緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ! 作:よもぎだんご
ロンロン牧場に転がり込んではや一週間たった朝、俺たちは班に分かれて牛乳配達、草むしり、牛馬の世話などをしていた。しかしそれはゲーム内の時間であり、現実世界ではまだゲームプレイ初日だったりする。
細部までリアルに作りこまれているけど、その辺はゲームだよな。夕食までまだ時間あるし、もし忘れても良い様に6時にアラームをかけておこう。俺は一人暮らしなので早めに飯を作り始めないと夕食が夜食になっちまう。
思いのほか大変だったが感動的でもあった馬の出産イベントをこなして馬にエポナと名付けてみたり、悪戯盛りの子供たちを扇動して広い牧場をキャンパスに、棒を使ってみんなで1つの大きな絵を描いたりした。
あんまり複雑なのは無理だが単純すぎても面白くないので3つの正三角形が組み合わさった図形であるトライフォースを書いた。中々上手く描けたと思う。
案の定、インゴーさんとメロンさんに思いっきり怒られたが、みんなと少し仲良くなれた気がする。童心に帰った甲斐がありました。
後は、ノリでトライフォースの真ん中に立ってゼルダの子守歌を演奏してイベントが発動しないか試してみたり、俺が出ていった後にここの子供たちを纏めるだろうマダラオやマロンにオカリナを教えたり、ルピーや空き瓶を収集したりしていた。
さて、ぼっちかつゲーマーな俺はもちろん時間を無駄にしたりしないで、畜産業の傍ら積極的にアクションを起こして町や牧場で出来る細かいイベントをこなし、ルピーや情報やアイテムを集めていたことは分かってくれたと思う。
うん、町や牧場で出来る、だ。
だって俺一週間経ったのに今武器を1つも持ってないんだもん。
ドラクエで一週間あったら、どんなへなちょこ勇者だって布の服にヒノキの棒くらい手に入れられるんじゃないだろうか。ファイアーエムブレムだったら鉄の剣か魔道書、ファイナルファンタジーならロングソードくらいはゲットできるんじゃなかろうか。
信じられるか? 俺、(1人でゲームをやりまくったという意味で)ベテランの勇者なのに丸腰なんだぜ……。
未だに剣と盾どころか、リンクのトレードマークである緑色のとんがり帽子や服すら手に入らねえんだ。
おかげでせっかく体感ゲームでリアルに近い戦闘が出来るはずなのに、敵モンスターとエンカウトすらしてないんだぜ。
どういうことなの?
もう金属製の剣や盾が欲しいとか我が儘言わない。
木刀にするならデクの棒が欲しいとも言わない。
もうこの際干し草フォークと草刈り鎌でもいい。
だからメロンさん! なにか装備を! 獲物を! 刃物を! 俺に下さい!
他の皆は干し草フォークで干し草を運び、草刈り鎌で草を刈っているのに、俺だけ素手とかあんまりだ!
そのうち素手でこの広い畑を耕せとか言うんじゃなかろうな。亀仙流やってるんじゃねぇんだぞ!
言いつけを破って、森に一人で入って悪かったよ!
でも仕方がない、仕方がないんだ。知らないマップがあったら入ってみる、壺があったら割ってみるというのは勇者の基本なんだ。
あの時戦利品のルピーやデクの棒やデクの実を皆に見せびらかしたりしなければ。
あの日の朝にメインストーリーをそろそろ進めようと「夢で精霊様に呼ばれている。東方の中つ国に来て欲しい、と言われたから旅に出ます」なんて言わなければ。
後悔先に立たず。
言いつけを破って森に入った罰として、俺は一切の装備と所持金を失ってしまった。
笑顔のまま迫って来るメロンさんに俺はゲームオーバーすら覚悟したほどだ。
しかも全ての装備を剥ぎ取られてぐったりしている俺の前に『セーブが完了しました』の文字が浮かびあがる。それを見た時の絶望ったらなかった。
『これはゲームであっても遊びではない』
『現実にはなあ、リセットボタンなんてない。ボタン一つ押すだけで全てが元通りなんて、そないな便利なもんあるわけないやろ』
茅場さんと話の長いエセ関西弁モグラの声が聞こえた気がした。
大乱闘にも出演し、次回作では主人公も参戦すると言われた……なんだっけ。「かかっておいでよ、どうぶつの森」だっけ、「おいでよ、しっこくの森」だっけ、似たようなタイトルが多すぎて正式なやつを忘れてしまったよ。
正直あのゲームの想い出は、リセットすると現れるモグラさんのお説教中にAボタンを連打して、『さっきからガチャガチャ、ガチャガチャやかましいねん!! 何ボタン連打してんねん!! 628回も連打しよって!!』とブチ切れながらも正確な連打数を数えているシュールさに大笑いしたり、木を切るために斧を振ったら住人の首が取れてしまって唖然としたことぐらいしか覚えていないなあ。
丸腰・無一文マンに逆戻りした俺に更なる試練が襲いかかる。
ゼル伝伝統の草むしりをやりまくり、牧場で貰えるお給料と合わせて町の武器屋に行った俺を待っていたのは、
「未成年者に武器は売れません。おひきとりください」
超無愛想な態度の武器屋の店員さんだった。ご丁寧に『未成年者お断わり』の貼り紙まで貼ってある。
「お、お前、この前来た時は『お金さえあればお客様は皆神様ですぅ!』ってくねくねしながらしつこいくらいセールストークしてきたじゃないか!」
「それはいったいどなたでしょうか。少なくともこの店の者ではありませんね」
「目の前にいるあんただよ!」
「人違いです。わたくしにはとんとおぼえがございません」
「あんたになくても俺にはあるんだよ! 刃こぼれするフェザーソードを絶対に壊れない剣とか言って売りつけようとしやがって!」
「私は過去を振り返らず、前だけを見ている女なんです」
「やっぱりあんたじゃないか!」
ここの店員さんは黙っていればショートカットの可愛らしいお嬢さんなのだが、自分がかわいいと分かっており、金に汚い上にいけしゃあしゃあと戯言を吐くので注意が必要である。でれでれしているととんでもないものを売りつけられてしまうだろう。
ちなみにフェザーソードは子供用の剣にしては威力もリーチもそこそこあるが、百回振ると刃こぼれしてしまうという武器で、少なくとも剣を多用するゼル伝では粗悪品である。
「……メロンさんか」
「……さて、なんのことだか分かりませんね」
俺もこうなるまで知らなかったんだが、メロンさん一家はこのあたりの地主さんみたいで、かなりの影響力を持っているらしい。しかもメロンさん個人もあの美貌と母性的性格からマドンナ的な人気がある。
俺が必死こいて金策に励んでいる間にメロンさんはこの町の人たちに話をつけてしまったらしく、武器や防具になりそうなものはどの店も売ってくれなかったのだ。
仕方がない。こうなったら作戦を第二段階に移行する。
「頼むよ、この店が最後の希望なんだ」
俺は懐から青ルピー(5ルピー)を取り出しながら言った。この店員は金に汚い。ルピーをちらつかせての、交渉開始だ。
「なんと言われようと駄目です。未成年者に武器は売れません」
彼女はにべもない。だが一瞬ルピーに目が釘付けになったのを俺は見逃さなかった。金額を上げて10(黄色)ルピーを出す。
「じゃあこのあたりで一番腕のいい鍛冶屋の場所を教えてくれよ。それならメロンさんとの約束には反しないだろう」
「むう、でもなあ……」
口ではそう言いながらも、目はルピーに吸い寄せられている。試しに左右に振ってみると彼女の目も一緒に動いた。楽しい。
「なにも武器を売れって言っているんじゃない。俺は鍛冶屋に行く途中で迷子になった子供で、あんたに道を聞いただけ。親切なあんたは道を教えてくれて、俺はあんたに感謝してお礼する。ほら何の問題も無い」
「そう、だよね。迷子に道を教えただけ。何の問題も無い」
真っ赤な20ルピーも加えてやると、彼女の視線は完全に俺の手元に釘付けになった。左右に振ると彼女の首まで動く。これは愉悦ッ!
「さあ、教えて欲しい。優秀な鍛冶屋の場所を」
「……ここを出て右に入って突き当りをさらに右に行きます。その道を真っ直ぐ行ったところの大きなハンマーマークがついている所です」
情報を貰った俺は彼女にルピーを渡して店を出た。金を払っておけば、店員さんもメロンさんに密告しないだろうという計算である。
ちなみにお金をもらったとたん店員さんは素晴らしい笑顔でお礼を言ってきた。いつもこの顔ならいいのに。
「ごめんくださーい」
例の鍛冶屋に着いた俺が扉を開けると、中から怒鳴り声が聞こえてきた。若干ビビりながらそっと中に入る。髭おやじと白衣の人が言い争っているようだった。
「何だと、お前もういっぺん言ってみろ!」
「ですから娘さんの治療は無理だと言ったのです」
「医者が病気を治せねえったあ、どういうことだ!」
「ともかく申し訳ありませんが、私にはこれ以上手の施しようがありません。次の患者の診察がありますので、これで失礼します」
「ま、待てよ。せめてアンジュだけでも……」
「失礼しました」
言うだけ言って出ていってしまう白衣の人もといお医者さん。まああれだけ喧嘩腰で怒鳴られたら気分悪いだろうけど、ちょっと淡泊すぎないか。鍛冶師らしきおじさんがっくり膝ついてるぞ。「すまねえ、アンジュ」とか俯いて呟いてるけど、それでいいのか医者。
まあ医者と兵士は使い物にならないってのはゼル伝の伝統だし。それにしてもアンジュってどこかで聞いたことがあるような。
なんかイベントの匂いがする。リンク、行きまーす!
「あのーどうかしたんですか」
「あん、なんでえ坊主。悪いが今はおめえと遊んでる暇はねえ。かえんな」
そっけない態度だがここで帰ったら35ルピーが無駄になってしまう。
「アンジュさんどこかお悪いんですか」
「おめえアンジュの友達か。悪いがアンジュは風邪で寝てるんだ。また遊びに来てくれ」
なんだ風邪か。じゃあさっきのけんまくはおじさんの親バカかよ。心配して損したぜ。それにしても医者のくせに風邪一つ治せないのか。でも風邪に効く特効薬は現代でもないからしょうがないのかもな。
「そうですか。じゃあこれどうぞ」
でも心配は心配なので瓶に入ったロンロン牛乳を渡す。風邪を治すには栄養付けてしっかり休息するのが一番だ。風邪は万病のもとともいうからしっかり治してほしい。
「これを温めて少しずつ飲んでください。この牛乳は栄養たっぷりですから、すぐに良くなりますよ」
「……ありがとな、坊主。そうだ、せっかく来たんだからアンジュの顔を見てけ。アンジュも喜ぶだろう。風邪が移るといけないから口を布で覆っておけよ」
なんだ、怖い顔して気遣いの出来る良い親父さんじゃないか。
アンジュは2階だと言って、厨房に向かうおじさん。
なんか成り行きでお見舞いすることになっちゃったけど、別にいいか。ゲームなんだから風邪がうつるはずもないし。
「だれ……ぱぱ?」
彼女を起こさないように部屋をそうっと開けたつもりだったが、失敗しました。木製の扉はぎぃぃときしんでしまった。
「俺はリンク。お見舞いに来たんだ」
「リンク? そういえばそんな名前の子が最近牧場で働いているって、マロンのお手紙に書いてあったような……」
彼女がゆっくりと体を起こす。明るい茶色の髪をショートカットにした美少女だ。この世界の俺やマロンちゃんと大体同じ位の年だろう。
「もうすぐお別れだけど、初めまして。マロンの友達のアンジュです」
「お別れ? どういうこと?」
「……私ね、もうすぐ神様の所に行かなくちゃならないの」
窓の外を眺めながら言うアンジュちゃん。
え、何それ中二病? それともまさか……
「それって死んじゃうってこと?」
「うん」
「きみはただの風邪だよ。あったかいミルクでも飲んで、ゆっくり寝れば大丈夫さ」
反射的に言い返したが、もしかしてこれ鬱系イベント? さっきおじさんがアンジュちゃんは風邪だと言ったのは子供のアンジュちゃんや見た目子供の俺を気遣ったからとか。
「私、さっき来たお医者さんの話聞いてたの。もうこの病気は治らないって。それに自分でも分かるんだ、心臓の音がどんどん弱くなっていくの」
こ、これは風邪で弱気になっているだけなのか。でも彼女の顔色は青通り越して白っぽいぞ。
本当に病気で死に掛けているのだとしたらどうしよう。今にも涙をこぼしそうな彼女を前に今俺に何が出来る。
「アンジュ」
「あっ」
俺は彼女の両手を俺の両手で握りしめた。
「すまない、苦しんでいる君に今の俺にはこれくらいしかできそうにない」
この細くて冷たい手に少しでも温もりが宿ればいい。そう思って手を握っていると、不意に階段を上って来る音がした。彼女のお父さんだろう。彼が来る前に伝えなくては。彼女の目をじっと見つめながら心をこめて頼み込む。
「俺は、君のことを……」
「えっ」
「アンジュ、入るぞ」
君のお父さんに友達だって言っちゃったんだ。だから友達ということで口裏を合わせてください、と言おうとした所でお父さんが湯気経つミルクを持ってやってきた。慌てて彼女の手を離す。
おやじさんがお盆に乗せたミルクをこぼさない様にそっとベッド横の小さなテーブルに置く。カップが三つもあるが、これは俺の分なのか。
「慌てているけどどうしたの。もしかして牛乳アレルギーだった?」
「ち、違うの。ただ、あの、そのえっと」
「……坊主、アンジュに何か変な事はしてないよな」
「え、してませんよ」
おやじさん、俺を親の仇を見るような目で見るのをやめてください。ちょー怖いです。
何でそんな話になるのか。まあこの人親バカっぽいしな。親バカに理屈は通用しない。
「まあ飲みなよ。今朝絞ったばっかりのロンロン牛乳だ。美味しいよ」
「え、ええ」
変な空気を払しょくするために彼女に牛乳を勧める。
「あ、おいしい」
囁くように漏れた声がその美味しさを物語っていた。
ロンロン牧場の牛乳は本当に魔法でもかかっているみたいに美味しい。俺は最高級の牛乳とか飲んだことないけどきっとそんな感じ。
「美味いな、こくがあるのにサラリと飲める。坊主牛乳好きなんだな」
「ええまあ、好きですよ」
おやじさんにも好評みたいだ。
きっとスタッフの中に牛乳グルメがいるんだろう。……響きが微妙だな、牛乳グルメ。でも牛グルメじゃあ、牛肉料理のグルメみたいになっちゃうし、乳グルメは響きがさらに危うい。
阿保なことを考えているうちに、みんなのコップが空になった。
暖かくて美味しい牛乳を飲んだせいか体がぽかぽかする。身体の奥から力が湧いてくる感じと言おうか。
俺の体力は戦闘などしてないので減っておらず、この牛乳で回復しているのか分からないのだ。ちなみに世界を救うはずの勇者の現在の最大HPは3である。このあたりもゼル伝の伝統だ。
「あれ? 身体が……」
「まさか……」
おじさんがアンジュのおでこに手を当てて、驚愕の表情を浮かべる。まさか熱が下がっちゃったとか……ないか。牛乳に即効性の解熱作用があったら逆にびっくりだ。
まあ旧作にはシャトーロマーニみたいなびっくり牛乳もでてきたんだけどね。HPとMPを全快にし、ゲームを止めるまでMPの消費をゼロにするという、どこのエリクサーだよって突っ込みが来そうなチート牛乳だった。正直この牛乳と鬼神の仮面さえあればラスボスすら瞬殺出来るほどのチートである。チートいくない。
ホットミルクを飲み終わったアンジュとおじさんはさっきより顔色がぐっと良くなった。だいぶ体が冷えていたみたいだ。
「ぼ、坊主……お前いったい何を」
「リンク君……?」
「だから言ったでしょ。アンジュはただの風邪だよ。あったかいミルクでも飲んで、ゆっくり寝れば大丈夫さ」
何故か信じられないと言った顔をしている2人に、思わず笑ってしまう。
アンジュはやっぱり風邪ひいただけだったんだな。確かに風邪ひくと心細くなっちゃうもんね。子供のころ夜中に一人だけ起きちゃうと妙に怖く感じるもんだ。鬱イベントなんてなかった。
「ッそうだね! ありがとうリンク君!」
「ありがとう! ありがとう! 恩に着る、恩に着るぜ。坊主……」
「どういたしまして」
お見舞いに牛乳持ってきただけなのにこんなに感激してくれるなんて。2人ともいい人だなあ。
「良かったらもう少しどうぞ」
懐(インベントリ)から牛乳の入った瓶をごろごろと取り出す。
気に入ってくれたみたいだし、牛乳は笛吹けばタダで手に入るから惜しくない。というか余っている。散れい、散れい、俺のインベントリを埋め尽くすロンロン牛乳たちよ!
「いいのか。これ高いんじゃ……」
おじさんが遠慮しているが、気にしないでください。一本20ルピーの安物です、とは言えないので。
「みなさんが喜んでくれれば俺はそれでいいんです。ぜひ近所の人とでも」
いい子ぶってごまかしといた。ふふふ、これだけの量だ、とても2人では飲み切れまい。ぜひ近所の人に配ってくれたまえ。それが牧場の宣伝にもなるのだ。
「坊主……おめえってやつは……」
絶句しているおやじさん。今更いらないといっても駄目だぞ。牛乳は既に君の物だ。あ、でも空き瓶は返してね!
「っく、こうしちゃいられねえ! 早くみんなの所に持っていかねえと! 坊主、素敵な贈り物ありがとうな、あとでお礼はたっぷりするぜ!」
お礼かあ、出来れば剣とか盾が欲しいなあ。まあ大量の牛乳を押し付けたから、もらえるのはゲンコツくらいだろうけど。HAHAHA。諦めとともに乾いた笑いが……
慌てたおやじさんが出ていってしまったので、部屋には俺と熱で上気した頬と潤んだ目でこっちを視ているアンジュだけが残った。やはり解熱作用は無かったか。
「リンク君、ありがとう。おかげで元気が出たよ」
「気にしなくていいよ。あれはちょっとした親切心(と在庫処分)……さ」
「リンク君……」
インゴーさんめ、俺が牛乳を持っていると腐らないと知って、売れ残りを大量によこしやがって。インベントリの中が大量の牛乳マークで溢れかえっているぞ。
空き瓶たくさん手に入るのは嬉しいけど、百本以上はさすがに多すぎる!
「あのね、私、リンク君に、き、訊きたいことがあるんだけど……」
「なに」
ていうか君は早く寝なさい。顔が真っ赤だ。
「そのリンク君……さっきは何を言おうと……」
「さっき?」
「だからお父さんが来た時に……」
えっとおやじさんが来て、おやじさんに睨まれて、おやじさんが牛乳のうんちくを語りだし、やばい俺なんかしゃべったっけ。
あ、おやじさんに牛乳は好きか訊かれたな。あれか!
「もちろん好きって言ったんだよ」
「す、すす、き」
なんかアンジュの目ぐるぐるしているような。顔も真っ赤だし、会話が楽しいからって長く起きていたせいか。
あ、倒れた。「きゅ~~」って言っている。熱あるのに無理しちゃダメだろ。
なんか小動物っぽい子だな、と思いながら毛布をかけなおして、近くに置いてあった濡れた布を額に置いてあげる。
俺が女の子で彼女が起きていたら汗とか拭いてあげるといいんだろうけど、俺は男なのでしません。セクハラ怖い、痴漢容疑怖い。
結局剣はもらえなかったが、おやじさんが帰ってきたら駄目元で頼んでみよう。ゲンコツは怖いが、こっちには痛覚設定がある。これでダメージを受けた時に痛覚を刺激しないようにすれば大丈夫。というか痛覚を感じる様にしてプレイする奴はマジもんの勇者か、冒険野郎、それとマゾだけだ。
帰って来るまで時間かかりそうだし、セーブしていったん止めるとしよう。夕食を食べたら再開だ。
ゲームを止めた俺が目を開けると、そこは病院だった……なんてことはなく見慣れた俺の自室だった。
ヘルメットみたいなゲーム機を外し、伸びをする。
さて夕食を作ろう。胡椒を振った豚バラ肉と長ネギをオリーブオイルを入れたフライパンで炒める。大根おろしドレッシングとタバスコで味付けし、とき玉子を入れて弱火でかきまぜ、卵が固まれば完成。ご飯とサラダ一緒にいただきます。
広告で見た宅配ピザが美味しそうだったんだが、これを頼むのはやばい、危険だ。本能が告げていたので諦めた。まあピザは美味しいけど高いしな。学生の俺には無理だ。俺のマルゲリータピザ……
何故か死亡フラグを回避したような気持ちになりながら、ご飯を食べ終えて皿とフライパンを洗う。こういうの溜めちゃうとやりたくなくなっちゃうからな。また山田先生に叱られるのは勘弁だ。
ゲームを再開すると、至近距離のアンジュと目が合った。
「きゃああっ」
可愛らしい悲鳴を上げて飛び跳ねる様に離れるアンジュ。
ゲームを終わる時にそんなことをした覚えはないのだが、俺はいつの間にかアンジュのベッドにもたれかかっていたようだ。
「すまない。いつの間にか君のベッドにもたれかかっていたようだ」
「い、いえ。だいじょうぶです」
アンジュは赤い顔のまま俯いてしまった。まだ熱が下がりきらないか。これは今作の牛乳は美味しいだけで回復はしないというのが濃厚だな。
「そうか君の心が広くて助かった」
俺なんか他人が自分のベッドで勝手に寝てたら蹴飛ばしかねない。少なくとも不快に思うだろう。ましてアンジュは子供とはいえ女の子なんだし。
微妙な空気になった時、階段をのっしのっしと上がって来る数人の足音が聞こえた。ドアが軋んだ音と共に開かれると、律儀にアンジュは悲鳴を上げて跳び上がった。
ドアから入ってきたのはアンジュのお父さんことおやじさんと、黒い髪をオールバックにした若い男性、金髪をオールバックにした目つきの悪い中年だった。
オールバック、流行っているのかな。前髪を一房だけ前に垂らすのもオサレというものなのだろうか。個人的には真似したくない髪型だ。だってオールバックって将来禿げるって言う噂が。
「ああ坊主、この人たち、じゃなかった。この方たちがお前に会いたいと言って来てな」
え、俺に? なんかおじさんの話し方からして偉い人っぽいけど、ついにストーリーが進むのか。それともサブイベントか。
金がかかってそうなワインレッド(日本的にはあずき色)のスーツを着た金髪のおじさんが一歩前に出た。
「初めまして、私はマルコム=C=ルベリエ。単刀直入に言おう。ハワード・リンク君、私は君が欲しい」
単刀直入すぎて意味が分からない。
この時、俺の脳内には3つの選択肢が浮かんでいた。
1「僕は絶対に行かないぞ!」
2「ショタコンとホモはお帰りください」
3「スゴイ髪形ですね!」
さあ、どうする! どうしちゃうのよ俺!
続く。
>亀仙人「手を鍛える修行じゃ」
>どうする、どうしちゃうのよ俺! ライ●カードのcm
>俺のピザ~ 茅場さんが作ったVRゲームでそれを頼むとログアウト不可のデスゲームが始まります。
時々出てくる山田先生は何者なのか。ヒントは回文。またこの世界に女性専用の兵器はありません。
アンジュさんは、時のオカリナではコッコ姉さんとも言われる美人なモブ。優しいし可愛いしコッコ大好きなのにニワトリアレルギー持ち、なのに名前不明のモブ。
ムジュラの仮面ではアンジュさんと名前が付き、カーフェイくんと特大ラブコメイベントを起こす人。
主人公は原作のアンジュさんが最初から大人でしかも他人とくっついてしまったからか、彼女の事を気付いていません。