緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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第31夜 ミッションインポッシブル

「ゴロおおおおお!?」

 

 闇の神殿っぽいところに来たと思ったら、ちびゴロンくんがいきなり落下した件について。

 

 あー、ここ手元が見えない位薄暗いし、あるように見えて踏むとすり抜ける幻の床とか、逆に見えない床とかギロチンとかいっぱいあるからなぁ。

 

 しっかしなんでまたゴロンレース場を降りたらカカリコ村があるんだ? 

 レース場があるのはハイラルとは別の世界、あるいは大陸、時代であるタルミナのスノーヘッド地方だ。

 一方カカリコ村はハイラルにあるデスマウンテン、その麓にある。

 両者には一応ゴロン族と高い山という共通のファクターがあるが、逆に言えばそれくらいしかないし……さすが夢時空、謎だ。

 

 ってそんなことを分析している場合か!

 

 すぐさま飛び出して後を追い、キャッチ&リリースを試みる。最近ゴロンレースのおかげで高速思考が出来るようになった気がする俺です。

 

 ーーードゥウウウン

 

 ちびゴロン君は子供とはいえ、岩石を食べて岩石を纏うゴロン族。

 人間とは比べ物にならない位重いはずだが、まだゴロンの仮面を纏ったままの俺はゴロン族特有の岩をも砕く腕力で彼を崖から引っ張り上げることが出来た。

 

 でも今の音はなんだ?

 ダクソで敵にパリイを決められたかのような嫌な重低音だったが……混沌ダガーはやめてください死んでしまいます。

 それにどこか空気が変わった気もする。何というか、今までは神殿そのものが眠っていたかのような静粛な空気だったのに、今は完全に起きてしまっているような……

 

 ハイラルの血塗られた歴史そのものである闇の神殿を覚醒させるとか、嫌な予感が止まらない。絶対、ロクな事が起こらねえだろ。

 

「ゴロゴゴロ(手を離せよ)」

 

 何が来ても対応出来る様に、ちびゴロン君の手をしっかりと握っておく。この子せっかく助けたのにすげえ嫌そうにしているが、無視だ無視だ。構ってられん、壁を背にして周囲を警戒。

 

 ここは雰囲気が暗いダンジョンの多い64ゼルダの中でも屈指のホラースポットである闇の神殿。出てくる敵も糞モブの宝庫と言ってよい。しかもムジュラと混ざってるっぽいからそっちから出る可能世もある。

 

 誰だ、誰が来る。

 

 ゼル伝界のゾンビ枠リーデッドか、同じくミイラ枠のギブドや骸骨枠のスタルフォスか。

 人面蜘蛛のスタルチュラや、空から壁から地面から迫り来る妙にリアルな生手首フォール(フロア)マスター、地面から生える手首たちの親玉デドハンド、などなど個性的でイカレタメンツがここには揃っている。

 

 正直どいつもこいつも戦いたくない連中だ。現状リーチの短い拳と体当たりくらいしか攻撃方法がないというのに、どいつもこいつも容易に近づけないか、そもそも近づいたらアウトな連中ばかりだ。

 

「っ!」

 

 だからだろう。

 フォールマスターやフロアマスターなど、一撃必殺の奇襲攻撃を旨とする連中を警戒していたからこそ、初見でそれを躱すことが出来た。

 

 とっさにちびゴロン君を連れて前転。

 

 一瞬遅れて、背後の壁の中から反り返った片刃の二刀が突き出され、周囲を滅多切りにする。更に攻撃の終わり際の隙を埋める様に、壁の中から重厚なメイスが突き出され、振るわれる。追撃を危惧して壁から離れていた俺たちにも猛烈な風が届くほどの勢いだ。

 

 歪な形の曲刀は石壁をバターのように切り裂き、メイスが壁を木端微塵にする……こともなく、メイスと曲刀はまるで実体がなかったかのように石壁に傷一つつけていなかった。

 

 そして、そいつらは現れた。

 

 壁の中から、ぬうと現れるローブ姿の3体の巨漢たち。

 

 まず現れたのは、鳥の翼をモチーフにした仮面の如き顔が二つ。仮面の中心には三つの円と三角形が一つあり、どこか子供が描いた絵のような素朴な顔だ。

 続いて現れた体は、神聖さと同時にどこか独善的な雰囲気も醸し出す白金のローブを纏っており、白地に金模様の反り返った刃を持つ大曲剣を両手に携え、互いに剃り合わせている。

 

 ローブ姿で曲刀の二刀流の彼らは、どことなく、ムジュラのイカーナ地方にいた亡霊忍者ガロを思わせた。

 

 そしてとりをつとめるのは、白と金を基調にしたフルプレートを身に纏い、セブンのウインダムみたいな兜を被り、手には刃渡り数メートルありそうな巨剣ともメイスとも言えるものを持つ大男だ。

 

 亡霊忍者風な他の二体と違い、こちらは重鎧騎士タートナックを思わせる。白と金、灰色の意匠からして聖騎士とか、クルセイダーとか、そんな感じ。別に攻撃が当たらなかったり、

 キャベツに打たれて悦んだりはしないだろうけど。

 

 

 で? 君たち、誰?

 

 もしかして味方かな……いやねえか。

 なんか無機質でロボットみたいな感じだし、目が赤く光ってるし。赤目は基本、敵である。ゼル伝以前にRPGの常識。

 

 それにこちらに近づくに連れて、心臓の鼓動のような重低音が響いて来るのだ。近づけば近づく程強く、早くなっていく。こいつはやばいと否が応でも分からせてくる。

 

 選択肢は3つ、進軍か、迎撃か、撤退か。

 

 進軍……は無理だ。

 何しろ幻の床と見えない床を見分けるアイテム『まことのめがね』も、ちびゴロン君が落ちた大穴を超えて向こう岸に渡るための『フックショット』もない。

 それにこれまでの経験上、幻の床と見えない床の配置が64時代と変わってるかもしれない。となると進軍するには、フックショットとまことのめがねを取りにカカリコ村へ戻るか、何らかの方法で道の有無を地道に検証するしかないだろう。くっそ、ほんと楽させてくれねえな。

 

 迎撃は……パスだ。そもそも武器がねえ。

 

 敵は特大剣二刀流が2人と打撃系特大剣が1人、両方とも何らかの理由で壁抜けが出来る上に、狭い通路なのに武器が引っかかったりもしない。

 

 対してこっちの攻撃は、ゴロンパンチと体当たりだけ。こんな狭い上にどこに落とし穴があるか分からん状況では、ゴロン得意の高速移動タックルは使えないので、体当たりはその場でやるやつだ。おまけに戦闘出来無さそうなちびゴロン君まで着いて来る。

 

 状況はダクソ3で例えるなら、輪の騎士の双大剣持ち2人と大槌持ち1人を同時に相手取り、デーモンナックルとボルトのないスナイパーワロス(体当たり用)だけを使って、狭い足場の上でシーリスちゃんを守りながら、重量過多のドッスンローリングのまま初見撃破するようなものだろうか。なお相手は落下死しない上に、スタブもパリイも取れないものとする。

 

 うん、無理!

 TASさんや達人勢なら出来るかもだけど、少なくとも一般的なゼル伝プレイヤーである俺には無理。相手のモーションは分かんねえし、足場も不安定、戦闘中のちびゴロン君の挙動も不明だ。

 

 つーか、見るからに拳と体当たりで挑んで良い敵じゃねえだろ。

 

 あんな大型武器持ち三人相手に、威力だけはあるけどリーチが糞雑魚ナメクジのゴロンパンチで挑んで良いわけない。火山帯出身のゴロン族と違って、雪山に適応したゴロン族の腕は正直短いのだ。たぶん、カタリナックル先輩にリーチも回転力も余裕で負けるレベルである。

 

 となると、選択肢は撤退しかない。ダンジョン内のモンスターはダンジョンの外に出られないので、ちびゴロン君を連れて急いで戻ればなんとかなるかもしれない。

 

 俺は反転しながら丸まり、敵に背を向け、全力疾走を開始した。

 

 ちなみに会敵から、逃走まで、僅か0.1秒である。

 ゴロンレースで否応なしに鍛えられた即決即断力(促成栽培)が光るぜ。

 

 だが、敵も追撃してくる。

 

 速い。

 

 特大剣持ちは巨体ゆえに一歩が大きく踏み込みも深い、双大剣持ちは空中を滑る様に飛んでくる。しかも彼らは障害物をすり抜けてくるのだ。障害物を避けなきゃならない俺は不利となる。

 

「ゴロおおお(ぬわあああああ)!?」

 

 一緒に回っているちびゴロン君が悲鳴を上げているが、構っちゃいられねえ。

 

 あんなアイクさんやらガッツさんやらが使うようなデカい剣でぶん殴られたら、ぺしゃんこになってしまうかもしれない。ゴロンの英霊ダルマーニ三世の力を纏ったリンクさんはなんとかなるかもしれないが、ただの子供のゴロン族では無理だ。挽き玉ねぎみたいになってしまう。

 

 加速加速加速。

 

 幾度もの旅を経て晴れてゴロン最速となった俺たちは、レースの経験を活かして狭く長い通路をスイスイと進む。

 途中、透明な出っ張りに引っかかってバウンドし、危うく天井から突き出た針山に串刺しになりかけて肝を冷やしたが、こっちも魔力でヤマアラシみたいにトゲだらけだったおかげで、無事天井の針でバウンドして事なきを得た。

 

 ゼル伝で良かったな、ロックマンだったら死んでたぞ。

 

 無駄に偉そうな謎の声が聞こえた気がしたが、気にしない。ロックマンだって針山に無敵になるアーマーを着れば大丈夫だから。ガイアアーマーとかシャドーアーマーとかさ。

 

 でも俺達は無事だったが、デカい音をたてまくってしまったからか、どうやらモンスターたちを起こしてしまったようだ。

 

 寝そべっていた床から立ち上がるリーデッド。天井から突っ込んでくるファイアーキース。

 真っ先に突っ込んできたファイアーキースは、火を纏っているとはいえ体は脆弱な蝙蝠なので、トゲゴロンの回転に巻き込まれてやっつけることが出来たが、問題はリーデッドだった。

 

 見かけはやせこけた骨と皮しかない茶色のハゲの死体だ。

 その正体は土で出来た人型の魔物、あるいは呪われた人間の死体である。

 

 動きはゆっくりだが、こいつはゼル伝でもトラウマになっている人の多いモンスターだ。それ相応の理由がある。

 

 リーデッドが絹を裂くような悲鳴を上げ、こちらを見た。腐り落ち、落ち窪んだ眼孔の中から血のように赤い光がががっが。

 

 その瞬間、強制的に俺達の時間が止まる。

 

 一種の邪視、なのだろうか。

 これについては身体を麻痺させているという説と、俺達の時間や空間を止めている説があるが、どうやら今作では後者のようだ。

 

 だって俺達バウンドして空中にいる状態で止まってるし。体が麻痺したら地面に叩きつけられるはずなのに、空中に浮いたままだし。ついでにちびゴロン君も空中で硬直してるし。

 

 ともかくこのイヤーな悲鳴からの視線で動きを止める。というのが、リーデッドとギブド共通にして最大の能力だ。見かけが怖くて、体力も地味に多くてタフってのもあるけどね。

 

 で、そのおっとろしい顔で迫ってきて、だいしゅきホールドしてくるってのがこいつの最大の脅威。主に怖さとかキモサ的な意味で。徐々に一番近い位置にいるちびゴロン君に近づいてくる。ちびゴロン君、顔がむっちゃ引きつってるぞ。

 

 しかもこのイヤーな風切り音、足元に出来る小さな手形の影。

 フォールマスター来てんなー。捕まるとダンジョンの入り口とか、牢屋に入れられるやーつ。入り口はともかく、牢屋は最悪詰むからな。捕まるわけにはいかん。

 

 いやー生前は男性だったか女性だったか、あるいはその中間だったのかは知りませんが、俺達死体に抱きつかれて喜ぶ性癖は持ってないんですよ、だからお引き取り願いますパーンチ。

 

 硬直が解けるのとほぼ同時に繰り出される上空からの炎のパンチで、敵の目線を顔ごと地面に釘付けにする。昔は一回攻撃してもすぐまた視線で硬直させられてたけど、今ならこういうことも出来るわけだ。戦闘の自由度が上がったのを改めて感じるねえ。

 ほんとなら昔の恨みもこめてこのまま釘パンチ体勢に移行してまっくのうちしたいが、無理だ。後ろからガッションガッション音を立ててタートナックもどきが走ってきてるし、シャキンシャキンと刃を研ぎながらゴールデン亡霊忍者が迫ってきてるし、フォールマスターの影がいよいよ濃くなってるしで、諦めざるをえない。

 

 もう一度、丸まってダッシュ再開である。

 

 そのすぐ後ろに、どさっと落ちてくる。テカテカした黒くて大きい生手首。フォールマスターだ。

 フォールマスターはまるでGのようにカサカサと地面を高速で這って追って来る。リーデッドに負けず劣らずキモイ。虫唾が走るわい。

 

 そんなこんなを躱しながら、入り口付近まで戻って来た俺達だったが、そこでまた一つ衝撃を受けることになる。

 

 入り口が、閉まっとる。

 

 正確にはシーカー族の意匠が描かれた闇の神殿の門は開いていたが、カカリコ村の墓地に繋がる道を塞ぐ謎の柵が出来ていた。青白い棒が何十本も地面にも天井にも突き立てられており、カカリコ村に行けなくなっている。

 

 どうする? 

 絶望している暇はない。Uターンして引き返すか、それともあの柵を強行突破するか?

 

 考えるまでもねえか。

 どのみちこの神殿の安全な攻略にはカカリコ村のフックショットとまことのめがねが必須なんだ。だったら敵陣を強行突破するより、あの謎の柵を勢いそのままぶっ壊す方がいいだろう。壊れなかった時は壊れなかった時だ。

 

 万歳突撃を敢行しようとした時、俺に誰かが語り掛けて来た。

 

『マスター、マスターリンク、聞こえますか』

 

『ファイ!』

 

『マスター、このまま魔法陣に飛び込んでください』

 

『魔法陣……あれか!』

 

 俺が転がりながら入り口を見渡すと、門のすぐ近くの台座を中心に描かれている魔法陣が青白く輝き出していた。魔法陣の上に配置されている多数の燭台の炎も一斉に青白く変わっていく。

 俺達がそこに文字通り転がり込むと、魔法陣から青い光が立ち上り、俺たちを囲むように壁となった。

 それと同時に赤くひりつくような空気が終わりを告げ、夜の帳が降りたかのように、―しんっとした空気に包まれた。

 

 どうやらファイさんが結界のようなものを張ってくれたらしかった。すぐそこまで迫っていた巨漢剣士たちも、化け物たちも砂の像が夜風に吹かれて消える様にいなくなっていた。

 

 流石は退魔の剣の精霊が張った結界だ。魔を祓うのはお手の物らしい。

 

『助かったよ、ファイ』

 

『いえ、マスターのしもべとして当然のことをしたまでです』

 

 この誇らない淡々っぷりが頼もしい。個人的にはファイさんはしもべじゃなくて対等の友達とか仲間とか、相棒だと思っているんだけど、この点については何度言っても彼女も譲ってくれないんだよなぁ。一応今回も駄目元で言ってみるか。

 

『ファイ、前にも言ったけど俺は君の事をしもべじゃなくて対等な相棒だと思ってるんだ。だから君も自分をそんなに卑下しないで欲しいんだけど』

 

『貴方はファイのマスターです。マスターの想いは大変光栄ですが、ファイはマスターに永遠の忠誠を定められ、またファイ自身もそうと誓った身。ご容赦ください』

 

 うーん、これである。

 あんまり言うと部下に慣れあいを強要する上司みたいだから、これ以上は言わんが……もうちょっと打ち解けたいな。

 そんなことを話しながら魔法陣の中心にある台座の上に移動する。魔法陣を踏んづけて文字が消え、結果魔法を維持できなくなるなんて展開は嫌なんでね。

 時のオカリナでは闇の神殿の門を開けるためにここでディンの炎使って、燭台に火を付けったけなあ……ボンファイアーリット。ここをキャンプ地とする! 

 

『マスター、そのようなことを話している時間はありません。ファイは今アニタ様にマスターとファイの魂の結びつきを強化してもらって話しかけています。アニタ様の集中力は無限ではありません』

 

『了解。手短に必要な情報交換をすませよう』

 

 俺達は情報交換を始めた。その結果、予想通りのことがいくつかと、予想外のことがいくつか出てきた。ここが俺の記憶からロードが作った悪夢の世界だーとか、そのへんは予想内だったんだが……

 

『え? ごめん、もう一回言ってもらって良い』

 

『イエスマスター。夢のノアを撃破するには、現状では夢の世界で戦うしかありません。故にマスターの記憶からいくつかふさわしい記憶をリストアップし、その中からマスターの成長の糧になるものを選択しました。これらをマスターの心に浮かび安くすることで、ノアの作る悪夢をこちらで間接的にコントロールしました』

 

『あ、うん。そこは良いんだ。いやそういうことは事前に教えて欲しかったけど、そんな時間なかったし。で、ファイはその後なんて言ったかな』

 

『マスターソードを鍛える旅の中で受けた女神の試練サイレンを再現しました。ですが一度突破なされた試練ですので、ノアへの精神攻撃とマスターの心の成長のために、アニタ様の提案で、マスターとファイの記憶にある攻略が困難なダンジョンやモンスターを組み合わせることになりました』

 

 ファイ……アニタさん……君たちは俺に何の恨みが……

 いや良いけど。彼女達が善意でやってるのは分かるし、マスターソードを作った勇者の試練の追体験とか、けっこうロマンあるしね。問題はこの先なんだ。

 

「また儀式の途中で、マスターの心に強く語りかけてくる魂をいくつか検知しました。いずれもマスターのご友人で、賢者候補です。彼女たちはマスターとコンタクトを取りたがっていたので、彼女たちの心も夢の中に誘導しました」

 

 いやいやいや、ここ闇の神殿だぜ。ハイラルの闇、欲望と怨念の溜まり場だぜ?

 血だらけの拷問用具とか、ギロチンとか、処刑用の道具とか、アイアンメイデンとかで一杯だよ。壁とか一面塗りこめられた死体だし。敵は幼児にも、下手したら大人でもトラウマになること請け合いのアンデッド系列ばっかりだぞ。

 

『ファイ、君はなんてことを……』

 

 何でこんな所に大切な賢者候補の心を連れてきちゃうかなあ!?

 

 シリーズ経験者の俺だって、リアルになった闇の神殿にかなりブルってるってのに、賢者候補の子を連れてきちゃうとか、ダメでしょ。ダメダメ。何がダメってもう全部ダメ。

 

 しかも俺の友人で賢者候補って……トアル村のリナリーちゃんじゃん!!

 

 初めて森で出会った時のこわごわと俺を見上げていた顔。みんなと遊ぶ楽しそうな顔、落ち込んでしまった母親を慌てて慰めていた顔、賢者になることに不安そうな顔、父親の背中で幸せそうに眠る顔。

 

 彼女の様々な表情が俺の中に去来する。暖かで普通な、俺達勇者が守るべき光景だ。

 

 あたりを見回す。眠っているとはいえ、リーデッドが隠れ潜み、壁一面に死体が塗り込まれ。さっきのよく分からんマッチョ霊どもが潜んでいる。俺達勇者が正すべき場所だ。

 

 こんなところに子供が来るべきじゃない。一刻も早く助け出さなければならない。

 

『マスター、怒っていますか?』

 

『ああ、正直怒っている。マスターとして言うが、君は今回許されないミスをしたと思う』

 

 いくらいつもお世話になってるファイさんでもちょっと今回の所業は許せない。

 

 何が許せないってこんな陰湿で危険極まりない所に、あんな普通の家の子供を連れて来たのが許せん。

 

 俺が危険な目にあったり、大変な目にあって苦労するのはいいんだ。

 

 だってそれは俺が望んでやってる苦労だからな。

 

 勇者やってるのも、極論すれば運命とか宿命とかというより、俺がやりたいからやっているだけだ。昔から人の不幸は見逃せない性質でね。何とかしたくなっちゃうんだよ。

 

 でも、リナリーは違うだろ。彼女はたまたま賢者の家に生まれたから、賢者候補になっただけだ。そこに深い意志や覚悟はなかったと思う。焚きつけた俺が言うのもなんだが。くそっ。

 

『だけどファイ、この件については後で話そう。賢者候補はリナリーの他に誰を呼んだんだ』

 

 今はともかく時間がないから、必要最低限のことだけしか話せない。

 

 思考を切り替えろ。

 さっき、ファイは賢者候補たちって言ったからな。そこは聞き逃さんぞ。

 

『イエスマスター、黒の教団アジア支部からミス・テワク、ゾーラの里からプリンセス・ルト、竜の島からミス・メドリです』

 

 ……ツッコミどころが多すぎる。ちょっとー、時系列の合ってない他作品の方がいましたよー。救助対象多すぎでしょ、常識ねえのかよ……

 しかも黒の教団って確かホーモー紳士ルベリエさんとかがいるちょっと怪しい宗教団体では? なんでロンロン牧場にいたはずのテワクちゃんがそこの、しかもアジア支部とかいうところにいるんだ?

 

『テワクが何で黒の教団、それもアジア支部なんかに……それに今回ルト姫とメドリ嬢に会った覚えはないが……』

 

 今回、はな。ルト姫は時のオカリナで、メドリちゃんは風のタクトで、一緒にダンジョンを攻略した仲だ。確かに彼女たちは友達で賢者に覚醒していたが、それは今作の話ではない。

 

 そもそも今作の時系列は不明だが、トアル村のツリーハウスやアイアンブーツ的に考えて、トワイライトプリンセス後だと思う。だから風のタクトの時系列には繋がらないはず……あ、でもラインバック船長いたしなあ。

 あいつも風のタクト時系列の人間だし……実はここは風タク時空? 

 それともただのセルフオマージュなのだろうか。なんかいまいちスッキリしないから、たぶんまだ解いていない謎があるのだと思う。

 

 ま、彼ら彼女らはとても魅力的な人物なので登場してくれるのは素直に嬉しい。

 

『詳しい事情は不明です。直接の情報収集をお願いします』

 

『了解。直接聞いてみるよ。他に話すべきことは?』

 

『サイレンのルールは覚えておいでですか』

 

『覚えていない。最初から教えてくれ』

 

 こっちは知らないから教えてください。

 

 そしてファイの口から語られる心の試練サイレンのルール。ざっくりまとめるとこんな感じだ。

 

 1. リンクさんの心の器を満たすひかりのしずくを指定個数集めてくること

 2. 武器や防具、アイテムなどの持ち込み、使用は一切出来ない(ゴロンリンクも解除済み)

 3. 敵の攻撃に当たったら俺の心は砕け、即死する

 4. 死んだらこの魔法陣の中に自動で戻って来る。その際、手に入れたしずくはなくなり、元あった場所に配置される

 5. すべてのしずくを集め、心の器を満たすことでリンクさんの心が成長し、女神の宝具を使う資格を得る。

 

 ……なるほど、うーむ。うーむ……(玉ねぎ感

 

『けっこう、いやかなりきついね』

 

 極めて控えめな表現です。

 

『マスターなら何の問題ありません』

 

 ア、ハイ。

 

 ノータイム即答だった。前々からちょっと思ってたけどファイさんの忠誠と信頼が重い……

 いやいくらご褒美があっても、このルールで闇の神殿突破はきっついと思うんですけど……

 つか、まことのめがねもフックショットもオカリナも剣も盾もなしで、闇の神殿攻略とか……初手からして詰んでね?

 あんな長い穴どうやって超えるんだ? ジャンプでどうにかなる距離じゃねえぞ。風車地帯も体を重くしないと吹き飛ばされるし、ホバーブーツないと渡れない足場とか、まことのめがねがないと見えない動き続けるリフトとかあったと思うんですけど……

 

『マスターなら何の問題ありません』

 

 ア、ウン。ソウデスネ。ファイさんまじスパルタ二アン。心身を7年凍結とかよりはマシだけどさあ。

 

 まあでもゼル伝なんだし、なんとかなるだろ。解答が絶対に用意されているのが良いゲーム。ゼル伝はいつだって良ゲーなので、なんの問題もない。情報を整理し、気楽に素早く、クールに行こう。

 

 まずお姫様方の救出は最優先。

 こっちは攻撃出来ないから、基本スニーキングミッションで。お姫様たちがどこにいるか分からないから、あたりをつけて片っ端から調べていくしかない。夢幻の砂時計や大地の汽笛のファントムがいる神殿を思い出すな。

 そこから考えると、たぶんだけど、攻略の糸口はやたら多い救助対象にあると見た。NPCと協力していく系のダンジョンアタックだな。

 

『これは心を鍛える試練なので、マスターの心が折れない限り何度でも挑むことが出来ます』

 

 ファイさんが安全を保障してくれた。

 

 これはあれじゃな?

 不死人や火のない灰のように、死んで覚えろってことじゃな(名推理

 不屈の精神と死に慣れで理不尽を捻じ伏せろ的なサムシングを感じる。

 

 まあ一度だって死ぬ気はないんですけどね。だって夢の中の出来事なはずの夢島だって、一回でも死ぬとマリンちゃん(メインヒロイン)海の藻屑エンドだし。あれはほんとトラウマになるでぇ。

 

 それに考えたくないけどこのファイさんすら、ロードの作った悪夢の中の偽ファイさんな可能性も大いにある。その場合、心が死んだから本体も死亡でゲームオーバーとかされそうで怖い。あとこれがデスゲームだったら頭レンチンされて死んじまうぜ、はっはっは。天下の任〇堂にあるわけないか。

 

 でもゼル伝は何があるか分からんから、俺も味方も死なないのが一番だ。どこでどう死亡フラグが立つか分からんからね。あるいはもうすでに死亡フラグが立っている可能性もあるが、そいつは確かめようがない。

 発売からあんまり日も経ってないから攻略wikiとか充実してないだろうし、そもそも俺、年単位で詰んでるとかじゃない限り、攻略サイトとか見ないからなあ。

 

『そろそろ時間のようです。マスター、ご武運を』

 

『了解。ま、なんとかしてみるさ』

 

 お姫様の救出も、愛剣の期待に応えるのも、勇者の仕事のうちってね。

 

 闇の神殿のノーデス・ノーリセットサイレン、頑張っていきまっしょい。

 


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