聖都には、どことなくヨーロッパの宮殿めいた…しかし、それを遥かに凌ぐ規模の石造りの建物が立ち並んでいる。
幾重にも並ぶ窓や、飾りの施された壁。屋根の重なりまで綺麗にまとまっていて、見慣れた景色ながら、見栄えだけは文句のつけようがない。
そんな街を歩いていると、心なしか前世を思い出すことがある。
理由は多分、二つある。
一つは、通りを埋め尽くす人々だ。
彼らの身なりは、確かに中世の庶民そのものである。
粗末な麻布のチュニックや、質素なワンピースが大半を占めていた。ところが、互いの肩が触れ合うほどの人混みの中でも、彼らは周囲の他人に驚くほど無関心だった。
配給を受け取りに行く者、買い物へ向かう者、仕事や遊びのために街を歩く者…行き先も目的も、それぞれ異なるだろう。
それでも、誰もが自分のことか、せいぜい隣を歩く親しい相手にしか注意を向けていない。
他人同士がひしめき合いながら、互いの存在には、ほとんど関心を払わない。
その匿名性は、前世の雑踏によく似ていたのだ。
本来、聖女といえば、目が合っただけでも敬意を払われるような偉大な存在である。
これは、聖都においても同じこと。しかし、この人混みの中では、わざわざ通行人の顔を確かめる者などほとんどいない。
そもそもの話、何人もいる聖女の顔立ちを逐一覚えている人自体が多くないというのに、聖職者の姿が珍しくない土地で『聖女モリオルが往来にいる』ということに気付ける市民は、そう多くはいなかった。
結果として、有名人である聖女ちゃんも、ここでは何者でもない市民であるかのように、街道を歩くことができていたのである。
ちなみに一部の目が利く人は、聖女ちゃんの姿に気が付くと、ペコリと会釈していた。
もう一つは、聖都に立ち並ぶ建物自体の大きさと、その中身だ。
街道に沿うようにして立ち並ぶ"それら"は、前世で見てきたタワービルで例えるなら、それぞれが二十数階建てにも及ぶほどの規模を誇っていた。
その大半が、膨大な数の市民を収容できる居住施設であり、また彼らを賄うための農畜産物の生産施設や、娯楽施設をも内包している。しかも、一階から最上階まで上下水道が通っているというのだから、本当にすごい。
こんな豪華な建物に、大勢の人間の暮らしや、多様な仕事場が丸ごと詰まっているのだ。
なんなら、さらに多くの避難民を受け入れられる余裕すらあるという。
前世では、大都会をしばしばコンクリートジャングルなどと呼んでいたものだが、この聖都もまた、建物の海がどこまでも続くという意味では、似たようなものだった。
見てくれはおとぎ話そのものなのに、その規模と利便性は21世紀の大都会を彷彿とさせるのだ。
それにしてもなぁ…。
改めて考えてみると、何十階もある宮殿みたいな建物を石レンガで作って、上まできっちり水道を通すなんて、相当無理のあることじゃないか?
現実的にありえない話し!!
まぁ、ここは前世と違って、物理と化学だけで出来ている世界じゃないのだ。
あれほどの石造建築をいくつも造り、何百年も維持するなんて無茶も「奇跡も、魔法も、あるんだよ」の一言で解決してしまう。
ただ、そうはいっても、これがエボンの…ではなく、聖都の凄まじい技術力の賜物であることに違いはないらしい。
その技術水準の高さと言ったら、異世界の"魔法奇跡、最新テクノロジーについて特別にスゴイ専門家"こと聖女ちゃんですら「聖都の建築計画書は、私では欠片も読み解けなかった」と匙を投げるレベルなのだ。
どうにも、かなり高度な建築技法に魔法と奇跡を複合した、出所不明なオーバーテクノロジーで成り立っているらしい。
そんなマジカル☆超高層都市の大通り。
行き交う群衆をひたすらに掻き分け、どこぞへと歩いてゆく超絶美少女コンビの名前を、君たちは既に知っている。…いや、このまなざしと、美しすぎる顔を、知っている。
そう、ワイこと美少女TS最強勇者と、聖女ちゃんこと美少女有能清楚パワー系聖女様や。
おおきに、よろしく頼むで。
……で、聖都がすごい場所ってことはいいんだけどさ。
さっきから聖女ちゃんの様子がおかしいんだよね。
「
「……えぇ、はい。勇者様」
「
「はい、勇者様…」
「…
「はい…」
なんかめちゃくちゃ上の空じゃないか?
ワイが目覚めてから、ずっとこんな調子なんだよな。
どしたん?話聞こか?えっ、そもそも話が通じないって?
そうか。ほな、くすぐるで……
そうと決めるや否や、
そして、彼女の細い脇腹に向かって両腕を突き出した瞬間、ワイは四肢の制御を失った。
正確には、勝手に両腕が降ろされて、ちょっとだけ聖女ちゃんから距離を取るよう歩調を落とされてしまったのだ。
どうにも、身体ちゃんにたしなめられてしまったらしい。
(ただ、ちょっと止めるの遅かったんちゃう?)
こんなところで、そんなこと…流石にダメだと思うよ。
思い詰めてる子はイタズラでも何でもして、無理にでも笑わせるのが一番って、はっきりわかんだね。ただ、そうだとしても、こんな往来でやるべきではないということくらいは分かる。
流石にこの程度の分別はつくのだ。
あえてブレーキを掛けない、というだけで。
ぶっちゃけ身体ちゃんを信じて、思い切った行動をしてみただけである。
ただ、実際やらかす直前になるまで止められなかったことを考えると、やっぱり彼女も聖女ちゃんを心配している、ということなのだろうか。
(いたずらは今晩、寝床に入ってからやな!)
…それなら、止めない。
それにしても聖女ちゃんって、いつからこんな調子になっとんのやろか?
診療所を出た時も、なんだか上の空っぽい感じではあったけど、ここまで酷くはなかったはずだ。
元が"テスト結果が不安な学生レベル"の上の空具合だったとすると、今は"FXで有り金全部溶かした人"のような有様まで進化している。
それを進化と表現していいかは分からんけど。
少なくとも、ワイが意識を取り戻したときには、聖女ちゃんは既にこうなっていた。…だから、何かが起こっていたとするならば、ワイが気絶してから起きるまでの出来事に限られるはずなのだ。
目が覚めた時には、もう大聖堂を出ていた。
なんなら教会領からも出て、市民の行き交う大通りのど真ん中で、聖女ちゃんに抱きかかえられていたのだ。
それまでに、一体どれほどの時間が経過していたのかは分からない。でも、まだ日も高いし、丸一日経っているっていう雰囲気でもないから、そう長くは眠っていなかったはずだ。
その決して長いとは言えない時間の中で、聖女ちゃんが取った行動や選択を知れれば、自ずと放心している理由も分かるはず。
そうは言ってもなぁ…。
あの時の聖女ちゃんは、行動がアグレッシブすぎるというか、なんか色々と想像がつかないんだよな。
吹っ切れながら"そうだ、聖都出よう"とか言いだして、見たこともない謎の奇跡を使い始めたところまでは覚えている。
その直後に登場した教皇様は、明らかに
ワイが気絶してからも、聖女ちゃんのご乱心が止まっていなかったのならば、あの後は教皇様vs聖女ちゃんの白熱バトルに発展していただろう。
教皇様にとって、ワイらに逃げられることは、都合がよくなくて。
一方で聖女ちゃんは、ワイを連れて聖都から逃げようとしていて。…だから、相容れるわけがないのだ。
ただ、あの部屋には既に制圧されていた
それが教皇様のやったことなら、魔王に勝てない聖女ちゃんが戦ったところで、逆立ちしても教皇様には敵わないだろう。
そもそも戦いが成立するとも思えない。
教皇様が某吸血鬼なら、聖女ちゃんとの戦いは「赤子を殺すより楽な作業よ!」と評していたはずだ。
それなのに聖女ちゃんは、こうして呑気にワイと一緒に聖都を歩き回っている。
聖女ちゃんの様子は見るからに変だし、魔力の流れや足取りからは、色々と消耗していることが察せる。それでも、これは一晩寝れば治りそうな範疇だった。
教皇に余力をもって圧勝した…なんてことは、流石に有り得ないはず。
おそらくは、許された。もとい、和解したのだ。
それにしたって、教会というクソデカ組織に楯突いていたとは思えないくらい平穏な様子なのはおかしい気がするけれど…
いやほんま、何がどうしてこうなってん?
なんやこれ?全然わからん、もう無理ぽ。…というか、今の聖女ちゃんの目的が分からない以上、彼女の様子が変な理由を考えても、妥当な推理はできない気がするな。
「聖都を出る許可を貰いに行くために大聖堂に行く」って話は、一体どうなったんやろか。
ワイらは聖都を出る許可をいただけたんか?
それを抜きにしても、聖女ちゃんは今、何のために何処に向かってるとこなんだろうか。
目的も無しにふらふらしてる…にしては、足取りに迷いがない感じがするけどなぁ。
「
「…はい、勇者様。…あれっ、えと…あっ、すみません!今、なにか聞かれましたか?」
ようやっとそれらしい反応が返ってくるけれど、あんまりにもあんまりすぎる…
マトモに応答ができるような精神状態ではないんじゃないか?ボブは訝しんだ。
こうなると、
「
「大丈夫です。私は…私は、大丈夫なんです…」
それは、まるで自分に言い聞かせるような言い草だった。
彼女は返事をしながら、私だけがどうこうとボソボソ呟き、こちらのほうへと振り向いてくる。そして、ワイの顔を見るなり、切なげに表情を歪めながら目を逸らした。
なんや、そのリアクション!
ワイの美少女フェイスが眩しすぎて直視できなかったんか?
「…
「すっ、すみません…いえ、私は…私だけが、本当に、何でもないのです」
「
やはりというか、なんか色々と駄目そうだ。
これで本当に聖女ちゃんが大丈夫と思えるなら、目が節穴ってレベルじゃないで。
そういう言動をしている人間が、本当に大丈夫だったパターンは見たこと無いゾ。
なんだか…いや、何も分からないんだけど、どうせ碌でもない闇深な話が背景に潜んでるんだろうなって感じだ。
聖女ちゃんのリアクションから察するに、きっと"ソレ"はワイ絡み。かつ、聖女ちゃんからワイには教えられないような、人の心案件な気がする。
ワイは教会の実験動物か何かだったんじゃないの?正体見たり!って感じだな。
まぁ、それは冗談としても…実際、それくらい胸糞が悪い話が出て来てもおかしくはないと思う。
「
「ご心配をおかけします。勇者様、本当に…すみません」
杞憂であれば、別にいいんだよ。
それでも、聖女ちゃんが本当にワイ絡みのことで悩んでるなら、ちょっとくらい教えてくれてもいいのになって思うんだ。
実際、ワイは何も考えずに動いているわけだし、聖女ちゃんの心配を無視して勇者活動をしてきたダメな実績がある。
事情があっても話してもらえないのは、少し悲しいけれど理解できることだ。
そういう問題は、有り余るパワーしかないワイには解決することなど出来ないだろうし、事によっては"あえて解決しないこと"を選ぶ可能性すらあるだろう。
それでも…ただの重荷には、なりたくないのだ。
「聖女ちゃん…」
独り言を漏らす。
誰にも聞こえないような小さな声だったからか、ワイ本来の口調であるにも関わらず、身体ちゃんの検閲は働かなかった。
聖女ちゃんは優しいけれど、この世界で『聖職者』をするには、あまりにも倫理観が足りすぎている。
それにも関わらず、誰にも本心を話さずに悩み続けるのは、きっと辛いことだろう。
たとえ何の役にも立てなくても、話すだけで気は楽になるはず。だからワイにも、ちょっとくらい背負わせてくれればいいのに。…なんてなぁ。
考えるだけで、口には出さない。
そういう湿っぽい言葉は、美少女には似合わないだろう。
茶化したり、猫みたいに甘えるくらいがちょうどいいのだ。しかし、今はどうにもそんな気分にはなれなくて、聖女ちゃんの背中から視線を外した。
「それにしても、頭…痛いなぁ」
目覚めてからずっと、側頭部を杭で打たれるような
こうして黙り込んでいると、どうしても意識してしまうのだ。
それは、今生においては、初めて覚える体調不良だった。
まるで片頭痛のようなそれは、前世以来の感覚だ。
あの時、教皇様がワイを気絶させた手段は、きっと相当に強引なものだったのだろう。
目覚めてからずっと、頭蓋の内側で何かが治癒されていく感覚が続いている。何をされたのかは分からないが、最強勇者であるワイですら治癒に手間取る損傷を負ったのだ。
間違いなく、普通の女の子なら死んでしまうようなことだろう。
どうにも…視界の全てが陽炎に覆われているかのように、ぐらぐらと揺らいでいるのだ。
多分、呼吸も少し浅くなっている。
今は聖女ちゃんがぼーっとしているからいいけれど、普段だったら絶対に訝しまれているはずだ。
ワイは秘め事なんて出来る性格じゃないからね。
それにしても、"痛いから"。
ただそれだけのことが、これほど辛いものだったのか。
前までは、身体が壊れていること。そして、勝手に治っていくのを感じているだけでよかったのに、久しく忘れていた
それは、自分がもう無敵ではいられないのだと。…いや、忘れていただけで、最初から無敵などでは無かったのだと。
そんなことを直視させるようで、はっきり言って恐ろしい。
あぁ、転生特典なんてチートを手に入れて。
こんな最強でかわいい素敵な身体を借りることもできて。
救われるべき世界がここにあって。
それで、それなのに…
「もう勇者には"なれない"なんて言うのなら…」
そんなやつは、無価値もいいところじゃないか
私は
……しかし、その望みは
私は口を噤むことしかできなかった。
興味津々に街を見回す無邪気な子供の顔、そんな表情が少しずつ崩れてゆくのを自覚する。
言葉にしたら終わりだと思って飲み込んだ弱音が、静かに喉の奥で消化され、行き所も無く失われた。
その代わりに漏れ出してしまった
今まではずっと、どんな状況でも、胸を張って歩いていた。ワイは完璧に可愛い幼女で、自分でも惚れ惚れするくらい明るかった。…けれども、今だけは少し。
そう。本当に少しだけ、顔を俯けている。
幸いにも、この超絶美少女に似つかわしくない陰気な振る舞いは、ひしめく群衆の中に紛れていた。
おそらく、今の自分に求められているロールは、"何もない子供"だと思う。
"フェイリア"が、特別な何者かになることを、聖女ちゃんは望んでいないのだ。
もうずっと前に気が付いていて、それでも無視していた望みだった。…でも、"特別"を望まれないことは、"何も期待されていない"ことと、一体何が違うのだろう?
ふとした瞬間に顔を覗かせるようになった憂鬱は、まだ聖女ちゃんには悟られていないだろう。
自分の楽観的な性分が、まるで少しずつ壁紙を剥がすように削られていくのだ。
いくら目を逸らそうとしても、到底無視など出来ないことが多すぎる。
きっと、ずっとは隠し切れないんだろう。
身体ちゃんの補助を受けてもなお、ただの
それでも、今はまだ、誰にも気付かれていないはずだと。
そう、思い込むことにした。
高層建築がひしめく聖都の、城壁沿いの区画…その東端と西端には、特に面白いものがある。
一度
それは建物全部がデカい聖都の中でも、ずば抜けて巨大な塔だった。
その高さ、500億メートル。…というのは流石に冗談だが、それにしたってアレは、本当に凄まじい高さを誇っているのだ。
その具合はというと、聖都で東か西を向いて見上げれば、どこにいてもソレが目に入るほど。
他のあらゆる高層建築とは、まったく比べ物にならないほどにでっかいモノ♂が、天を突く勢いで聳え立っているのである。
この異常な規模の建築物は、単に"大楔"と称されている。
詳しいことは知らんけど、なんでも奇跡や魔法の効果を強くするような霊験あらたかなモノが、これでもかと詰め込まれている『巨大な儀式触媒そのもの』らしい。
なんでも聖都を覆っている結界を維持するためには、必要不可欠な施設なんだと。
ほんで、なんで急に大楔のことなんか考えているのかというと、どうにも聖女ちゃんの目的地がその一方…東方向の楔であるように思えるのだ。
聖都の外へと繋がる城門に向かう道から外れて、もうしばらくは歩いている。
この先にあるモノというと、それ以外には考えつかないのだ。
ただ、彼女の目的は、施設本体ではないだろう。
大楔は"そこにあること"が重要らしく、何かが出来る場所というわけでは無いそうだ。
まぁ、盗みを働く前提なら、有用なものなんていくらでもあるだろうけど、流石に聖女ちゃんはそんなアウトローでは無い筈だ。…多分、きっと。
……だからといって「聖都の象徴を観光するよ~!」なんてメンタリティであるようにも到底思えない。
つまり、何か別の用件がある、と考えるのが自然である。
それじゃ、何のためにそんな辺鄙なとこに向かってるのかというと…
多分、東の大楔に居を構えている教会の重鎮、大司教ハモンさんに用があると思うのだ。
ワイが気絶する直前まで、聖女ちゃんは聖都から出るために奮闘していた。
そのために必要な許可や権限を貰ったり、魔道具の類を受け取るというだけなら、教会領の中で達成できているはずだ。
それが達成できているならば、今頃は城門で外出の手続きを受けている頃合いのはず。…しかし、実際はそうはなっていない。
つまり、教皇様とのやり取りを通して、達成すべき事柄が増えたのだろう。
その事柄とは、多分…ワイ。正確には"フェイリア"という存在、身体ちゃんに関する情報が関係しているはずだ。
あんなに仲の良かったヒセンちゃんよりワイを優先して、ワイのために聖都を出ようと目論んでいたのだから、聖女ちゃんの目的がワイの事情であるという考えは、決して自意識過剰ではないはず。
そもそもワイの身体には、いろいろと不可解な点があるのだ。
身体ちゃんに憑依して、最初に目覚めたところは「いかにも胡散臭いことしてますよ」って感じの試験管の中だったしね。
赤髪のバーサーカーちゃんことアウロラちゃんの言葉や、なんかいつのまにか死んでたらしい大司教オルクスさんの言葉からも、不穏な"秘密"があることは確定的に明らかだ。
きっと聖女ちゃんが気になっているのは、その"秘密"なのだろう。
分かるよ、秘密は甘いものだ。…それを暴くことに、恐ろしい罰は必要じゃないと思いたいけど。
そんでハモンさんには、ワイが身体ちゃんに憑依して目覚めてから、聖女ちゃんとの勇者旅に出るまでの数年間、面倒を見てもらっていた。
日常生活の合間に、この世界の情勢について教えてもらったり、何やら怪しげな身体検査とか、IQテストっぽい事も何度か受けさせられたことを覚えている。
教皇様よりワイの身体に詳しい可能性がある人がいるとすれば、それはハモンさんだけだろう。
おそらくは彼女から、教皇様からは聞き出せなかった"何か大事なこと"を聞きに行くのだ。
そして、そうなると…
多分、またワイは蚊帳の外になるんだろうなぁ…
聖女ちゃんも、ハモンさんも、何かと隠したがりなんだよな。
特にワイに関することだと、その傾向が強いんだ。
知るべきではない情報があるとかそういう話じゃなくて、知ってほしくない情報があるような感じだ。なんていうか…子供に「子供の作り方」を聞かれたマッマみたいな、やけに気まずそうな表情をするのである。
ま、別にいいんだけどさ。
二人とも悪意があってやってるわけじゃなさそうだし、きっと優しさ故の隠し事なのだろう。
ワイだって、実は遺伝子うんたらの問題でソリッドスネークみたいに短命だったとか、変なウイルスに感染してて死ななきゃいけない運命なのだとか、そんなこと言われてもどうしようもない。
いままでの経験からして、隠されてることをわざわざ暴き立てても、気が滅入るような話しか出てこないって分かってるからね。
ワイより賢い人たちが、ワイが知るべきではないことを隠してくれているなら、それでいいんだ。
藪をつついて
愚者は経験から学ぶっていうけれど、ワイもそういうタイプや。
痛い目を見たら学べるタイプのバカなんだ。
(身体ちゃんはその辺、どう思う?)
返事はない。
まぁ、想定していたことではある。
彼女はワイがこの身体に憑依して以来、一貫して返事をくれなかった筋金入りのシャイガールなのだから。
身体ちゃんの意見も聞きたいところだけど、身体ちゃん。俺に返事してもらうことできるか?
(寂しくて死んじゃうで?ワイはウサギさんより繊細なんやけど、本当に無視しちゃっていいのかな~~~?)
う~ん、これはダメそうわよ。
出来るわけないじゃないですか(笑)ってことなんだろう。
ワイの身体を操れるってことは、ワイの口を操れるってことでもあるだろうし、意思疎通が出来ないわけじゃないと思うんだけどなぁ。
いつかは相手して欲しいけど…しゃーなしや、今回は許したる。
ただ、聖女ちゃんが色々いっぱいいっぱいで、身体ちゃんも相変わらずのだんまりとなると、構ってくれる相手が誰もいないんだよなぁ…
らしくもなく一人で考え込んでみたけれど、ずっとそんなことを続けていたら疲れてしまう。
身体ちゃんのスペックがいいからか、頭の回転はすごい速いけど、性格ばかりはどうしようもない。
気付いちゃいけないことに気付いてしまっても、自分が置かれている『悪い状況』を悟っても、最終的に行き着く先は、いつもの能天気や。
それすら出来なくなったら、多分ワイはおしまいやね。
そんで、
(やることねぇなぁ…やることねぇよ。どうするよぉ、暇だぁ…)
結局は暇つぶしを求めて、意味も無く身体ちゃんに語り掛けたり、キョロキョロとあたりを見回すことに終始するのであった。
いくら聖都の街並みを見慣れているとは言っても、道行く人々は多種多様。聖都の『どんな人でも城門までたどり着ければ受け入れる』という性質上、通行人を観察するのは意外にも面白いのだ。
(こころなしか、前より獣人が増えとる気がするなぁ…)
改めて見ると、以前の聖都よりも熊耳や犬耳の男女が多くなっているような印象がある。
獣人といえば、ウサミミの部族も結構な人口を誇っていたと聞いているけれど、彼女らは聖都に合流してないのやろうか。
どうにもそれらしい姿を見かけない。
もしくは、とっくに滅んでいるとか?
(惜しいなぁ、ワイが一番好きなケモっ娘は兎娘やったんだけど。身体ちゃんは好きな獣人とか…どう、出そう?)
兎娘っていったら、そりゃもう絶倫でお馴染みだしね。
この世界は闇が深すぎる。エッチ確認が必要だ。
なんにせよ、まだ新参者に見える
上京したばかりの若者みたいに高層建築を見上げたり、挙動不審に周りを警戒する姿が目に付いた。
こういうカッペ全開な振る舞いも、客観的に見ればコミカルでかわいいねんな…
特に百戦錬磨っぽいガチムチのおっさんとかが、そんなことをやってるのを見るのは面白い。
いたいけなケモミミ少年少女たちは言うまでも無く可愛いし、いいタイミングで聖都に戻ってこれたのだろうと思う。
そんな彼らを眺めながら歩いていると、ふと見覚えのある人影が目に留まった。
(ハモンさん…?)
もはや到着間近であった大楔の入り口。…その正面に立って、ジトッとした目つきでこちらを眺めている少女がいた。
彼女は、油断したら流されそうな人混みの中で、明らかにワイと聖女ちゃんを見つめている。
褐色肌で眼鏡をかけた祭服の少女…そんな属性過多な人間は、異世界広しといえど、一人しかいないだろう。
間違いない。
あれはワイの義母、大司教ハモンさんだ。
そんなことを考えていると、どうやら向こうも、ワイが気が付いたことを認識したらしい。
ゆっくりと、こちらへと歩き出してくる。一方で茫然としている聖女ちゃんは、ハモンさんが来ていることに気が付いていないらしい。
大司教相手にシカトはちょっと、まずいですよ!
「
ワイの言葉を遮るように、ハモンさんが口を開いた。
彼女はまず、聖女ちゃんの方へと目配せをして…
「勇者付きの聖女、モリオル」
「…っ、ハモン、さま!?」
それからワイの方へと視線を向け直し…
「そして勇者フェイリア」
「
二人の名前を吟味するように一拍置いた。
それから、ひょっとすると雑踏に掻き消されてしまいそうなほど小さな声で「なるほど」と呟き、なにやら気の重そうな溜息を吐き出すと、歓迎の言葉をかけるのだった。
「二人とも…よく来ましたね、待っていましたよ」
「…お出迎えいただき、ありがとうございます。少々、考え事をしておりまして、気付くのが…」
「いえ、いえ…別に、気にしなくても良いのですよ。大聖堂での件も含め、一部始終を簡単にではありますが把握しています。貴女が茫然としてしまうのも、分からないわけではありませんから」
「申し訳、ございません…。お心遣い、ありがとうございます」
聖女ちゃんがハモンさんに頭を下げる。
その振る舞いを見た彼女は、少々居心地の悪そうな表情で制した。
「あなたは聖女でしょう。大司教以上に民心を集める英雄なのです。そこまで恭しくせずとも、構わないのですよ。それに…」
言葉が区切られると、その直後に大きな鐘の音が聖都中に響き渡った。
日に六度鳴らされる祈りの聖鐘だ。…もっとも、
便宜上、祈りの鐘となっているが、実質的な扱いは時間帯を示す合図そのものだ。
「良い時間です。そろそろ日も傾き始める頃合いでしょうし、こんなところで形式張って語り合っても、無駄に疲れてしまうだけでしょう。話は中で、気を緩めていたしましょう」
「…ありがとうございます」
そう促して大楔の中へと入っていくハモンさんに、二人して付き従う。…しかし、唐突に彼女が足を止めた。
聖女ちゃんが警戒を強めるが、きっとその必要は無いだろう。
ハモンさんは、半身を翻してワイを見つめると、少しだけ懐かしそうに目を細めた。
「それにしても、フェイリア。あなたも随分と成長したようですね。姿形こそ変わりませんが、立ち振る舞いは、あの頃とは見違えるようです。良くも、悪くも…ですがね。機会があれば、あなたの話も聞かせてほしいものですね」
「…
事前に決めていたプロットとか設定が、その場のノリで書いた文章によって致命的に破綻してエタりかけていたけど、なんとかつじつまを合わせられたのでセーフです。
これまでの話について、大規模な改稿はしていませんが、全体的に表現とか単語とか誤字脱字の修正をしてきました。
・「俺ってバカだけどよぉ」って割り切れる子が、もう割り切れないほどメンタル破壊される展開
・地雷を突かれまくったり、自己肯定感を破壊されて、それでも必死に強がってる子
・自分のメンタルがもう限界なことに気付いていないやつ
こういうの好き好き大好き。