女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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ライターが違うからと言えばしょうがないのですが、紬ルートとめぐるルートでアカギの性格が違いすぎるんですよね。
本作ではめぐるにも関わりがあるため、めぐるルートのアカギに近い性格をしています。
あっちのルートほど達観してるというわけでもないですが。


術式反転

「邪悪なアルプと、呪いの代償を払いきれなくなった魔女。これが、先生がアルプと魔女を殺した理由だよ。まあ、オレも先生から聞いただけで直接その場を見たワケじゃないけどね」

「・・・・・」

「・・・・・」

 

 オレが先生の凶行を肯定した理由を話すと、椎葉さんもアカギも黙ったままだった。

 だが、椎葉さんは驚いて声も出ないと言った様子なのに対し、アカギは何かを考え込んでいるようだった。

 オレとしては少し意外である。

 

(このことを話しても食ってかかってくると思ってたけど、意外と冷静だな)

 

 アルプの外見年齢が生きてきた年数と比例しているのかはわからないが、このアカギというアルプは小学校低学年程度に見える。

 初対面にも関わらず先生の噂を信じ込んでオレを敵視するくらいだから、見た目相応に短絡的なのかと思いきや、案外そうでもなさそうだ。

 そうしてアカギを眺めていると、オレはある違和感に気が付いた。

 

(ん?なんだろう?アカギと会うのは初めてのはずなのに、なんか見覚えがある?)

 

 アカギも言っていたが、オレとアカギが会うのは今日が初めてだ。

 なのに、アカギを見ていると妙な既視感があるのだ。

 オレのただでさえ少ない交友関係の中に、こんな小さい子はいない。

 アルプと会うのもこれが最初だから、昔に会っていたということもないはずなのに。

 

(なんでだ?というより、これは視覚的な意味の見覚えじゃなくて、なんかもっと別の・・・)

 

 実際に見たことがあるわけではないのに、既視感がある。

 その奇妙な違和感にとっかかりを見つけようと思っていたときだった。

 

「ね、ねぇアカギ。今の保科君の話に出てきたアルプって、本当にいるの?」

「・・・それはオレも気になるな」

 

 バイオレンスな話を聞いたショックが和らいだのか、椎葉さんがアカギに確認を取っていた。

 ちょうどいいと言えばちょうどいい。

 オレは先生のことを信じてはいるが、現場を見たワケではないし、邪悪なアルプも先生から聞いた話でしか知らない。

 同じアルプから見たらまた別の事情もあるのかはオレも気になっていた。

 

「・・・あっちはカラスじゃからな。あまり人間にいい思い出はない。それ故に、あっちのように人間にあまり肩入れしないアルプも、人間をよく思わないアルプもおることにはおる。小僧の話ほどのアルプは聞いたことはないが、いないと言い切ることもできん」

「そ、そうなんだ・・・じゃあ、やっぱり本当に」

「あまり恐れることはないぞ、紬。これも小僧の話にあったが、若いアルプは別のアルプに人間との関わりを叩き込まれる。あっちも七緒・・・いや、いけすかない猫に膝を折り曲げられながら小言を言われたものじゃ。大抵のアルプはそこで人間にあまりちょっかいをかけないことを覚えるから、早々そんな物騒なヤツは現われん。動物の群れとて、群れのルールを破るヤツは追い出されるし、同じ種族でも無礼なよそ者は殺されることもある。言われて改めんようなアルプは他のアルプからも袋だたきにされるぞ。大体、紬はもうあっちと契約しておるのだから、そんな連中がいたとしても引っかかることはない」

「あ、そっか。魔女の契約は一回しかできないもんね」

 

 魔女の契約は人生で一回しか結べない。

 椎葉さんが邪悪なアルプと契約を結ぶことはやりたくてもできないのだ。

 そして、オレはアカギの話した内容と知っていることのすり合わせをしていた。

 

「・・・アルプどうしでルールを教えているっていうのはやっぱりそうなんだな」

 

 帳に飛び込むときにチラッと姿が見えてはいたが、このアカギはカラスらしい。

 アカギの言うように、カラスともなれば人間からあまりいい扱いはされないだろうが、先生が言っていた通り、他の猫のアルプに人間のことを教えてもらうことで人間に手を出すリスクについては学んでいるからおかしな真似をするつもりはないようだ。

 ・・・考えてみれば、椎葉さんの契約内容を考えるに、このアカギは口こそ悪いがかなり良心的な部類だ。

 それになにより、あの先生が邪悪なアルプは狩り尽したと言ったのだ。もう国内に生き残っているモノはいないと断言していい。

 このアカギが椎葉さんに妙なことをする心配はないだろう。

 まあ、いきなり敵意を持って椎葉さんにいろいろと吹き込もうとしてくれた恨みは忘れないが。

 そうだ、そういえばそこも気になるな。

 

「お前、先生の噂を聞いてたみたいだけど、どんな噂なんだ?」

「人間のくせに、魔法でもない異様なチカラを持ったヤツがアルプを殺して回り、魔女も手にかけたという噂じゃ。数年前に、弟子を取ったとも聞いておる・・・この黒い壁を見て、アルプ殺しかその弟子が紬にちょっかいをかけていると思ったのじゃ」

「・・・まあ、噂の内容そのものは間違ってないな」

 

 先生が邪悪とはいえアルプを殺して回ったのは本当だし、契約していた魔女を介錯したのもその通り。

 オレのことまで噂になっているとは思わなかったが、弟子がいるのも確か。

 ただ、『どうしてそのアルプと魔女を殺したのか?』という理由までは広まらなかったのだろう。

 人間でもそうだが、噂というものがそういうモノと言われればそれまでではあるけど。

 肝心な部分なのだからそこを忘れるのは勘弁して欲しい。

 

「で、でも!!これで誤解は解けたよね?悪いアルプがいるのは本当で、保科君の先生がアルプを殺したっていうのも、そういうアルプから人間を守るためなんでしょ?だったら、保科君だって悪い人じゃないっていうのはわかってくれたよね?アカギ?」

 

 椎葉さんがオレを庇うようにアカギに言い聞かせる。

 アカギが乱入してきたのは、噂を聞いてオレが危険人物だと思ったからだ。

 その真相を知って誤解が解けたのなら、オレに敵意を持つ理由はなくなる。

 しかし、オレの術式は告げていた。

 

「いや・・・あっちはまだこの小僧を信用はしておらん」

「アカギ!?」

 

 アカギからは未だに、針で刺すような痛みを伴う警戒心を向けられていることを。

 

「ど、どうして!?」

「オレの話が信じられなかったってことか?」

「いや、お前の話には筋が通っていた。人間を食い物にするようなアルプがいたとしてもおかしくはないのじゃ。そして、そのアルプを狩ることもあっちたちの決まりでは正しい」

 

 その言葉に嘘はない。

 オレの話を信じ、なおかつそれが正しいことだと思っている。

 ならば、何故。

 

「じゃが・・・正しいことであったとしても、同族を殺せるヤツの弟子とあっちが契約している魔女を関わらせてもよいと思えるか?」

「それは・・・」

「・・・・・」

 

 理由があったとしても、人殺しは人殺し。

 例えば、家族が悪漢に襲われた人が家族を守るために悪人を正当防衛で殺してしまったとする。

 法的に問題がなくとも、その人と今まで通りに付き合えるか?自分の子供を預けることはできるか?と言われれば、たいていの人は首を横に振るのではないだろうか。

 それに、これはアカギが知らないことではあるが・・・

 

(多分、先生は人間を守るためとか考えてないよなぁ・・・)

 

 オレの先生である夏油傑さん。

 数年間師事してきたが、先生は父さんに次ぐしっかりとした『大人』だ。

 弟子であるオレへの指導も的確で、優しすぎず、厳しすぎない。

 オレからの相談なら、呪術に関することでも日常に関することでも笑顔で聞いてくれる度量の大きい人だ。

 だが、オレは過去の過ちから、先生が優しさを向ける対象はとても狭いことを知っている。

 はっきりと明言されたワケではないが、まず間違いなく、先生は『なんの異能も持っていないただの人間』が嫌いだ。

 特に、そうした人間のせいでオレのような異能者が傷つくことを心の底から憎悪している・・・ような気がする。

 推測でしかないが、間違ってはいないだろう。

 なぜなら、オレもそう『だった』から。

 過去のオレはそのせいで・・・

 

(・・・いや、それは今はいい。確かなのは、先生が人間のためにアルプ狩りをしたわけじゃないだろうってことで、要はアカギの言ってることは正しいんだよな)

 

 過去の嫌な記憶を思い返しそうになったのを押しとどめ、今に意識を向ける。

 そうだ、先生が人間のためを思って悪意を持ったアルプをわざわざ狩ることなどしない。

 恐らくは、『依頼されていたから』程度の軽い理由でこなした可能性が高い。

 つまり、そんな軽い理由で人間を殺せるということだ。

 その点で言えば、アカギの懸念は実にごもっともなのである。

 だが、それだけなら回避する方法はある。

 

「なら、オレと縛りを結ぶか?」

「・・・縛り?何だソレは?」

「わかりやすい言い方をすると契約だ」

 

 そうして、オレはアカギに縛りのことを説明した。

 アカギは黙って話を聞いていたが、時折『縛りを破った場合のペナルティー』、『抜け道の有無』、さらには『本当に効果があるのか?』などについて質問してきた。

 

(コイツ、やっぱりそんなに馬鹿じゃないな・・・)

 

 アルプだからかもしれないが、アカギは契約とその抜け穴についてよく理解しているようだった。

 見た目通りだと思っていたら、こっちが痛い目を見そうな気がする。

 ひとまず、『アカギは保科柊史が『オレを殴れ』と言わない限り保科柊史を殴ろうとすると動けなくなる。この縛りはアカギが縛りに従って動けなくなった瞬間に永続的に無効となる』という縛りを試しに結んだことで効果は信じてもらった。

 

「・・・縛りというモノはわかった。それで、小僧。お前はあっちと何の縛りを結ぶつもりなのじゃ?」

「当然、椎葉さんの安全保障だよ。条件は・・・そうだな、『保科柊史は椎葉紬に直接的、間接的を問わずに一切の危害を加えない。破れば死ぬ』。これでどうだ?」

「ほう?」

「ほ、保科君!?何言ってるの!?」

 

 オレが提示した条件に、アカギはどこか感心したような、呆れたような声を出し、椎葉さんはオレにつかみかかってガクンガクンと揺さぶってきた。

 

「い、いや!!オレの覚悟をわかりやすく伝えようと・・・」

「保科君バカなの!?その内容だとうっかりワタシにデコピンしただけでも保科君死んじゃうでしょ!?そんなのワタシが保科君を死なせちゃったのと同じだよ!!ワタシ、そんなの絶対嫌だからね!?」

「あ、それもそうか・・・」

 

 振られすぎて頭が少しクラクラするが、確かにオレが結ぼうとした条件ではオレにその気がなくても条件を満たしかねない。やり方によってはオレを謀殺するのにも使えてしまう。何より、それは優しい椎葉さんにオレの死という重しを背負わせるのと同じだ。

 

「アカギもアカギだよ!!保科君は本当にいい人で、自分が苦しいのにワタシの代償を肩代わりしてくれてるんだよ!?そこまで疑わなくても大丈夫だよ!!」

「待て。代償の肩代わり、だと?」

 

 オレと椎葉さんのやりとりを呆れたような眼で見ていたアカギだが、代償の肩代わりのことを聞いた瞬間、目の色が変わった。

 

「紬、それに小僧。詳しく説明しろ」

「う、うん。まず、保科君の術式のことなんだけど・・・」

 

 椎葉さんが、オレと結んだ縛りを含めて、どうしてオレと関わるようになったのかを説明する。

 特にオレが補足する必要もなく説明は終わり、事情を知ったアカギはまたもため息をついた。

 

「なるほど。合点がいった。最近になって紬から代償による感情が伝わってこないとは思っていたが・・・雌の格好をやめたのではなく、この小僧のせいだったか・・・おい小僧」

「なんだよ?」

 

 アカギから伝わってくる敵意が強まっていた。

 オレと椎葉さんが結んだ縛りが地雷を踏んだようだが、その理由はわからない。

 

「お前、もう紬と関わるな。お前が危険かどうか以前の問題じゃ。あっちもそうだが、紬のためにもならん」

「はぁ!?」

「アカギ!?」

 

 オレと椎葉さんの間に割って入り、椎葉さんを庇うように立つアカギ。

 しかし、はいそうですかと従うわけにも行かない。

 オレにとって、椎葉さんはオアシスなのだ。

 人間は自分の好きなモノを食べなくても栄養的には生きていけるが、心は死んでいく。

 毎日毎日極上のプラスの感情を味わえていたのに、初対面の相手にそれを取り上げられるなど納得がいかない。

 なにより、オレたちの縛りは双方が得をするはずのモノだ。

 椎葉さんのためにならないと言われたのはカチンときた。

 だが、アカギは涼しい顔だ。

 『自分の言っていることに何の間違いもない』と確信しているようですらある。

 

「アカギ!!さっきも言ったでしょ!?保科君はワタシの代償を肩代わりして・・・」

「そこじゃ!!そこが問題なのじゃ!!」

「・・・どういうことだ?」

 

 オレの術式は相手の感情は読めるが、その感情を持つに至った理由まではわからない。

 だから、問いただす。

 

「ふん、気付いておらんのか。ならば教えてやるが、魔女の契約は魔女とあっちらも正体を知らん『何か』との契約じゃ。アルプは契約を仲介するのであって、あっちたちの取り分は魔女の代償による感情と、魔女が願いを叶えたときに抱く感情だけじゃ」

「代償の話は知ってたけど、願いを叶えたときも感情をもらえるのか?・・・いや、考えてみたら当たり前か。先生もそんなことを言ってたような気がする」

 

 アルプには魔女がどのような代償を背負うことになるか、また、どのような形で願いが叶うのかもわからない。

 すなわち、その部分を決定している『何か』がいる。もしくは在る。

 アルプはその何かと魔女の契約を取り持つ仲介者であり、魔女が集めた心の欠片を得ることはできず、その取り分は魔女の代償による感情だが、それだけではないらしい。

 考えてみれば、代償による感情だけが取り分ならば、アルプとしては魔女の願いが叶わない方がいい。

 そうすれば、アルプは魔女から感情を長い間徴収することができる。

 なのに、自分の魔女に心の欠片を集めさせ、願いを叶えるように促すのは魔女が願いを叶えることでアルプにもメリットがあるからでしかない。

 そして、そのメリットは代償による感情の徴収よりも遙かに割がいいのだろう。

 

「小僧、貴様・・・それを分かっていながら紬にそんな縛りを持ちかけたのか!!喧嘩を売っておるのか!?」

「い、いきなりなんだよ?喧嘩なんて別に売って・・・あ」

「保科君?」

 

 そのとき、オレは気が付いた。

 アルプの報酬は魔女の代償による感情。

 そしてオレの術式は、椎葉さんの魔女の代償を完全に肩代わりできる。

 つまり。

 

「オレが椎葉さんの代償を肩代わりしてると、アカギに感情が届かない・・・?」

「あ!!」

「今更気付いたのか・・・」

 

 オレと椎葉さんの2人とも、今の今まで気が付かなかった。

 だが、オレはアルプの報酬については知っていたのだから、ちょっと考えればわかっていたことではある。

 なのに今までわからなかったのは、それだけオレがこの関係に浮かれていたからだろう。

 なるほど、そりゃあアカギが怒るのも無理はない。

 だが。

 

「代償についてはわかった。それは確かにオレが悪い。でも、椎葉さんのためにならないっていうのはどういう意味だよ?」

 

 代償の肩代わりで損をするのはアカギだけのはずだ。

 椎葉さんにデメリットが出るはずもない。

 

「わからんか?ならば聞いてやろう・・・おい紬。お前、ここ最近で心の欠片はどれくらい集まった?」

「ふぇっ!?」

「・・・椎葉さん?」

「えっと、その・・・」

 

 アカギがそう言うと、椎葉さんは変な声を上げてから目をそらした。

 ・・・まさか。

 

「その・・・一個か、二個くらい、です」

「ほとんど集まってないではないか!!」

「・・・・・」

 

 オレたちは、ほぼ毎日この公園で会っている。

 今日のような休みとなればさらに長い時間をここで過ごしてもいる。

 だが、高校生の自由な時間は放課後と休日だ。

 その二つをここで費やしてしまうとなれば、心の欠片を集める時間などあるわけがない。

 

「ヤバい、全然気が付かなかった・・・」

「ほ、保科君は悪くないよ!!ワタシがやらないのが悪いんだし・・・」

「いやいや!!椎葉さんだって、オレの事情を気にしてたでしょ?だったらオレのせいだよ」

「そんなことは・・・」

「ええいっ!!やかましいぞお前たちっ!!」

 

 お互いに、自分に責任があるとかばい合うオレと椎葉さん。

 オレとしては、椎葉さんの優しさにつけ込んでこの縛りを持ちかけたのがオレなのだから、オレが悪いとしか言い様がないのだが、椎葉さんも椎葉さんで譲る気はないようだ。

 そのままいつまで言い争いが続くかと思われたが、アカギが声を上げたことで中断された。

 

「とにかく!!これでわかったじゃろう!?小僧が関わるとあっちに迷惑な上に、紬もいつまでも願いを叶えられんのだ!!さっさと紬から離れるのじゃな!!」

「ア、アカギ・・・そこまで言わなくても」

「・・・・・」

 

 最初にアカギがオレを貶したときには猛烈な怒りで反撃して黙らせていた椎葉さんだが、さすがに今回は分が悪く、言い返す言葉にも力がない。

 オレにしたって、アカギが言うことはまったくもって正しいと認めざるを得ない。

 ここで椎葉さんの代償を肩代わりして、椎葉さんが好きな服を着れるとしても、それはほんの一時のことだ。

 オレたちが会えるのは一日の内の一部だし、オレがいないところでは椎葉さんは代償に苦しまなければならない。

 椎葉さんの代償を根本的にどうにかするなら、それは心の欠片を集めきるほかなく、それにはここでオレと過ごす時間は足枷にしかならないのだ。

 しかし。しかしだ。

 

「アカギ。お前の言いたいことはわかった。それは正しいことだと思う」

「保科君・・・」

「ふんっ!!わかったのならさっさと帰るんじゃな。行くぞ紬。遅れた分、心の欠片を集めなければならんだろう」

「待ってよアカギ!!確かにアカギの言うとおり、アカギに迷惑かけちゃうし、ワタシも困ることはあるけど、保科君だって事情が・・・」

「くどいぞ!!心の欠片が集まらずに一番困るのはお前なんじゃぞ、紬!!小僧!!お前まさか、紬を困らせてまで代償の肩代わりを続けたいというつもりではないだろうな!?」

 

 アカギの言うことが正しいと認めつつも、オレの事情を知るために離れるのをどうにか思いとどまらせようとする椎葉さん。

 当然、アカギの方に筋が通っているのだから、アカギがそれを聞き入れるはずもない。

 だが、その前提を変える手段を、オレは持っている。

 

「・・・要は、椎葉さんが心の欠片を手に入れることができて、お前も感情のエネルギーをもらえればいいんだよな?」

「なんだ?まさかお前が紬の代わりに心の欠片を集めるとでも言うつもりか?」

「いや、オレが心の欠片を集めることはできないよ」

「そうじゃろうな。わかりきったことを・・・」

「でも、心の欠片を用意することはできる」

「言うでない・・・何?」

「保科君?」

 

 得意げにオレの提案を否定してみるアカギだが、それは土台オレには不可能と思っているからだろう。

 だが、舐めるなよ。

 オレは条件付きとはいえ、高度な技量が要求される反転術式を使うことができるのだ。

 そして、反転術式にはまだ『その先』がある。

 

「ふぅ~・・・見てろよ、アカギ」

 

 ついさきほど椎葉さんがくれた極上のプラスの感情はまだ残っている。

 これがあれば、可能だ。

 

 

 

--これは、驚いたな・・・柊史が魔法という形でチカラを引き継いでいたからか?まさしく、魔法じゃないか。

 

 

--は、はは・・このチカラがあれば、オレにできないことなんてない!!

 

 

 

「・・・・・」

 

 一瞬、『コレ』を手にして調子に乗った過去の自分を思い出しそうになったが、すぐに頭から追い出す。

 そうだ。今から使う『コレ』は、本来の使い方とは違う。

 これは、一種の『術式の拡張』だ。

 

「行くぞ・・・『術式反転』」

 

 呪力を電気、術式を回路として見たとき。

 術式に呪力を流して呪いとしての形を出力するのが普通のやり方であり、これを『順転』という。

 そして、『順』という言葉はその反対の『逆順』と対になる言葉だ。

 回路に繋ぐ電源の向きを変え、電流の流れが反対になったとき、回路に繋がるプロペラはそれまでと逆方向に回る。

 これは、術式でも同じなのだ。

 術式という回路に、マイナスの呪力ではなくプラスのエネルギーを流すことで、術式によって出力される結果も逆になる。

 これを、『術式反転』という・・・『反転術式』と言葉はよく似ているのがややこしいのだが。

 ともかく、オレの術式の順転は、『マイナスの感情を取り込み、貯蓄、放出を可能とする』こと。

 反転術式で練ったプラスのエネルギーを、オレの術式に流して反転させれば・・・

 

「ふぅ~・・・よし、できた」

 

 オレの手の中に、小粒だが光を放つ結晶ができあがっていた。

 

「えぇっ!?」

「なんじゃとっ!?」

 

 オレの手の中にできた結晶、心の欠片を見て、椎葉さんとアカギが驚きの声を上げる。

 オレは、作ったばかりの心の欠片を椎葉さんに渡した。

 

「はい、椎葉さん」

「う、うん・・・瓶が反応してる。本当に心の欠片なんだ・・・」

 

 椎葉さんが取り出した、中にいくらか心の欠片が入った瓶をオレの渡した欠片に近づけると、瓶の中身が共鳴するように光った。

 恐る恐るというように瓶の蓋を開けて欠片を中に入れると、すぐに他の欠片と混ざってわからなくなるが、瓶の中身のかさが増える。

 どうやら、オレお手製の心の欠片でも問題はないらしい。

 

「こ、小僧・・・お前、一体なにをしたのじゃ?」

「詳しいことは後で教えるよ。でも、オレは椎葉さんが感謝さえしてくれれば、心の欠片を作れるっていうのは確かだ。それに、問題はもう一つあるだろ?手荒なことはしないから手を出せ」

「う、うむ・・・」

 

 心の欠片を作り出したことによるショックが大きいのか、素直に手を出すアカギ。

 オレはその手を握手するように掴んだ。

 

「っ!?」

 

 なんだか椎葉さんから驚いたような気配を感じるが、今は気にしない。

 反転術式は丹田ではなく頭で回す。

 思考は反転術式のみに集中する。

 そして。

 

「術式反転」

「おおっ!?」

「ア、アカギ・・・?」

 

 手と手で繋がったアカギが驚いて声を出すが、手は離さない。

 なにしろ、ここでオレの有用性を示さねばならないのだから。

 そのまま、しばらくの間続けようとしたが・・・

 

「ほ、保科君っ!!も、もういいんじゃないかなっ!?いいよねっ!?」

「おっと」

「む・・・」

 

 少し食い気味に椎葉さんがそう言ってオレたちの間に割って入ってきたので、オレは手を離した。

 まあ、椎葉さんからもらったプラスの感情も切れそうだったし、ちょうどいいと言えばちょうどいいか。

 

「保科君。アカギと手を繋いで何をしてたの?」

「し、椎葉さん?」

 

 なんか、椎葉さんから目に見えない圧力を感じるような気がする。

 怒っているのか、心配しているのか、悲しいのか、色んなマイナスの感情が混じっていてよくわからない。

 表情の方も同じで、怒っているようにも見えるし、拗ねているようにも見えた。

 ・・・もしや、アカギを妹のように思っていて、オレが勝手に手を繋いだことに怒っているのだろうか?

 オレにとってはクソガキ同然のアカギ相手でも、椎葉さんなら普通にありそうだ。

 

「保科君」

「えっと・・・今のは術式反転って言って、オレの感情をアカギに流したんだよ」

 

 アルプは、例え自分の契約した魔女であっても、魔女が集めた心の欠片を自分が使うこともできない。

 あくまで、アルプが直接契約した人間の感情しか吸収できないのだ。

 だが、オレの術式反転なら別だ。

 

「術式反転は、いつもの術式と結果が逆になる。オレの場合、『マイナスの感情を取り込んで、エネルギーを溜めたり放出できる』っていうのが普通なんだけど、術式反転を使えば、『自分の中にあるエネルギーを感情に変えて放出できる』ようになるんだ」

 

 オレの術式反転は、オレの感情を問答無用で相手に送りつけることもできる。

 そこを利用して、契約していないオレでもアカギに感情を流し込むことができたのだ。

 

「ならば、心の欠片を作ったのも・・・」

「ああ、そうだよ。オレの中にある呪力を反転させて、圧縮して出したんだ」

 

 ショックから立ち直ったらしいアカギに、オレはそう答えた。

 先生に聞いた話だが、心の欠片というのは珍しいモノらしい。

 心の欠片とは、心を感情という水の入った瓶で例えたとき、瓶に収まりきらない水が大量に固まってできた結晶だ。

 普通に日常生活を送るだけでは、まずそれほど強い感情を抱くことはない。

 人間はオレの術式で感じ取っているように感情を放出してはいるが、心の欠片になるにはまるで密度が足りていないのだ。

 日常的に漏れ出している感情だけで心の欠片を集められるのなら、世の中の魔女はそこまで苦労したりしない。

 しかも、『自分に向けられるマイナスの感情』は心の欠片にならない。

 そうしたマイナスの感情は外には行かず、自分自身に向かうからだ。

 その証拠に、オレのように日常的にマイナスの感情に晒されたせいで欠片を外に出すのとは真逆の、心に穴が空いた人間がいるのだ。

 言わば、自分自身の中に心の欠片を創り出し、その欠片で自分の心を掘ってしまったようなもの。

 話が少し逸れたが、何を言いたいかと言えば、心の欠片になりうる感情は限られており、感情の種類を満たしていても並大抵では密度が足りず欠片にならないということ。

 しかし、オレの呪力操作があれば、少ない感情でも圧縮して欠片にできる。

 元が少ないせいで大きさは砂粒より大きいくらいだが、安定的に心の欠片が得られるというのは、魔女やアルプにとってはかなりの好条件だと思うが・・・

 

「むぅ・・・」

 

 アカギは腕を組んで難しい顔をしている。

 伝わってくる感情からして、迷っているらしい。

 ・・・ここがチャンスだ。

 

「言っておくけど、これは椎葉さんがいないとできない。心の欠片って中々見つからないんだろ?オレなら安定して作れるし、お前に渡す感情も用意できる。なんなら、条件を少し緩くして、椎葉さんとお前の安全を保証する縛りも結ぶ。それならどうだ?」

 

 

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「それじゃあ、また明日」

「うん・・・今日は、アカギがごめんね?」

「いや、大丈夫だよ。気にしてないから・・・一応お前も、明日な」

「ふん!!」

「もう!!アカギ!!」

 

 柊史が、虹龍に乗って公園を去って行く。

 アカギは柊史の申し出を呑んだが、それでも気に入らないモノは気に入らないらしい。

 

「ダメでしょアカギ!!アカギだってこれからお世話になるんだから、そんな態度とったりしちゃ!!」

「紬はあの小僧の恐ろしさがわかっていないからそんなことが言えるのじゃ!!あの小僧がその気なら、あっちもお前もあっという間に殺されておるわ!!」

「保科君はそんなことしたりしないよ!!縛りだって結んだでしょ!!」

「ふんっ!!すっかり絆されおって・・・それに!!あの小僧がお前の言うようにいいヤツだったとしても、アルプ殺しの方はどんなヤツかわからんのだぞ!!小僧も言っていたじゃろう!!」

「それはそうだけど・・・でも、保科君だって、『先生はそんな無駄なことはしないと思う』って言ってたし・・・考えてみたら、無駄なことっていうのもどうなのかな、う~ん」

 

 結局、アカギは柊史の提案を呑んだ。

 安定的な心の欠片の供給など、アルプからすれば喉から手が出るほど欲しい。

 しかも、紬の代償は本人が気をつければ回避できるものなのに、柊史と組めば確定で感情が手に入る。

 おまけに自分たちに手を出さないという安全保障付きだ。

 まさしく破格と言っていい。

 しかし、アカギが追加でつけた注文を、柊史は渋ったのだ。

 いや、渋ったと言うと語弊がある。

 正確には、受け入れはしたが果たせる自信がないということだった。

 

 

--『保科柊史は夏油傑が椎葉紬もしくはアカギに危害を加えようとした場合、命を懸けて止めろ』か。

 

 

--これを呑むのは別にいいよ。でも、オレでも先生に勝てるかって言われたら、微妙だな。

 

 

 アカギは柊史のことを警戒しているが、それ以上に危険視しているのはアルプ殺しと言われる柊史の師匠だ。

 実際、危険度も柊史より上のようで、柊史曰く。

 

 

--先生が本気になったらこの国が滅ぶ。正確には政治の中枢をあっという間に制圧されてライフラインも片っ端から切断。それで国民が飢え死ぬかな。軍隊が来ても先生ごと街一つをミサイルで木っ端みじんするくらいじゃないと・・・いや、それでもダメかも。

 

 

 ということだった。

 まあ、『先生がそんな無駄なことをするとは思わないけどね』とは言っていたが。

 そこで、『先生はいい人だからそんなことはしない』と言わなかったのが少々不安である。

 しかし紬としては、これからも柊史との契約関係を安心して続けられるようになったということの方がトータル的に圧倒的なプラスである。

 これまでのように、女の子らしい姿にはなれるが、心の欠片集めがストップしてしまうという事実に目をそらし続けるようなことをしなくてもいいのだ。

 なによりも・・・

 

(ワタシは、保科君の理想の契約者になるって決めたんだもん。そんなすぐに諦めるなんてできないんだから)

 

 もともと、前から柊史には不安定なところがあると思って心配していた。

 だから、柊史の事情を唯一話せるであろう自分が支えてあげなければとは薄々思っていた。

 それが、今日になって明確に形を持ったのだ。

 もしも柊史からの提案がなくても、紬が困ることになったとしても、柊史を助けるために全力を出していただろう。

 それが椎葉紬という少女なのだ。

 

(むしろ、心の欠片をくれるなんてワタシの方がもらいすぎなくらいだと思うんだけど、保科君は気にしてなかったなぁ・・・うん!!その分頑張らなきゃ!!)

 

 柊史としては事情を知った結果、紬に心の欠片を支払うことは自分の義務と思っているようで、紬が負担をかけているのでは?と言っても引く気配は見せなかった。

 ならば、その分自分は柊史に感謝しようと強く、強く決意する。

 

「まあ、あの小僧が強いのはある意味ではありがたいがな」

「え?どうして?」

 

 そんなことを思っていると、アカギがポツリと呟いた。

 アカギは縛りを結んでも、柊史のことを警戒していたはずなのだが。

 

「あの小僧が言っていたタチの悪いアルプどもの話ではないが・・・もし小僧が心の欠片を作れるなどということが他のアルプや魔女に知られれば、攫おうとするヤツがいてもおかしくないのじゃ」

「え!?」

 

 心の欠片を作るチカラ。

 ひいては、『誰かに己の感情を伝えるチカラ』。

 それは、保科柊史が『原作』と呼べる世界において、とある少女(因幡めぐる)を選んだ果てに手にするチカラである。

 ある世界線において手にするはずだったチカラ、すなわち保科柊史の本質の一つを表わすチカラがプラスのエネルギーを流すことで発動する術式反転の結果となるのは至極当然と言えるのかもしれない。

 だが、そのチカラの希少性は語るまでもない。

 もしも、柊史が原作のようにこれと言って喧嘩にも強くなければ、魔が差した魔女によって連れ去られることもあったかもしれない。

 魔女は、心の欠片をめぐって他の魔女と争うこともあるくらいなのだから。

 

「いや、雄は本能的に雌を求める。力で叶わなくとも、魔女があの小僧を誑かすことはあるかもしれんか?交尾でもすれば、雄なんぞ簡単に雌になびくのが普通・・・」

「ダメだよ」

「紬?」

「そんなの・・・そんなの、ダメだよ!!」

 

 俗に言う、ハニートラップだ。

 柊史には、感情を読める術式があるが、彼とて年頃の男子。

 確かに柊史は紬を見るときに過剰といえるくらい気を遣っているが、裏を返せば異性にも興味があるということ。

 そんな柊史の前に、『身体を好きにしていいから心の欠片をちょうだい?』などというふしだらな魔女が現われたら・・・

 

「そんなの、絶対にダメ!!」

「つ、紬・・・」

 

 いきなりゼロからエンジンフルスロットルになった紬を訝しむアカギ。

 しかし次の瞬間、『キッ』と普段の紬からは想像もできない感情のこもった目線を受けて、その声音に恐怖が滲む。

 そう、紬は思い出していたのだ。

 

(・・・ワタシだって、保科君と手を繋いだことはなかったのに)

 

 アカギに感情を流すためとはいえ、柊史とアカギはしばらくの間手を握っていた。

 それを見たとき、言いようのない感情が紬の胸に湧き上がってきたのだ。

 『ワタシが一番最初に会ったのに、今日初めて会ったアカギがワタシのしていないことをしている』・・・そこまで具体的に考えていたワケではないが、なんとなく『先を越された』という感覚はあった。

 しかし、もしも他の魔女に柊史の存在がバレれば、手を繋いだなどというレベルでは収まらないことになるかもしれない。

 なんだかんだ言ってアルプで、しかも見た目子供のアカギと違って、自分と同じか、それより上の女性を相手に。

 そこに思い至った瞬間、自分でも驚くほどの感情の流れが渦巻いた。

 その感情の名前を経験のない紬はまだ知らないが、それでもわかっていることがあった。

 

「絶対に、絶対に!!他の魔女を保科君に近づけさせないから!!」

 

 椎葉紬は、固く、固くそう誓ったのであった。

 

 

-----

 

 

 一方その頃、姫松の高級マンションの一室にて、1人の魔女が悩ましげに呟いた。

 

「オカ研の部員が増えなければ廃部・・・今すぐではないとはいえ、どうしましょう・・・?」

 

 




サノバウィッチを自分がプレイしたのは5年前ですが、今年で発売10周年らしいですね。
発売日は月末とのことで、それに併せて今月はこっちをメインで更新します。

なお、今回は椎葉さんがやや覚醒しつつありますが、ゆずソフトヒロインどうしの修羅場って需要在るんですかね?

この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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