緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ!   作:よもぎだんご

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今日は昨日更新できなかった分も足して、いつもの倍の12072文字です。



駄目だこいつ……早く何とかしないと……

 金がかかってそうなワインレッド(日本的にはあずき色)のスーツを着た金髪のおじさんが一歩前に出た。

 

「初めまして、私はマルコム=C=ルベリエ。単刀直入に言おう。ハワード・リンク君、私は君が欲しい」

 

 単刀直入すぎて意味が分からない。

 この時、俺の脳内には3つの選択肢が浮かんでいた。

 

 1「僕は絶対に行かないぞ!」

 2「ショタコンとホモはお帰りください」

 3「スゴイ髪形ですね!」

 

 やべえ、どれを言ってもただですむ気がしねえ!

 

「ルベリエ長官、説明を省きすぎです」

 

 どれにしようか、迷っていると黒っぽいコートを着たお付きの人がルベリエさんをいさめた。

 

「ふむ、そうだな。では君の保護者の所に案内してくれたまえ。話はそこでしましょう」

 

 わかりました、と言おうとして口が勝手に「ショタコンとホモはお帰りください」と言いそうになってあわてて閉じる。

 

「どうしました。なにか問題でも」

 

 口を開こうとすると、「スゴイ髪形ですね!」と言いそうなったので、がちんと歯を食いしばる。どうやら選択肢以外は言えないらしい。

 

 とりあえず頷いておいた。なんかイベントっぽいし。

 

「俺も行かせてもらうぜ」

 

 鍛冶屋のおやじさんが前に進み出た。

 

「ふむ。失礼ですが、あなたはこの子とどんな関係があるのですかな」

「俺たち家族はこの坊主に救われた。いわば坊主は命の恩人だ。ルベリエさんよ、あんたが偉い人なのは分かっている。だが、信用できるかどうかは別だ。最後まで見届けさせてもらうぜ」

 

 なんかおやじさんが輝いていらっしゃるー! お見舞いに来ただけの娘の友人(しかも自称)なのに、権力者(たぶん)にもひるまず立ち向かうなんて、眩いくらいの漢だぜ。

 

「……まあ、いいでしょう。私もあなたには聞きたいことがありますから」

「わ、わたしも行きます!」

「アンジュ!?」

 

 アンジュちゃんがそう言って、ベッドから出てくる。おやじさんが慌てて押し留めようとするが、

 

「わ、私だってリンク君に命を救って貰った仲なんです。絶対に一緒に行きます!」

 

 そう言われてしぶしぶ引き下がった。

 さすがおやじさんの娘。今はまだ子供だが将来イイ女になる素質を垣間見せてくれる。将来はお婿さんに困らないね。

 

 ルベリエさんも少々考えていた様子だったがオーケーをくれた。

 

「いいでしょう。被検体は多ければ多いほどいい」

 

 被検体? 実験する時に薬とか与えられる人の事だよな。え、何、このおっさん頭にマッドがつく科学者なの? ホモでショタコンでマッドな科学者で、オールバックちょび髭親父とか、誰得属性乗せすぎだろ。明らかに積載量オーバーだ。

 

 この人を牧場に案内して本当に大丈夫なのか、割と真剣に考えていると目の前に豪華な外装の馬車があって驚いた。いつの間にか牧場の食堂についているし。

 

『リンク君は何かに夢中になると、すぐ常識とか周りの状況とか忘れちゃうみたいね』

 

 メロンさんに言われた言葉がリフレインする。悔しいが反論できねえ。

 

 牧場の皆と、鍛冶屋さんとアンジュちゃんも含めた説明会が行われた。主にルベリエさんが色々と話し、たまに質問を挟んだり言い争うみたいな感じだ。

 

 だがせっかくのシリアスイベントだというのに、俺はそれどころではなかった。全身全霊で歯を食いしばっていないと、さっきの選択肢のセリフが口から飛び出しそうだったのだ。

 

 このシリアスな雰囲気でさっきのセリフなんて言えねえよ! 空気が死ぬわ!

 

 まるで吐き気を催しているような感覚のせいで、全然話に集中出来なかった。

 

 ルベリエさんは7000年前がどうとか、いのなんとかが~とか、専門用語を交えて色々難しいことを言っていたが、要は俺を引き取りたいらしい。少々うさん臭い話だが、お金がいっぱいこの牧場に入るらしいからいいんじゃないかと俺は思っていたんだが、みんな大反対してくれた。

 

 メロンさんやマロンちゃん、インゴーさん、テワクちゃんやマダラオたちといった牧場の皆やさっき会ったばかりのおやじさんやアンジュちゃんまで、口をそろえて大声で反対してくれたのだ。

 

 泣ける。おかげで嬉し泣きしたい気持ちも加わって俺は一言もしゃべれない上に変な顔していたと思う。

 

 しかしルベリエさんが凄みを効かせて、黒のなんとかの名を出して皆を黙らせてしまった。なんかこの世界の偉い所らしいよ。よく聞いてなかったけど。

 

 そしてこのままルベリエさんペースでこの話が進むと思われたその時、意外な所から会議に一石投じられた。

 それは会議が始まってからずっと寝ていて一言もしゃべらなかったタロンさん、ではなく吐き気、もとい脳内選択肢をついに抑えきれなくなった俺である。

 

「俺は絶対に行かないぞ……変な髪形しやがって……この後頭部ハゲのホモ野郎が」

 

 ――空気が、死んだ。

 

 というか俺、口わるー!?

 選択肢が融合してめっちゃひどいセリフになっとる。

 鎮まれ俺の口ー! まさか口が勝手に動き出すとは、これがイベントの、世界の強制力か!

 この年でリアル中二病するとは思わなかった。

 

 視ろよ、ルベリエさん怒りのあまりこめかみと口元をひくつかせているし、そのお付の人も他の皆もうつむいて震えているじゃないか!

 そりゃこれだけひどいこと言われれば怒るわ!

 

「それでも君は私の所にやって来る。それは君が何と言おうと変わらない」

 

 それでも怒鳴り散らすことなく、夜も遅いので明日また来るって帰っていくルベリエさん、まじ大人! 

 お付きの人たちも慌てて出ていく。

 

 やっちまった感の漂う食堂、みんなうつむいて震えたままだ。

 

 メロンさんがうつむいて震えたまま立ち上がり、カーテンを開けて窓を覗く。ちょうどルベリエさんの馬車が町の方へと向かって林の中に消えていくところだった。

 それを確認した彼女は大きく頷く。

 

 とたんに響く騒音。

 その原因は皆が突然堰を切ったように爆笑し始めたから。

 

 メロンさんは笑いすぎて力が入らないのかカーテンにしがみつきながら笑っているし、おじさんたちは手や床を叩きながら笑っている。少年少女組もおなかを抱えて大笑いだ。唯一起きたばかりで話について行けていないタロンさんだけが、インゴーさんと鍛冶屋さんに笑いながら肩を組まれて困惑している。

 

 え、みんなどうしたの。笑い茸でも食べちゃったの? 

 

「坊主よく言った!」

「いやぁーすかっとしたぜ! 見たか、ルベリエのあの顔!」

 

 理由が分からず、混乱する俺の背中をおじさんたちが笑いながらバシバシ叩く。

 少年組は尊敬の目を俺に向け、少女組に至ってはどさくさまぎれに俺に抱きついていた。ちょっと嬉しい。

 

「さっすがリンクさんです!」

「何かやってくれるって思っていました!」

 

 それはどういう意味かな、マロンちゃん、テワクちゃん。俺があんな風に人を罵倒すると思っていたと? ちょっとお話ししようか。

 

「かっこよかったですよ」

 

 ありがとう、アンジュちゃん。でもどこをどうしてそう思ったのか、ちょっとお兄さんに説明してくれないかな。

 

「まったくあなたという人は……しょうがない子なんだから!」

 

 そう言う割には嬉しそうに、大きな胸に俺の頭をかき抱くメロンさん。とても、やわらかい。

 

 

 皆に笑った事情をそれとなく訊いたところ、ルベリエさんは非常に高圧的かつ嫌味で、俺やここの人を物の様に扱っており、情の欠片も無い対応に皆苛ついていた。だが彼は宗教組織のお偉いさんであり、下手な事を言えば不敬罪や異端審問にかけられて、身体的にも社会的にも抹殺されかねない故にみんな言いたいことが言えず悔しかった。

 

 そこに俺のあの発言である。不敬罪とかなくてもあれだけ言えば普通に刑務所にぶち込まれかねないが、煮え湯を飲まされた皆としては非常に痛快だったらしく、一応彼らが帰ったところを見てから大笑いしたらしい。

 ルベリエさん、偉い嫌われようである。出会って数時間でここまでヘイトを稼ぐなんて、いったい何を言ったんだ。

 

 それにしてもなんていうか、うん。やっちまったな、俺! てへぺろ。

 

 

 

 ひとしきり騒いで皆が落ち着きだした頃、メロンさんが訊いてきた。

 

「それで、結局あなたはどうしたいのかしら」

 

 その声は凪いだ海のように穏やかで、何物をも受け入れる慈愛に満ちている。

 

「俺は精霊様の導きに従います」

 

 だって宗教団体と敵対とか怖いし、向こうに行ったらいじめられそう。ここにいたら皆にも迷惑がかかっちゃうしな。

 それに遂にメインイベントが発動したが、これは分岐イベントだとゲーマーの俺の勘が告げている。ここであの発言をせずにルベリエさんと一緒に宗教団体に行くか、一人でマスターソードを取りに行くか。俺は後者を選ぶのだ。

 

「東に、ご先祖様の土地に向かうのね」

 

 え、ご先祖様の土地!? なにそれきいてない。 

 

「メロンさんって代々ここで牧場と地主をやってきたんじゃ」

「私達の先祖は元々はここよりずっと東で生活していたわ。私達はこの地に移住した開拓者たちの末裔なの」

 

 そう言って彼女は自身の髪をすっとかき上げた。そこにあったのは普通の耳では無く、先の方が尖ったエルフ耳。

 そしてゼルダの伝説の世界でのエルフ耳はある種族を表す。

 

「ハイリア人……」

「そう、ここにいる皆は遥かな昔、天空都市スカイロフトから連綿と続く女神ハイリアの血を継ぐ者ばかり」

 

 全員が髪や帽子で隠していた耳を見せてくれた。確かに皆とんがっている。

 

「そしてあなたも」

 

 彼女の手が俺の耳の上の髪をどけて、その尖った耳を完全にあらわにする。

 

「私達ハイリア人はかつて女神様より万能の力、トライフォースを預かり、かの地に王国を築いていた。それを狙い王国を脅かす者たちもいたけれど、平和を脅かす者たちは女神様がおつかわしになられた新緑の衣を纏う若者に、『時の勇者』に“必ず”破られてきた」

 

 時のオカリナの彼ですね、分かります。時系列は大人リンクがガノンドロフを退治した世界らしい。どおりでマロンちゃんのそっくりさんがいるわけだ。

 

 ん? 待てよ。確かガノンドロフってその数百年後だったかに復活して、最終的にハイラルはガノンドロフを巻き添えに海に沈んで滅びちゃうんじゃなかったっけ。そのさらに数百年後が風のタクトだろ。

 

 でも、子供に戻ったリンクが間接的にガノンドロフを倒した世界では精霊とかの人外を除いて、人々は時の勇者を知らないはずだ。実際にトワイライトプリンセスでも知られていなかったし。

 

 じゃあ俺はゼルダ史的にどこにいるんだ。

 

「マロン、あれ持っている? 予定と違くなっちゃったけど、今渡しちゃいましょう」

「うん!」

「さあ、男はあっちを向いた、向いた」

 

 壁の方を指さすメロンさんに疑問符を浮かべながら、言う通りにする。

 

 ところでマロンちゃんとメロンさんは白い地に青の模様が入ったおそろいのワンピースを着ている。彼女たちのつやつやな栗色の髪とも相性がよく、可愛らしいこと請け合いだ。

 

 なんでこんなことを急に言い始めたかと言うとだね……

 

「ちょっ、ど、どこにしまっているんですか!」

「マ、マロンちゃんに、メロンさんまで!」

 

 悲鳴のような声を上げるテワクちゃんとアンジュちゃん。

 

「どこって、ここ」

「あ、テワクちゃんはお母さんいないし、アンジュちゃんのお母さんはハイリア人じゃなかったね」

 

 ……するんですよ。するすると服を脱いだり着たりする音が。いったい何が起こっているのか。私、気になります!

 

「でも、そ、そんな所にしまうなんて!」

「だ、だってこれがしきたりだし」

 

 テワクちゃんの咎めるような声に、恥じらうような声で答えるマロンちゃん。

 

「民族の伝統って時々理不尽かつ意味不明よね」

「だったらそんなことしなければいいじゃないですか!」

「それではすまないから、民族の伝統は理不尽なのよ」

 

 恐らく遠い目をしているだろうメロンさんに突っ込みを入れるテワクちゃん。

 テワクちゃん大忙しである。テワクちゃんには突っ込みの才能(宿業とも言う)があるらしい。

 

「もういいわよ」

 

 振り返ると、顔を真っ赤にして口に手を当てているアンジュちゃん。同じ位真っ赤になっているテワクちゃん。すまし顔をしようとがんばっているけど顔の赤さを隠しきれていないメロンさん。

 

 そしてマロンちゃんが赤い顔をしながら輝くような笑顔で俺に“ある物”を手渡す。

 

 それは剣や盾と同じ位、あるいはもっと俺が求めていたもの。実用的には必ずしも必要ではないけれど、やはりこのリンクという勇者を象徴するもの。

 

「はい、これをどうぞ!」

 

 

 勇者の服を手に入れた! 

 時の勇者が着ていたという緑の衣と帽子、革手袋をかたどったもの。

 メロンとマロンの手作りだ!…………ほのかに暖かく、いいにおい。

 

 

 俺の中に例のテロップが流れる。そうか、手作りなのか。そして文章の最後、問題発言はやめろ。公式、落ち着け!

 

「これが何か、君にはもう分かっているみたいね」

「はい」

「これは私達からの贈り物。道中災いから逃れられるようにと、昔から旅に出る男子に送られてきたものよ。あなたが旅に出るって言うから私とマロンで急いで作ったの」

「ありがとうございます。とても、とても嬉しいです」

 

 念願の勇者の服、しかも美女と美少女の手作りだ。嬉しくないはずがあろうか、いやない! 嬉しいに決まっている!

 

 さっそく着替える。

 

「あ、っちょっと、着替えは向こうで」

 

 今の青い服をぬいでその下の茶色いチェニック(だと思う)の上に緑の服を着る。緑の帽子をかぶり、最後に指ぬきグローブをはめれば完了だ。

 

「どれもサイズがぴったりだ。いつの間に採寸したんですか」

「えっ!? そ、それはマロンが……」

「ええ!? 私!? お姉ちゃんがやったんじゃ」

「え?」

 

 マロンちゃんってお姉ちゃんいたの。見た事ないんだけど。

 

「こら、マロン!!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 なんか立ち入っちゃまずい問題だったのかな。でもここを出発したらしばらく帰って来れないだろうし、聴いておきたい。

 

「メロンさん、もしよかったら話してくれないか。事情によっては力になれるかもしれないし、悔いを残したくないんだ」

 

 俺が心を込めて頼み込むと、メロンさんはしばらく葛藤した後、ため息をついた。

 

「……この際だから話しておくわ。私はマロンのお母さんのメロン・ロマーニじゃない。マロンの姉のクリミア・ロマーニよ」

 

 クリミアさん来たぁああー!!

 よっしゃー、これで勝つる!

 

「どういうことなんですか」

 

 内心の狂喜乱舞を微塵も外に逃がさない。さすがリンク=サンフェイスは鉄壁だぜ! イベントの時とか色々と苦労するけど、今だけは感謝だ。

 俺の疑問にマロンちゃんが答えた。

 

「私達のお母さんは病院にいるの」

「病院?」

「私達の母親はやり手の経営者だったんだけど、ある日馬車にはねられたの。今はサレルノ大学病院にいるわ。母さんは30歳を超えているのに15の私と姉妹に間違われる位そっくりだったから、私が彼女の代わりをしていたの」

 

 クリミアさん15歳、年下だったのか。まあゲーム的には年上だが。

 15であのスタイルと母性とか半端ねえな。てっきり20は超えていると―殺気ッ!!

 

 クリミアさんがじっとこちらを視ている。あの時の、装備全損の記憶がよみがえる……あばばばばばば。

 

「……話を続けるわね。彼女は手術の結果命はとりとめたけど、1月たった今も意識が戻らないの。ここの土地を狙っている人はたくさんいてね、今までは母さんがいたから跳ね除けてこれたけど、いないと分かったらここぞとばかりに嫌がらせをして、追い出そうとしてくるわ」

 

 昏睡状態か。風のタクトではリンクのおばあちゃんがそれに近かったな。

 

「それでクリミアさんがメロンさんを名乗っていたと」

「ええ。折りを見て話すつもりだったんだけど、中々きっかけがつかめなくて。騙してしまってごめんなさい」

「ごめんなさい」

「俺が不甲斐無いばかりにクリミア嬢ちゃんに苦労を掛けちまったんだ。すまねえ、この通りだ」

「ごめんだーよ」

 

 牧場の皆が俺や孤児組に頭を下げる。

 俺がマダラオたちを見ると、彼らも俺を見ていた。黙ってうなずきあう。答えは決まっていた。

 

「顔を上げてください」

「私達気にしてませんから」

「俺達に住む場所を、仕事を、日々の糧をくれた。それだけで充分です」

 

 俺とテワクが笑って、マダラオがいつもの仏頂面まま意思を伝える。

 

「俺、ここの皆好き。だから許す」

「私達はみなリンクとこのメロンさん、いえクリミアさんに救われた身ゆえ、許すも許さぬもありません」

「以下上に同じ」

 

 ゴウシ君がぼそぼそと、トクサがいつものように口元に手を当てて、キレドリが小さな体を照れでさらにすくめて言った。

 

「……みんな、ありがとう。ありがとう……」

 

 クリミアさんが泣き出してしまい、慌ててフォローする、皆。皆もちょっと半泣きだ。俺は泣いてないよ、ちょっと心の中で汗が出そうなだけだ。

 

「良かった、良かったなぁ。嬢ちゃん……!」

 

 インゴーさんと鍛冶屋さんもむさくるしく男泣きを始めてしまい、何故か捕まってしまう俺。ごつい4本の腕に掴まれた俺は逃げる事も出来ず、彼らが泣き止むまで、そのリアルに汚いひげ親父×2の顔を至近距離から見続けることになった。泣きたい。

 

 しかもその後、泣き止んで照れた親父の赤ら顔を間近で見せつけられることになる。……この格差社会、泣いていいかな、泣いていいよね。

 

 

 それにしてもハイラルに大学だなんて、今作は時代が進んだんだな。

 でも時のオカリナから数百年後の夢幻の砂時計では蒸気船があったし、その百年後の大地の汽笛では蒸気機関車が普及していたんだからおかしくはないか。

 

 ちなみに蒸気船の登場は18世紀だが、現実のサレルノ大学は9世紀には南イタリアにあった。

 世界で2番目に古い大学であり、医学を看板にしていて解剖学なども古くから行われていたらしい。10世紀には英仏の王族が来ていた位、ヨーロッパの医学の中心であり続けた。

 ゲームイベントで名前を借りて登場するに相応しい大学と言える気がする。……名前を借りただけで実際は別の歴史を持つだろう大学だから、山田先生の授業で得た知識をひけらかせないのが悔しいぜ。

 

 

 

「よーし! 嬢ちゃんらが服を作ったってんなら俺は、俺の出来る最高の武器を作ってやるぜ!」

 

 むせび泣くおやじたちにサンドイッチされるという拷問にも等しい時を過ごした俺に待っていたのは待ちに待った鍛冶屋さんの一言だった。

 

「剣を。最高の剣と盾が欲しいです」

 

 最終的に市販の剣はマスターソードに代わってしまうのだから、訓練しやすい槍や後々必須になるだろう弓、弾代はかかっても遠近に隙の無い銃剣付の小銃のほうが良いのかもしれない。

 マシンガンの弾雨ですら切り落としてしまう石川なにがし13世やじぇだいのように、剣は持ち主の技量によってどこまでも凄くなる武器であると同時に、素人が持ったらただの鉄の棒っきれだ。そして俺はインドア派であり、剣の素人だ。

 

 だが、それがどうした! この世界はゼルダの伝説という名のゲームだ。

 ゼル伝と言えばやはり剣と盾。リンクと言えば剣と盾。最終的にはマスターソードに代わってしまうのだとしても、主武装に銃や弓、槍を使うなど邪道でしかない。

 

「オーケー任せとけ。お前に合う剣で最高の剣を作ってやる。出発は何時だ」

「明日。……出来ますか?」

 

 監視とか怖いから早めに出発したい。だが、急いで質は落ちないだろうか。

 

「はっ、なめんなよ。一晩あれば十分だ。俺の弟子たちも総動員して作ってやるよ」

 

 そう言って、帰っていくおやじさん。その背中はやはりかっこいい。スポーツカーを乗り回すイケメンとは違う漢のカッコよさがそこにある。

 

「では私も失礼します。明日の朝に家に寄って行ってください。私もお弁当を作っておきますから」

 

 ぺこりと頭を下げてからアンジュもおやじさんの後を追って帰って行った。良くできた娘や~。

 

「リンクさん!」

 

 ……と思ったら走って引き返してきた。

 忘れ物かな、そんな風に思っていた時期が俺にもありました。

 

 彼女は真っ直ぐ俺に突っ込んできた。

 

「んっ」

 

 錯乱した彼女の突然の頭突き攻撃!……ではなくて

 

「ああっ!!」

「な、な、なにをやっているのですか!!」

「さ、最近の子は進んでいるのね……私も早く何とかしないと」

 

 マロンちゃんやテワク、クリミアさんの言葉がどこか遠くに感じる。

 このゲームでは味や香り、食感や温度なども再現されていたりする。

 つまりアンジュのくちびるは柔らかいという事である。

 

「私の……気持ちです。ちゃんと帰ってきてくださいね。待っていますから」

 

 色の白い顔を自分の髪と同じ位真っ赤に染めて今度こそアンジュは帰っていった。

 

 さ、最近の子は進んでいるんだなあ。あの子小学生くらいだろう。

 でも小学生位の子供の気持ちなんて、すぐ変わっちゃうんだろうな。

 そういえば俺小学生のころに女の子に告白されたが、当時の俺はLIKEとLOVEの差が全く分からなくて時効的に消えてしまったことがあった。

 ちょっと惜しい気もするが、まあしょうがない。

 というか俺はいつの間に彼女の好感度をあそこまで上げたのか。出会って半日くらいしか経っていないぞ。このゲームって実はフラグの管理が雑でどっかバグっているのか。そもそも小学生とフラグ立てられるゲームはダメだろう。いつからゼルダの伝説はギャルゲーになったんだ。このゲームは全年齢対応ですぞ。

 

「――クさん! リンクさん!!」

「はっ!」

 

 気が付くといつの間にか前後左右にシェイクされていた。

 

「もう、もう、もう、リンクさんったらデレデレして!!」

 

 マロンちゃんそんなにもうもう言うと牛になっちゃうよ。

 それにでれでれはしていない。身体は子供、頭脳は大人。その名はハワード・リンク。流行るか?

 

「みっともないですよ、リンク!! ぽっと出の女の子にデレデレして!!」

 

 だからデレデレはしていないと何度言えば、って言ってなかったね。

 

「「なんとか言ったらどうですか、リンク(さん)!!」

 

 君たちが揺さぶるからしゃべれないんだよ。

 

 まあ彼女達の気持ちは分かる。見た目は子供でも中身は大人なリンクくんは近所の仲の良いお兄さん的存在なのだろう。それが他の子にとられそうになった気がして焦っているのだ。可愛いじゃないか。

 

 俺もまだ先生じゃなかったころの山田先生にくっつく男子がいたら、いやたとえ女子でも気に入らなかっただろう。彼女は女子中、女子高、女子大って行ったから男子の心配はあまりしてなかったんだけどね。

 

 最近は逆にあまりにも男の影も形も無いから、心配になってきた。将来の夢は学校の先生をしながら、お嫁さんになる事じゃなかったのかよ。確かに高校の教師は出会い少ないだろうけどさ、俺以外親しい男友達皆無ってどうよ。

 

 しょっちゅう尊敬する女教師の話をしているが、まさか百合の花が咲く方に走ったんじゃなかろうな。出席簿の一撃で生徒をノックダウンさせることが出来る化け物だそうだ。

 前に酒の席でそれを言ったら「じゃあ、あなたは私以外に親しい女の子の友達いるんですかぁ」と涙目で言い返されたがな! 

 居ねえよ! 友達全員かき集めても両手で数えられるようなぼっちに友達、しかも女友達とかハードルが高すぎるわ! 高すぎてその下を屈まずに潜り抜けられそうなほど高いわ!

 

「まあまあその辺にしときなさい」

 

 少女二人はようやく揺さぶるのを止めてくれた。

 

「さすがクリミアさん、頼りになります」

「リンク君も男の子なんだからしょうがないわ。それにデレデレする男をちゃんと叱ってから許してあげるのもイイ女の器量ってものよ」

 

 ……クリミアさんまでデレデレしていたとおっしゃる。俺に味方はいないのか、神も仏もいないのか。

 

 まさか本当にデレデレしていたのではあるまいな、俺。

 だが俺はロリコンでは無いし、例え万が一そうだったとしても、内心が表に出ない事には定評のあるリンク=サンの鉄壁の防御力をアンジュは貫いたと言うのか。片手でかめはめ破を出しながら、突進してくるのか。

 

「もう絶対について行きますからね! リンク!」

「私もついていく!」

「じゃあ俺も行こう」

「じゃあ私も……って言えないのが大人の辛い所ね」

 

 おかしいな、いつからゼル伝の勇者はパーティー制になった。

 

 

 

 

 

 翌日の早朝。

 ルベリエさんたちに見つからないように、まだ夜が明けきらない内に俺は出発することになった。

 

「うー! 私もやっぱり行きたいですよー」

「しょうがないだろ。俺もテワクも武器はまだ何も扱えないんだ。リンクの足手まといになる」

 

 まあ、俺も特に扱えないがな! どうも最初の出会いのせいか、彼らは俺を武器の扱いは達人級だと勘違いしているらしい。

 

「絶対、絶対オカリナ吹いてね。私も一生懸命練習するから!」

「分かった」

 

 涙目のテワクとマロンを宥めつつ、インゴーさんたち他の皆とも別れをすます。

 

 旧作ではサリアの歌と呼ばれる曲は吹くと特定のオカリナ同士で会話が出来る。いわば携帯電話みたいなものだ。

 

 露店商人スタルキッドからマロン達用の妖精のオカリナをすでに買ってあるので、しようと思えば連絡可能だった。俺がいなくてもエポナの歌を吹けば牛が乳を出すことも確認済みである。なにせ武器が無くて検証とサブイベント位しかすることがなかったからな。

 

「いい。何度も言うけどまずはリー一族のいるトアル村に行くのよ。そこならきっと運命の剣の手掛かりが見つかるはずだわ」

「分かったよ」

 

 トワイライトプリンセスで主人公リンクの故郷であるトアル村。

 村の名前からしてスタッフの適当感が滲み出ているが、彼ら曰く『勇者リンクとは、たまたま遭遇した凶事を見過ごせず飛び込み、解決してしまう通りすがりの若者』らしいので、これでいいらしい。屁理屈に聞こえるのは俺だけか。

 

「それから真水や生肉、生卵、生チュチュゼリーは飲まない事。きちんと火を通してからにしなさい。夜は冷えるから、火を焚いてマントにくるまって寝るのよ。後は……」

 

 吹っ切って冒険に送り出してくれたように見えて一番俺を心配しているのはやはりクリミアさんだった。一族に伝わるお守りとか厄除けとかが満載の袋をくれたし。決して開けてはいけないと言っていたが、その辺は日本のお守りと一緒だな。

 

 それにさっきから俺に肩をつかんだまま放してくれない。

 

 彼女は旅の危険を知らないほど子供では無く、可愛い子には旅をさせよと子供の可能性を信じられる程大人でもない。15歳とはそういう中途半端な時期なのだ。

 

 どれだけ大人びていても年相応な所もあるのだな、と微笑ましくなった俺は背伸びをして彼女の頭を撫でた。

 

「大丈夫、僕は絶対にここに帰って来る。心配しないで」

 

 不安になっている子供をあやすにはやっぱりこれだ、1週間子供たちとの触れ合いで学んだことだ。

 

「うん」

 

 クリミアは小さく頷いて、俺を放して――あ。

 

「これはちょっとしたおまじないよ」

 

 視界いっぱいに広がる彼女の顔。空色の目。

 くちびるに柔らかい感触。

 

「あら、ほっぺにするつもりだったのに間違えちゃった」

 

 えと、うんと、駄目だ。とりあえず耳まで赤く染めながら悪戯っぽく微笑むクリミアさんが可愛い。

 でも、その代償はでかかった。

 

「お、お姉ちゃん! ず、狡いよ! 自分ばっかり! わっ私だって」

「あ、あ、あ、そんな、ク、クリミアさんまで……?」

「おい! しっかりしろ! テワク! テワクー!」

「クリミア嬢ちゃんが欲しければこのインゴーさまを倒してからにしろ!!」

「クリミアにもやっと春が来ただよ。おらこれで安心して寝れるダ」

「これ以上寝たら、いつ起きているんだ」

「寝過ぎは、健康に良くない」

「これが誑しと言う奴ですか。さすがは私達のリーダーと言ってよい物かどうか」

 

 なにこれカオス。

 

 でもこれはこれでへっぽこ勇者である俺の門出に相応しいのかもしれない。

 

「行ってきます」

 

 俺は皆に背を向けて、町に向かって歩き出した。まずは鍛冶屋で剣と盾を。そして次はいよいよハイラル平原の先、かつての故郷トアル村へ。

 

「行ってらっしゃい」

 

 彼女の言葉と共に。

 

 

 

 

 なんて綺麗に纏まったら良かったんだが……

 

「待っていましたよ、ハワード・リンク」

 

 街に入ったところでのっけから会いたくない人に出会ってしまった。

 しかも高そうな制服を着てサングラスを掛けた人たちがルベリエさんの前にぞろぞろと並んでいる。

 

「なんでここに」

「あなたを野放しにして置く訳ないでしょう」

 

 やっぱり監視がついていたんですね。まあ予測はしていましたよ。

 だがこんな時のために昨日お金と装備を返してもらったのだ。

 

 かつて時の勇者をも撒いたシークの技を見せてやろう!

 目つぶしと麻痺効果のあるデクの実を使い、颯爽と撒いてやる。

 俺の冒険は何人たりとも邪魔させないぜ!

 

 俺がインベントリを呼び出そうとした時、

 

「ハワード・リンクっううう!! 貴様の、貴様のせいで、私のウイルス拡散計画が! 私の一か月の我慢が!! 台無しDA――!!」

 

 いきなり顔を真っ赤にしてシャウトし出すおっさんが現れた。

 白衣を着ていることを除いてこれと言って特徴のない普通の中年だが、酒乱だ。それとも風邪でもひいて熱が上がってテンション振り来てるのか。どこかでみたことあるような顔だが、まあいわゆるモブ顔というやつだろう。現実の俺と一緒だ。

 

「誰だ、あんた」

「私は誰かだとー! 良いだろう教えてやる。私はレベル3ィイイイイイのAKUMAだ!!」

「い、いかん!!」

 

 駄目だこいつ……早く何とかしないと……

 

 ルベリエさんも慌てている。だよね、路上で自分は悪魔だってシャウトするとか、正気に戻った時に死にたくなるよね。早く止めてあげないと。明日からこの人ひきこもりになっちゃうよ。

 

 もう何なんだよさっきから。出鼻挫かれるどころか骨折してるんだけど。

 

 とりあえず、旧作では目潰しと麻痺効果のあったデクの実を使ってみよう。

 

 インベントリを開く。って、牛乳マークばっかり!

 古い物順に並んでいるという事か。今まで牛乳しかなかったから分からなかったぜ。

 

 つまりデクの棒や実は最後の方か。指を上下に軽くふって、ページを下へ下へと高速で送っていく。

 

「へへへ、ふへへ」

 

 くそ、牛乳が多すぎる! 騒音おじさん今にも跳びかかってきそうだぞ。

 もう牛乳でも何でもいい。ともかく時間を稼ぎたい。これに決めた!

 

「っく、逃げるぞ! ハワードリン」

「何をしようとしているのか知らねえが、もう遅え。消えてなくなれェエエエエ!!」

 

 酔っ払いのおじさんが腕を突き出した瞬間、俺達は眩い光に包まれた……

 

 

 光が収まると酔っ払いおっさんはびっくりしたのか居なくなっており、道にはルベリエさんとお付の人たちが倒れていた。

 

 どういうことなの?

 




第一ボス レベル3AKUMA 能力は拡散と収束。AKUMAの持つ猛毒のウィルスを、即効性と致死性は薄まるものの、人から人、生き物から別の生き物へと感染するウィルスを作り出すことが出来る。平たく言えば疫病を起こせる能力。
 しかもAKUMAのウィルスが元なので普通の薬などは効かない。治したければイノセンスの力を被害者の体内に直接入れて、イノセンスに拒否反応で死ななければ助かるかもしれない。
また力を収束して威力を上げたビームを出したり、敵の攻撃の威力を拡散させて防ぐなども可能。

第一ボスがやたら強いのはスカイウォードソードだから。

ちなみに主人公の現状の装備は

ハート 3つ
頭 勇者の帽子
体 勇者の服
手 勇者の手袋
インベントリ 大量の牛乳 妖精のオカリナ デクの実 デクの棒 デクの種 その他心配性の皆が持たせてくれたお守りや食糧、衣類など。
ちなみにこの中に状況を打開するものがあります。

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