緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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今回はシリアス&伏線回収回です。


第26夜 ノアと賢者(中編)

 夕暮れ時、降りしきる雨の中、リナリーは母親に手を引かれながら必死に走っていた。大きな木が生い茂る森の中は薄暗く、霧雨のせいで視界も悪い。ただ導きの笛の音だけを頼りに走っているような状況だ。

 ずぶ濡れの泥だらけなコートが酷く冷たく重い。全速力で走り続けたから疲労で息も絶え絶えな上に、足がパンパンだ。足元は足首まで埋まってしまう程ぬかるんでいて、もう何度も転んでいる。

 腰を下ろして休めれば、それがたとえ泥の上だろうとどれほど心地よいだろう。

 何度そう思ってもリナリーたちに立ち止まることは許されない。村を襲った魔物たちから少しでも遠くに逃げなくてならないのだ。今も少し離れた所で雷鳴のような音がなっている。

 

 同時刻、ロードもまた暗い遺跡の中を走っていた。

 背後から迫る恐ろしい敵から逃げていたのだ。

 いや、敵は背後にいるとは限らない。頭上から、正面から、横の壁から、足元から、あらゆる所から現れる「手」が、彼女を恐ろしい敵の元へ連れ去ろうとする。

 さらに迷路のように入り組んだ遺跡の中には落とし穴や恐ろしい敵を呼び出すサイレンなどが至る所に設置され、疲労したロードを苦しめる。

 

 荒い息を吐き、恐怖と疲労で震える身体に鞭打って走り続ける少女たち。

 賢者とノア、正反対の立場の二人だが、二人の気持ちは一つだった。

 

(どうして、どうしてこんなことに……)

 

 話は数時間前に遡る。

 

 

 

  ▲

 

 

「はじめまして。私の名前はルル=ベル」

 

 その挨拶が聞こえた時、コリン長老は倒れこむようにロック・リーを突き飛ばしていた。彼の剣士としての本能がそうしなければ死ぬと叫んでいたからだ。

 

 直後、彼の目の前にいた行商人の腕が急速に伸びてタコの足のような触手になり、鞭のような動きで先程まで彼らの首があった場所を凪ぐ。

 コリン長老の行動が一歩でも遅ければ、二人の首から上は吹き飛んでいただろう。

 

 コリン翁は追撃してくる触手をギリギリで回避し、行商人に斬り掛かる。

 

 奥義:居合斬り

 

 武器を抜くことなく素早く敵に接近して、武器を抜くと同時に必殺の一撃を抜き放つ技だ。リスクは高いがその威力は最終奥義である大回転斬りにも匹敵する。

 

 斜めに払った剣は行商人の無防備な首筋に吸い込まれていき、その首を落とす。橋の上に落ちた生首がごとり、と音を立てた。

 

「なんとっ……」

 

 しかし驚愕したのは奥義を放った長老のほうであった。彼の脇腹を倒したはずの男の手が抉っている。

 

「中々いい腕。でも残念だけど、あなたのなまくら刀では私を殺せない」

 

 目を見開くコリン翁の前で冴えない首なし中年男が、黒髪黒肌の目の覚めるような美少女に変わる。

 彼女が金色の瞳を獲物を狙う猫のように細めると、もう片方の手から槍のような触手を生やし長老を狙う。

 長老はとっさに前のめりに倒れることで、なんとか刺突を回避したが、体勢を完全に崩してしまった。

 触手が振り上げられる。このままでは老人は昆虫標本のように橋の上で磔にされるだろう。

 

「奴らは魔物だ! 橋を落とせい!」

 

 だがそうはさせじと、村長の声に従ってトアル村の男たちが橋を支えるロープを斧で一気に切り落とした。

 

 支えを失った橋は大きく傾き、バランスを崩した少女は攻撃を中断させられる。

 橋は上に乗せたコリン長老や次々と変身を始めた魔物たち諸共、谷底に向かって落下していく。

 橋の下の地面は数百メートル先だ。叩きつけられればハイリア人も魔物も死は免れえない。コリン長老たちの死は決定されたも同然だった。

 

「ロック鳥の翼よ! 我が背に翼の加護を授け給え!」

 

 そんな彼の死を覆したのは、長老に橋から突き落とされた筈のロック・リーだった。

 突き飛ばされたロック・リーは橋の縁に掴まって事なきを得ると、橋の落下の勢いと彼の一族が代々伝えてきた秘宝ロック鳥の羽に祈願して翼の加護を得て跳躍したのだ。

 

 どんな一流の軽業師も真似できない程鮮やかに空中で回転して長老を捕まえると、落ち行く橋を蹴ってもう一度跳躍、村長たちのいる側まで戻って来た。

 

「見事じゃ、ロック・リー。礼を言うよ」

「おう、さすがロック村の生き残りだぜ」

「いえいえ、ロック鳥の羽のおかげです。私の力じゃありませんよ」

 

 ロック鳥の羽。

 伝説の怪鳥ロックバードから抜け落ちた羽であり、身に着けた者の跳躍力を飛躍的に増す力がある。ロック・リーの故郷に代々伝わってきたものでもあり、彼自身の名前もそれに因んでいる。

 ちなみにとある平行世界では勇者に使われたこともあるのだが、彼らはそれを知るよしもなかった。

 

「奴ら死んだかな……」

 

 行商人に化けた魔物たちは橋と共に墜落した。あの高さから落ちれば生きてはいないはず……一人の村人がそう思って谷底を覗き込んで……すぐに腰を抜かして頭を引っ込める羽目になった。

 

「ド、ドラゴンだあああっ!!?」

 

 村人の絶叫を尻目にメタリックなドラゴンが谷底から飛び上がってきた。全身を鋼で覆われたドラゴンに変身したミミは背に主であるルル=ベルを乗せ、優雅にはばたいている。

 

 ドラゴンなど見た事も無い村人が唖然とし、気圧される中、幼いころに同じ位恐ろしい魔物に襲われたことがある長老だけが険しい表情でルル=ベルたちを睨みつけた。

 

「ぬしら、何者じゃ」

 

「……? よく聞こえなかったのかしら。なら、もう一度言ってあげる」

 

 首を傾げながら、嚙み合わない返事をするルル=ベル。彼女は義務感だけを感じさせる口調で淡々と告げた。

 

「私は色のノア、ルル=ベル。あなたたちとはすぐお別れだけど、主が挨拶はちゃんとしなさいって言っていたから……来なさい」

 

 その言葉と共に谷底から緑の服を着た人間の死体が浮きあがって来る。死体は緑の服と人間の肉体を内側から引き裂きながら、異形の怪物AKUMAへと変わっていく。

 

 目を覆わんばかりのおぞましい光景……だが、トアル村の人々が感じたのは怯えよりも怒りであった。

 

「貴様ら、時の勇者の服を穢したな……!」

「許さん、許さんぞ……!」

 

 トアル村はハイラルを救った勇者たちやその師の出身地であり、子供の頃から親や祖父母たちに彼らの伝説を聞かされてきた村人たちもそれを誇りにしている。

 

 当時の勇者やその師は既にこの世を去って久しいが、時の勇者はその名の通り時を超え、記憶と齢を失いながらも、まるで運命に導かれるように、またこの村を訪ねてくれたのだ。

 まさに女神ハイリアのお導き、伝説は正しかったのだ、という彼らの感動はとても言葉では表しきれない。

 

 だというのに、この魔物たちは、時の勇者の象徴のような服を着て、彼の、そして自分たちの故郷を襲おうとしている。

 言語道断の冒涜行為であり、村人たちの心にあった怖気が蒸発するほどの怒りを彼らにもたらしていた。

 

「よくも貴様らっ……よくも……!」

 

 特に長老の怒りは凄まじい。長老にとって時の勇者はハイラルの救世主であると同時に、剣と人生の師匠であり、兄のように思っていた大切な友人でもあったのだから。

 

「蹴散らしなさい」

 

 ルル=ベルは怒りに震える彼らを一顧だにせず、淡々と指示を出した。7000年前から転生を繰り返し生き続ける超人の一族ノアと、千年伯爵の作り出したAKUMAにはこの世の武器は一切通用しない。

 

 この世ならぬ力を放つイノセンスを持たない村人風情、どんなに束になってもこちらの勝利は揺るがない。これはこの後に控える神殿攻略のための景気付け、そのための虐殺だ。殺人を何よりも楽しむAKUMAたちが襲いかかり、村人たちと衝突した。

 

 

 

 

 

 戦線はルル=ベルやミミにとっては意外なことに、AKUMAたちによる一方的な虐殺ではなく、村人が少々不利ではあるものの互角の様相を呈していた。

 

 AKUMAには原則としてイノセンス以外の武器は通用しない。人間を数秒で殺してしまうウィルスのついた弾丸を連射し、レベル2以降のAKUMAには特殊な能力が付与される。もちろん身体能力は人間とは比べ物にならないくらい高い。

 

 では何故村人たちが戦えているのか。それは彼らの持つ武器に秘密があった。

 

「はあっ!」

「せえぃ!」

 

 村人たちが剣を振るい、レベル2のAKUMAの腕と足を切り落とす。

 

「ガアアッ! イテーだろぉがあ!」

 

 レベル2は叫び声を上げながら、反対側の拳を振るって村人を叩き潰そうとするが、別の村人が盾を両手で持って割って入る。

 

「ぐぅぅっ!」

 

 トアル山羊の模様が入っただけの木盾など、岩をも砕くAKUMAの腕力にかかれば本来楽々粉砕して、持ち主の身体に大穴を開けていたはずだ。

 にも関わらず、村人は苦渋の表情で大きくよろめいたものの盾は砕けず、むしろ殴った方のAKUMAが予期せぬ反動によろめく始末。その隙に後ろから走ってきた村人にクワで頭から耕されて、倒されてしまった。

 

 似たようなことは戦場のあちこちで起きていた。

 盾と剣を装備した長老がAKUMAたちを牽制している隙に、別の村人が干し草フォークで背後から突き上げるように串刺しにする。

 あるいは子供には持てないような大剣を振るってAKUMAの注意を引きつけておき、横合いからロック・リーが草刈り鎌で首を掻っ切る。

 弓矢や鷹、蜂を使って空から引きずり下ろし、村長たちがトンカチやハンマーで叩き潰すなど。

 

「な、なぜ村人たちの攻撃がAKUMAに通るのですか!?」

 

 正体不明の攻撃に、ルル=ベルを連れて上空に逃れ、指揮をとっていたミミが驚愕に目を見開いていた。

 

 繰り返すがAKUMAには、剣や槍はもとより銃も大砲もミサイルとて一切通じないのだ。

 死者の肉と魂、伯爵の魂の欠片であるダークマターで構成されたAKUMAたちは、対極の物質であるイノセンスか同じダークマターでしか破壊できない。

 衝撃を与えることや動きを封じることくらいなら、通常兵器や魔術などでもやり方次第で可能だが、破壊だけは絶対にできない。ミミの混乱も妥当なものだった。

 

「イノセンス、主の作ったAKUMAを破壊出来るのはそれしかない」

「それしかないって、アレ全部ですか!? あの剣とか盾とか弓とかならともかく、クワとか干し草フォークとか草刈り鎌とか、飛んでくる鷹とか蜂まで、ぜーんぶイノセンスってことですか!?」

「そう。そうとしか考えられない」

 

 通常兵器に対する絶対の防御力、それが人間に化けることと並ぶAKUMAの兵器としての大きな優位性であり、AKUMA運用の大前提だった。

 このお陰でAKUMAは人間相手に無双を誇り、例え数や連携で劣ろうが、圧倒的な個の力でごり押し出来た。逆に、AKUMAを倒せるイノセンスの使い手たるエクソシストは全員で30人にも満たない極少数であり、AKUMAたちは圧倒的な数の力で押し潰す事が出来た。

 

 だが、その前提は崩れた。

 村人たちに有効な反撃を受けることを想定していなかったミミたちは、戦力の大半を迷いの森での神殿捜索と森の精霊たちへの牽制に回している。

 いつもなら無尽蔵に近い予備戦力も世界各地で行われる神殿と賢者、勇者への同時攻撃、エクソシストや元帥への牽制に回されていて存在しない。手持ちの戦力でなんとかするしかないのだ。

 

「せめて私がNO.8933(ヤクザさん)みたいに部下を統率出来れば……!」

 

 X字やW字などの変態的な編隊を組んでしつこく襲いかかってくるハチを、パタパタと背中の翼を一生懸命動かして追い払いながら、ミミは歯噛みする。

 

 ミミは竜になって風を操る能力はあれど、予期せぬ反撃に混乱するあるいは戦闘本能を刺激されて狂喜する部下を再統率する能力やカリスマはない。

 勇者を襲ったNO.8933(ヤクザさん)のようなごく一部の例外を除いて、AKUMAたちは連携を磨いていない。

 一体一体が性格や能力に癖がありすぎて、数体ならともかく、組織だったまともな連携はほぼ不可能だし、何より今までほぼ数や個の暴力で正面から圧倒出来ていたのだ。

 連携の訓練をするよりレベルを上げて能力で殴れというのが伯爵の方針であったのだが、ここに来てそれが裏目に出てしまったのだ。

 

「や、やっぱり、これ“も”時の勇者か賢者がやったのでしょうか……」

「こんなインチキ、それ以外にありえない」

 

 右往左往するミミに淡々と応えていたルル=ベルだが、爪を噛みながら忌々しげに村人たちを見ている。

 

 イノセンスは本来109個しかない。それらは7000年前の大洪水で世界中に散らばってしまっている。それなのにこんな辺鄙な村にまとまって100個近くあるはずがない。

 そもそも黒の教団が所持しているものや伯爵が破壊したものが数十個あるのだから、どう考えても計算があわない。時の勇者か賢者が何らかのインチキをしたに違いないのだ、とルル=ベルたちは考えていた。

 

 ……前回この村を訪れた時、リンクは道具屋や畑の周りに落ちている農具に片っ端から触りまくっていた。何か武器になるものやイベントのトリガーになるものはないかなと色々と試して回っていたのだ。

 草笛を吹いて鷹を呼んでみたり、蜂の子を捕まえたり、鶏と戯れたりした。武器を探していると知って、村人たちもそれとなく自身の武器や防具を勇者に献上しようとした。

 

 子供の体に合うような武器や防具は特になかったので、全部元の場所に戻されたのだが……その結果がコレであった。

 

 推定年齢50ピー才のいたいけな少女に黄金の虫やGを押し付けようとするなど、最近押し売りしかしていない疑惑があった勇者リンクだったが、本人も意識していないところでちゃんと勇者として仕事をしていたのである。

 

 もちろんルル=ベルたちはそんなこと知る由もなかったが……論理的に考えても、女の勘的にも、時の勇者が余計な事をしたということを薄々察していた。

 

「ロンロン牧場といい、迷いの森といい……時の勇者は自重すべき、そうすべき」

 

 仕事を邪魔されまくっているルル=ベルが恨めし気に呟く。

 シャトーロマーニと呼ばれる聖なる力が宿った牛乳を出荷し続けるロンロン牧場と、森の神殿と時の神殿に続く迷いの森には、3年前から常に深い霧が立ち込めている。

 霧に入った者はたとえそれがAKUMAやエクソシスト、ノアや元帥だろうが道に迷い、問答無用で入口に戻されてしまうのだ。

 迷宮を作る能力を持つ高レベルAKUMAを筆頭に人海戦術で突破を図っているが、未だに迷いの森を突破出来たという報告は入っていない。その上、今度はイノセンスらしきものを量産しだすときた。いい加減にして欲しかった。

 

「ど、どうしましょう。このままじゃ壊滅しちゃいますよ!?」

 

 トアル村の村人たちはお互いに連携しあい、数の強みを最大限に活かしてAKUMAたちを切り崩していた。

 彼らは犠牲者を出して数の優位を失わないように勇者の残したシャトーロマーニをチビチビ飲んで回復しながら、四方八方からAKUMAたちを攻撃しており、AKUMAたちを一体また一体と片付けていた。

 個々の力では勝っていても、数に劣り、連携に劣るAKUMAたちは徐々に追い詰められつつあった。

 

「仕方ない。私が出る」

「ルル=ベル様!? 危険です、時の勇者がどんな頭のおかしい仕掛けをしたか分からないんですよ!? いったん撤退して部隊を再編制してからでも……」

 

 相手はあの時の勇者である。どんな頭のおかしい罠が仕掛けられているか分からない、とミミは考えていた。敬愛するルル=ベルまでもその毒牙にかけるわけには行かない。

 

「そんな時間はない。主からの命令を失敗するわけにはいかない」

「ルル=ベル様……」

 

 ルル=ベルの目に宿る決意と僅かな焦りに、ミミは共感と悲しみの目を向ける。

 主人に捧げる忠誠は同じ使用人として共感できるのだが、ルル=ベルがどんなに頑張っても、彼女の主である千年伯爵から彼女が本当に望んでいるものを貰えるとは思えなかった。彼女が忠誠を果たすために命を落としても……伯爵は恐らく……

 

(いけません。私がすべきことはルル=ベル様に仕え、ルル=ベル様の望みを叶えること。そのために何が出来るかを考えるのが私の仕事です!)

 

「分かりました。私も出来る限りお手伝いさせて頂きます!」

「……何言っているの? それは当然」

 

 照れているのか視線を上に向けるルル=ベル。そのままルル=ベルも巨大な竜に変身する。何にでも変身出来るのが、色のノアの強みだ。

 

「それに私は色のノア。人間ごときに負けること等ありえない」

「その通りです! ルル=ベルさまが負けるはずありません!」

 

 自信にあふれた彼女の言葉に、ミミは力強く頷いた。

 

 

 

 レベル2どころかレベル3AKUMAを遥かに超える力を持つノアの一族。

 ルル=ベルの言葉通り、その参戦は戦場を一方的なものとした。巨大な竜と化したルル=ベルとミミはその巨体を活かして暴れまわる。

 

「くそっ、なんて硬さだ。 剣が通らねえ!」

 

 ミミは鱗の上に装甲を纏ったドラゴンのAKUMAだ。並のレベル2より装甲がずっと厚く身体も大きく重い。ルル=ベルも色のノアの力でミミの上位互換と言えるようなドラゴンに変身して暴れまわる。

 

 2体の竜はその巨体で戦場を席巻し、レベル2AKUMAたちには善戦していた村人たちも近づくことさえままならなくなった。しかもミミはその分厚い装甲で多少の攻撃はものともせず、ルル=ベルに至ってはどこを攻撃してもかすり傷にもならない。地力が違いすぎるのだ。

 

 そして一度連携が崩れて乱戦に持ち込まれると、個の力で劣る村人側が一気に不利になった。彼らは魔物の特別な力を警戒して、AKUMAに能力を使った攻撃をさせない、あるいはされても即座にリカバリー出来るようにしていたのだが、その肝心の連携が崩されたのだ。

 

  それはAKUMAたちがその特殊な能力を存分に活かして、攻撃出来るようになったことを意味した。

 

 そこからは酷いものになるはずだった。

 トアル村の住人達は次々と風の刃に切り刻まれ、炎のブレスで体を灰にされていくだろう。巨体に押し潰されたり、石にされたり、ミサイルで吹き飛ばされたり、音で脳を破壊されるものも出てくるはずだった。

 元々薄氷の上に成り立っていた戦線なのだ。戦線が崩壊すれば地力で勝るノアとAKUMAたちが有利になるのも当然である。

 

「みんな!」

 

 それを未然に防いだのは母親と神殿に向かっていたリナリーであった。今まで母親の言いつけ通り隠れていたが、傷ついていく村人たちに自分を抑えきれなくなったのだ。

 

「駄目! リナリー!」

 

 母親の制止を無視して戦場に向かって駆けるリナリー。

 

「戦場に武器も持たずに来るとは無謀もいいところ」

 

 ルル=ベルは迷い込んだ彼女を処理しようと、やる気なさそうに尻尾を振りおろす。

 しかし……

 

「…………!」

 

 リナリーを守るように出現した薄緑色の障壁がルル=ベルの攻撃を弾く。

 ここ数年、母親から賢者としての教育を受けたリナリーは賢者の基本技である結界を張ることが出来るようになっていた。

 

 今まで誰も止めることの出来なかった強大なノアの攻撃を見るからにか弱い少女が止めた事で、AKUMAも村人も呆気にとられ、戦場に一瞬の空白が生まれる。

 

「……弾かれた」

 

 ルル=ベルが意外そうに呟く。

 その間に追いついてきたアリアが荷物を小脇に抱え、もう一方の手でリナリーを抱き抱えると声を張り上げた。

 

「みんな、聖域に逃げて! 村のみんなも逃げたわ!」

 

 そう、アリアとリナリーはリナリーの託宣を受けてすぐに轟音が発生したことから、異常事態が起こっていると察知。村人たちをもう一方の道から逃がしたのだ。

 

「……! させない」

 

 いち早く我に返ったルル=ベルが、今度は力いっぱい尻尾を障壁に叩きつけた。

 

「……うぅ!」

 

 その衝撃はリナリーの結界に大きなヒビを入れ、一瞬の拮抗の後破壊する。

 いかに賢者の修行を積んだとはいえ、リナリーは賢者として未だ覚醒していない賢者候補の少女に過ぎない。

 本気のノアの力を止められるはずもなく、その攻撃で屍を晒すはずだった。

 

 そう、はずだった。

 

「これでも食らいなさい!」

 

 リナリーが一人だったら、ノアの攻撃は止められない。

 しかし彼女には母親がいる。賢者になれなかった、何の特別な力も持っていない、だけど誰よりもリナリーを愛していて、賢者としての知識と知恵、誇りを持つアリア・リーが!

 

 彼女がバスケットから取り出し、結界が壊れる寸前に投げつけたもの。

 デクの実? そんな安っぽいものではない。

 妖精のオカリナ? オカリナは投げるものではない。

 

 それは歴代勇者すら畏敬を持って、慎重に取り扱うものだ。

 

 最強にして無双、個にして群、必殺の剣にして無敵の盾、その名は……

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 ドラゴンの尾に殴られて、今高らかにコッコの勲し声が鳴り響く。

 

「……!?」

 

 結界を破ったと思ったら、今度は一見何の変哲もない鶏に攻撃を受け止められて、目を白黒させるルル=ベル。

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 それを尻目に二度目の声が鳴り響く。

 これは悲鳴である。罪無きその身に振りかかる痛みを嘆く絶叫である。

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 何かがおかしい。この地に満ちる異様な空気を感じて、小回りの効くメイド姿に戻ったミミはルル=ベルの元に走り寄る。

 

 しかしその行動は余りに遅い。彼女は主人を連れて箱舟の異空間へと一目散に逃げるべきであったのだ。

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 これはもう悲鳴ではない。

 

 これは号令なのだ。

 

 傷付けられた我が身の痛み、それを百倍にも千倍にもして返さんとする怒りの叫び。

 傷付けられた同胞を救えという大義名分を振りかざし、無双の軍勢を呼び寄せる王者の号令なのだ。

 

 かくして、王の召集に応じたものたちがその地に集う。

 何十、何百、何千、数えきれぬ無数のコッコたち。

 

 その一羽一羽が勇者を数秒で突き殺せる攻撃力と、金剛の剣やダイゴロン刀で何度斬りつけてもものともしない耐久力、スーパースライドを使いこなして後ろ向きに高速移動する勇者を軽々屠るスピードと命中力を併せ持っていた。

 

 歴代勇者に数え切れない絶望と死を与えてきた無双の軍勢たち。

 

 その先頭では傷付けられたコッコが、家畜から成り上がった王者が、その赤い鬣を王冠の如く掲げ、最初にして最後の命令を今高らかに下す。

 

 

 コケコッコッー!!

 

 

 曰く、蹂躙せよ。と。

 

 怖るべき死神たちは、その白き翼を広げ、王の敵へ猛然と襲いかかった。

 

 





歴代勇者たち「コッコさんに無闇に手を出してはいけない(戒め)」

ゼル伝最新作で分かった農具の威力を参考までに

干し草フォーク 干し草を持ち上げる槍のようなフォーク。威力は7
ハンマー 鉱石を採掘するために金属の頭を持つハンマー。威力は12 頑丈だが、振りが遅い。
クワ 畑を耕す農具。威力は16 ただし脆い上に振りが遅い
覚醒していないマスターソードは威力30

ゼル伝しか知らない人用にちょろっと解説。
 リナリー・リーの運命
 dグレはメインキャラに不幸な来歴な持ち主がほとんどなのですが、ヒロインのリナリーもそれに漏れません。本来の運命なら、物心つくまえにアクマに村を襲われて、たまたまシールドを張れるイノセンス適合者だったリナリーと偶然遠方(大学?)にいた兄のコムイを除いて村や親族は全滅。

 途方にくれるリナリーを黒の教団が保護(拉致監禁)し、教育(廃人寸前までの暴力を伴う虐待と洗脳)を施し、エクソシストという名の少年兵に仕立て上げようとします。

 必死に家に帰ろうとした幼いリナリーの抵抗むなしく、彼女は故郷も両親の顔も忘れ、教団を家、教団を家族、教団を世界とまで言う優しくも悲しい聖女になります。コムイや彼の優しい部下たちがいたのが唯一の救いでしょうね。

 幼女を拉致監禁虐待調教洗脳コンボからの少年兵ゴールとか、真面目に描いたら鬱確定です。黒の教団とその上層部は腐ってる、ハッキリわかんだね。

 今作では勇者化したリンクがトアル村までのアクマを狩りまくったこと、鬼神リンクが勇者を倒すために掻き集められたトアル村付近のアクマをボスごと消し飛ばしたこと、更に伯爵が勇者と賢者と神殿を確殺するためにアクマの無軌道な殺戮を控えさせたこと、付近の森が誰かさんのせいで魔境化していることなどから、原作より数年ほど多く本当の家族との平和な時間が過ごせました。
 それはたった数年でしたが、なににも代えがたい大切な時間だったと思います。

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