刹那の旅路   作:靴下9153

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 祐一郎 は異世界で亜人に奴隷として売られてしまう。
 
 同郷の奴隷達から、人間だけの理想郷の噂を聞かされるが、拳銃ダークエルフの女イーレシスンに買われた。
 
 そして因縁の青髪と赤スカーフの二人と思いがけず遭遇。イーレシスンの魔法でお互い大したけがもなく事なきを得るが、ほとぼりが冷めるまで国を離れることに。
 
 0012〜0013の一週間の出来事を細かく描写します。地の文中心です。
 
 異世界の生活? を実感し始める。酷い前文明的な道行に辟易する。
 
 一日目:2つの村を横切る。第二の太陽は一時間周期。
 スケルトンと遭遇。
 ステータスウィンドウでイーレシスンのステータスが覗けるようになった事に気づく。そして偽名である事が判明? ステータスウィンドウ上ではヤシンタが彼女を表す名称であると類推した。
 
 二日目:沼で巨大ダンゴムシを目撃。
 峠を超えて人の住む土地に辿り着く。
 しかし、無人の廃村となっており、動物達の楽園と化していた。
 そこで、幽霊に襲われ朝日に命を救われる。
 目的地のアトーエへ向かうため、経由地であるイーノエススの玄関口へ入る二人。
 そこでは、モンスター対策の壁が乱立する混沌とした村落が点在する一帯であった。
 マーマンと村人が対立しており、渡し舟が使えず足止めを食らってしまう。
 宿でトラブルとなり野営したのであった。
 
 其の八
 
 イーレシスンの口調は、onepieceの女海賊をイメージしてます。



0012_7 追加分/一週間に起こった出来事 その八 異世界行ったら迷子ダス

「くそ、火ィ付かねーな!」

 

 あの後、郊外で泊まる事になり火種が燃え立たず苛立ちを募らせていた。

 

 それを横目に同じく宿にあぶれた4人一家が、こそっと家族会議を開催している。

 

「(火打石は見たことが無いヤツだ)」

「(勝手が違うからんじゃない?)」

「(ウチの火口を分けたらどうかね)」

 

「——≪発火(イニシャライズフレイム)≫」

 

 

 ボゥ

 

 

 ちらちら(うかが)う視線の中、ついに短気を起こしたイーレシスンは魔法に頼ることにした。

 

 薪からは猛烈な白煙が立ち上がってイーレシスンに覆いかぶさった。

 

『アルリカじゃ、簡単だったんだが……』

『え……5年この島にいるんですよね』

『何時もは魔法で火おこししてたんだよ!』

イーレシスンが主に活動していたアルリカは、降雨量が少なく乾いた薪には困らない環境だった。しかし、このズーラ・ストラは熱帯から亜熱帯気候で乾いた木材が自然に手に入ることは殆ど無い。

彼女は未練がましく、人生の半分近く大事に愛用してきた小さくなった火打石に固執していた。

『——使えないんじゃ、持ってたって仕方ないじゃないスか』

『いざって時の為魔法は出来るだけ使いたくないんだ!』

『……どういうことッスか?』

『マナ濃度が低い時は魔法が使えなくなることがあるんだよ!』

『当てにならないじゃないスか』

『まぁ、な。……やっぱり最後は肉体言語ってわけだ。 ——そうだ。お前、魔法試してみるか』

『魔法!? 教えてくれるんスか!?』

 

 魔力(リソース)はあるのに遊ばせている祐一郎は、イーレシスンにとって面白くない状態といえる。発火装置の無い燃料満タンのライターを抱えながら、火おこしに苦慮しているような状況だ。

 

 そもそもイーレシスンが祐一郎を買った理由は、一人でダンジョンで稼ぐことに常々限界を感じていたことが大きな理由で、船で渡るためにダンジョンを離れてオタへとやってきたタイミングが、奴隷購入を踏み切った動機となっている。

 

 横で見ていた一家に火種を譲り、祐一郎への魔法指南が始まった。

 

『端的に言うと。イメージすれば使える。ただし、訓練が必要だ』

『詠唱とか……?』

『そうだ。詠唱を暗記することでやがて無詠唱でも行使できるようになる』

『補助輪みたいなもんスか』

『その認識でいいだろうな』

 

『じゃあ、これから(そら)んじるから、ついてこい。行くぞ』

『——!』

『『遍在せし火の精霊よ。停滞を打ち破りし者よ。小さき種火の王よ。永遠の死より出でて燃えがらより立ち上がりし勝利者よ。我が前の枯れ枝に集いたまえ。拡散し散逸せし炎なる(みこと)の遡行、その偉大なる摂理を再び表したまえ。灯したまえ≪発火(イニシャライズフレイム)≫』』

 

 

 ボゥ

 

 

『おお』「「「おお」」」

 

『初めは、暗記に務めて、発動は避けろ。自分の内側で何かつかめたような感覚が芽生えるまで、魔法の行使はやめておけ。失敗した場合、悪魔を呼び出すことがあるからな。大抵は低ランクだが、高ランクを呼び出した場合、俺でも手に負えなくなる』

 

「——魔法を教えてくださいませんか!」

「すまん、教示には時間が必要だ。今は急いでるんで、例え金を積まれても応じられないんだ。オタで探せば教師は見つかるはずだから、そっちを当たってくれ」

「そうですか……残念です……」「——これからオタへ行くんでしょ。気を落とさないで。ね」

 

 4人のうち少年が、教師役の打診を彼女は断った。先に言った理由で中途半端な行使は危険であるからだ。"教えるなら最後まで"が彼女の矜持の一つでもある。

 

 

 ——イーレシスンは紙を取り出すと、日本語で厨二病全開な詠唱を書き込んで、それを祐一郎へ手渡した。

 

『出来ると確信したら、俺に報告しろ。その時試験を行う』

『頑張りまス!』

 

 祐一郎は右手で左目を覆うポーズを決めて応じ。それにイーレシスンは真顔で答えた。

 

『お前は世界一愉快な奴に違いない』

『……』「(なにしてるんだろうね)」「(さぁ……)」

 

 

 

 

『——それで? 人魚の子供を助ける方法はあるのか?』

 

 起こした焚火(たきび)で魚の干物を炙りながら、食堂で話した内容の続きを促した。

 

『いやぁ……無いです。ごめんなさい』

『まぁ、責めてるわけじゃないよ。俺だって簡単に見つけられれば、マーマン達に引き渡してさっさと川の封鎖を解いて貰うだろうさ』

『あ。こういうのって、聞き込みで情報集めるのがセオリーッスよね』

『お前、喋れねーだろが。全部俺にやらせるつもりか?』

『ぉぅふ……ッスね……』

『明日にでも、アヌヒコのとこに顔出してみるか……』

 

『——ところで、川を渡ったとして、何処に向かってるんスか?』

『どこに向かってるかだって? 前に話さなかったか?』

『……聞いてないっス!』

 

『——ダンジョンだ』

『……?』

『以前、ダンジョンを偶然見つけてな。そこで一山当てたまでは良かったんだが……船のアテが無くてな。それで海を渡る手段をダンジョンで得られるアイテムでどうにかしようと思ったんだ』

『……(なんていうか……不器用で残念だなこの人! ダンジョンより、船のアテを探せよ!)』

 

『——そんなところだ』

『いやいや……船のアテを探しましょうよ!』

 

 

 バシ!

 

『痛っぇ! 何だよ! 暴力反対!』

『蚊が止まってたんだ』

『ひっでぇ!』

 

『(——くそ……何時かぜってぇ逃げ出してやるからな!)』 

 

 祐一郎はエルフではないので、逃げ出しても一人で生きるのは厳しいだろうが出来ないことも無いのだが——

 

『はぁ……オタ以外から直接大陸に渡る航路は無いんだ』

『え? 大陸は北にあるんスよね。北に向かえばいいんじゃないんスか?』

『詳しいことは解らんが、航路上ではこの島は袋小路なんだよ。オタから東のオーリア・ストラとオーリアの北諸国としか行き来出来ない。オタが使えない以上、自力でこの島を脱出するしかないんだ』

『(結局自業自得かよ! たぶん、海流か遠洋航海の技術が無いのか……それにしても、謝って船に乗せてもらえばいいじゃん)』

 

 アルリカの偉い人に目を付けられて、指名手配までされてしまったイーレシスンには、オタを通る航路を利用できなくなってしまっていた。

 

『……本当に乗れる船はないんスかぁ?』

『オーリアに行ける船は全部オタが抑えてるから……無理だ』

 

『……他に方法は無いんスか?』

『魔法なら幾つか方法はあるが、どれも現状では手が出ないな』

『具体的には……?』

『——≪水上歩行≫≪水中呼吸≫のアーティファクト≪瞬間移動≫に、あとは疲労回復ポーションで疲労を回復しながら大陸まで泳ぐとか……≪浮遊≫≪飛行≫≪高速飛行≫。≪動物変身:渡り鳥≫≪動物変身:回遊魚≫。魔法で検討したのはそんなとこだ。どれも心得は無い』

『疲労回復ポーションで海を泳いで渡るって……頭悪りぃな!』

『辺境じゃ良く知られた話だ。吟遊詩人の英雄譚で(たま)に聞く。真似して行方不明になる愛すべきバカが多いから、アルリカじゃあまり聞かんがな』

 

『——つまり、その魔法をダンジョンで偶然見つけるまで探すってことっスか』

『大陸じゃ、金を出せばある程度までなら魔法を習得できる。だが、この島には魔術師ギルドが無いから、魔術師に弟子入りして習うか、魔術書(グリモワール)を手に入れるかだな……魔術書(グリモワール)か——』

『……?』

『一応、ダンジョンに潜る前に、イオタとアトーエを当ってみるか……?』

 

 イーノエススが現在祐一郎達がいる地方の名前で、オタが東。アトーエは西に接している。イオタは群島を含んだ一帯で(さら)に西に位置している。

 

魔術書(グリモワール)?』

『……読めば魔法が使えるようになる品だ』

『本……なんスか?』

『形状は色々だな……石板だったり、金属の巻物だったり。だが基本は本だ。ダンジョンで金になるのは魔術書(グリモワール)だが、金属の巻物は高価で特殊だから引き取り先が無いと金にならないからな』

『ダンジョンでしか手に入らないんスか? 本なら書けそうな……』

『——ただの本じゃない。繰り返し読めば理解せずともいつの間にか魔法を憶えてるっていう代物だ』

『まるで魔法ッスね……でも、魔法の品は作れないんスか?』

『作れるさ。寧ろ魔法使いの存在意義はそこにあるかもしれん。大抵の国はアーティファクトを定量生産するために魔法使いの育成に国庫を投じているしな』

『だったら、魔法の本だって作れそうな気がするッス』

『そうだな……確証はないし、詳しい事は知らんが。俺は人の手で作り出せると見てる。ダンジョンドロップの経験則と、市場(しじょう)のラインナップに違和感があるからな』

『どういう意味ッスか?』

市場(しじょう)に出ているのが、人気の魔術書(グリモワール)ばかりからだ。もし、人の手で作れず、違和感を感じさせない品揃えにするには、ダンジョンドロップがそれぞれの地方ごとの需要を読んでることになる。おかしいだろ? 理解したか?』

『なんとなく。——魔術師ギルドってなんスか?』

『魔法を扱う……組織だ』

『ああ……なるほど(知らねーんかい!)』

『ふぅ……。そろそろ寝るか——』

『(めんどくさくなっただけか!?)』

 

 

 

——翌日——

 

 

 

「……祐一郎。逃げたな?——」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ——祐一郎は気が付くと、クラゲに巻き取られて、木に引っかかっていた。

 

 野営していたはずだが、目が覚めるとこのような状態だった。体が痺れているのはクラゲの毒のせいだろう。

 

 

『やー、そんなところで何してるんだーい?』

 

 ——枝の下には見たことないような、黒髪の色白ジト目で一切の無駄がそぎ落とされた完璧な胸(ツルペタ属性)を持つ美少女が、クラゲに絡みつかれている祐一郎を見上げていた。色白といっても()()エルフの範疇(はんちゅう)であるが。

 

 ——彼女の足元には赤く繊細な花が散りばめられている。

木に絡まったときに落ちたのだろうか。

(こぼ)れんばかりに咲き誇っている。

 

 ——(つや)めく光沢の樹皮は

朝露がを臭わせた。

 

 

『——いや……月がきれいだな、と思ってね』

『やー、月なんか出てないよー。それにー……朝だしねー』

 

 

 祐一郎が何故カッコつけようとしたのかは分らない。だが、彼の黒歴史に新たな一ページが加わったのは確かだ。

 

 

『(なんで、日本語で話しかけてきたんだ……?)』

 

 ——何故、彼が日本人だと知っていて日本語で話しかけてきたのか。祐一郎には、それが、より一層彼女のミステリアスな雰囲気を高めているように感じられた。

 

 

 だが、祐一郎は気づいていない。

 

 

 彼女が祐一郎の耳の短さで日本人だと判断したことに。そして、木の上でクラゲに巻かれているという疑問に。

 

 どうやら、まだ毒が抜け切れていないようだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『——あ、ありがとう。助かった』

『やー、驚いたよー。今まで生きてきた中でこんな珍しい場面は初めて見たねー』

『……ですよねー……』

『やー……あれは、浮遊クラゲだねー』

『へ、へぇ……浮遊クラゲ——』

 

 謎のエルフ美少女は枝に残っているクラゲを、ぐにゃっとした仕草で見上げ、呟いた。

 

『うにー……マナの濃度が高い時に現れる魔法生物で、木の下とかにいれば安全なはずなんだけどね——』

 

 彼等の生態は()()()の世界だけで成り立っているとされており。()()能力の低い彼らは()に流されてこちらの世界に紛れ込んでしまうのだという。

 

『解説乙です』

『やー、どういたましてー。……ところでー、どうやって、引っかかることが()()()のぉ?』

『さ、さぁ? ピタゴラ的なsomething?』

『ん? ピタ……?』

 

 祐一郎は何時になく饒舌だ。なにせ垂涎ものの美少女が目の前にいるのだ。テンションもあがろう。彼は二重の意味で迷子だ。イーレシスンとはぐれたという意味と、自分のキャラが迷走している意味で。

 

 

 彼女はぐにぐにしながら、なおも話しかける。かなり子供っぽい、ぼんやりした感じの女の子のようだ。祐一郎は少し不安になった。

 

『やー、わたし、暇なんだー。付き合ってよー』

『いいともー?』

『やー、君。ノリ軽いねー。ふわふわだねー。大丈夫ー?』

『——だ、だいじょばないかもー……?』

 

 逆に心配されてしまった祐一郎は、それは見事な難波歩きを披露した。

 

『やー、もっと、力をぬいたらー?』

『……え、それって……!?』

 

 何を勘違いしたのか、上滑りし始める祐一郎。

 

『ぬー? ほら、いくよー』

『え? え? ヌク? ——イク!?(あれ、ゴム? しまった! イーレシスンに取られたんだった!)』

 

 こうして大分心配な二人組が誕生した。

 

 

 

 

『——なもー、自己紹介がまだだったねー。わたしは、アイス。見ての通りの美少女だよー。異論は認めないよー』

『あ、はい。(じぶんで美少女言った!)』

『やー、名乗られたら、名乗り返すのが礼儀じゃないかなー』

『祐一郎?』

『やー、何故に疑問形?』

『(すげー話しかけてくるー! ついにモテ期来たのか? 幼稚園以来だ! ……しかし——この子でモテキストックを消費してしまっていいのだろうか……どうでもいけど、いちいち頭に挟み込んでくる、ヤー、がすげーウザい……)』

 

 などと、贅沢な悩みに悶えるキモイボッチ童貞がそこにいた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「まったく、どこ行きやがった。あいつは……」

 

 イーレシスンは祐一郎の置いていった荷物と、自分の荷物を背負って街へ入って来た道へと引き返していた。

 

 

 ——最初に気が付いたのは朝方だ。

 

 空が白んできたので、ちょっとした用事を済ませて戻ったところで、姿を消していたのだ。

 

 祐一郎が、荷物を全て置いて何も持たずに行方をくらませたとは考えにくい。

 

 

 周囲を探したところ、一部が解けたロープがすぐ近くの遥か木の上から、ぶら下がっていることに気が付いた。

 

 彼女には何が起こったのか見当もつかなかった。

 

 一緒にいた一家に聞いたが、気付かなかったらしい。

 

 

 なんの手掛かりも得られなかったので、取り敢えず。逃げたこと前提で上流へ向かうことにした。

 

 ここは川に挟まれた土地で、船を使わず逃げるには上流を目指すしかないからだ。

 

 

 

 

 ——イーレシスンは川に面した道で左手にある林から、どこかで聞いたことのある、早口のデカイダミ声を耳にした。

「どうしてこの私がこんなところで足止めを喰らわなくてはならないんだ!」

 咄嗟(とっさ)に水車小屋へ飛び込んだ「なん……グ!」ら……男がいたので、喉を突いて黙らせた。どうやら寝不足だったらしく直ぐに眠むった。

 そして足元に放り出した荷物を、小屋へ引き込む。

 

 

 ——彼女は思い出した。オタで彼女にスパイになるよう強要してきた、アルリカ駐在官に面会したとき目にした(ダークエルフ)だ。

 

 イーレシスンはあの時のことを思い出すと今でもはらわたが煮えくりかえる思いだ。アルリカ駐在官などと大層な肩書だが、その実。本国中枢とパイプを持った、ただの道化師なのだ。

 

 現在、大陸の王侯貴族の間で、とある行為が流行していた。

 

 それは珍奇なものや情報を集めるというもので、方々へ金をばら撒き、軍事や経済へ影響を齎す情報も含めて、のべつ幕無しに収集していた。そこには諜報の側面も伴っていた。

 

 さて、お伽衆と呼ばれる貴人を喜ばせることを生業とした者たちがいる。時に芸や歌唱を披露し消閑の具とする事もあれば、遠方で起こった事件や珍しい話、国の動きなどを聞かせることもあった。

 

 やがて諜報的側面に尖鋭したお伽衆が産まれた。彼らはプルチネッラと呼ばれ、下賜された財を使って情報を集めるサイクルが彼らを形作っていた。

 

 そして、そこに属するアルリカ駐在官にはイーレシスンと因縁を持っていた。同じハイエルフのトハナに師事した同門の徒だったのだ。

 

 

 彼の名をベニサドといった。

 

 

 イーレシスン——もとい、ヤシンタは門下生の中で落ちこぼれだった。武術はそこそこであっても、魔術の出来が良くなかった。

 

 あるとき、唐突にベニサドから決闘を要求された。掛けは敗北したほうが師の下を去るというものだった。

 

 イーレシスンは敗北し、師の元を去ることとなった。

 

 後で知ることとなったが、あれはベニサドが新しく覚えた、回避不能の必殺の魔法の試し撃ちに使われただけだったというのだ。

 

 そう、彼は端から勝つ算段で挑んだただの卑怯者だった。

 

 

 そして、この島で再開したベニサドは彼女に、故郷の子供の元に帰るという目的も知った上で、自分の部下として体よく顎で使うつもりで頭ごなしに命令してきた。

 

 我慢などできるはずも無い——

 

 

 現在、指名手配中だ。こんなところで見つかるのは、あまり好ましくない。何せ、川が不通なので行く手が限られたものとなってしまう。退路が読みやすく危険が高まる。

 

 

 ——徐々に声が近づいてくるようだ。

 

「速くオタに戻って報告せねばならないのに魚人共のせいで大型船も使えんとはまったく……——」

 

 声はやがて遠ざかっていった——

 

 

 

「んー……」

 

 騒音が去って行くと、小屋の中から小さなうめき声がすることに気づいた。

 

 

 水車はジョイントを外されており、ガタガタと騒々しく空回りしているが、その音に混じって子供の声が聞こえる。

 

 

「誰かいるのか?」

 

 

「んー……」

 

 果たして、壊れた水車の機構部に縛り付けられていたのは、ジュゴン人魚の子供であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 ——祐一郎は現在、産まれて始めてのデートに舞い上がっていた。

 

『(これ、完全にデートだよな……! やっべ、マジやっべ——)』

『やー、どうしたの? 歩き方が変だよー。うんこ踏んだー?』

『やー、これはー……。ちょっと足が痛いだけで。普段思い荷物を背負ってるんで、そのせいかナー? 大丈夫です(ヤーが移った!?)』

『やー、うんこじゃなくて何よりだよー。足が痛いなら、休んでいくかーい? ほら、あそこでお団子売ってるよー』

『(ちょ! 俺今一文無しだよ! 初めてのデートで奢ってもらうの? 俺。情けなくない……?)』

『やー、ほら。いくよー』

 

 

 

 

「——団子? まだやってないよ!」

「やー……そうなのー?」

「大体、何なんだい。あんたら。こんなうらびれた町に遊ぶとこなんてないよ……そっちの人間は奴隷だろけど——お嬢ちゃんは……どっかの偉い人のお嬢さんかい?」

「やー。まぁ、そんなとこー?」

「アヌヒコさんとこの子じゃないだろうし……」

「やー、違うよー。旅の謎のとある問屋のご隠居のお嬢様だよー」

「商人のとこの子かい……(儲けを中抜きするヤツらだね。いけすかないねぇ)」

「やー、この子が足が痛いっていうからー。休ませてあげて欲しかったんだけど。ダメなら仕方ないねー」

「……」

 

 

 中年女性はそれきり何も言わず、不機嫌そうに店の奥へ引っ込んでしまった。ここでは商品の仲介で金を稼ぐ商人は、まっとうな仕事とは見做されていないのだ。

 

 

『やー。どうやら、あの日だったみたいだねー』

『……えっ!?』

 

 彼女の爆弾発言に驚いていると、視界の端にこちらを凝視している男がいた。

 

『(なんか、嫌な感じだな……ストーカーか?)』

『やー、見ちゃいけません。次いくよー』

『(……気付いてる!?)』

 

 

 

 

 ——そして、ごく自然な流れでチンピラ達にからまれた。

 

「ちょっと、待ちなー。あんたら、見ねぇ顔だがどっから来たんだ。特にそっちの嬢ちゃん」

 

『(ついに来た来た、ついに来た! 異世界洗礼チンピラやって来た! きっと、美少女を連れた生意気なガキが気に喰わないんだ。そうに違いない)』

 

『ちょっと待ったー! 俺の連れに手を出さないでもらおうか!(おっふ、きまった……)』

「なんだ、訳けわかんねーこと、喋ってんじゃねーぞ! コラ!」

 

 まったく通じていなかった。つまり無敵。

 

「やー、まぁまぁ。コレは私の奴隷だよー。私は旅をしてて、仲間とはぐれちゃってねー。困ってたんだよー」

「ほー、じゃぁ。俺たちが案内してやるよ」

 

 男はにちゃっとした笑みを浮かべると、アイスの体を舐めるように粘着質に視姦した。

 

 

『(これはー——テンプレ展開だ!)』

「やー、間に合ってるから、いいよー。遠慮したいなー」

 

 男たちは、逃げられないよう二人を取り囲んだ。男たちの体格は今まで見たエルフたちより大きい。

 

 

「やー……こういうことはよくないと思うんだー……」

「折角の好意だ。素直に受け取るもんだぜぇ」

 

 後ろに回り込んでいた、男たちの一人がアイスの尻と胸(?)をもみ始めた。

 

「やー……やめて欲しいんだけどー……」

「抵抗しないって事は、いいってことだな? なかなか、解ってんじゃねーか。アヌヒコ一家には大人しく従ってた方が利口だぜ」

 

 エスカレートして、アイスをレロレロしようとする汗ばんだ露出の多い服の男とは、果たして誰得なのか。

 

「やー、止めってって、いったよねー」

「アヌヒコ一家に立てつくつもりか? ああン!?」

 

 アイスは男に肩を掴まれた。

 

「ぐぇ」

 

 そして錐揉みしながら吹っ飛んだ。()()()が。

 そのまま()()は壁に突き刺さった——。

 

 

 

「「「え?」」」

 

 

 

『ちょ! アイスーー!』

 

 祐一郎は彼女を壁から引き抜きながら絶叫した。

 

 

『なもー、わたしの屍を超えて行け……』

『丈夫ダナー』

 

 彼女は意外にもケロっとした様子で、眠たげな眼差しに祐一郎を写していた。

 

 

 ぐに

 

 

 アイスの首がありえない角度で回っている気がした。丈夫な上に体が柔らかいらしい。

 

 

「やー、悪い奴には何してもいいんだよ。知ってたー? つまり、問答無用で幼気(いたいけ)な美少女を突き飛ばして壁に突き刺すセクハラ暴漢は悪で、何されても文句言えないってことだよね」

「え?」

 

 

 

 チュー

  チュー

   チュー

    チュー

 

 

 

 ——それはあっとう言う間の出来事であった。

 

 いつの間に集まって来たのか、ネズミの群れが男達を覆いつくしていた。

 

 

「ギャァァァァァァァ!」

 

 

 

 ボリボリ……

 

 

 それが咀嚼音(そしゃくおん)と認識するまでに時間がかかった。それほど現実離れした光景だったからだ。

 

「——な、なんだコレ!?」

 

 ネズミに生きながら喰われている。——そう意識してもなお、祐一郎の頭は事態の理解を拒んだ。

 

 

『(ステータスオープン!)』

 

 

 彼は考えを整理するため、取り敢えずスローにしてみたのだ。

 

 

『(まてまてまて、どういうことだよ。コレ!)』

 

 ゆっくりな世界になっても、なお祐一郎の混乱は治まらなかった。

 

『(とりあえず! 取り敢えず、起こった出来事を整理しよう。そうしよう——)』

 

『(まず、チンピラにからまれたんだよな。で、モヒカンじゃなかった訳だ。どう考えても——おかしいよな……

俺の頭が。

いやいや、だめだ考えがまとまらない——)』

 

 考える事は何も頭だけで行っている訳ではない。頭に巡らせる血は心臓から押し出されてくる。いわば身体感覚と抱き合わせになっているのだ。

 加速した世界ではどういう理屈なのか、そういった感覚と切り離されていても思考は成り立っていた。それがこの加速世界に於いて、うまく考えることを妨げる要因となっていたのだが、祐一郎は(いま)だにその感覚になれることが出来ずにいた。

 なにごとも作用には、副作用がつきものだ。認識速度を16倍に加速する強力な能力にも、ある意味では実行者をアホの子にさせるという致命的な副産物があるとも見做(みな)すことができる。

 

 

 祐一郎は気付いたら動いていた。考えても答えが出ないと割り切って、とりあえずネズミの群れを払うことにした。

 

 

 バシ——バシ——

 

 

 ゆっくり(うごめ)くネズミ達が、へばりつく前足を狙って腕を軌道予測して加速させ払ってゆく。

 

 初めは動き回るネズミや男のせいで、後ろ足を跳ね上げるだけだったり、背中を撫でるだけになってしまっていたが。動作に対するある種の直感により徐々に精度を上げていった。

 

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

 ネズミからの攻勢が緩んだことを感じると、男は立ち上がり家屋の壁に体当たりしつつ、血をまき散らしながら川の方向へ走り去った。

 

『(アイスをカッコよく助けるつもりが、ステータス加速使ってまで、なんでチンピラを助けてるんだ……)』

 

 祐一郎は走り去る男の背中を眺めながら、なんだかやりきれなかった。

 

 

「——さて、君たち。人魚の子を誘拐したよね」

「な、なに!?」

「見たんだ。箱に入れて荷車で持ち去るのを」

 

 ヂュ

 

 男の足元にネズミが走った——

 

 

 散らしたネズミ達は、建物の影などに潜み未だにこちらを伺っている。

 

「あの子達はお腹を空かせているようだね。君は食いでがありそうだ」

「魔女め!」

 

 チュ、チュチュ……

 

「ヒ……」

「今度は逃げられないよう、足の腱から喰わせるとしよう。ただし、あの子達は正直者を好まないようだよ。悪い子が大好物なんだ」

「どういう意味だ! 回りくどい言い方はやめろォ!」

「頭悪いね……人魚の子供を(さら)った事を正直に話さなければ、ネズミに喰わすって言ってるんだ」

 

 チュー

  チュー

   チュー

 

「やめろ、やめろ!」

「だから、さっさと認めて、人魚の子の居場所を話しなよ」

「ええと、水車のある家だ!」

「おい! なに、しゃべってんだ[チューチュー]ッウワァ!」

「何処の?」

「川沿いの家だ!」

「ああ……もう。ラチが明かないなぁ。一緒に来てもらうよ」

 

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