女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
誰も知らない、『心』の味。
「・・・オエッ」
吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしているような。
今、呑み込んだ感情の味から、これは『嫉妬』だろうか?
マイナスの感情の味は、突き詰めるとみんな同じような味になるからよく分からない。
ついえずいてしまうが、胃の底からこみ上げるモノをどうにか押さえ込む。
もうこんなことを数年続けているから、慣れたモノだ。
「・・・?」
さっきまで険しい顔で歩いていた女子が、急に胸を手で押さえ、不思議そうな顔をしながら通り過ぎていく。
その顔は、疑問符を浮かべながらもどこか晴れやかだった。
それとは対照的に。
「うっ・・・」
オレは、さっき呑み込んだモノが飛び出さないように口元を押さえ、逆流しようとする胃液を必死で飲み下し・・・
「ようやく、埋まったか・・・」
何もできなくなるくらいの、それこそ思考が薄れるほどの飢餓感が、緩やかに収まっていくのを感じていた。
どうやら、オレの『穴』は今ので塞がってくれたようだ。
まあ、一時的なものだろうけど。
「・・・いつまで、こんなこと続けなきゃいけないんだろうな」
穴が空く。
取り込む。
また穴が空く。
また取り込む。
--何のために?こんな想いをしてまで、どうして続ける?
姫松学院 二年生 保科柊史。
彼は、とある秘密を抱えていた。
それは「他人の気持ちを感じ取れる」という不思議な力を持って『いた』ということ。
「・・・帰るか」
引きずるように、力なく足を動かして帰路につく少年。
もしもこの世界ではない、悪意と呪いがはびこる世界に住まう者たちならば見えているだろう。
「・・・・・」
彼に纏わり付くような、真っ黒な『負のエネルギー』を。
本来の彼が持っていた「他人の気持ちを感じ取れる」という力は、すでに過去のもの。
今の彼に宿るチカラ、あるいは『術式』は、
「・・・気持ち悪い」
『他者の■■を感じ取り、その肉体的苦痛ごと取り込む』
彼の中にある、埋まらない『穴』は今日も飢え渇いていた。
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この世界には、『魔法』というものがある。
人間から溢れた感情にあてられて、人語を解し、様々な不思議な現象を操れるようになった動物である『アルプ』。
そのアルプと『願いを叶える』という契約をした者は『魔女』と呼ばれ、人間から零れた感情、彼女たちの間では『心の欠片』と呼ばれるモノを集める。
そして、魔女の願いの大きさに応じた量の心の欠片を集め終わったとき、願いを叶えるシステムこそが『魔法』。
アルプとの契約は人生で一度だけしかできず、魔女は願いを叶える権利を得る『代償』に、アルプへと感情を捧げるために何らかの制約を課せられるなど、苦難も多いが、心の欠片さえ集めれば『どんな願いでも』叶えることができるという。
だが、よく考えればおかしなことがあるのではないだろうか?
この世界にはおびただしい数の人間がおり、それ故世界には膨大な量の感情が渦巻いている。
だと言うのに、アルプの存在は人間にほとんど知られておらず、早々お目にかかれるものではない。
動物が感情にあてられてアルプになるというならば、人間に飼われているペットから、人間に屠殺される家畜まで、あらゆる動物がアルプになっていなければおかしい。
ならば、アルプに取り込まれなかった『感情』はどこに行き、何になるのだろう?
その答えを、オレは数年前に知った。
『その道、通らない方がいいよ』
「え?」
その日、オレは早く家に帰りたかった。
唐突だが、オレは、生まれつき人の感情を感じ取ることができる。
具体的に言うと、人間の感情を、触覚か味覚のいずれかで認識できる。
オレの意志などお構いなしに。
--保科って、なんかヘンだよな
--アイツ、マジで付き合い悪いよな~
--いつも愛想笑いばっかで気持ち悪い
こんなよく分からないチカラを持っているせいで、オレは人付き合いが苦手だった。
なにせ、人間の感情が文字通り肌と舌で感じ取れるのだ。
何人もの他人と狭い教室に一緒に押し込められれば、否応ナシに様々な感情を無理矢理味わわされる。
それは時として、本物のムカデが腕を這うような感触を押しつけ、強烈な辛味や苦み、酸味が混ざり合った、吐瀉物のような味を残していく。
そのたびにおかしな反応して、妙なモノを見る目で見られ、その視線が肌にナイフのような痛みを残して悶えれば、さらに周りに伝染していく。
これで他人と接するのが上手くなれるヤツがいるのなら、ソイツは人間じゃない。
気付けば、オレは人付き合いを避け、少しでも悪感情を抱かれるのを防ぐために薄っぺらい愛想笑いを浮かべ、他人の頼み事は断らないようになっていた。
そして、その日はそんなオレの小賢しい対応策を嘲笑うように周りから悪感情を向けられて、体調を崩してしまって早退したのだ。
学校という檻から出られたことでマシにはなったものの、未だに体調は悪く、すぐに家に帰って眠りたかった。
だから、普段は通らない人気のない道を通ろうとしたのだが、そこで声をかけられたのだ。
『その道は、通らない方がいい』
「は、はぁ・・・」
おかしな格好の人だった。
大人にしては若いような気がするが、背が高くて、前髪が一部分だけ垂れててちょっと変。
そして、お坊さんが着るような黒い着物に、袈裟、というのだろうか?これまたお坊さんが付ける前掛けのようなものを付けていた。
だが、それ以上におかしなことがあった。
(この人、『感情』が伝わってこない?)
オレが今まで会った人は、全員が多かれ少なかれ、オレに何らかの感情を伝えてきた。
そのおかげ、とは言いたくないが、オレは人の気配に敏感だ。
けれどもこの人からは何の感情も感じ取れず、声をかけられるまで気がつかなかった。
「えっと、どうして、通っちゃいけないんですか?」
『・・・ふむ、『ここ』は呪力のようなモノはあるのに、呪霊はほぼ蠅頭しかいない。だから襲われたことがないのかな?ただの人間ではないようだが』
「?」
オレが問いかけると、男の人は顎に手を当てて何かを呟いた。
『そうだな。君は、『魔法』とか『アルプ』を知っているかい?』
「『魔法』?『アルプ』?」
『おや、知らないのか?おかしいな。私も『こっち』で君のような人間に会うのは初めてだが、彼らの関係者だと思ったのだけれど・・・そうだな、なら『久しぶりに』こう言おうか。ちょうど、向こう側から来てくれたみたいだしね』
「え?」
そこで、男の人は薄暗い路地の先を指さした。
『ほら』
そして。
『あそこに、『呪霊』がいるよ』
「ひっ!?」
ソレと目が合った。
いや、『口』があった。
『コッチニ、オイデ』
口だ。
大きな人間の口だけがそこにいた。
真っ赤な唇と、不気味なほどに白い歯。
そして、その間からデロリと垂れるピンク色の舌。
目などないのに、なぜか自分が『視られている』ことがわかる。
「あ、ああ・・・」
こんな時でも、オレのチカラはいつも通りだった。
オレの身体に、あの口の感情が流れ込んでくる。
『タベタイタベタイタベタイタベタイタベタイタベタイ』
それは、胃が痛くなるほどの食欲。
「う、うわぁあああああああああっ!?」
オレは叫んだ。
けれど、腰が抜けて立てなかった。
そうこうしている内に、あの口はすぐ傍まで近づいていた。
そのよだれを滴らせた舌が、オレに触れようと・・・
『ほう?こっちで三級を見るのは本当に久しぶりだな。四級ですら希なのに』
「え?」
気がつけば、あの口は目の前からいなくなっていた。
代わりにすぐ傍に立っていたのは、あの男の人。
その手には、さっきまで持っていなかった黒い球が握られている。
『さて、調伏完了だ。とはいえ、いくらこっちで貴重でも、三級程度じゃいらないのだけどね』
「・・・・・」
さっきから訳が分からなかった。
オレは夢でも見ているのか。
もしかしたら、オレは学校で倒れて、保健室のベッドで寝ているのかもしれない。いや、きっとそうだ。
『それにしても・・・君、やっぱりさっきの呪霊が見えていたね?君は・・・おや?』
「え?」
不意に、黒い男の人がオレに意識を向ける。
しかし、男の人はオレではなく、手に持った黒い球に目を向けていた。
釣られるように、オレも黒い球に目を向ける。
そのときだった。
「あがっ!?」
『何っ!?』
黒い球が、弾丸のようにオレの胸に飛んできた。
その瞬間。
「あ、あ、うああああああああああああああっ!?」
全身を硫酸にぶち込まれたかのような痛み。
舌そのものが胃液にでもなったかのように、吐瀉物の味が口いっぱいに広がる。
なによりも。
--オナカ、ヘッタァァアアアアアアアアアアっ!!!!!
胃液すら枯れるのではないかと思うほどの飢餓感。
それが胸を中心に広がっていくのを感じたのを最後に、オレは意識を失った。
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「あの後は、大変だったなぁ。父さんがものすごく心配してくれて」
ある日の休日。
オレは趣味の遠出をしながら、昔のことを思い出していた。
あの黒い球を取り込んで倒れた後、目が覚めたら、オレは病院のベッドの上だった。
そして、オレが目を覚ましたのが分かった瞬間、『柊史ぃいいい!!』と泣きながらオレを抱きしめてくれた父さん。
さらにそのすぐ後ろには、
『やあ、保科柊史君』
オレたち親子を見ながら微笑むあの男の人がいた。
「ああ、本当にありがとうございました!!貴方がいなければ柊史は!!」
『いえ、お気になさらず。私は人として当然のことをしたまでですよ』
全身から感謝の念を放出しながら頭を下げる父さんに手を振る男の人。
「ほら柊史。お前もお礼を言いなさい。倒れていたお前を、この人が助けてくれたんだからな」
「え?あ、うん・・・その、ありがとうございました。えっと・・・」
衝撃的なことがあったが、こうして生きているということは、父さんの言うとおりこの人が助けてくれたのだろう。
オレはお礼を言おうとして、言葉に詰まった。
そこで、オレがどうして口を詰まらせたのか分かったのだろう。
男の人は笑いながら言った。
『夏油だ』
「え?」
『夏油傑。それが私の名前だよ。改めてよろしくね、保科柊史君』
それが、『先生』。夏油先生との出会いだった。
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それから、オレは度々先生と話をして、様々なことを教わった。
『魔法』のこと、『アルプ』のこと、『魔女』のこと。
そして、『呪霊』のこと。
オレのチカラ、否、『術式』のことを。
「しばらくは、本当に大変だった」
あの黒い球(先生曰く『呪霊玉』と言うらしい)を取り込んでエネルギー源としたことで、オレのチカラは変貌を遂げていた。
いくら食べ物を食べても満たせない飢餓感。
前よりも強く感じられる『負の感情』。
そして、身体を襲う『他人の痛み』。
どうやら、それまではただ感情を感じ取るだけのチカラだったものが、『他者のマイナスの感情を吸い込んでエネルギーを蓄える代わりに、他者の痛みや苦しみを引き受ける』というモノに変わっていたのだ。
しかも、『一定期間エネルギーを蓄えなければ、凄まじい飢餓感に襲われる』という『縛り』付き。
『まあ、エネルギーを蓄えるとは言っても、こっちでそこまでする必要がある呪霊なんて見たことないけどね・・・柊史。君は『あっち』なら、もしかしたら『向こう側』に行けたかもしれないね』
あるとき、ホラー映画を見ながらチカラをコントロールする訓練をしているとき、先生が少し寂しそうにそう言っていたのを覚えている。
『あっち』というのがどこかは、未だに分からないが。
「・・・それにしてもやっぱり、人気のないところは過ごしやすいな」
ある程度チカラのコントロールができるようになってからは、オレは遠くに出かけるのが趣味になっていた。
遠くにいる人間は、オレに強い関心を向けないからだ。
さらに言うなら、人気のないところなら尚いい。
たまにこうやって気分転換をしないと、ストレスでおかしくなってしまいそうになる。
「エネルギーを取り込むって言っても、味があれじゃあな・・・」
飢餓感をどうにかするには他人の負の感情を取り込まなければならないのだが、味が最悪なのだ。
一応、正の感情をその後に取り込むことができれば味は打ち消せるのだが、このチカラに変わってから、正の感情に関する感度は落ちてしまっていて、感じ取るのが少し難しい。
「まあ、久しぶりにゆっくりするか」
偶然目に入った人気のない公園に足を踏み入れ、ベンチに腰掛ける。
家事は、やれるだけのことはやってきた。
ならば、久しぶりに他人の目を気にせず、ゆっくりボーッとしよう。
年頃の男子高校生として終わっているような気もしないではないが、こちとらそんなことを言える余裕はない・・・
『ぅぅうううぇぇぇえ・・・・』
「ん?」
ふと、オレのチカラに慣れしたんだ感覚が走った。
それは『後悔』と『悲しみ』。
そして、身体に走る『吐き気』。
「誰か、酔っ払いでもいるのかな?」
負の感情を取り込むと吐き気がするのはいつもだが、今感じている吐き気は、感情を発している人物の元々の身体的苦痛だ。
時刻は昼下がり。
酔っ払いがいるにしてはおかしな時間だが・・・
「いや、まさかかなり体調が悪い人か!?」
考えてみれば、酔っ払いよりはそちらの方が可能性が高い。
そうなれば大変だ。
「オレの近くで死なれたら、どんなことになるか分からないぞ・・・!!」
今はチカラをある程度コントロールできるようになっているが、それでも他人の感情を完全にシャットアウトすることはできない。
そこで、オレの近くで苦しんで死んだ人が出たら、そのときの悪感情と死の苦しみをオレがすべてではないにせよ肩代わりしなければならないのだ。
走ってすぐにその場を離れれば回避もできるが・・・
「しょうがない・・・」
いくらなんでも、それは寝覚めが悪すぎる。
苦しんで倒れる辛さはオレも分かるし、かつては先生に助けてもらったのだ。
見捨てるという選択肢はすぐに消した。
「お~い、大丈夫ですか~!!」
そして、オレは吐き気を受け入れつつも堪えながら、チカラが指し示す方向に歩き出し・・・
「うう、このリボンもダメかぁ。せっかく可愛いって思って買ったのに・・・って、あれ?急に吐き気が・・・って、え?」
「・・・え?」
少し離れた所にあった女子トイレ。
その入り口で、男物の服を着た、小柄な女の子に出会ったのだった。
続かない。
でも続きが気になる方へ。
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