牢の中で出会ったのは同郷の奴隷達だが、鉱山で労役についていた。閉山に伴い奴隷商へ出戻ってきたのだ。
やせ細った彼らに手持ちの栄養剤を振る舞ったところ感謝され、その流れでとある噂話を伝え始めた。
最初に話しかけてきた男性。最後の職歴は高齢者相手のPC塾の講師だったという、槻山さんはまるで遠い昔の事でも思い出すかのように、左上を仰ぎながら語り始めた。
「俺は鉱山へ売り払われる前……南東のオタっていう港町とオーリアのルル・メーンの港の間を行き来する船で船員をしていたんだ――」
「仕事はきつかったよ。元の世界での仕事のきつさとはまた違った過酷さでね。俺たちには基本的人権すら認められていないんだ……この世界では……」
「目を合わせただけで、殴る蹴るは当たり前。陰湿な奴はマジで殺そうとしてくるから気をつけろよ」
「あ、ああ……気を付けるよ……(マジか)」
「――あと、舌の肥えた現代人には、食事の質の低さが
「だが、たまにあいつらの中にもいい奴がいるんだ」
「意外といるんだよな。……そんなエルフと会うと、捨てたもんじゃないと思えてきちまう」
「その人から、魚を分けてもらうんだが……それが、美味いんだ」
「(ゴクリ)」
他の奴隷達の喉を鳴らす音が響く。
「涙が出るほど、美味い。そうすると元の世界の味を思い出して――」
「――苦しくなる「夢にまで見る」「俺はほぼ毎日」「それが楽しみになっちゃうんだよな……前は当たり前だと思ってたのに」「……帰りたい」」
「話がそれてしまったが、それが奴隷の日常だよ。この世界の船舶技術は未熟なんだろう。よく難破したり、波にさらわれる船員がいるんだ。だから、いなくなっても困らない人間の奴隷が丁度いいんだ。はぁ――」
槻山さんは話疲れたのだろう。一つため息を吐くと姿勢を崩しながら続けた。
「その時耳にした話だ」
「とある人間の王が亜人たちの領域から、人間たちのエリアを切り取って建国したらしい。そこでは人間は差別されず、人権もあり、人として文化的に最低限の生活が保障されているんだとか」
「え……それじゃあ、そこへ行ければ……?」
「まぁ、いければの話だよな」
「理想郷――そう呼ばれてるよ」
「何処にあんのかわかんねェンだよな。俺も噂だけは聞いたことあんぞ」
「真偽のほどは確かじゃないが、技術チートで上手くやったのかもしれないな」
「つっても、全部の記憶を持ってる奴いんのか?」
「――どういうこと、ですか?」
「この世界に来たときには、みんな何かしらの記憶を失っているんだ」
「記憶……」
俺は今のところ記憶に欠けがあるとか感じてない。
もし技術に明るい人がその知識を生かせる環境に恵まれたら、技術革新でこの世界の亜人より一歩抜きん出た組織を作り出せるかもしれない。
俺には十分に現実味のある話に思えた。
……いや、思いたかった。……という願望だろうか。
「そうだ……みんなでそこに行きませんか! そうすれば「警戒がゆるいからといって逃げ出しても、碌なことにならんぞ」」
「――っどうして!?」
「奴隷は耳で分かるから、すぐに連れ戻されるぞ。それに町の外へ出ても、モンスターに襲われればタダじゃすまん。俺はモンスター討伐の戦闘奴隷だったことがあるから分かるんだ」
「じゃぁ――」
顔のデカイおっさんは足を崩した。
しかしそこには、あるべきものが無かった。
右足だ――
「な……!」
「ゲームのように思っているなら止めろ。モンスターだけじゃない。自然環境も元の世界とは違うんだ。理想郷を求めて世界中を当てもなく彷徨うなんぞ……死ぬぞ」
「……それでも、そんな場所があると思うだけで。少なくとも……俺はまだやれる気がするんだ」
話を聞いていた特徴の無い男はそう独り言ちた。
「元の世界に帰れるって話、聞いたことあんぞ。あっちと繋がってる扉がどこかに現れるとか……」
「それは。よく聞く話だが……俺は与太話だと思ってるよ」
「話す奴でコロコロ内容が変わるんだよな。そいつで騙された奴に会ったことあるぜ」
「扉か、どこでもドアみたいなやつか」
「まぁ……知らんけど」
「ふぅ……」
話疲れたのか、オッサンの相手に疲れたのか、牢の中には再び静寂がやってきたのだった。
今夜は満月なのか、高い位置の細長い窓から光が差し込み、地面を四角く照らしていた。
地面に写り込んだ窓の格子は、二重に重なって見えていて、二つの像には明らかに輝度の差が見られた。
こんなことは自分の記憶には無く、この場所だけで観察できる特異な現象なのかもしれない。
いや。牢屋の中だけで見られるというのは、無理があるだろうか。
こんな環境で起こるのだ。ごくありふれた普通一般の日常の風景ということも考えられる。
――よく考えればこれと似たものをどこかで見たことがある……。
光源を直に目にすればなにか分かるかもしれない。
俺が座り込む位置では、窓から見える範囲は限られており、隣の家屋であろう真っ黒な木の壁しか窺うことしかできなかった。
地面に光が照らす個所であれば見上げることはできるだろうが、周りの目もありその行為は
同じ牢へ入っている彼らは、疲労しており空腹で長年の労役で擦り切れており、無用なトラブルは避けたかった。
同様の理由で、月の話題などここにいる奴隷達にとっては神経を逆なでしかねない、どうでもいい話題であり、興味を持つ内容とも思えなかった。
俺はなんとなく座り心地に違和感を感じて、腰の位置を調整した。
隅の地面の砂は余計に湿っているように感じられて嫌なのだが、かといって部屋の真ん中には寄りかかる場所などは無い。
結局は少しでもマシな場所を探すのだが、部屋は既に満員であり、条件のいい場所を探す余地などありはしない。
俯き身動きすらせずに壁へ寄りかかる彼らを見。ただただ無為に時間が過行く様に焦燥感に似たものを覚えた。
焦ったところでどうしようもないのは分かり切ったことだ、しかし自分の中の何かが削られていくのを感じるのだ。
己の希求するところはつまり自由だ。
この薄暗いプライバシーの欠片もない陰鬱な小部屋に閉じ込められて、眠れない。眠ることが困難で悪臭放つ湿冷な地面と、気味の悪い黒々とした壁の染みに囲まれ、絶えず覚醒を強要される。
睡眠の阻害。
だから、周囲のどうでもいい空間を観察せざるを得ない。
牢の正面は何もない木の壁で、その向こうからは人の気配がするので部屋になっているのだろう。
窓からの弱々しい光。
夜にも関わらず、何をしているのか。まぁ、夜にすることは。つまり、アレだろう。
そういえば、女の奴隷の気配を感じない。ここへ入れられた時も見なかったし、隣の牢も男しかいないようだ。
他にも牢屋が存在する可能性がある。
ここは館でも構造的に袋小路にあたり、もし脱出しようものならば手前の部屋の看守に速攻で発見されて、モグラ叩きよろしく穴倉へ戻されることだろう。
であるなら、看守の居所を基点として対称に配置されている可能性がある。
……それは無理があるか。
それほど敷地面積に余裕があるとは思えないし、それに先ず牢屋から設計を始めるとは考えずらい。
奴隷の収容区などより重要なスペースを優先するはずだ。余った敷地に無理やり配置するとしたら歪な形状になるのではなかろうか。
などと、取り留めなく考えを
おそらく間接光だろう。
「******」
簡素な食事を与えられた。看守が乱暴に牢の前へ置いてゆく。
煮た芋の入った冷えたスープだ。ジャガイモでもないし、里いもでもない……。
勿論、箸やスプーンなど与えられないので、俺が不思議そうに芋を手で摘まんで見ていると、槻山さんが話かけてきた。
「それは、おそらくタロ芋に近いものじゃないかな、と思うんだ。ほら、タピオカの原料だよ」
食感はボソボソとして、味を感じない。それに渋い。食べていいものなのかコレ。
「鉱山でもよく出たな……」
「案外……国民食なのかもしれない。芋は育てやすそうだし」
「あいつらがコレ喰ってるとこ見たことねーぞ」
「じゃあ、ちがうのか……デントコーンみたいな家畜飼料?」
「やめろよ。さらに不味くなる」
「看守が喋る囚人を黙らせたりしないんですか?」
「余程騒がない限り、無かったな。というよりそんな気力も湧かなかったが」
「売られるときはどんな感じなんですか? 裸に油を塗られて並べられたりされるんですか?」
「俺の時はそんな事されなかったよ。それ大航海時代の奴隷のエピソードだよね」
「ええ……まぁ」
そりゃぁ、知ってるよな。なんか、見当はずれな
でも、ここにいる人達と理想郷を目指してみるのは悪くないかも。などと思い始めていた――
「*****」
「手を挙げて、外へ出ろ」
――拳銃を突き付ける、旅装のダークエルフの女が現れるまでは。
「手を挙げて、外へ出ろ」
拳銃を構えたダークエルフは、嗜虐的な二ヤついた表情でそう言った。年齢は30代位か。
「(拳銃だ!)」
「(それより日本語を喋ってるぞ。このエルフ)」
後ろで囁きあう槻山さん達。確かに。日本語を喋るエルフは初めてだ。しかも黒いエルフ。
驚いた顔の俺たちを見てダークエルフは満足げだ。単に面白がってただけかもしれない。
「どうした、早く出ろよ」
拳銃は俺に向けられているので俺の事だろう。その様子を周りの同郷人達も固唾を飲んで見守っている。
別に拳銃を使う必要なんか無いだろうに。逆にひけらかしたが為に奪われれば、人間たちにこの場の主導権が移りかねない。
俺は言われたとおりに、あけ放たれた格子の扉を腰を折って潜り、ダークエルフの前へ出て行った。
銃口をこちらへ向けたまま、ダークエルフは俺の動きに合わせて後退する。狭いので奴隷商や看守も押し出されるように後ろへ下がった。……なんだか間抜けだ。
本当は普通に連れて出るだけでいいんだろうが。牢の入り口開けっ放しだけど?
「******」
「*****」
そのまま、隣の牢の奴隷達の注目を一身に浴びつつお手挙げポーズで、やや広い部屋へ出ると銃を懐へしまって、恰幅のいいオッサンと話を交わし始めた。
「******」
「***、******」
金を手渡すところを見ると、取引は完了したようだ。
「よし、ついてこい」
「ああ」
「はいだろ!」
バシ!
頭を殴られる。
血が地面に飛んだ。
「……はい」
ダークエルフは入口で槍を受け取ると、再びついてくるように促した。
ダークエルフというと、美形で銀髪を想像するだろうが、まったく違う。
突き出たアゴ
黒い縮れ毛
厚い唇
太い眉
魅惑的な鳩胸
ついでに長耳
髭は無い
ダークエルフというか、黒人だ。背は高いほうだ、この世界では。170cmはあるだろう。
最後に槻山さん達と話をする暇すらなく、あれよあれよという間に連れ出されてしまった。
大丈夫だろうか……。まぁ、俺に心配されるより、俺が心配される方なんだろうが。なにせこの世界の常識に疎い訳で、予想などつきようも無い。
やがてとある家屋へ入ると、入口にいた女性と言葉を交わして、そのまま奥へ入っていった。
俺が戸惑っていると、振り向いて手招きしてくるので後に続く。
どうやら宿屋だったようで、間取りはあっちの世界と似たようなものだ。
通路の片側にドアが並ぶ。
その一つへ入ってゆく。
部屋はベッドが一つあるだけだ。
……もしかして、性奴隷として買われた……とか? マジで?
早速ダークエルフはベッドへ腰かけ壁へ背を預けると、俺を扉付近へ立たせたまま話始めた。
「おまえ、名前は?」
「え、ええと。……祐一郎。中畝祐一郎……」
「俺はイーレシスンと名乗ってる。見た通りここの出じゃない」
一人称が俺!? 見た通りって、黒い肌の事を言ってるのか。
「――なんで日本語を話せるんですか?」
「転生者? ってやつだ。産まれはもっと北の方なんだが……漂流してきて帰れなくなっちまった。だから協力しろ」
転生者! エルフにもそういうのが混じってるのか!
……なるほど。両方いるのか。
産まれは北。北はダークエルフが多いってことか? 北は寒いのだろうか。ここは北半球なのだろうか。いや、そもそも平面世界の可能性も……
漂流してきて帰れなくなったって事は、北に帰りたいってことか。
となると船で帰るとしたら、必要なのは金かな? それを得るために俺が必要になったと。銃の件といい……すげぇ、嫌な予感しかしない。
「それで、何をすればいいんですか?」
「いろいろだ。取り敢えず当面は盾を扱えるように練習させるから」
盾? 何で盾を扱えると金を稼げるようになるんだ? 意味が解らん。
船代の目標金額溜まったら奴隷商館に逆戻りってことか?
どうやら性奴隷じゃ無かったらしい。ホッとするやら。寂しいやら。なんとも複雑な心境。
「取り敢えず、服脱げ」
装備:服 0.5kg
装備:上着 0.5kg
装備:ズボン 0.5kg
装備:インナー
装備:ボクサーブリーフ
装備:靴下
装備:靴 0.5kg
スマホ -
小銭 ¥361
タバコ 3本
¥100ライター
コンドーム
プラスチック袋{栄養剤 3錠}
ビニール袋{岩塩 -}
カギ