の落ち窪んだ目が紅く輝く。
『勇なき剣に力は宿らぬ。心なき剣を卒業し、餓狼のごとき剣術に目覚める時が来たのだ』
古の勇者が剣を前に出し、リンクさんも前に出す。
『勝利への執念、鋭い勘、研ぎ澄まされたセンス、勝負どころをかぎ分ける嗅覚、奥義”背面斬り”と共にしかとその身に刻め』
新旧二人の勇者がお互いの剣を重ね合わせ、キンっと小気味良い音がなる。
修業が始まった。
「俺の
意識が現実世界に戻って来た俺を迎えたのは人面ボールキングの不快なダミ声だった。
しかしぼうっとしてはいられない。
奴が自己紹介とやらを始めた瞬間、火山が噴火したのかと思う程の爆発音が響いたのだ。
「……射撃特化型AKUMA 、レベル3 ィィィイイイ!!」
なんか奴が叫んでいるが、俺はそれどころではなかった。
唐草模様が撃ってくる弾丸もう万も億も超え、兆に達するかもしれなかった。
それはもう炎の壁に等しい。
「だが、どんなに壁のように見えても、所詮は点の集まりだ……!」
防御を念じると同時に、俺の意識が切り替わる。
体か精神か魂か。どこか深い所に
集中力が自然に極限まで高まり、意識が獲物を狙う狼のように研ぎ澄まされていく。
対して全身はゆるゆるに弛緩していく。剣と盾を握る手、肩や足腰、体中の関節や筋肉から余計な力が抜けていき、何百回、何千回、何万回も闘ってきた熟練の剣士のように余裕すら以て構えた。
力は必要な時、必要な分だけかければいい。余計な力は速さと体力を浪費するだけだ。
俺たちは盾を構えて左右に連続でステップして、相手を眩惑しつつ弾丸をよける。
弾道と弾速を見切り、俺たちに当たるのが早い順に盾アタックと剣で相手に跳ね返し、敵を減らす。
どうしても盾が届かない弾丸は剣身で滑るように軌道を反らす。
サイドステップで弾丸を躱しがら空中で体を捻って剣を振り、弾丸を人面ボールに打ち返し、怯んだ隙に壁を蹴って飛び上がり、頭から真っ二つに切り裂く。
「
高笑いと共に俺の手の届かない天空から再び放たれた万を超える弾丸が、今度はアニタさんを襲う。
奴は分かってるのだろう。俺たちがアニタさんを庇おうとすることも、今までの俺たちなら庇うことはできても完全に防ぎきることは出来ないことも。
だが俺たちだって馬鹿じゃない。ガラ空きになったアニタさんが狙われるのは予測済みだ。
斬り捨てた人面ボールの体を蹴って床に着地し、その勢いを利用して一瞬の遅滞なくアニタさんの前まで転がり……!
「せええああっ!」
緑の勇者に伝わる奥義、
本来この技はサイドステップから素早く前転して相手の視界から消え去るように背後に回り込み、 跳び上がりながら回転斬りを繰り出す、というものだ。
一種の奇襲攻撃であり、盾などで前方ばかりを防御し、側面や背後の守りを疎かにする敵に効果を発揮する。
しかしこの技には一つ面白い特徴がある。
この技の最後に出す回転斬りは通常のものより攻撃範囲が若干狭い分回転速度が速く、敵に連続ヒットするのだ。
つまり俺たちは金剛の剣の長いリーチで背面斬りの短所を補いつつ、高速回転斬りで弾幕を斬り払った訳だ。
跳んで、弾いて、弾いて、跳んで。
奴等が叫び、撃つ。俺たちが奴等の撃った弾を避け、弾き、奴等に斬り込む。それを見て奴等はアニタさんに弾丸を撃ち込み、俺たちは攻撃を中断して防御に走る。
奴等は動きの止まった俺たちをここぞとばかりに撃ちまくり、俺たちはそれに対処しながら、攻撃の機を見計らう。
両陣営共に激しく動き、隙有らば相手を出し抜こうとしているのに、状況は膠着していた。
いや、お互いにわざとそうしたと言うべきか。
俺たちはアニタさんの防御に復帰する技を得たことで多少のフリーハンドを得た。
が、人面ボールキングたる唐草模様の巨人には分厚い弾幕と人面ボールの肉壁で弾も刃も届かず、人面ボールも倒した側から補充されては意味がない。
現状の装備でこの状況を打破するには、後ろを気にすることなく縦横無尽に跳び回る必用がある。
現に今までそうやってハイラル平原の人面ボールと人面ボールキングを倒してきたのだ。
そのためにはアニタさんの脱出が必用不可欠だが、ボス部屋故にボスを倒すまでシステム的に脱出不可能。
空きビン先生ならアニタさんを収納できるかもと思い、ダメ元でやってみたんだが、空きビンはアニタさんの体に当たるだけで効果がなかった。
デク姫様は入ってアニタさんはダメ。純粋な人間は入らないと言うことなんだろうか。
まあ、今までも街の人間とか入らなかったしな。あまり期待はしていなかった。
こうなると俺たちに出来ることはしゃかりきになって防御しながら、盾アタックと隙を見て斬り込む位しかない。
遠距離武器、特に片手で盾も持てるフックショットがあれば話は違ったんだが……今あるのは剣と盾、デクの実と種、アイアンブーツと牛乳瓶、酒瓶、空きビンだけだ。
フックショットはムジュラの仮面ではゲルド族砦にあったんだが……今回見つからなかったしな。
攻守の要である剣と盾を投げつけるわけにもいかず、かといってデクの実や種は距離的に敵まで届かない。つか当たっても数体麻痺させるだけで倒せない。
まさか武器でもない酒瓶やミルクビンを投げつけるわけにもいかんしな。そもそも重すぎてアイアンブーツなんて投げられないし。
畜生! 矢でも鉄砲でもいい。
茅場先生! 遠距離武器、遠距離武器が欲しいです。
対して敵はともかく撃ちまくってりゃあいいんだから気楽なもんだ。いつか俺たちがミスしてダメージは通るのを待ってりゃいいのである。
これが現実世界の軍隊相手なら弾切れとか、戦意の低下とか、対費用効果とかあったんだろうけど、ゼル伝のモンスターにそんなものを期待するだけ無駄だろう。
つまり一見互角の戦いのようで実は詰みなのである。
それでも俺たちは剣を振るのを止めない。
別に「死なばもろとも」みたいな悲壮な覚悟があるわけじゃない。
単純な話、勝算があるからだ。
この絶望的戦場から、俺たちもアニタさんも皆で生きて帰れる、一発逆転を起こす方法が一つだけ。
緑の勇者は一人じゃない。
逆転の鍵はファイさんとアニタさんが、新しい相棒と賢者の卵が握っていた。
「これを使えば……」
『AKUMAの弾丸に手を触れてはなりません』
押しても引いても頑として開こうとしない扉。
もう扉を壊すしかない。
そう思って今まで不気味に思い触らなかった赤い砲弾にそろそろと手を伸ばしていたアニタは、ビクッと手を引っ込めた。
『その弾丸には強力な呪毒が籠めてあるのです。特殊な体質の持ち主以外が何の処置もせずに触れた場合、ウィルスに犯され死亡する確率100%』
どこからともなく聞こえてきた和音のような声に、アニタは背筋に冷や水をかけられたような心地になる。
「だ、誰?」
無数の砲弾を放つ怪物たちを相手に、剣と盾だけで一歩も譲らぬ戦いを繰り広げる少年。
彼の剣が一瞬青白く輝き、まるで狭い穴を通り抜けてきたように、光の中から空色の肌の少女が現れた。
『ファイ、とお呼びください』
目の前に浮かぶ少女にアニタは目を見開く。
目も含めて顔全体が水色をした少女らしき存在が真夜中に宙を舞う姿は客観的に言って幽霊の類にしか見えない。アニタの震えは大きくなるばかりだ。
「あ、あなたたちは何者なの?」
それでもアニタはファイをアクマの仲間と見なさない。
それはファイが少年の剣から出てきたように見える事に加えて、彼女自身からも祈りたくなるような清らかな力を感じるからだった。
『マスターは遥かな過去より大いなる使命を背負う者。ファイはマスターと貴女がたを導くために創られた存在なのです』
案の定余人には理解しづらい回答をするファイ。アニタの混乱はひどくなる一方である。
緑の少年を守護する祖先の霊かしら、とアニタは混乱したまま考える。
ゲルド族と中国人の血と文化を継ぐアニタらしい発想は当たらずとも遠からずだ。
そんなアニタを華麗にスルーし、空色の精霊はあちこち見回しながらすいすいと空中をすべり、ある一点で止まった。彼女が目をつけたのは部屋の隅に置かれた楽器。
『アニタ様、この琴を演奏出来ますか』
「一応、一通り出来ますが……」
『それはなによりです。本来ならマスターの伴奏が欲しいところですが、現在の状況では高望みでしょう』
「それより質問にちゃんと答えてください! なんであんな怪物がここにいて、貴方たちは何者で、一体何のためにここに来たのか!」
突然現れた謎めいた少年と恐ろしい怪物たち。
会ったばかりなのに緑の服を血で染めながら懸命に自分を怪物から守ろうとする少年。
逃げたいのに何をしても開かない扉。
空色の幽霊。
精神的に追い詰められているせいで徐々にヒートアップしていくアニタに瞳のない目を向けて、ファイは告げた。
『貴女には今から魂の賢者として覚醒していただきたいのです』
重力操作? 物質分解? そんなちゃちなもんは要らねえ。男なら銃! 弾幕はパワーだぜ!! なアクマさんでした。
背面斬りはスマブラの空中回転斬りをイメージしてくれれば大体あってます。
次の更新は来週末までにはできると思います。
え”、鬼神さんはどうしたって、それは次回のお楽しみということで一つ。