聖都外縁から辺りを見渡すと、薄汚く粘ついた土壌がどこまでも広がり、どれだけ目を凝らしても植物や生き物の気配はない…そんな世界の終わりのような風景を観賞することができる。
舗装されていない地面を歩けば、ぬちゃと糸を引く踏み心地を味わうことができるだろう。風が吹けば吐き気を催す腐敗臭が香るだろう。
それは魔王による絶え間ない襲撃と、それに抗するための戦いによって作り出された、取り返しのつかない戦禍であった。
教皇謹製のゴーレム『殉教者たち』の強烈な魔力砲によって地盤の奥深くまで焼かれ、その魔力痕を上塗りするように魔王の悍ましい毒素と呪詛が撒き散らされ、そこを更に魔力砲が焼き払う。その幾百年と続いた繰り返しによって出来上がった、二度と生命を育むことのない不毛の土地である。
それでも…いや、それ故に、聖都は楽園と呼ばれていた。
殉教者たちは、聖都における不敗の守護者であり、人智の及ばぬ魔王の襲撃…それを数え切れないほどに跳ね返してきた。聖都近辺の根深い汚染は、むしろそれだけ長い間、魔王を退けてきた証拠とも言えるだろう。
聖都城壁には、大司教を含む多くの聖職者によって結界が構築されているため、その内側にいる人間が汚染の悪影響を受けることはない。人が真っ当に暮らしていける環境が維持されているのだ。
何より聖都は、避難民を無条件に受け入れ、しかも衣食住から医療に至るまで、あらゆるものを無償で提供している。
昨今、魔王の襲撃や魔物の被害によって、故郷を失う人間ばかりだ。そのような者は、皆救いを求めて聖都へと逃れることになる。
彼らはこの汚染地帯さえ突破することができれば、生涯に渡る安全と安心を得ることができるのだ。
まぁ、この世界で故郷を失う惨事に会えば、大抵の場合生き残ることができないし、生き残ったとして絶え間なく魔王との戦いが起こっている汚染地帯の突破は至難の技である訳だが…
いずれにせよ聖都は、この惨憺たる世界に存在する、おおむね希望っぽい場所である。
もっとも肝心要の大戦力だった殉教者たちは、もう全滅してるんですけどね。初見さん。
「あれが、魔王…?」
というわけで、やってきました聖都城門!
この地獄めいた景色と、生ゴミみたいな酷い臭いが懐かしくて…まぁ、懐かしいけど感慨とかは湧かないね、流石に。
初めて聖都に来た時も、魔王討伐の旅に出た時も、そして今この瞬間も相変わらず「キモすぎ無理!」って感じや。
そんで転移して早々聖女ちゃんをドン引きさせたのは、だいたい四、五キロくらい先にある距離感がバグるくらいクソデカい肉塊だ。
なんていうか、こう…腐った肩ロースから触手が伸びてるみたいな酷い風貌である。
少なくとも直径500メートルはあるように見える。
「…あの殉教者たちがここまでやられてしまうなんて」
その魔王を取り囲むように重なっている土塊の山は、殉教者たちの成れ果てだろう。
無生物をここまで酷く呪うことができるものだろうか。
彼らはえげつない呪詛に塗れ、得体の知れない臓器や植物を大量に生やしている。もし人間なら正気を保つことすら難しい苦痛の中にあっただろう。それでも尚、彼らは戦っていた。
もはや子供程の力も出ていないように見えるが、それでも弱々しく魔王にしがみついて、拳を当て、か細い魔力砲を放つ姿は…いくらゴーレムといえども、ひどく哀れに思えてくるものだ。
「
そのあんまりな状況に、珍しく身体ちゃんと発言が一致した。
というわけで…やぁ、お前ら。ワイやで。スーパーかわいい美幼女TS最強勇者や。またの名を頭クソザコアホアホ勇者とも言う。
いやぁ、聖女ちゃんと赤髪バーサーカーちゃんの話は強敵でしたね…なんか二人とも「屋上へ行こうぜ…ひさしぶりに…キレちまったよ…」とか言い出しそうな凄みがあったよ。
一体教皇の話のどこにブチギレ要素があったのか分からんし、バーサーカーちゃんは元勇者らしいし、大司祭のお姉さん方は実は強かったらしいし、色々な情報がワッと押し寄せてきてもうよく分かりません!
ワイの脳味噌のスペックを舐めないでほしい。あまり難しい話を始めるなよ、話に着いていけないぞ。
まぁ、結局なんやかんやあって聖都まで舞い戻って来たわけだが、正直あんなデカい魔王は初めて見るわ。教皇がそろそろ勇者を呼ばないと死ぬぜ!的な事を言い出すのも分かる。
こいつ、いつもの魔王みたいに適当にぶっ潰して大丈夫なんだろうか?
デカすぎるし呪われすぎてるし、死に際に自爆とかされたら大分不味い事になりそうだけど…
『あぁ、随分と早かったねぇ?フェイリア、そしてモリオル。正直なところ…あのアウロラがお前達を手助けするとは思わなかったよ。まぁ、聞きたいことは沢山有るだろうが、生憎と今はその余裕がないのでね。取り敢えずは飲み込んでくれ』
そうしてやり方を計り兼ねていると、不意に天の声的な謎の魔法で話しかけてきたのは、大司教のオルクスさんだ。
彼女はいつだってワイらの動向を把握しているらしい、推定ストーカーなねっとりボイスお姉さんな訳だが…
「…オルクス様」
なんか…聖女ちゃんが妙に殺気立ってて怖いねんな。
そのあまりに冷たい声に、思わず聖女ちゃんの顔を見上げるけど大分『無』って感じや。
美人の無表情は怖いって、それ一番言われてるから…
『おや、モリオル…随分と自立したみたいだねぇ。良い傾向じゃないか?後のことを考えると、そうであったほうが良いだろうからねぇ。さて、早速だが本題に入ろうかね。見れば分かるかもしれないけれど、目の前のアレが件の魔王だよ。呪詛溜まりと言ってねぇ、あの子たち…あぁ、殉教者たちも全滅さ。…呪いには強くしてあげたつもりなんだけど、ままならないものだね。本当に。もう聖都には使える戦力が残っていないからねぇ。フェイリア…やってくれるね?』
「
「待ってください、勇者様!アレは…いくら勇者様と言えども、まともに戦えばただでは済みません。もっと…何か、対策を練ってからでも…」
この人、とにかく物凄い勢いで語ってくるから話に着いていけなくて苦手なんだよな。その一方的に言葉を浴びせるのをやめてくれないか?
何より身体ちゃんが妙に従順になるのが辛い。こんなのまるでNTRみたいじゃないか。脳が破壊されそうだ…っ!
一方で聖女ちゃんはオルクスさんの要望を受け入れたくなさそうである。当たり前だよなぁ?
『そうさね。モリオルの言う通り、耐えられないことも十分に有り得るだろうねぇ。フェイリアの性能は計り知れないが、相手も未知数だからね。正直なところ、近付くことすら危険だろう。順当に倒せたとしても後遺症は残るはずだ。』
「なら対策だけでも…っ」
『対策なんて無いよ。アレはねぇ、少なくとも聖都が把握しているあらゆる魔法、奇跡を全部役立たずにしたのさ。まだ未熟だったとはいえ、聖都に待機させていた聖女が二人ほど無駄になったよ。それでも、今やろうが後でやろうが、行き着くところは変わらないだろう?モリオル…フェイリアは行く。そして、魔王を倒すのだからね』
えっ、何それは…。
もしかして、ワイ…消えるのか?ワイ、この魔王討伐で勝っても負けても…消えるのか??
まだ身体の年齢は12歳を超えてないはずなんですが、その、倫理とかっていうのは…あっない。
まぁ、さりげなく聖女が二人も犠牲になっているので、今更勇者が一人犠牲になるくらいは大差ないのかもしれんな…
ワイは犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな…
「それは、勇者様を犠牲にするということですか?」
えっ、そんな直球で聞いちゃうんですか!?
『まぁ、言ってしまえばそうなるけどね…』
えっ、そんなあっさり答えちゃうんですか!?
「認められません…っ!」
☆聖女ちゃん、キレた…!
正直聖女ちゃんが怒って声張ってるのは初めて見るけど、彼女の性格を考えると当然といえば当然かもしれない。神的に良い人だし…
というか、先程から喋ろうとしても声が出ないんやけど、どうなってるんでしょうか…?
空気嫁ってことですかね。
「いくらオルクス様のご指示でも。…いえ、たとえ教皇様が仰られたとしても、勇者様をあんなところへ送るなんてあり得ないです」
『…でもねぇ、そうは言っても後がないんだよ。もう我々に捧げられるものはないのに、今回出来ることは全てやり尽くしてしまったんだ。これが最後の機会になるだろう。…もう望みはフェイリアしかいない』
「何を言っているのですか…?」
『あぁ…すまないね、取り乱したよ。まぁ、いずれにせよ…アレはここで倒さないと、世界に未来はないってことさ』
「…だからって、勇者様を見殺しにするなんて」
後が無いとか望みはワイだけとか、闇金に駆け込んだギャンブラーみたいなこと言い出してるけど、話が吹っ飛びすぎて全然ピンと来ないんだよな。
なにいってだこいつ。
聖女ちゃんが理解できてないってことは、ワイが馬鹿過ぎることが原因って訳でも無いだろうし、本当に意味不明なんだろう。取り乱したって自分でも言ってるし。
『まぁ、結局はフェイリアの意志次第なんだ。彼女が本当にアレと戦うこと…あるいは戦わないことを選んだ時、君も私もフェイリアを無理に動かす力を持たないだろう?』
「それはっ…そう、ですが…」
声の方…というか空を見上げたまま、言い淀んでしまった聖女ちゃん。彼女はしばらく言葉を詰まらせてから、すっとこちらに振り向いた。
そして、その場にしゃがみこむ。
「勇者様…」
聖女ちゃんは、ワイの両肩に手を置いた。ただじっと目を合わせて、まるで懇願するような表情で話し始める。
「勇者様が、とてつもなく強いことは知っています。…それでもアレだけは、いけません。あれほど恐ろしい呪いは見たことがないのです」
少し、言い淀む。しかし、言葉を止めることはなく、すぐにまた続けた。
「…きっと、酷い目に会います。もしも呪いを解くことができなかったら、次の生も…いえ、それどころか幾度生まれ変わっても、どこに生まれ落ちても、呪われたままになってしまうかもしれないのです。…ですから、今だけは引いても良いのではないでしょうか?」
次の生も…そういえば呪いってそういうモノやったな。
結構前に教えてもらった記憶があるわ。産まれたときから呪われている赤子は、前世で呪詛を受けたもの…とかなんとか?
ワイは身体が治るついでに呪いも解けちゃうから気にした事なかったけど…あの魔王、だめなんか。
今までワイの破茶滅茶ぶりを見てきた聖女ちゃんが、それでも「ワイでも治しきれないかもしれない」って言うほどヤバいんやな。
聖女ちゃん、脅しで嘘吐くような性格でもないし、頭も良ければ顔も良いし、きっと本当にそうなんだろうなぁ。
ワイって死んだら、次に転生する時も記憶は残るんやろか?そもそも転生って、そう何度もするものなんやろうか。
何も知らないまま、ただ呪いだけ引き継ぐっていうのは…流石にちょっと嫌やなぁ。
「…
「なっ、…どうして、なのですか?」
「
聖女ちゃんの青く澄んだ瞳が揺れる。
「…本当に、行かれるのですか?…あのような死地に、勇者様が…本心から望んで?」
「
彼女は押し黙った。言いたいことが色々あるだろうに、それでも下唇を噛んで我慢している。
きっと嫌なのだろう。本当は力尽くでも止めたいだろうに、聖女ちゃんにはそれができないのだ。
不意に、身体がぎゅうと抱き寄せられた。
ふわと香る甘い匂いと、柔らかい身体の感触が全身を包み込む。
唐突な包容にびっくりしていると、彼女は抱き着いたまま、耳元で囁くようなえっちな声を発した。
「それなら、…それなら私にもご助力をさせてください」
『おっと、それはだめだ。モリオル』
「…何故ですか?」
どうやら空気を読んで黙っていたらしいオルクスさんが、とうとう我慢できなくなったようで、聖女ちゃんの言葉を遮るように声を飛ばした。
ワイと聖女ちゃんが力を合わせて強大な敵をぶっ潰す。そんな努力友情勝利的なメソッドに横槍を入れるなんて!
もっとも、ここで聖女ちゃんに手伝ってもらうと、何か碌でもないことになりそうだから嫌だったのは確か。正直ナイスやね。
『お前の役目は"まだ"なんだよ。済まないけどね、今それをする必要はないんだ。なにせ今回は私の番だからねぇ、納得しておくれよ?うふふ、いつかこんな日が来るとは思っていたけど…あぁ、何度予測を立てても、どの聖女や大司教を演算に含めても、ここではそういう風にするべきと出たんだよ。ねぇ、こんな嬉しいことはないと思わないかい、モリオル。お前も聖女なら分かるだろう?』
「…意味が分かりません。大司教様は聖女ではないはずでは?」
『ん、あぁ…そうか、興奮しすぎたよ。まぁどうせ、もう教皇も未来も関係ないかね。…言っちまうと、私も聖女の成れ果てってことさね。うふふ、こんな醜い塊になっちまっても、本懐は捨てられないものなんだねぇ』
聖女の本懐ってどういうことや…
薄々感じてたんやけど、もしかして聖女ってかなりヤバい奴なのでは?
バーサーカーちゃんが聖女ちゃん…というか『聖女』について語ってた事もそうだし、慌てて口封じしてきた聖女ちゃんの振る舞いも、今になって考えてみれば凄い不穏だった気がしますよ。
えっ、これ…オルクスさんは一体何しようとしとるんや。聖女ちゃんはまだって、いつか何かすることになるので?
「オルクス様が、聖女…?ありえません。だって、それは後から成れるものではないはずで…」
『そうだねぇ、聖女になるためには幼い頃から手を尽くさないといけないからね。そこに例外は無いよ。…でも、教会に聖女という役割を作ったのは私だ。その方法を確立したのも私ということになっている。お前が言いたいのは、時期的に不可能ってことだろう?…でもね、事実そうなのさ』
なんかタイムパラドックス的なアレが起こってるみたいな話しとる?それってワイも知っといたほうがええ事か?
『あぁ、そうだ。もうひとつ、事が始まる前に伝えておかないといけないねぇ。…あなたたち、大聖堂の奥部屋を開けておきました。場所は分かりますね?全てが終わった後で、そこに行きなさい。皆、教皇と会っておく必要があります』
「それは、どういう…」
『行けば分かる…って聞いてるけど、どうなんだろうねぇ?うふふ、あの子は分かるだろうけど、お前達にはまだ難しいかもしれないね…?』
あっ、待て!オルクスさん!何か重要なことを言っているのは分かるが、ワイにはまるで意味が分からんぞ!説明をしろ!
そろそろ、身体ちゃんも喋ること許してくれよなぁ!?
またしても何も知らない勇者ちゃん(12)になっちゃう!
『さて、いい加減やらなくちゃね。歳を取ると話が長くなっていけないねぇ。…さて、フェイリア。待たせて済まないね?後はもう好きなタイミングで出るといい、こちらは準備万端さ。後始末はすべて教皇と大司教のやつらがやるから、気にしなくていいからねぇ』
「
あっ、喋れた。…でも、今更お話しできるようになっても、もう手遅れなんだよなぁ。
何言ってるのか結局よくわからんかったよ。まぁ、ワイがそんなこと気にしたって仕方ないから、さっさと切り替えて、出来ることをやるべきなんだろうね。
難しい話は苦手や。
「勇者様…。私には何もできませんが、御武運をお祈りしています…」
「…
「どうか、ご無事で…」
一言交わすと、腰を落として全身の力を抜いた。
いつでも駆け出せる構え。あの距離なら、だいたい3歩程で切り掛かれるだろう。
あとは魔王の様子次第、極力隙のあるタイミングを狙って…
「…
『
『あぁ…うふふ、これが終わりなのね。…随分と長いこと旅をしてきたけど、ようやく腰を下ろせるんだねぇ。…あぁ、ドロシー。私の、親友。もう貴女を看取らなくて済むんだ…』
戦いは一瞬だった。
勇者様が弾け飛ぶように向かっていって、その直後にオルクス様が保護の奇跡を張られた。
それから瞬く間もなく、魔王が破裂したのだ。
おそらく勇者様は、あれを細切れにしたのだろう。魔王が突如として弾けて液体となる光景は、以前にも何度か見たことがあった。
そうと聞いていなければ、魔法か何かで溶かしたとすら思ってしまう攻撃である。
問題は、その後のことだ。
勇者様が戻ってこないのだ。…いつもだったらすぐに私を見つけ出し、何かしら呼びかけてくる勇者様が、魔王を討伐したはずなのに未だに姿を見せない。
やはり何かあったのだと確信する。
そのことを悟ってすぐ、私は半ば衝動的に駆け出した。…これでも聖女、未熟とはいえ英雄の端くれなのだ。
正確な距離は分からないが、この程度なら数十秒程度で辿り着くはず。
そうして走れば、間も無くあの魔王の異常性に気が付く。
魔王は既に死んでいて、まだソレが居座っていた場所から程遠い筈なのに、酷い呪いに肌がざわつく感覚があったのだ。
そこから更に奥へと足を踏み入れば、もはや人の許容できる領域を超えた呪いの温床となっている。
力を持たない市民が入り込めば、僅かな猶予もなく死に至るほどに強烈だ。
「勇者様…っ!」
それでも走る。むしろ、ますます勢いを強める。
中心地に近付くほどに、機能を損なった殉教者たちが高く積み上がり、元々魔王が居た場所を中心とした残骸のクレーターを形成していた。
そこを駆け上る。
走れば走るほど、呪いが少しずつ身体を蝕む感覚があった。しかし、全く問題ではない。
勇者様は、どこにいる…?
必死に探しながら駆けている内に、気付けばクレーターの縁。…もっとも高く積み上がったそこに辿り着いていた。
頂上から窪みの中を見下ろせば、中央に血溜まりの湖ができていることがわかる。
まさか、あれに沈んでいるのか…?
肌が粟立つ。
もしそうならば、非常に不味い。私にはあの中に入ることなど不可能だ。悍ましい呪詛と汚染に塗れ、きっと動けなくなってしまうだろう。
一瞬、勇者様の死が脳裏にちらついた。
あんなものに浸かって、生きていられる訳が無いと。…いや、そんな筈はない。勇者様は死んでいない。そんなことは認められない。
その時、不意に左腕の半ばから、得体の知れない植物が突き出した。
深緑の鋭利なイバラだ。それが肉を突き刺しながら渦巻き、みるみる内に身体を這い登る。
悪意ある生命の繁茂は、呪いの最も良く知られている効果だ。
その鋭く激しい痛みが、思考を絶望から引き戻した。
「『解呪』!」
奇跡で呪いを解くが、それでもイバラは成長を続けている。
一度生えたら最後、呪いを解いても止まらないということか?…かと言って、このまま放置していては、やがて全身に根付いて手遅れになるだろう。
あぁ、駄目だ!解呪自体は済んでいるだろう。
こんなことのために思考する時間がもったいない。
「ふっ、ぐぅ…っ!!」
生えたものを纏めて引き抜いた。
気付かない内に相当根を張っていたらしく、身体の表面が
「…は、ぁ…っ!『癒しよ』…!」
勇者様と旅する前から散々鍛錬を積んでいた癒やしの奇跡すら、詠唱無しでは使えないほどに感覚が鈍っていた。
痛みが思考や技術を曇らせる。
それもすぐに慣れるだろう。慣れなければ助けられない。
「探さ、ないと…っ!」
剥いだそれを適当に打ち捨て、また走り出した。
今度はあのクレーターの中央、汚染された血の湖に向かって駆け下りる。
私は呼吸が浅く、荒いものとなっていることを自覚する。これではいけないと努めて整えるが、大した効果はない。
下っている最中、ふと血溜まりの端が目についた。
そこだけ殉教者たちの動きが、やけに活発であったのだ。
目を凝らして注目すると、どうやら大量の殉教者たちが集まりつつあるらしい。
呪われた土塊の身体を震わせ、折り重ねて、何かを湖から運び出すように動いている。
もしやと思い、彼らの動く先に視線を移すと、そこには酷く膨れ上がったモノが…
「勇者さま…っ!?」
見つけた。…いや、見つけたのではなく、気が付いた。
視界に入ってから数秒程、それが勇者様であると理解できなかったのだ。
およそ人間とは思えない塊、植物が根を張った得体の知れない肉塊。それが、今の勇者様であるのだと。
「あぁ、なんてことっ…!」
すぐさま駆け寄る。
またもや生えてきた鬱陶しい植物や肉塊を、自分の身体から引き抜いた。視界がぼやける。腰が抜けるような痛みを、歯を食いしばって無視をする。
これで私が死んでしまっては意味がないので、呪いによる傷は奇跡で癒し、止まることなく走った。
そして、ようやく勇者様のそばまで辿り着いた。
近付けば、一層よく見える勇者様の様子。
それは、もはや言葉では表しきれないほどに凄惨だった。
人間性を損なっていると言っても過言ではない。それは生命として有り得ない形となっている。
呼吸は…いや、どこから呼吸している?激しく震えているようだが、もはや仰向けなのか俯せなのかも判然としない。
このような場所にいては、呪いは徐々に深刻化してゆく。
すぐにでも離れなければ命に関わるが、しかし今の勇者様を下手に持ち上げては死んでしまうかもしれない。
少しでも呪いを解かないと、動かすことも出来ない。
「『解呪』……!?どうして、全然効いてないっ…!『解呪』!!」
勇者様の自己治癒がひどく弱々しく見える。
いつもの致命傷すらものともしない圧倒的な回復力は見る影もない。
これほど奇跡を掛けているのに、呪いに蝕まれてゆく速度のほうが圧倒的に速かった。…しかし、呪いが進行しているということは、まだ生きているということだ。
今なら間に合う、どうにかなるはず。
「『解呪』!『解呪』、『解呪』!!」
必死に解呪の奇跡を掛けるが、ほとんど意味を成していなかった。…いや、違う。それは間違っている。
勇者様はこれまでどうやって呪いを解いていた?…解呪の奇跡などではなかったはずだ。
治癒の奇跡。それに伴って呪いも癒えていたはずである。
私の拙い解呪などより、勇者様が自らを治す力の方が強いというのなら、本当に使うべき奇跡は…
「『癒しよ』!」
「…っ!?……~~~~ッ!!!」
効いている!
殆ど原型のない身体が、微かに元の形を取り戻したように見えた。
それと同時に痙攣が一層激しくなって、声とも取れない凄まじい絶叫が響き渡る。
治るのが、痛いのだろうか…?
「『癒しよ』!『癒しよ』!!なんでっ!!『癒しよ』、『癒しよ』、『癒しよ』!!あぁ…っ!足りない!このままでは…っ!」
それでも焼け石に水だ。
勇者様は未だに人の形を取り戻す気配がない。
私もこの場所に耐えていられる時間には限界がある。しばらく対処をしていなかったせいで、背や顔に根が張っている感覚があった。
一刻も早く勇者様を治して、安全な場所へ連れ出さなくてはならない。ここで私が力尽きてしまったら、勇者様も死んでしまう。
「『癒しよ』!どう、すれば…!」
焦る思考をひたすら回している内、ふと思い付く。
それはおよそ、賭けのようなものだった。
聖女の奇跡『聖別』。…それは自らの魂、および身体を触媒とすることで、奇跡の効果を飛躍的に高める教会の切り札だ。
先はオルクス様が自らを犠牲に勇者様に防護を掛けていた。
それを、効果を絞って使えばよいのだと。
魂と身体の全てではなく、一部分のみを触媒とするのだ。
きっと本来の『聖別』程の効果は出せないだろうが、なおも普通の奇跡とは比べ物にならない威力を発揮するはずだ。
それでいて、私が最低限生きていられるだけの力を残すことができれば、勇者様を救うことができる。
このような使い方を教えてもらったことはないが、奇跡とは深い祈祷であり、その解釈だ。
多少効果を歪める程度なら可能だろう。
目を閉じて、集中する。
祈りを深め、自らの知る『聖別』…その奇跡としての意味を再構成する。
捨てる部位は…いや、そんなことなど考えていられない。生命活動に直結する部位と、足以外ならどこでも構わない。
決して使い切らないよう、それでいて惜しまないよう…
「…『
瞬間、腹部と左腕に走る違和感。呪いに塗れてしまって、もはやどこがどう痛いのかも分からないが、なおも確かに理解できる喪失の感覚があった。
それでも…
「あぁ、治った!」
仰向けに倒れた勇者様の形をはっきりと認識する。
多少は呪われているようだが、この程度ならただの治癒でも治るだろう。
急いで勇者様を抱き上げようとして、ふと左腕が動かないことに気が付く。…横目に見れば、そこにあるはずの部位は、灰のようなものとなって崩れ落ちている最中であった。
取り敢えず、残った右腕と身体を使って勇者様を担ぎ上げる。
そして立ち上がると、聖都の城門に向かって駆け出した。
・味方のろくでもない発言
・出自があまりにも終わっているボス
・デカすぎる代償を払って発動する多少強力な技
・脳パチ
こういうの大好き。