女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話 作:二本角
サノバウィッチの原作は平和でしたが、設定上こういうこともあり得るんじゃないかな?と思いながらだったので、後半は結構ダークです。
「ま、誠に申し訳ありませんでした・・・」
「あ、頭を上げてよ保科君!!今回のは保科君は悪くないよ!!」
オレが椎葉さんの着替えを覗いてしまってから少し。
椎葉さんは慌てながらも手早く普段のボーイッシュな服に着替えていた。
一方で、オレはあのときから一切土下座の姿勢を崩さず、帳の中で地面に顔を付けたまま。
椎葉さんからは多少の羞恥の感情を感じるものの、言葉通りオレを責める気はないようだ。
だが、オレとしては土下座を崩すわけにはいかない。
「いやいや!!ダメだって!!オレはそれだけのことをしたんだから、このままでいさせて欲しい!!」
「えぇ~・・・」
単純に、自分のしでかしたことを詫びる気持ちもあるが、それ以上に。
(今起き上がったら、確実に椎葉さんに軽蔑される!!)
オレの下半身の一部分が、強烈な刺激物を見た影響で臨戦状態にあるからである。
これを見られれば、さすがの椎葉さんもオレへの悪感情を抱くことは避けれまい。
男として避けようのない生理現象ではあるが、それを正直に言ったところでどうにかなるとも思えない。
故に、オレは椎葉さんが困ったような声を出していても土下座を続けるしかないのだ。
そう、例え椎葉さんの言うように、『オレが悪いわけじゃないにしても』。
「おい紬!!なにをしているのじゃ!!その小僧が動かんウチにさっさと逃げるぞ!!」
「わっ!?ひ、引っ張らないでよ、アカギ!!」
声だけしか聞こえないが、喋ったのはオレが土下座する直前に見た、水色の髪の幼女。
言い訳がましいが、オレが椎葉さんの着替えを見る原因を作った存在である。
前々から椎葉さんが時折口に出していた『アカギ』というアルプ。
オレが呪力砲を撃つのをやめたのも、椎葉さんが着替えていたのが大きいが、アカギに『椎葉さんへの』敵意がなく、またすぐに椎葉さんと契約していたアルプだと椎葉さん本人が説明してくれたからだ。
しかし。
(なんでこのアカギっていうヤツは、こんなにオレに敵意を持ってるんだ?)
はっきり言うと、現時点でのオレからのアカギに対する印象は悪い。
オレがこうして土下座をしている原因だと言うのが一つ。
そして、もう一つは、オレに発せられている『敵意』と、『恐怖』だ。
恐怖の方はともかく、敵意はオレの術式がなくともわかるレベル。
初対面でありばがら自分に向かって隠すことなく悪感情を出してくる相手に好意を持つのが難しいのは当然。
しかし、その理由がわからない。
それは、契約者である椎葉さんも同じだったようだ。
「アカギ、保科君に失礼だよ。初対面でしょ?ワタシだって保科君に変なことをされたことは・・・まあ、ちょっとはあるけど保科君はいい人だよ」
「・・・・・」
庇ってくれるのは嬉しいが、なんとなく引っかかる物言いに、オレは押し黙る。
まあ、セクハラしてしまったり着替えを見てしまったりと、『ちょっと』では済まないことをその程度で流してくれているのだから十分温情ではあると思うけど。
「それはその小僧が本性を隠しておるだけだ!!虎視眈々と機をうかがい、紬を蹂躙するつもりなのじゃ!!紬!!お前は騙されているのじゃ!!」
「なっ!?」
そのあんまりな言いがかりに、オレは思わず頭を上げてしまった。
よりにもよって椎葉さんの前でいきなりなんてことを言うんだ。
「お前、いきなり何を・・・」
「アカギ」
オレが抗議すべく口を開くより、椎葉さんが一声出す方が先だった。
だが・・・
「・・・怒るよ?」
「「っ!?」」
その声は、椎葉さんどころかオレがこれまで会ってきたどの人よりも冷たい声だった。
オレとアカギの2人が同時に動きを止めてしまうほど。
(・・・椎葉さん、ものすごく怒ってる、のか?)
前にオレがセクハラ発言をしてしまったときもかなり怒らせてしまったと思ったが、今はその比じゃない。
大人しい人や優しい人ほど怒ると怖いと言うが、今の椎葉さんはまさにそれだ。
普通、怒りの感情は熱い炎で炙られるような熱と痛みを感じるのだが、今の椎葉さんから伝わってくるのは真冬の雪原のような凄まじい冷気。
火傷と凍傷は原理こそ違うが症状はよく似ているように、この冷気も怒りの感情なのだろう。
まさに『冷たい怒り』と言うべきか。
「・・・保科君は、アカギに会ったことはないんだよね?」
「え?あ、うん!!初めて見るよ。っていうか、アカギに限らずアルプに会うのが初めてだけど」
「そうだよね。なら、アカギが保科君に会うのだって初めてってことだよね?ねぇ。アカギ?」
「そ、それは、そうじゃが・・・」
さっきまでいきり立っていたアカギも、言い返そうとしたオレも、どちらも椎葉さんに水を向けられた途端しどろもどろになってしまった。
今の椎葉さんの顔は、普段のクルクルと動く活発な印象と打って変わって無表情。
まさに氷のような顔で詰問されてしまえば、正直に答えるほかない。
というか、アカギの方もオレに会うのはやはり初めてなのか。
「保科君はね、本当にいい人なんだよ。毎日毎日、自分が苦しむことを覚悟して、ワタシの代償を肩代わりして、女の子の格好をさせてくれてるの。それなのに、保科君のことを何も知らないのに勝手なこと言わないで!!」
「椎葉さん・・・」
先生と初めて会ったときの父さんと同じだ。
先生が、オレが生死の境をさまよい、呪術師になったことを喜んだとき。
そんなことがわかるはずもない父さんは本気で先生に殴りかかった。
そのときの父さんと、今の椎葉さんが抱えているのは激しい怒り。
だがそれだけでなく、オレのことを心の底から想ってくれてもいる。
それがわかって、オレはつい泣きそうになってしまった。
だが、その涙はすぐに引っ込むことになる。
「じゃ、じゃが、紬!!そいつは、その小僧はあの『アルプ殺し』の弟子なんじゃぞ!!」
「っ!?」
「え?アルプ、殺し?」
オレは、すぐさま立ち上がって、人差し指をアカギに突き付けた。
「動くな」
「なっ!?」
「ほ、保科、君?」
信じられないような声を出す椎葉さんを尻目に、オレは呪力のチャージし、一瞬で完了する。
オレが念じれば、銃弾と遜色ない威力の呪力弾を即座に撃ち込むことができる。
オレがそこまで警戒する理由は一つ。
「お前、まさか先生に狩られる心当たりでもあるのか?」
「や、やはり噂通りか!!紬!!早く逃げろ!!こいつの師匠はアルプだけでなく『魔女を殺している』!!お前も殺されるぞ!!」
「オレはそんなことはしない!!先生がそうしたのだって、元はお前らアルプが・・・」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
アカギを疑うオレと、オレを完全に人殺しと確信しているアカギ。
まさに一触即発としか言えない空気になるのも当然だった。
あまりにも話を聞かず自分にだけ都合のいいことを言うアカギに、脅しの意味も込めて一発撃とうとしたところで、オレたちの間に椎葉さんが飛び込んできた。
「ふ、2人とも落ち着いてよ!!保科君も、アカギを傷つけるのはやめて!!アカギは確かに口が悪いし素直じゃないけど、人を傷つけるなんてできるような子じゃないよ!!」
「つ、紬・・・」
「椎葉さん・・・」
今度は、アカギが椎葉さんに庇われる番だった。
その椎葉さんの眼は涙で潤んでおり、今にもこぼれ落ちそうだ。
それを見て、オレは腕を下げる。
「わかったよ・・・でも、こちらの言い分は聞いてもらう」
「うん・・・アカギも、それでいいよね?」
「・・・ふん!!何を言われようが、あっちの意見は変わらんぞ!!紬はこの小僧と関わるべきではない。じゃが、紬に免じて話くらいは聞いてやる」
「アカギ、そんな言い方・・・ごめんね、保科君」
「いや、いいよ。あまり期待していない。っていうか、まあ、先生のことを知っていればこういう反応をするのもわからなくはないから」
椎葉さんが取りなしてくれたおかげで、オレも幾分か頭が冷えた。
アカギもオレへの敵意は残っているようだが、多少は落ち着いたみたいだ。
・・・オレとしても未だにアカギへの隔意はあるが、理由がわかったおかげで、納得はできた。
アカギがオレに、ひいては先生を警戒するのも無理はない。
だが、一方的にここまでの悪感情をぶつけられるのは我慢ならない。
それに、椎葉さんに変な誤解をされるのも嫌だ。
だから、話すとしよう。
「まず、オレの先生・・・夏油傑さんが魔女やアルプを殺したことがあるのは事実だよ。そして、オレはそれを間違ったことだとは思ってない」
「・・・!?」
「ふん!!ほれ見ろ!!やはりこいつらは危険なのだ!!」
殺人。
ニュースなどではよく聞くが、身近で目にすることはほとんどの人間がないであろう出来事であり、人が社会で生きていく上で絶対にしてはいけない禁忌。
それをオレが師と仰ぐ人間が犯したと認め、さらにはそれが正しいことであったと言う。
今までのオレを知っていた椎葉さんにとっては衝撃だったに違いない。
椎葉さんは、目を見開いて言葉も出ないほど驚き、アカギは鬼の首を取ったように勝ち誇っていた。
だが、当然ここで終わりじゃない。
「・・・アカギ。お前は、先生がアルプや魔女を殺したのは知ってるみたいだけど、その理由は知ってるのか?」
「そんなものは知らん。だが、アルプだけなく同族の人間を殺すようなヤツを警戒しない理由があるか?」
「それはそうだろうな。けどな、先生がそんなことをすることになった直接の原因はお前らアルプだったんだぞ・・・椎葉さん」
「な、なに?」
話の流れが物騒になってきていたからか、怯えたような表情をする椎葉さん。
オレに向かってそんな顔をする椎葉さんなど見たくはなかったが、まあ、オレと関わるのならいつかは話しておくべきことなのかもしれない。
なにより、今から話すことは椎葉さんにもまったく無関係というワケではない。
お昼前にも思ったが、椎葉さんはやはり運が良かったからそうならなかっただけなのかもしれないのだから。
そう思いながら、オレは椎葉さんに問うた。
「すべての魔女の願いの中に、『呪い』が混ざってないと思う?」
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『この世界は、実に平和だ。そう思わないかい?柊史?』
「そうですか?確かに日本は平和だと思いますけど、外国だと戦争とかあったりしますよ?」
『ああ、そういう意味の平和じゃないよ』
「?」
ある日のこと、オレが術式にも慣れて、先生の操る一級や特級呪霊との戦闘訓練もこなせるようになった頃のことだ。
唐突に、先生がそんなことを言い出した。
『例えばだが、柊史。私たちって、その気になればいくらでも完全犯罪ができるだろう?』
「え?まあ、それはそうですが・・・」
先生は数千を超える呪霊を従えており、その中には術式を持つ準一級以上も数多くいる。
それらの術式には例えば、『無限に物を格納できる術式』や、『特定の物を無色透明にする術式』などもあるかもしれない。
もしそんなものがあれば、証拠を残さずいくらでも盗みができるだろう。
それでなくとも、オレや先生が呪霊を操作する際、その視覚や聴覚を共有できるのだ。
政府関係の建物に術式を持っていない低級の呪霊を放り込むだけでも機密情報をかすめ取ることも、なんなら暗殺することだってできるだろう。
まあ、そんなことをする必要もないからやろうとも思わなかったが。
『柊史には前にも言ったかもしれないが、魔女は同じ魔女やアルプ以外からは基本的に見えないし、カメラにも写らないんだ。けど、私は魔女がそういった犯罪をしていると聞いたことがない。他にも、願いを以て誰かの破滅を望むこともね。要は、異能を用いた犯罪がほとんど起きていないことを平和と言ったのさ・・・まあ、これは魔女がそもそも少なかったり、アルプが人間社会に悪影響を与えないように魔女に言い含めているのもあるのだろうけど。よくもまあ律儀に守っているものだ』
「そうなんですか?どうしてアルプがそんなことを?」
『アルプというのはそもそも人間への『憧れ』をもって成ることが多いというのが一つ。あとは数百年生きるモノがいるくらい長生きをするんだけど、その中で経験を積んだモノがいたか、あるいは契約した魔女に逆に教えられたのかもしれないね。『魔女狩り』のことを」
「魔女狩り・・・」
西洋では、中世の時代には魔女を迫害する魔女狩りが盛んだったと言われている。
とは言っても、ここでいう魔女というのはキリスト教にとっての異端者を指す言葉であり、本当の意味での魔女ではない。
だが、もしも本物の魔女だとわかれば、間違いなくロクな目に遭わなかっただろう。
『アルプや魔女の存在は、知る人は知っている。なんなら、願いを叶えた結果キャリアに就いた者すらいる。どう考えても人間にはできないような、『人外』の手によるものとしか思えない犯罪が積み重なれば、そうした人間なら気付くだろう。勿論今のこのご時世に傍目には罪を犯していない不能犯を公的に捕まえることはできないが、動物は別だろう?それも、一昔前なら特にね』
昔は妖怪だとか幽霊の仕業だとか考えられていたことが、時代が進むにつれて検証されていき、動物に原因があることがわかったということは多い。
ヨーロッパで人口を1/3にした黒死病も、原因は魔法でもなんでもなくネズミなどの小動物による感染症だった。
そして、人間はそうとわかるとそれらの動物を害獣として駆除した。
保健所は野良猫や野良犬の殺処分を毎日のようにしているし、カラスの巣の除去やネズミの駆除は専門の業者がいる。
戦争で食べるモノがなかったころには、飼い犬ですら殺して食べることがあったらしいし、野生の動物の保護などは近年になってからの風潮だ。
もしも動物の中に、魔法を使えて知能が高く、人間に悪意を持つ存在がいると人々が知れば、いや、少数でも高い地位にある人が知れば、それこそそうした動物を街中から完全に排除することくらいはやってのけるだろう。
人間を余裕で殺せる熊が街中に現われれば、射殺か山奥に放逐するのだから。
なるほど、オレはアルプを見たことがないが、それも納得だ。
願いを叶えたい魔女となる人間以外に正体を晒すのは、かなりのリスクがある。
魔女やアルプが悪事を働いてそれが露見すれば、魔女とアルプ全体の首を絞めることになるのだ。
『そう。アルプは仲間内で『人間社会に悪影響を与えないこと』をルールとして決めているようでね。自分の縄張りの中にアルプが生まれると、縄張りの主が新しく生まれたアルプに常識を教えるんだ。そもそもが、アルプは素質のある動物が様々な感情に触れることで長生きするようになり、そこからさらに感情に触れ続けることで魔法を使えるようになるんだが・・・そうした成り立ちだと、人間に悪意を持ったアルプというのが生まれにくい』
感情に触れることが必須である以上、人里離れた場所に棲む野生動物はアルプにはならない。
そして、人間と比較的距離の近い動物がアルプになるのだが、そのほとんどは人間に憧れてアルプになるのだという。
『というより、それ以外のアルプが生き残ることが滅多にないと言うべきかもね』
「それ以外の?」
『ああ。要は、『人間から負の感情を受け続けた動物』は大体死ぬってことだね』
アルプは動物が人間の感情に触れることで生まれる。
しかし、感情と言っても様々であり、プラスもあればマイナスもある。
理論上は、マイナスの感情を多く受け取ることで人間を憎悪するアルプも発生し得る。
しかし、マイナスの感情。すなわち、怒りや憎しみ、敵意を、つまりは虐待や駆除を受けた動物がアルプとなるまで生き残ることはほとんどない。
さっき考えたように野生の動物が人間に敵意を向けられれば駆除され、ペットならばその虐待をする飼い主の管理下から逃れることは難しい。
結果的に、アルプとなる動物は、人間から大事にされたモノしか残らないというわけだ。
そしてレアケースであるが、マイナスの感情を受けた動物が生き残ったとしても、人間から受ける感情はマイナスだけではない。
辛い目にあったとしても、その動物に思いやりを慈しみを以て接する人間もまたおり、アルプとなるまでにそうした経験を積むことで人間のすべてが悪いワケではないと学んでいくという。
「じゃあ、人間に悪意を持つアルプはいないんですか?」
『そうだね。ほとんどいないよ。ほとんどね』
「ほとんど・・・?」
『世の中には例外ってモノがある。ごく少数だが、悪意だけを受けて生き残った動物もいたよ。『人間に仕返ししたい』っていう負の憧れを持ってね。大抵はそういう連中はアルプになる前に同じアルプの中で始末されるんだが、私のところにもアルプやアルプに関係する人間から依頼が来ていた。それで見つけ次第狩っていたんだが・・・ここ数年で少なくとも日本からは一匹残らず駆除したよ。柊史、キミのおかげでね』
「オレの!?・・・あ、そうかアレか」
先生が受けている『仕事』はオカルトがらみのモノなのだが、その中には行方不明になった人間を探すような依頼もある。
そこで、オレが最近使えるようになった『術』で先生に贈り物をしたのだが、これが先生の術式の性質とピッタリとはまり、全国各地に綿密な監視網を組めるようになったのだ。
もともと先生は、オレのような天然の呪術師を手持ちの呪霊を使って方々を探していたらしく、オレと出会ったのもその途中でのことだったのだが、それをさらに改善することができたおかげで悪意を持ったアルプを見つけて狩ることができたとのこと。
まあ、肝心の呪術師はオレしか見つからなかったのだけど。
しかし。
「ところで、悪意も持ったアルプって、どんなことをしてたんですか?」
『一言で言えば、『犯罪教唆』と『詐欺』かな。連中は人間のような物欲や性欲は持っていなかったから』
「詐欺と犯罪教唆?」
『さっきも言ったが、アルプというのは人間社会に悪影響を与えないことを是としている。それは魔女の願いも同じでね。他者を害するような願い、いわば『呪い』となる契約は結ばないようにしているんだ。だが、連中は違った』
魔女の願いは、その大きさに相当する心の欠片を集めればどんなモノでも叶う。
そして、願いとは綺麗なモノだけではない。
呪いと言うべきモノも、また願いなのだ。
呪いを望む人間が魔女の存在を知ったとき、アルプに契約を迫ることもあるという。
普通のアルプは人間との不和を避けるために呪いを叶えるような真似はしないのだが・・・
--アイツが持っている大金が欲しい
--あの子をアイツから奪いたい
--あの憎い奴を殺したい
そうした穢れきった呪いを、悪意をもったアルプは叶えようとしたという。
「そういう呪いを叶えさせたってことですか?でも、それってそのアルプの得になるんでしょうか・・・」
『いい質問だね。そう、それだけだとそのアルプたちがやっていることは善か悪かだけで他のアルプと変わりない。人間への復讐を果たすために人間と成るのなら、他のアルプと敵対するような真似はリスクでしかない。けどね、これはとても効率的な方法なんだ。柊史も、それはよく知っているはずさ』
「オレがよく知っている・・・?」
『わからないかい?ならヒントをあげよう。一つは、さっき言ったのは犯罪教唆だけじゃないってこと。そしてもう一つは、人間が最も感情を放出する瞬間さ』
「・・・・・」
先生がさっき言ったのは、『犯罪教唆』と『詐欺罪』。つまりが、詐欺がヒントであるということだ。
そしてもう一つは、人間が感情を最も放出する瞬間。しかも、オレがよく知っている・・・まさか。
「人間の死・・・」
『ヒントの特定は正解だね』
先生は、にっこりと笑った。
呪力を完璧にコントロールできている先生からは感情が伝わってこない。
だけど、そのときの先生の笑顔は本心のモノであるとなんとなくわかった。
『人間の死というのは強烈な体験でね。猿・・・コホンっ!!一般人でも、死に際には呪霊を見ることができたりするんだ。脳の構造を変化させるほどのショックがあるのか、それほどまでに呪力を増幅させるのかはわからないが。呪術師にも、死に瀕することで呪力の核心を掴んだ例がある』
『悟・・・いや、この私も。それに柊史もか』とどこか遠い目をしながら先生は何かをつぶやいていた。
・・・オレが術式に目覚めたのは、『元々チカラを持っていてそれによって脳の構造が常人と違っていたからではないか?』というのが先生の推測だが、きっかけとなったのはオレが濃密な呪力に触れて呪力の存在を知ったことと、それに加えて生死の境をさまよったことにあるらしい。
呪霊は呪霊操術を持つ者以外には猛毒。
それを経口摂取ではないとはいえ取り込んでしまったことで、オレは死にかけた。
オレが生き残ったのは、心に穴が空いていて呪霊を受け入れるだけの容量があったことと、なにより運が良かったからだ。
あのときの死の感覚は今でもよく覚えている。
確かに、あれほどの恐怖をまき散らすことは死にかけでもしなければ早々ないだろう。
『話を戻そう。これは三つ目のヒントだが、魔女の代償というのは予測こそできないが、その魔女の願いと魔女本人の資質で決まるんだ。アルプは魔女が代償を受けるときの感情を取り分とする。呪いを望むような魔女の代償となれば・・・わかるよね?』
「詐欺罪って言いましたよね?それに、人間の死で放出される感情と、代償。あとは、最初の犯罪教唆」
三つのヒントが、オレの中で繋がった。
「わざと悪い大きな願いを唆して、その代償で殺す・・・そして、死に際の感情をいただく?」
『大正解!!』
先生はとても嬉しそうにパチパチと拍手をする。
・・・魔女の代償は、その願いの内容と本人の資質で決まる。
呪いと言うべき悪しき願いと、それを望む性質から導き出される代償となれば、ロクなモノではないだろう。
しかも、アルプによってスケールの大きい呪いにするように唆されていれば、さらに代償は重くなる。
それこそ、本人に死をもたらすほどに。
そして、そのときに放出される感情を奪う。
なるほど、そんなことをしでかすような邪悪な連中なら、殺すのは不可抗力だろう。
だが、そうなると・・・
『人間の心というのは頑丈でね。心に穴でも空いていない限りは、アルプの爪でも魔女の魔具でも傷つけることはできない。だが、この方法なら人間1人分の感情を丸ごとせしめることができる。言わば、人間の心を意図的に壊して欠片に変えるようなものだ。効率だけを考えるなら最高だろうね・・・まあ、他のアルプに気付かれないように人間をうまく騙すのは中々難しいだろうけど。ハイリスク・ハイリターンというわけだ』
「・・・先生、さっきそういう悪意のあるアルプを殺したって言ってましたよね?」
『うん?』
オレは一つ、気になることができた。
なので、先生の話の切れ目に割り込む。
「なら、そのアルプと契約していた魔女はどうなったんですか?」
邪悪なアルプは狩られた。
だが、そのアルプと契約し、『呪い』を果たそうとした魔女はどうなったのか。
アルプに唆された結果なのかもしれないが、それでも呪いを望んでいたのは確か。
他人に法で裁けない悪事を試みた者の行く先はどこだったのか。
果たして、先生はごく軽い口調で答えを告げた。
『ああ、殺したよ』
まるで部屋に侵入した害虫を殺したときのように、あっけらかんと。
『放っておいてもすぐに死んだだろうけどね。魔女の契約においてアルプは仲介者。アルプを殺したところで魔女の契約は消えはしない。だから、私が手を下す必要はなかったんだが、まあ、ある種の慈悲だね』
「慈悲、ですか?」
『さっきも言ったけど、魔女の代償は願いの内容と本人の資質で決まる。そしてスケールが大きい願いほど代償も大きくなる。私がアルプを殺したときには、その魔女はベッドから起き上がれなくなっていてね・・・頼まれたんだよ。『どうか殺してください』ってね』
「・・・・・」
きっとその魔女の代償は、即死こそしないものの、身体を蝕む類いだったのだろう。
そうなってしまえば、それほどの代償に見合うほどの心の欠片を集めきることなどできはしない。
ひたすらに生き地獄が続くだけだ。
「・・・オレは、先生のしたことは正しいと思います」
『・・・ほう?』
ならば、先生がしたことは、先生の言うとおり慈悲以外の何物でもない。
例えそれが、人殺しであったとしても、オレはそのことを責める気になどならなかった。
そう、それは仕方のないことだったのだから。
そして。
「騙されたとはいえ、人を呪おうとしたんです。それが返ってきただけ・・・自業自得ですよ」
因果応報。
人を呪わば穴二つ。
分不相応な呪いを抱えた馬鹿な人間が死んだだけ。
『その頃』のオレには、その魔女の末路がそのようにしか思えなかったのだ。
『・・・ははっ!!』
「? 先生?」
気が付けば、先生がオレの方を見て笑っていた。
オレが呪術師になった日、病院で目覚めてすぐに会ったときのように。
『呪霊の味がわかることといい、術式が似ていることといい、キミと私はよく似ていると思ったけど、まさかこんなところまで同じだとはね・・・いや、柊史の術式なら必然と言っていいか』
「先生?」
『いや、なんでもない。そうだね、自己弁護するわけじゃないが、私も自分のしたことが間違っていたなんて思っちゃいない・・・だから』
まるで、『同類』に会えたのかのような笑みを浮かべて、先生は続けた。
『キミのその意見は正しいと、この私が認めよう。その考え方は忘れてはいけないよ・・・
「はい、先生」
・・・その頃のオレは、一番調子に乗っていた頃だった。
呪術という特別なチカラを手に入れ、その気になれば気に入らない人間を一方的に呪うこともできた。
父さんのような身内の大事な人以外、魔法も呪いも持たないくせにオレに悪感情をぶつけて苦しめてくる普通の人間が大嫌いだった。
だから、その頃のオレは思いもしなかった。
--人を呪おうとしたんです。それが返ってきただけ・・・自業自得ですよ
自分で言ったその言葉が、そのままオレに返ってくることになろうとは。
この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project
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すべて知っている
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①と②を知ってる
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①と③を知ってる
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②と③を知ってる
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①だけ知ってる
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②だけ知ってる
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③だけ知ってる
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すべて知らない