緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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第21夜 賢者の覚醒(後)

 アニタさんが魂の賢者に覚醒し、マスターソードの力を奪っている封印を肩代わりしてもらい、封印に割いていたエネルギーをスカイウォードソードの発動に回す。なんやかんやしてチャージし、剣ビームをぶっぱしてボスを倒す。

 

 けっこう綱渡りな作戦だが俺には心強い希望があった。しかも3つもだ。

 

 ガキンッと火花を散らして金剛の剣が砲弾を弾いた。赤い砲弾が空中で弾けて鳳仙花のように破片をばらまく。

 

 サイドステップやバックステップを駆使して出来る限り回避し、出来ない物や避けるとまずい物のみ剣で切り裂き、トアルの盾で跳ね返していく。

 

 まず俺の剣と盾は普通じゃない。金剛の剣は一流の鍛冶師が採算を度外視して俺のために作ってくれたシステム的に絶対に壊れない名剣だ。

 鍛冶屋のおじさんが手抜きですまんなと言いたげにくれたトアルの盾だって、リナリーやロック・リー たちが住むトアル村で作られた名品。火には弱いが、逆に言えばそれ以外なら魔王ガノンドロフの一撃にだって耐えてくれる凄い盾だ。

 

 迫り来る砲弾を跳ね返し続けるなんて、ただの鉄剣と盾だったら最初の一発すら防げずスクラップになっていただろう。

 鍛冶屋の親父さんと彼と俺とを繋いでくれたアンジュちゃんとマロン、作ってくれたトアル村の人たちには感謝してもしきれない。

 

『敵勢力45%減少及びマスターの体力の低下を確認。マスター、体力の回復を推奨します』

 

 さらに俺の相棒ファイさんもそんじょそこらの精霊ではない。なんとあの伝説の退魔の剣マスターソードの精霊だ。ナビゲーション、攻略アドバイス、剣の強化、賢者との交渉となんでもござれのスゴいヒトだ。

 今も賢者の覚醒を促しながら、敵の能力の分析しつつ、脱出法を模索するという重要な任務を複数同時にこなし続けている。

 

 最後の希望はこれがゼルダの伝説であるということだ。俺がこのゲームシリーズにかけてきた時間と情熱は半端ではない。周回プレイはもちろん、ストーリーや作品世界、人物への考察にかけては中々のものだと自負している。

 

 アニタさんはきっと賢者になってくれると確信している。アニタさん自身を、ハイラルを守ってきた賢者という歴史を信じている。

 

「だから俺は悲観しない。絶望もしない」

 

 だって……

 

「困難を打ち砕いてこその勇者だからだ!」

 

 俺は自分に渇をいれるていると、懐かしい音楽が聞こえてきた。

 

 確か……名前は、そう、魂のレクイエム。

 

 ちらりと視線をやると満開の花のような魔方陣の中でファイさんが歌い、アニタさんが二胡を弾いている。俺も詳しくないがざっくりいうと東洋版のバイオリンみたいな感じの楽器だ。

 

 魂のレクイエムは時のオカリナでは砂漠の神殿にワープさせてくれる曲。あの時と同じ曲がオカリナパートをファイさんが歌い、ハープの部分をアニタさんが二胡で再現している。

 叙情的なデュエットは1分にも満たなかったが、俺の心に深く響いた。

 

『アニタ様の魂の賢者への覚醒を確認。これよりアニタ様へ封印の権能の委譲を開始。同時にスカイウォードソードの発動準備を開始します』

 

 来たか。剣を力強く握りしめ、盾を構える。盾突き!

 

「アニタさん、ファイ」

「ええ」

『イエスマスター』

 

 俺は盾突きを中止して、ファイとアニタさんに視線を送った。ここからが肝心だ。二人も力強く頷く。

 

 それに応えるように、金剛の剣が白く輝いた。

 

 

 

 

 

「なっ、ここに来て結界だと!?」

 

 俺が剣を掲げると剣先から少しずつ神秘的な光が満ち始めた。

 怪物たちは今がチャンスとばかりに攻撃するが、まるで見えない結界があるかのように、俺の手前で弾は火花を散らしながら全て弾かれた。

 

「くそ、撃て撃て! 撃ちまくれ! どこに隠してんだか知らねえが、結界装置ごときで俺たちの攻撃を止められると思うなよ!!」

 

 大声で仲間を鼓舞し、砲弾を送り込んでくる怪物たち。その勢いは先にも増して凄まじく、火山が爆発したんじゃないかと思わせる程だ。

 

 しかし、無駄だ。

 

「ファック! どういうことだ、1発も通らねえぞ!?」

「くそ、なんでだ! どうして、たかが結界ごときが、この俺の、ヤクザさんの弾幕を……!!」

 

 なぜかだって?

 決まっている、これは結界じゃない。

 

 ーー斬撃だ。

 

『マスター、魂の賢者へ封印の権限の移行は完了。スカイウォードの充填率は56%です』

 

 ーー残像剣。別名、無限の剣。

 時のオカリナとムジュラの仮面で登場する、「リンクの左手前に剣による攻撃判定を置き続ける」有名かつ有用なバグ技だ。

 

 発動方法は盾突きをAアクションでキャンセルすること。具体的には盾突きをしている時に誰かに話しかけたり爆弾を持ち上げたりすればいい。発動に成功すると白く光りながら剣が残像を残すようになることから、残像剣と名付けられた。

 

『あと何秒で撃てる』

『残り12秒です。カウントダウンをしますか』 

 

 「剣による攻撃判定を置き続ける」というのをゲーム慣れしていない人にも分かりやすく言うなら、俺は外見上は剣を振ってもいないのにアリ一匹入る隙間もない無数の、しかも不可視の斬撃の嵐が目の前に発生し続けるといった具合だろうか。

 

 当然モンスターや弾丸みたいな破壊可能オブジェクトがその範囲に入れば、あっという間にバラバラに切り刻まれるし、ダンジョンの壁のような破壊不可能オブジェクトならばもの凄い勢いで火花を散らすことになる。

 

 しかもこの技は使いながら盾を構えたり、爆弾を投げつけたりといった行動も出来る。盾を構えれば残像剣でも防ぐことの出来ない火炎放射のような非実体の攻撃を防ぎながら残像剣で攻撃することが出来るし、爆弾は……投げつけた瞬間斬撃判定に引っ掛かって爆発するのでカミカゼアタックごっこが出来る。

 

「畜生! 囲め! 全方位射撃だ!」

 

 しかし一見すると無敵に見えるが、この技にも当然ながらいくつか欠点があった。

 

 まず残像剣の攻撃判定はリンクの剣の届く範囲、すなわちリンクのやや左前方にしか発生しないので、攻撃範囲が思ったより狭く、背後と右側面ががら空きだということ。

 

 第2にこの技を使っている間は高い段差を一切降りることが出来なくなるということ。下の階に用があるなら諦めてこの技を解除するしかない。この特徴を悪用してボムチュウホバーにつなげて空中浮遊するリンクさんもいるのだが脇道にそれるといけないので置いておく。

 

 第3にリンクが剣を素早く振ったり、ダメージを受けたり、水中にダイブしたり、死んでしまったりすると解除されてしまうということ。

 

 つまりスカイウォードをチャージ中ゆえに盾を構えることすら出来ない現状で全方位から一斉攻撃されると、背後からダメージを受けて残像剣が解除、そのまま滅多打ちにされて死んでしまう、ということも可能性としては十分にありえる。

 

「親分、包囲完了ッス!」

「全砲門開け! 目標はあの緑のクソ勇者だ! ぶっぱなせー!!」

 

『ファイ、カウントダウンを頼む』

 

 だが、その程度の弱点はテクニックでカバーしてこそ、熟練のゼル伝プレイヤーである。

 

『イエス マスター。カウントダウン開始します。11……10……9……8……』

 

「ダメです! 結界破れません!」

「こっちには 口述火器(こうじゅつひっき)のヤクザさんと、レベル2と1が大勢いるんだぞ! どうなってんだ!?」

 

 斬撃判定が前方にしか発生しない? 

 逆に考えるんだ。俺が回ればいいやって。

 

「お、おい、勇者のやつ剣を掲げたままその場でグルグル回り始めたぞ」

「くそ、あの野郎! 俺様たちをおちょくりやがって!」

 

 別におちょくってるわけじゃないんだけどなあ。

 

 俺はただ効率よく弾幕を防げるようにしているだけなんだが。

 

『……6……5……4……』

「ダメだ! 勇者の野郎には傷一つついてねえ!」

「畜生! この変態野郎があ!」

 

 誰が変態だ、誰が。俺は清く正しい勇者です。

 

 スカイウォードの充填が進んだのか、俺の金剛の剣からは神々しいオーラが漏れ始めていた。

 

 怪物たちもそれを感じているのか、より一層必死そうに撃ってくるが、斬撃判定の嵐がその接近を許さない。

 

『……3……2……1……』

「こ、これが……伯爵様の言っていた勇者と賢者の力だとでもいうのか……」

 

 止まらないカウントダウンに怪物たちの一体が絶望に駆られた声でいう。

 そう……これが……

 

『……0。スカイウォード充填完了。スカイウォードソード発射可能です』

 

 いつのまにか俺の金剛の剣は、残像剣の白い光とは違う神秘的な光に包まれていた。溢れんばかりのスカイウォードが解放の時を今か今かと待っているのを感じ、この力ならあの怪物たちを倒せると確信する。

 

 いつのまにか周囲は沈黙の風に包まれていた。見れば怪物たちはこの荘厳なオーラに呑まれてしまったのか、皆空中で動きを止めている。好都合だ。

 

 俺は回転を止め、新型タートナックをキッと睨み付ける。よくもアニタさんを怖がらせてくれたな。よくもゼル伝に弾幕ゲーを持ち込んでくれたな。知らないみたいだから教えてやる。これが……

 

「……これが、勇者と賢者(とバグ技)の絆だ!!」

 

 勢いよく降り下ろした剣から円盤状の光が高速で飛んでいく。

 

「し、シナナイムシハ、ッ!?」

 

 慌てて迎撃しようとしたがもう遅かった。文章を作り終える前に新型タートナック=サンの体はまっぷたつに切り裂かれ、爆散した。

 

「どうする? もっとやろうか?」

 

 俺が悪役っぽく笑いかけてやる。

 

「う、うああああ!?」

「お、お前なんか恐くねえ! ヤロウぶっ殺してやらああああ!!」

 

 突っ込んでくるのが3割、逃げようとしているの7割か。

 

 思ったより根性あるのが多いが、まあどっちでもいい。結果は同じだ。

 

「町の人に被害を出さないために追撃するね」

「え、ええ。そうしてください」

 

 ? アニタさん、なんでそんなに引き気味なんだ。まあいいか。

 俺はもう一度残像剣を発動させ、突撃した。

 

 弾幕ゲー死すべし、慈悲はない。

 




大体4千字位を目安に書いていきます。
次回、アニタの述懐。
明日に予約投稿済み。

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