緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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第23夜 ノアと賢者(前編)

「アニタさん、ファイ」

「ええ」

『イエスマスター』

 

 リンクさんは戦闘を一瞬中止して、私とファイさんに視線を送りました。子供とは思えない凛々しい視線に、少しどきっとしながら私も頷き返します。

 

 その時、私の祈りが届いたのかリンクさんの黒い剣に白い光が宿りました。

 

「はあっ」

「なっ、ここに来て結界だと!?」

 

 彼が剣を掲げると、白い光が残像となって剣を追いかけます。そして剣に少しずつ神秘的な光が宿り始めました。

 

 硝煙の煙る戦場で、光輝く剣を高々と掲げる時の勇者。

 

 怪物たちの攻撃は見えない結界に阻まれて、リンクさんの手前で火花を散らしながら弾かれて行きます。

 

「これが魔王の攻撃をも跳ね返す時の勇者の大魔法、ネールの愛……! いい考えってこれのことだったのですね!」

 

 ゲルド砂漠の果てで大妖精に授けられたというネールの愛。どんな攻撃をも跳ね返すという時の勇者の結界魔法をこの目で見られるとは!

 

「くそ、撃て撃て! 撃ちまくれ! どこに隠してんだか知らねえが、結界装置ごときで俺たちの攻撃を止められると思うなよ!!」

 

 大声で仲間を鼓舞し、莫大な量の砲弾を送り込んでくる怪物たち。その勢いは先にも増して凄まじく、狙われていない私の方が空気の衝撃で震える程でした。

 

「ファック! どういうことだ、1発も通らねえぞ!?」

「くそ、なんでだ! どうして、たかが結界ごときが、この俺の、ヤクザさんの弾幕を……!!」

 

 しかし自信満々な顔で剣を掲げるリンクさんの前で攻撃は空しく弾かれるばかりです。

 

「畜生! 囲め囲め! こうなりゃ全方位射撃だ!」

『マスター、魂の賢者へ封印の権限の移行は完了。スカイウォードの充填率は56%です』

『あと何秒で撃てる』

『残り12秒です。カウントダウンをしますか?』

 

 混乱し徐々に動きが乱れてきた鋼鉄の怪物たちとは対照的に、冷静に相手を倒す手筈を整えていく2人の姿は、体は小さくてもプロフェッショナル、歴戦の勇者なのだと私に教えてくれます。

 

「親分、包囲完了ッス!」

「全砲門開け! 目標はあの緑のクソ勇者だ! ぶっぱなせー!!」

『ファイ、カウントダウンを頼む』

『イエス マスター。カウントダウン開始します。11……10……9……8……』

 

 私は内側から湧き出る興奮で身が震える思いでした。

 

 私は今確かに時の勇者とその従者である剣の精霊の物語に参加しているのです。彼らを助ける凄腕の魔法使い、魂の賢者として!

 

 しかしその興奮も長続きしませんでした……

 

「……」

「ダメです! 結界破れません!」

「お、おい、勇者のやつ剣を掲げたままその場でグルグル回り始めたぞ!」

「こっちには 口述火器のヤクザさんと、レベル2と1が大勢いるんだぞ! どうなってんだ!?」

「くそ、あの野郎! 俺様たちをおちょくりやがって!」

 

 ……な、なんかリンクさんが剣を掲げたまま、その場でコマみたいに回りだしたんですけど……これは……

 

『……6……5……4……』

「ダメだ! 勇者の野郎には傷一つついてねえ!」

「畜生! この変態野郎があ!」

 

 これは……勇者に伝わる魔法の儀式かなんか、なんでしょうか。

 

 私の困惑をよそにスカイウォードの充填が進んだのか、回転するリンクさんの剣からは神々しいオーラを放ち始めました。

 

 怪物たちもそれを感じているのか、その射撃はより激しさを増して行きます。同時にリンクさんの儀式も激しさを増していきます。回転が速すぎてもう手とか帽子の先っちょとかが、緑や茶色の線にしか見えないです。

 

『……3……2……1……』

「こ、これが……伯爵様の言っていた勇者と賢者の力だとでもいうのか……」

 

 ファイ様の止まらないカウントダウンに怪物たちの一体が辛そうな声で言いました。元は怖そうな目をしていたのに、今は心なしか虚ろな目をしているように感じるのは私の気のせいなのでしょうか。

 

『……0。スカイウォード充填完了。スカイウォードソード発射可能です』

 

 怪物たちは攻撃しても無駄だと悟ったのか、今までとは明らかに違う聖なるオーラを放つリンクさんにひるんだのか、攻撃が止まってしまいました。

 

 今までの白い光とは違う神秘的な蒼い光に包まれた剣を掲げ、急停止したリンクさんは怪物たちを睨みつけます。溢れんばかりの力を感じ、嵐の前にも似た静けさに私はごくりと唾を飲みこみました。

 

「……これが、勇者と賢者の絆だ!!」

 

 長かった戦いの決着は一瞬でした。

 

 リンクさんが稲妻の様に剣を降り下ろした瞬間、敵の首領と思しき鎧武者はズバン、とまっぷたつに切り裂かれて、悲鳴を上げる間もなく爆発したのです。

 

「どうする、もっとやろうか?」

 

 リンクさんは余裕のこもった声で剣を突き出し、大将を倒されて動揺している怪物たちに語り掛けました。

 

 

 雄叫びと共にこちらに破れかぶれの突撃をしてくる怪物たち。ですが悲鳴を上げて逃げようとする怪物たちのの方が多く、彼らは空中でお互いにぶつかったりして、上手く動けていません。

 

「町の人に被害を出さないために追撃するね」

 

 リンクさんの申し出は私としてもとても助かりました。彼がなんでもなさそうに倒す魔物でも、野放しにすればこの街に洒落にならない打撃を与えるでしょう。弱っているこの街と我が一族ではそれがそのまま致命傷になりかねません。

 

「え、ええ。そうしてください」

 

 あ、ちょっと声がひきつったかもしれません。リンクさんが不思議そうな顔をしています。でも、さっきの謎の回転もそうですが、首をかしげたいのは私の方です。

 

 だってリンクさん私に話しかけながら、誰もいない方向に右手で盾を構えて、左手の剣を裂帛の声と共に突き出して、その直前で背中の鞘にしまう、なんておかしな行動を繰り返しているんですよ……

 

 今の会話だって実際は――

 

「(セイッ!)町の(ハアッ!)人に(フンッ!)被害を(ヤアッ!)出さない(タアッ!)ために(セイアッ!)追撃する(シェアアア!)」

 

 ですからね!!

 なんでワンセンテンスごとに気合いを入れて剣を鞘にしまうんですか!?

 そんなにその鞘は剣のおさまりが悪いんですか!?

 というか追撃するって言いながら剣をしまわないでください!

 

 挙げ句の果てに、リンクさんは剣も盾もしまったまま嬉しそうな顔で前転しながら、魔物に突撃していきました。

 

 しかも相手の弾はリンクさんの目前で全て弾き飛ばされていく上、剣をしまったまま前転しているだけなのに相手は切り刻まれていきます。前者はネールの愛だとしても、後者の方は意味が分かりません!

 

「あの、ファイ様……? リンク様の今の行動にはどんな意味があったのでしょうか……?」

 

 このあまりの意味不明っぷりをなんとかすべく小声でファイ様に尋ねてみます。すると先程まで淡々かつ流麗に話していたファイ様が、急に歯切れの悪い口調になってしまいました。

 

『……マスターは時の勇者に伝わる奥義を使うための儀式のようなものに近い行為をしていたのであろう確率57%』

 

 あの……ファイ様、説明が説明になっていません。しかも自分のマスターのことなのに確率57%って、その微妙な数字はいったい?

 

「では、どうしてあの魔物たちは斬られているのでしょうか。リンク様は剣を抜いていらっしゃらないですよね」

 

『マスターによる斬撃である確率94%』

 

 ということはリンクさんは一瞬で剣を抜いて、敵を切り裂き、その場ですぐしまって前転するという行為を繰り返しているのでしょうか。だとすれば一体どうしてそのような行為を……? 

 

「でも剣をしまう時に間違えて肩とかに刺してしまわないのでしょうか?」

 

『アニタ様もマスター同様かなりの天然である確率90%』

 

「? 私の足は生まれた時から動かなかった訳ではなく、呪術によるものですから、むしろ養殖ものですよ?」

 

 何故、今唐突にその話題になるのでしょうか?

 

『アニタ様もマスター同様かなりの天然である確率95%』

 

 私の前に現れた謎の少年と霊。

 私が賢者になり、彼らが時の勇者と剣の精霊と分かっても、やっぱり2人は謎多き方たちでしたーー

 

 

 

 

 

 

 

 念願の剣ビームを使ってボスモンスターを討伐したことで生まれたハートの器を回収し、ボロボロになっていたライフを回復、さらにライフの上限を1増やす。

 よし、これで突発的事故死を防げるな。ここまできて、雑魚相手に事故死なんてしたら絶望のあまり本当に死んでしまうかもしれない。

 

 それにしても今回は苦戦したな。正直あの弾幕を見たときはもうダメかと思ったが、案外なんとかなるもんだ。でもやっぱり遠距離武器がないときついって分かったから、このステージ終わったら弓かボウガンでも買いに行こう。

 

 そんなことを思いながら、残りの魔物に向かって突撃する。

 

 残像剣の特性上前を向いて走らないといけないのが不満だ。

 いくら殆ど間断無く前転を繰り返しているとはいえ、前転するとスタミナを消費するし、やはり後ろ向きに摺り足で全力疾走する方がリンクさんは速いのだ。

 

「おいっ、結界の解除はまだか!?」

「やってる!」

「バカ野郎、何をチンタラやってやがる!」

「はやくしろ! 間に合わなくなっても知らんぞー!」

 

 オクタロック型の魔物たちは人面ボールと共に必死に銃弾を撃って来ていたが、ただのグミ撃ちではこの残像剣は貫けない。このまま正面突破しよう。

 

「……ない」

 

 窓の外を見て絶望に駆られた声を揚げる腕の長い鋼の魔物。

 

「何がないんだ?」

「そ、外がないんだ……お、俺の結界は解除したのに……」

「確かに外は真っ暗だな」

「そ、それだけじゃねえぜ。俺は空間を仕切る結界を張れるから解るんだが、この部屋は完全に外界から孤立している! 方舟でも使うか、術者を取っ捕まえて解除させるかしねえと外に出られねえ!」

「つまりお前じゃ、どうにもならないってことか」

 

 役に立たんヤツめ、とでも言いたげなため息に魔物はいきり立った。

 

「ああっ!? じゃあお前にどうにか出来るのかよ! なめたこと抜かすと頭引っこ抜いてや…ん…ぞ……」 

 

 振り返った魔物がみたのは、無数の剣で切り刻まれてスクラップどころか金属片になっている仲間の姿とこちらに白い光を纏う剣を突きつけている緑の勇者だった……なんてな。

 

「ま、ま待ってくだせえ。話せば分かる。そう、剣を降ろして。オレ何もしない。そうそのままそのまま……かかったな、食らえ!」

 

 俺が剣をおろした瞬間、手から銃ぽいの出そうとしたので、俺は一歩前に足を踏み出した。次の瞬間、残像剣の範囲に入った魔物は不可視の剣に千々に切り裂かれる。

 

「この距離ならナイフの方が速いってレオンも言ってた」

 

「これ、ナイフってレベル、じゃ、ねえ……ぞ」

 

 魔物生の最期をツッコミでしめるとは、こやつ中々やるな。でも騙し討ちしようとしたお前が悪い。成仏してくれ。

 

 しかし、方舟とかいう謎の代物を使うか、この結界を作っているヤツを捕まえないと外に出られないのか、厄介な。

 壁抜けバグ的な何かを使えないだろうかと考えながら、俺はさっさと帰還することにした。

 

 

 湧いた取り巻きモンスターたちをさくっと殲滅し終えた俺は、どこか微妙な目でこちらを見ているアニタさんたちのところに戻った。

 

『マスター、お疲れさまです』

 

「ありがとうございます、リンクさん。おかげで助かりました。こちらへどうぞ、傷の手当てを致します」

 

「いや、怪我は大丈夫。あと礼を言われるのはまだ早いみたいだ。実はーー」

 

 俺が視線を向けると、すぐに真剣な表情に戻ったアニタさん。彼女が傷の手当てをしようと俺の服を脱がしにかかるのを慌てて押し留めながら、事情を説明した。

 

 ハートの器を取ったことで、あちこちドリルで掘削されたような穴だらけだった俺の体は今や傷跡一つない。それを見たアニタさんは目を丸くしていたものの、ハートの器の話を聞いて納得してくれたみたいだった。俺は結局脱ぐことになった服と鎧をまた着ながら、結界についても説明する。

 

「……そうですか、結界が……」

 

「あの魔物の言うことを信じるならばね」

 

 ゼル伝ではボスを倒すとダンジョンの入口に戻れるワープゾーンが生成されるのが通例で、今回のようにボスを倒したのにワープゾーンか生成されないのはかなり異例の事態だ。十中八九イベントだが、最悪バグという線も捨てられない。

 

 ワープゾーンのおかげでいわゆる「穴ぬけのひも」的なものはゼルダの伝説の通常プレイでは重要視されないし、現状持っているわけでもない。

 

 ちなみに帰ってくるまでに部屋の中に結界師がいないか探したり、壁を切りつけてみたり、壁に体当たりしてみたりしたが、無駄だった。壁を破壊しても外は光1つない真っ暗な謎空間が広がるばかりである。ためしに壁の切れ端を投げ入れてみたが、いつまで待っても底についた音がしなかった。こりゃ墜落したら助かりそうにないね。

 

 俺に残された唯一の方法は壁抜けバグ的なものの発生を期待して、アニタさんを背負って部屋の隅っこで各種ステップやアタックを連打することくらいだ。

 

 だが壁抜けバグはキチンと実証実験をしてからやらないと、次元の狭間というか画面外で身動きとれなくなり詰んでしまう可能性がある。よっぽどの緊急事態でもなければ到底試せたものではない。

 

「――私達が私の部屋ごと連れ去られたのでしたら、一族の者が捜索を始めるはずです。ゲルドの呪術師たちが力を貸してくれるかもしれません」

 

「なるほど、救助を待つ作戦か」

 

 雪山に遭難したようなもんと考えて、ジタバタせずに大人しく救助を待つ。あるいはここに閉じ込めてくれやがった犯人の接触を待つ。中々悪くないように思える。だが……

 

「上手くいけばそれでいい。でも、その作戦にはいくつか重要な欠点があるな」

 

「はい。ゲルドの呪術師がこのような面妖な場所を見つけられるのか分かりませんし、見つけられたとしても解除出来るかどうか」

 

「それにこれが事故じゃなくて、敵による攻撃なら時間は敵を有利にするだけだ」

 

 こっちは何も出来ず食糧や水を失っていくが、向こうはいくらでも準備や補給ができる。この差は大きい。

 

「ファイ、何かここを出る手段はあるかな?」

 

 ファイは多数の儀式を行ったせいで消耗したらしいので実体化を解いて、金剛の剣の中に戻っているが会話は可能だ。

 

『現状では脱出は不可能と判断します。アニタ様のおっしゃる通り外部からの接触を待ちつつ、翌日まで待ってスカイウォードソードを使用することを提案いたします』

 

「スカイウォードソードを?」

 

 意外な提案だった。

 

『イエスマスター。アニタ様の祈りにより、マスターソードはスカイウォードソードの機能を取り戻しました。金剛の剣でのスカイウォードソードは不完全ではあるものの、マスターソードの退魔の力を模したもの。それゆえ日に一回という回数制限こそありますが、邪悪な魔力を切り裂く力に変わりはありません』

 

 そういえばマスターソードはガノンを封印する力ばかりが注目されがちだが、城に張られた結界や封印を破る力もあった。その証に風のタクトや神トラでもハイラル城の結界を切り裂いている。

 

「つまりスカイウォードソードを使う限り、マスターソードの力はそのままってことか」

 

『イエスマスター』

 

 スカイウォードソードってただの剣ビームじゃなかったんだな。

 

 確かにタートナックを一撃で倒していたから、凄い威力だと思ってはいた。

 神トラや風のタクトやトワイライトでも、マスターソードは最強の剣であったが、光の弓と違って一撃でタートナックを倒せる程の威力はなかった。

 時のオカリナやムジュラではマスターソードの倍の威力を持つ大ゴロン刀や大妖精の剣という大剣が登場するし、今持っている金剛の剣だって計算上はマスターソードの1.5倍の威力だった。

 

 俺としては設定的にどうかと思うが、最強の聖剣という割にマスターソードは退魔の力を除いた武器としての純粋な威力では、他の武器に劣ることもあるのだ。

 

 だが、だ。マスターソードは成長する聖剣でもある。例えばトワイライトプリンセスでは、影の国の太陽であるソルの光を吸収して、邪悪な闇を払う力を大きく増していた。ゲーム的にいうとガノンドロフの力で変異させられた影の国の魔物に特効ダメージが入るようになったのだ。

 

 この世界の歴史ではトアル村出身の勇者がいた。つまりトワイライトプリンセスの勇者が過去にいたはずなのだから、ソルの力を得ていることも十分以上に考えられる。

 

 ましてやあれだけの時間とスカイウォードとやらを費やしてチャージしたのだ。必殺技と呼ぶに相応しい威力でもおかしくない。

 

 そんなことを考えながら、俺はいまだ難しい顔でうつむいているアニタさんを見ていた。

 アニタさんは怪我で身動きすら出来ない中、正体不明の怪物に狙われるという恐怖に耐えて、賢者になる決断をしてくれた強い人だ。彼女のおかげで勝ったと言ってもいい。そして賢者になってしまった以上、しっかりした説明は必須だろうな。

 

「ファイがある程度説明してくれたみたいだけど、時間もあるし俺たちの目的や現在の情況を説明した方がよさそうだな」

 

「ええ、お願いします」

 

 ようやくうつむいていた顔をあげるアニタさん。でもやっぱり暗い顔だなあ。

 

「だけどその前にアニタさんとやっておかなければならないことがある」

 

「なんでしょうか」

 

 俺は腰のポーチに手を突っ込んだ。右手をスワイプして脳内にインベントリを開く。

 

「恐い思いをして疲れただろう。飯にでもしよう」

 

 相変わらず俺のインベントリは大量の牛乳瓶に占拠されているのが、苦笑を誘う。でもそれらをかきわけるように根気強く探せばトアル村で貰った食糧があった。

 

「え? ですが私の部屋に食べ物は……」

 

「ほい、どうぞ。産地直送ロンロン牛乳とトアル村の蜂蜜、それから……」

 

 アニタさんは腰のポーチから次々に出てくる食べ物に目を丸くしている。それが大人びた印象を与える衣装とアンバランスで、俺はつい笑ってしまった。

 

「やっと暗い顔をやめてくれたな」

 

「え?」

 

「いや、なんでも。トアルヤギのミルクのチーズとバター、焼きたてのパンとリンゴもある」

 

 俺は料理用のナイフでパンを切り、バターと蜂蜜を塗ってアニタさん手渡した。これまで時間を惜しんで料理とかせずにリンゴとかをそのままかじっていた俺としては、このゲームの中で料理用のナイフを使うのは初めてだ。

 

 このナイフも牧場で貰った物だったけど、今までインベントリの肥やしになったまま存在すらなかば忘れかけていた。少々古いがしっかりと刃が研がれ、柄もしっくりくる。たまには料理もいいな。いや、現実では一人暮らしゆえにしょっちゅうやっているのだが。

 

「リンクさんの鞄はまるで魔法の鞄ですね、なんでも出てくるんですもの」

 

 ミルクとパンを渡されたアニタさんは不思議そうな顔で俺の鞄を見てる。

 

「実際魔法の鞄だからね。ただ、なんでもは入っていないよ。俺が容れた物だけだ」

 

 アニタさんは蜂蜜とバターを塗ったパンをかじって、少し表情が明るくなった。うん、やはり憂いに沈んだ顔よりも明るい顔の方がいいな。俺も皮を剥いたリンゴを手渡しながら、切ったチーズと蜂蜜を乗せたパンをかじる。やっぱパンがあたかくてもチーズが冷たいから、そこそこだった。牛乳は相変わらずすこぶる美味いので、それで流し込む。次はバターにしよう。

 

「温かい食べ物が少なくてすまないな」

「いえ、これでも十分美味しいですよ」

 

 瓶入りの魚やベーコンなどの火を通す必要のある食べ物は止めておいた。温かいものを食べたい気持ちはあったが、結界で密閉されたこの部屋で焚き火をして火事や一酸化炭素中毒で死亡、なんて御免だ。

 

 アニタさんは見たところ女子高生くらいの年代なので、見た目がグロテスクな蜂の子やスズメバチの蜂蜜浸けは出さなかった。あれは慣れている人じゃなきゃ食えないだろう。俺? 俺は食えるよ? 俺の母方の家は農家で、牧畜と養蜂もやってるから。積極的に食いたいとは思わんが、その味や食感が無性に好きで毎年のように買いに来ている人もいるのも知っている。というか御歳暮で俺が包んで毎年送っている。

 

 そんなことを思っていると、ふとこの食べ物を恵んでくれたロンロン牧場やトアル村のみんなのことが頭をよぎった。クリミアさんやマロンたちは元気にしているだろうか。タロンさんはまた昼間から寝ていて、インゴーさんがそれにぶつぶつ文句を言っているのかな。牧場に預けてきたテワクやマダラオたちも牧場のみんなと仲良くやっているだろうか。リナリーやロックさんとアリアさん、トアル村のみんなも変わらぬ日々を送っているといいんだが。

 

「なんだか、ほっとしました」

 

 両手でロンロン牛乳を飲みながら、アニタさんが微笑んだ。今まで張りつめた表情や憂い顔ばかり見ていたので、彼女の年相応な笑顔に俺も笑顔で応える。

 

「だろ、ここのミルクは凄くうまいんだ。よかったらもう一本……」

 

「いえ、リンクさんもご飯食べたり、家族を思い出したりするんだなあって」

 

「え、?」

 

 俺はここぞとばかりに軽く百本はある牛乳の在庫整理をしようとしたが、アニタさんの予想外の言葉に固まった。

 

「リンクさんは私よりだいぶ年下なのに、私よりもずっと勇気があって、魔物だってやっつけられるくらい強くて……でも、家族のことを思い出して嬉しそうに話したりするのは、私たちと一緒なんだと思ってしまいまして」

 

 アニタさんは穏やかな顔で俺を見ている。これはけっこう恥ずかしいぞ。

 

「顔に出てたかな」

 

「はい、とっても分かりやすく」

 

 さっきまで俺が彼女を気遣っていたのに、立場が逆転してしまった。

 

 そんな時だった。この部屋の開かずの扉がガチャリと音を立てて開いた。

 

「ゆーしゃくん、あーそーぼ」

 

 カボチャ頭の傘を肩に乗せた黒い肌の少女が扉から現れて、彼女の周りの空気がグニャリと歪み、咄嗟にアニタさんの前に出た俺を飲み込んだ。

 

 薄れゆく意識の中で俺は呟く。

 

「いいだろう、遊んでやるよ」




 作中でも言っていますが、魂の賢者の役目は封印の守護と勇者の魂の底に眠る過去(時オカやムジュラや神トラ等の)の記憶(バグ)と経験(白目)を呼び起こすことです。ゲーム的にはゲーム後半までロックされている時の勇者の奥義と各種バグ技がアンロックされます()つまり残像剣なんてとんでも技が発動出来てしまったのはアニタさんのせい。

今日のひとこと

ク□トア「てめえなんかこの世の終わりまで地の底で眠っていりゃ良かったんだ」

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