緑の勇者じゃない! それはリンク違いだよ! 作:よもぎだんご
長くなってしまったので、分割しました。今日中に続きを書くか、明日に回すかは作者の気分次第。
私は電話で報告を受けて、ため息をつきたい気分で一杯だった。
チャン一族とエプスタイン一族が行っている人造使徒計画がはかどっていないのだ。
悲劇と魂とダークマターによって造られる人の皮をかぶった殺人兵器AKUMA。その製作者であり7000年の時を生きる千年伯爵。
それらを撃退できる可能性を唯一持つとされる神の力の結晶〈イノセンス〉。
そしてイノセンスに選ばれた神の使徒〈エクソシスト〉。
彼らは奮戦しているが如何せん数が敵軍に対して圧倒的に少ない。AKUMAは着々と数と強さを増しているのに押されて、エクソシストは次々と死亡していく。
戦争は数だ。
そもそも最大でもイノセンスの数が109個しかない無いため、私達の最大戦力はエクソシスト109人。だが、イノセンスは散逸していたり、伯爵に破壊されていたり、そもそもイノセンスの適合者がいなかったりと私たちの現戦力は30人にも満たない。
イノセンスを持たなくても例えば中央庁直属の〈鴉〉部隊のように戦闘に特化した魔術師ならばエクソシストと同等の戦闘力を得ることが出来る。
AKUMAに攻撃魔術を叩き付けて吹き飛ばす事も出来る。だがイノセンスを持たない彼らにAKUMAは破壊できず、倒せない。
たとえそれが新人エクソシストでも倒せるレベル1、2でも、止めが刺せず、封印が精一杯だ。レベル3のAKUMAとなるとそれすらままならない。AKUMAはレベルを上げるごとに進化し、固有の能力や知恵、感情を得ていくからだ。
このままいけば我々人類は遠からず千年伯爵たちに敗れてしまうだろう。そうすれば7000年前のノアの大洪水の二の舞になってしまう。
それは駄目だ、決して許すことはできない。
我々が推し進める人造使徒計画とは、我々の弱点であるエクソシストの数を何とかして増やす、または維持することを目的とした計画であり、科学と魔術の双方の側面からアプローチされている。
だが、現状ではどちらもほとんど成果が上がっていない。
魔術的試みとしてはイノセンス適合者の血縁者にイノセンスを適合させる実験がずっと前から行われている。アジア支部を作り上げたチャン家のように魔術の素養は家系に深く関係しているからだ。
千年伯爵やイノセンスの事についての過去と予言が記された「キューブ」の適合者が私の家系から出て以来、私の一族は代々生贄ともいえる被験者を出し続けている。そして聖女と言われたヘブラスカによって彼らは次々イノセンス不適合者「咎落ち」となって死んでいったのだ。
咎落ちとなったものは24時間以内にイノセンスに命を吸い尽くされて死ぬ。イノセンスは吸い取った命を使って広範囲に破壊をまき散らすのだ。
初めて見た時は理不尽さのあまり怒りで心が震え、ヘブラスカに食って掛かり、父親に張り倒された。父のような冷酷な男になるまいと思ったものだが、すっかり父親と同じになっている気がする。……どうでも良い事だ。
それからというもの、私はヴァチカンの教皇直属の中央庁に努めているが、神など信じなくなった。
イノセンスは神の力の結晶などではない。ただこの世ならざる力を持ち、奇怪な現象を起こし、AKUMAや千年伯爵に対抗できる物質。
エクソシストも実験に失敗して咎落ちとなった者もこの戦争に勝つための駒、道具でしかない。その差は有用性の有無だけだ。
そしてアジア支部でチャン一族とエプスタイン一族が行っているのが、人造使徒計画の一環であるセカンドエクソシスト計画だ。
セカンドエクソシスト計画とは戦死したエクソシストの脳を他者に移植すればイノセンスの適合権は継承で出来るのかを調べて、継承出来るのならば戦死したエクソシストを再び戦わせようという計画だ。
すでに計画は実行に移っており、私の元家庭教師であり治癒魔術師でもあるズーも参加している。他にもアジア支部や他の支部の優秀な魔術師、科学者がこの計画に参加している。
戦死したエクソシストの肉体を魔術により保存し、科学者がエクソシストの体細胞クローンを作りだし、魔術と薬品で即席培養する。
さらに細胞段階から魔術師により生命力や回復力を強化させる。肉体の回復力に頼りすぎると寿命が減るのが改善点だがまあいいだろう。死んだらまた脳を別の器に移せば良いだけだ、何の問題もない。
ある程度器となる肉体が育ったら元の脳を移植する。魔術で元の記憶を封鎖することも忘れない。恨まれたりすると面倒だからな。
すでに2人の男女が目覚めた。だがイノセンスには拒絶されているようだ。もっとも2人とも身体がバラバラになりかけても咎落ちにはならなかったらしいので、気にせず計画は続行だ。
この計画以外にもう人造使徒計画で目ぼしい成果が上がっているものはない。
なんとしても成功させろと言っておいた。
私は部下と護衛付きでケルン大聖堂の再建費用や献金についての話し合いにドイツのケルンまでやって来ていた。
汽車と船と馬車を乗り換えての旅は疲れるが、悪くない。
ケルン。
元々はコロニア・アグリッピナと舌をかみそうな名前で呼ばれていた古代ローマの植民市であり、ローマが滅びてもなお栄えている。
そもそもヨーロッパには古代ローマの植民市が原型となった町が多い。
ゲナウァ(ジュネーブ)、アクインクム(ブダペスト)、ルティアナ(パリ)、マッサリア(マルセイユ)、ボンナ(ボン)などスラスラあげることが出来る。
それらが栄えているのも無理からぬ話で、上下水道、街道網、公衆浴場といった生活に関わるインフラ、闘技場や劇場といった娯楽施設、常駐するローマ軍団の庇護、それら全てを昔から備えていたのだ。
当然人々は安全かつ快適で刺激のある都市に集まる。そうして街は今の今まで発展し続けてきたのだ。
特にケルンは都市を覆う城壁まで有しており、ローマ皇帝を僭称した者もここを拠点とする程だった。
つまり何が言いたいかと言うと、彼らはキリスト教と互角以上の歴史と伝統を持ちながら、同時に経済力、軍事的防御力まである。我々からすると無下に扱えない厄介な存在だということだ。
故にそれなりの歴史と、イノセンスに適合するかもしれない一族の者を犠牲にし続けることで築いてきた地位と名誉、財力を持つルベリエ家筆頭の私が出てきたということだ。
交渉においてヨーロッパのたいていの者は最悪の場合、破門や異端審問をちらつかせればどうとでもなる事が多い。キリスト教の盛んなヨーロッパにおいて、破門や異端というのは社会的に死亡したも同然だ。破門されたり異端とされた者は人間扱いされない。
これがヨーロッパ以外ならまたそこに独自の宗教があるため、そこまでの重みは無いが、それでもヨーロッパの人間には見向きもされなくなるだろう。
だが、ケルンはたとえ破門や異端審問をちらつかせてもケルン大聖堂を神輿にして独立し、平然と新しい宗派を名乗りだしそうだ。
ヴァチカンとしては腹ただしい問題だろうが、一口にキリスト教といっても世界にはたくさんの宗派がある。
ローマ・カトリック、プロテスタント、ギリシャ正教、英国国教会、他にもご当地宗派がたくさんあって、それは同じキリスト教というひとくくりにされているのが現状だった。
故に筆頭の私が出てきたのだ。
護衛の〈鴉〉ももちろんいる。黒の教団本部からも護衛と言う名目で、スパイというか牽制として新人のエクソシストも一人送られてきた。
どうにも今の教団本部の室長は野心と執着心が強い男らしく、私もライバル視されているようだ。幹部の一人である私に何かあっても新人にすべての責任を擦り付けて、尻尾切りするつもりだろう。
今の室長が上にあがってきそうな優秀な者は使いつぶすか地方に飛ばしているせいで本部にはロクな奴がいない。アジア支部でセカンドエクソシスト計画をしている理由はここにもある。
送られてきたスーマン・ダークという男はこの町の出身で、妻と難病持ちの子供もケルンに住んでいるらしい。
風を操る寄生型エクソシストだ。寄生型は珍しいが、いないわけではない。
イノセンスには装備型と寄生型があり、どちらも一長一短だ。
装備型はイノセンスを銃や剣などに加工し、使いやすくしたものだ。その分爆発力に欠けるがそこは経験を積んで、イノセンスとのシンクロ率を上げればいい。
寄生型は体の一部にイノセンスが癒着している者で、いざという時の爆発力には優れているが、その分消耗も激しく、寿命も短い。
このスーマンと言う男に正直興味はないが、何かあった時に生死を分けるかもしれないので情報収集は怠らない。
それから数日たったある日のこと、少し面白い者を見つけた。
退屈で面倒な会議を終えて、スーマンを妻子の元へ送り出し、自室でゆっくりしていた所でおもわぬ情報がスーマンと監視兼情報収集についていた鴉から入ったのだ。
ハワード・リンク。
イノセンス、しかも滅多にいない他者を回復させるイノセンスの適合者と思われる少年。
方法の詳細は現在調査中だが、流り病で死に掛けていた病人たちを次々に救っているらしい。
スーマンの娘が患っていた不治の病も一緒に完治させたそうだ。
スーマンは娘を生き長らえさせるためにエクソシストになったらしいから、喜びも一塩だろう。
ハワード・リンクを知っているという鍛冶屋がスーマンの友人であり、そこから情報が入ってきた。人生何が役に立つか分からないものだ。
室長に礼を言いたいね。君の送り込んだスパイのおかげでまた1人エクソシストが見つかり、戦力は拡大した。ついでに就いたばかりの今の中央庁特別監査官長官の地位と教団幹部のルベリエ家筆頭の座も盤石になる。
さっそく私自ら勧誘してみた。まあ彼に拒否権は無いのだが、体裁は大切だ。
見た目は金色の髪に蒼い目をした美少年。背は平均的で太っても痩せすぎてもいない。
性格は少々大人びている子供といったところだ。
初めて会う私を警戒しているのか、歯を食いしばって何もしゃべらない。何か聞いても首を振ったり体で示すばかりだった。
私が来る前には彼が少女と話している声が聞こえたので口がきけないという訳ではないらしい。
家の場所を聞いてもそっぽをむいて何も答えないので、鍛冶屋とその娘から聞き出し、彼の家へ行く。彼も観念して馬車に乗った。
彼は、ケルン近郊の地主の一人であり、牧場を経営しているメロン・ロマーニの保護下にあるらしい。ロマーニという響きはイタリア系だから移民なのだろう。
彼はどうやら周りから大切にされているようで、私が千年伯爵やAKUMA、イノセンスについて説明し、世界を救うためにどうか彼の力を借りたいと説明しても、そんな危ない所には行かせられないと頑として聞き入れない。
その他にもエクソシストとなれば彼には高度な教育を施し、高額の給料も払うし、何だったらの牧場にいる他の孤児たちを引き取ってもいいとさえ譲歩したのだが、メロン女史やその周囲の者を余計に頑なにしてしまった。また当の本人は黙ったままだし、メロン・ロマーニの夫についてはあろうことか寝ている。ヴァチカンからの使者である私を前にしてだ。
珍しいエクソシスト候補を見つけて少々舞い上がってしまったのだろう。交渉に失敗するという私らしくない失態を見せてしまった。
そこで私は作戦を切り替えた。
交渉には飴と鞭が基本だ。飴は十分に与えた。今度は鞭の出番である。
メロン・ロマーニもハワード・リンクも気丈に振る舞っているもののまだ若く、甘い。
こちらの力を見せて、その小生意気な心を折ってやればいいだろう。
法王やヴァチカンの元に組織された黒の教団とその影響力を指摘し、異端審問や破門をほのめかす。
さらに今私が受け持っているケルンの領主との交渉もあげ、彼をこちらによこさなければケルン領主にも睨まれることも話す。地元と世界と両方に拒絶されればこの牧場は、ひいてはここに暮らしている子供たちはどうなるのかもじっくりと指摘する。
またAKUMAの脅威についてもとりあげて、イノセンスを持つ彼を狙ってここにやって来るだろうこと。そして彼のイノセンスは他者を回復させるものであり、直接的戦闘力は無く、その末路はどうなるのかについても微に入り細を穿って説明する。
メロン・ロマーニに迷いが生まれ、逡巡し、葛藤するのを内心で笑いながら、最後の詰めに持ち込もうとした時、今まで一言もしゃべらなかった彼が唐突に低く獣の唸り声のような声を発した。
「俺は絶対に行かないぞ……変な髪形しやがって……この後頭部ハゲのホモ野郎が」
それは私に対する罵倒であり、ひどい侮辱であった。正直不敬罪やその他の罪に問えそうなほどだ。
私の後頭部は禿げていないし、この髪形は紳士の証。それに私は禿げていないし、ホモでもない。ただ美少年や美青年の良さを知っているだけだ。
私は怒りのあまり反射的に怒鳴り散らしそうになったが、彼の目に宿る野生の猛獣が相手を値踏みするような目線にその衝動をぐっとこらえた。
「貴様の器はその程度か。紳士を気取っているが子供の戯言で怒鳴り散らすのか」
そう視線で言われた気がしたのだ。
私は怒りを飲み込んだ。この手の輩は一度なめられてしまうと終わりだ。その代わり一度忠誠を誓った者を裏切らない。そういうタイプなのだ、このハワード・リンクという少年は。
「それでも君は私の所にやって来る。それは君が何と言おうと変わらない」
毅然とした態度で私は彼に通告し、明日の予定をとりつけてから帰宅した。
実に英国紳士だったと言える。
馬車の中で怒りをある程度消火した私は最低限の護衛だけを残して、彼らに任務を言いつけた。
内容はハワード・リンクの監視と護衛だ。
その後街で情報を集めさせていた連中から報告を聞く。
彼は1週間前からイノセンスの力が宿った牛乳を使って治療をしていたらしい。
その牛乳の効能は確認が取れただけでも複数の病気の治療、疫病の根絶、体力の回復、怪我、しかも四肢欠損レベルの治癒など多義にわたるらしい。
ほとんど万能薬。まるでおとぎ話のエリクサーや大妖精の雫のような牛乳だ。
つまり彼のイノセンスは、牝牛
……新しい
本編には一部ベーコンレタスでグロテスクな表現があります。お食事中の方がいたら申し訳ありません。また当方ではいかなる弁償も出来かねます。