その少女は、明らかに致命傷を負っていた。
全身余すところなく傷だらけであり、体の節々には呪いと思しき痕跡…具体的には、輝く結晶や樹木を生やしていた。身体を貫通していそうな穴もいくつか開けられており、それが内臓を傷つけていないようには全く思われない。
片腕に至っては完全に失われているようで、右の上腕の半ばから千切れとび、その先にあるべき肉体は、完全に失われていた。
それでどうして生きているのか全く分からないような、明らかな致命傷。
「げほっ…聖女様!ごめんなさい、思ったより…時間かかっちゃった!」
それでも彼女は、どぽどぽと赤黒い血液を零しながら、私に駆け寄ってきていた。
完全に狂気の沙汰である。…しかし彼女にとっては、これが日常そのものであるのだ。
これ以上負担を掛けないためにも、私は自分を覆うように貼っていた結界を消して、彼女のほうへと駆け出した。
「だめですっ!動かないでください、私が行きますから!」
不思議そうな顔をして「わかった」と言い、その場に止まった様子に少しだけホッとする。
きっとあれくらいの傷では、死ぬことなどないだろうが、それでも不安なものは不安なのである。
治癒の奇跡。その発動準備を整えながら、先を急ぐ。
ようやく手が届くところまで近付くと、私は即座に奇跡を発動した。
「ん~…あったかぁ…」
黄金の光が降り注ぐと、やがて彼女の身体が治ってゆく。
結晶や樹木は消滅し、あらゆる傷は塞がりゆく。欠損した腕は根元からぐんぐんと伸び始め、彼女の身体は急速に元の形を取り戻していった。
本来治癒の奇跡とは、これほど強力な効果を持つものではないはずだが、どうしてか彼女に使用した場合は、欠損の治癒どころか呪いすら完全に回復するほどの異様な威力を発揮するのだ。
これも勇者の権能ということなのだろうか。
「…治りましたよ」
そう伝えると、彼女は失われていたほうの腕を見やり、動かし…指先をぐーぱーと開いたり閉じたりしてみせた。
そして「やった、生えた!」と無邪気に、はじけるような声調で笑うと、ぎゅうと私に抱き着いてくる。頭を私の身体に擦り付けるようにして両腕を回した彼女を、私もまた抱きしめながら、頭を撫でた。
私を抱きしめる力は、まるで普通の少女そのもののようだが、これでもきっと、抱き潰してしまわないように細心の注意を払っているのだろう。
なにせ彼女は、強大な勇者だ。
彼女が先ほどまで負っていたあらゆる傷は、すべて魔物討伐のせいである。そして彼女を"そう"した相手は、他ならない彼女自身によって皆殺しにされていた。
ここは戦場。私たちの周りには、山と積み上げられた魔物の死体があって、噎せ返るような死臭と焼けた肉の悍ましい悪臭によって満たされている。もうめちゃくちゃになって数えようがないけれど、それらは一匹でもひとつの街を滅ぼせるような…そんな怪物ばかりであったはずだ。
それらと戦って生き残るどころか、むしろ滅ぼし尽くすなど明らかに異常…なるほど確かに、勇者と呼ばれるわけだ。
世界に蔓延る魔王、王とは名ばかりの理性無き人間の敵。教皇様が言うには、彼女はそれらを淘汰するものであるらしい。
この救いのない世界で、なおも『世界に平和をもたらす存在』と期待されていることにも、十分に納得できる戦力である。
「聖女様のにおい、いいにおいー!」
「…そうですか?なら、よかったです」
それが、こうして私を見上げながら、猫のように目を細めて笑う少女でなければよかったと思う。
あるいは、彼女が遊び半分に世界を救えるほど、もっとずっと強い存在であればよかったというのに。しかし実際は、自らの身体を絶えず消耗しながら戦い続ける、無知な少女に過ぎない。
私達は右も左も分からない子を、地獄に突き落とした。
無邪気な表情が私を見つめると、とてつもない罪悪感につぶれてしまいそうになるのだ。このまま彼女を連れて、どこか遠くへと逃げ出してしまいたくなるのである。
本当に、気色の悪いことだ。
きっと彼女も、勇者なんかじゃなければ…このような戦場に、連れてこられることもなかっただろうに。
両親と引き離されることもなく、例えば父親の手で撫でられたときや、母親に抱きしめられたときに、このような表情をしていたはずである。
普通の幸せを享受して、普通に生きていられたはずなのだ。
「…勇者様、そろそろ村に戻りましょう」
「ん…そうだね、いこっか!」
私の言葉を受けて、てくてくと歩き出した彼女の後をついてゆく。
その世界を背負うにはあまりにも小さすぎる、後姿を見つめながら、私は思うのだ。
勇者と呼ばれているだけの、ただ強いだけの少女を犠牲にして、その上に作られゆく平和を、どうして尊べるというのだろうか、と。
私はきっと、この旅を終えるまで生きているだろう。勇者様が、私を守ってくれるから。
しかしその後は、聖女としての役割を放棄するだろう。この罪深い世界に、微笑み続けることなんてできないから。
魔物が死体の山となって、見上げるほどに積みあがった戦場。…しかし魔物とは、純粋な魔力の塊。いくら意志を持ち、物質化しているとはいえ、死せれば一日とせず溶けてなくなるものだ。
……しかしここに積みあがる死んだ"それら"は、少しずつ空気に溶け出し、澱んだ魔力として世界に拡散してゆく様子はあるものの、まだ明瞭に生前の姿を映している。これは、この惨劇が僅かな時間で生み出されたものであるという証拠だ。
そんなこの世の終わりめいた場所で、まるでハイキングに向かう最中のような軽い足取りでスキップを踏む、あの美幼女は一体何者なのだろうか?
目を見張るようなスタイルの、絶世の金髪美少女を後ろに従え、楽しげに跳ねるあの血塗れ幼女は…?
そう、ワイやで。
やぁ、お前ら。ワイや。スーパーかわいい美幼女TS最強勇者や。またの名を油断慢心クソボケ勇者ともいう。どうぞよしなに!
まぁ…そんなことはどうでもいいんだ。まず、なにはともあれ、ワイの話を聞いてくれ。
先日から居候してる村で魔物討伐の依頼を受けたんで、予定の場所まで行ったら思ったよりも魔物が強くて、無事殺されかけたワイの話を、まずは黙って聞いてほしい。
あれは今から一万四千年前…いや、昨日の出来事だ。
勇者として世直しの旅を始めてからもう随分と経つもので、このベテラン幼女は鼻をグングン成長させながら、魔王討伐を着々と進めていたわけよ。
こんな辺鄙な片田舎まで†救世の勇者†が、はるばるやってきた理由もそれや。ここら辺にクソボケ魔王の居城があるからなんやな。
まぁ、居城ってなんやって感じやけどな。
魔王が城作るほど立派な頭もってるんか?
ワイには到底、そうは思えんけども…
まぁ、どちらにせよ人里離れた世界の果てに住んでるような木っ端の雑魚魔王なんて、一日もあればちょちょいのちょいやと思ってたんよ。…でも意外とそうも行かんくて、いかにもそれらしい城まで行っても留守してた訳やね。
そんなもん建ててるくらいだから、配下とかいるやろって思ったけどもぬけの殻やし、手掛かりもないし。確かに近くに魔王っぽい気配はあるのに、隠れるのが上手いのか、どれだけ探っても『ここら辺におる』ってこと以外何も分からん。
結局どうしようもないんで退治は諦めて、村人から頼まれてた近くの魔物の群れ。これを壊滅させに行ったわけやな。
どうやら村人たちも、そいつらの存在感っていうか…駄々洩れの魔力にはとんと怯え切ってたみたいで、とはいえ実害が出ないから放置してたって奴らしい。まぁ、確かに魔王を捜索する最中も、多分そいつらっぽいヤバげな魔力はビンビンに感じてたね。
ただワイもさ、魔王だ何だと言われてたクズを、何匹もぶっ殺してきた訳よ。
あんな魔王ですらないカスなんて瞬殺じゃねって、思うのも仕方がないと思わんか?まぁ、確かに偵察なしに突撃したのは悪かったと思うよ。でもさ、流石にあんな初見殺しみたいなことされるとは思わないじゃん。
普通に魔王クラスの奴が数体はいたわ。
群れ全体で見たら、前にぶっ殺した魔王より明らかに強かったし、絶対おかしい。
出待ちでやっていい戦力じゃないよ、なんで教会の人達はアレを魔王認定しとらんの??
最初は魔力の制御方法もわからないくらい若い上位存在…
例えば、龍とか鬼とかそこらへんのアホどもかなって思ってたんやけど、違うね。あれはそんな愚図じゃない、もっとやべーやつらだった。
魔力を制御する必要もないような捕食者や。むしろそれに釣られてやってくる強者を喰うために、あえてあんな生態を築いてたんやろな。一口に言えば、ドチャクソ強い野生の獣って感じよ。
絶対にアレ、魔王も食っとるやろ。
今回討伐しにきたクズとは違う奴やけど、ここら辺で確認されていた魔王が消えとるって話が上がってんよ。学者の人は、人口が多い国に向かっていったとか、他の魔王と殺し合ったとか言うとったけど、絶対あいつらの仕業や。
まぁ、高を括ってたワイは、無策でそいつらに突撃した結果、軽く一捻りされて喰われかけたってことやね。
ほんま転生特典君には助けられてるで。『覚醒者』がなければ、ワイはあのまま腹の中だったやろうし。
まぁ、結局生きて帰れたし、腕千切れたけど直してもらったからね。結果良ければ、全て良しや。
なんかこの身体、どれだけケガしても痛み感じないし。腕無くなった感覚はだいぶキモいけど、また生えてくるならモーマンタイってこと。
すべての魔物を討伐した後は、いつも通り聖女ちゃんに傷を治してもらって、帰るだけって感じや。
「あの…勇者様」
「
「何度も申し訳ありません。どこか痛いところとか、違和感とかはございませんか?」
もっとも、聖女ちゃんはモーマンタイとか言ってられないようで、大怪我した後は俺のことめちゃくちゃ心配してくれる。かわいい。
直してもらって3時間くらい経ったかな、依頼元の村まで戻ってる道中なんだけど、もうこれを聞かれるのは4回目よ。心配してくれるのはうれしいけど、さすがに聞きすぎぃ!
聞かれるたびに足止まっちゃうし、こんなペースだと村に着くころには日が暮れちゃうよ…とはいえ、しゃがんで目線合わせてくれるところとか、下がった眉尻とか超かわいいから、ワイもつい足止めちゃうんだよな。かわいいは最強って、はっきりわかんだね。
「
「そう…ですか……」
「
「ふふ、いいですよ。さあ、おいで」
ワイの言葉を聞いても、全然腑に落ちてない感じがするね。その絶妙な表情もセクシー…エロい!だっこをせがまれて仕方なさそうに微笑むのもかわいいよ。…その神聖な雰囲気に免じて、おっぱい揉むのは勘弁しといたる。
なんていうかこう…あまりに無茶な変換されるときは、自動変換ちゃんが「やめとけ、嫌われるぞ」って言ってる時ってわかるんだ。俺には特別な知恵があるんだ。
「
本音を言うと、聖女ちゃんにはもっと気楽にしてほしいところやけど、まぁそうなる気持ちもわかるからなんも言えないんよな。
ワイだって幼女が片腕欠損してたら心配になるし、そのあと何にもなかったように笑ってても信じられへんわ。強がってるようにしか見えないし、なんなら正気を失ってるのではとも思う。
でもワイ、転生者なんだよなぁ。超強いし、なんなら奇跡無くても一年くらいしたら腕とか生えてくるし、超強いし、首取れても付け直せるし、超強いし…心配なんてしなくてもいいのにね。
自動変換がなければ、きっともっとちゃんと色々伝えてたよ。マジで。
「
「はい、そうしましょうか」
まぁ、なにはともあれ、腹減ったわ。
もうだいぶ疲れたし、早いうちにご飯食べて横になりたいところやね。
強いクズとTSと勘違いと曇らせをごっちゃにしたかっただけでした。