女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

16 / 36
呪術師と魔女の縛り 2人目

「ここが、シュバルツ・カッツェ。七緒が経営している喫茶店です」

「アルプが、喫茶店・・・」

 

 綾地さんに着いて、指定されたシュバルツ・カッツェという喫茶店まで来たオレだが、経営者がアルプと聞いて驚いていた。

 オレが知っているアルプはアカギだけだが、アカギにこんな店を経営できるとはとても思えない。

 というか、店を建てて営業するとなればしっかりとした身分が必要なはずだが、戸籍などはどうしているのだろう。

 

(いや、そういえば政府とか大企業のお偉いさんには元魔女がいたりするって先生が言ってたな・・・その辺りが関わってるのかな)

 

 願いを叶えたことで巨万の富を得たり、希有な才能を獲得したことで社会的に成功した魔女はそれなりにいるらしい。

 先生が依頼を受けるのもそういう人たちがメインなので、その辺りの人たちが色々とやっているのかもしれないが・・・まあ、あまり深く考えるとこの国の闇に触れそうな気がするのでそこで思考を打ち切った。

 

「あれ?CLOSEDになってる・・・?」

「本当だ。閉まってるのかな?」

 

 そうして、店の中に入ろうとしたオレたちだが、店の前に『CLOSED』と書かれた看板があるのに気が付いた。

 

「いや、いつもなら開いているよ。でも、何やら込み入った話になりそうだから、少しの間閉めることにしたんだ」

 

 看板の前でオレたちが立ち往生していると、不意に扉が開き、店の中から女性が1人出てきた。

 

「あ、七緒」

「あなたが、相馬さん・・・ですか?」

「ああ。私は相馬七緒。寧々と契約しているアルプだ・・・ひとまず、話は中で聞こう」

 

 エプロンを着けて、落ち着いたしゃべり方をする女性・・・相馬七緒さん。

 その雰囲気も手伝って、傍目には人間の大人の女性にしか見えないが・・・オレには分かった。

 

(間違いなく、この人はアルプだ・・・見た目からは信じられないけど)

 

 相馬さんからは、身に纏うように不思議なチカラを感じる。

 アカギもそうだったが、この独特なチカラこそが魔力であり、アルプの証拠なのだろう。

 そんなことを考えながら、相馬さんに促されて店に入り、すぐ近くのテーブルに着く。

 そして。

 

「では、改めて自己紹介しよう。私は相馬七緒。寧々と契約しているアルプだが、このシュバルツ・カッツェのオーナーもしている。よろしく頼むよ」

「は、はい。オレは保科柊史って言います。こちらこそよろしくお願いします・・・あと、電話でもお話しさせていただきましたが、今まで本当に申し訳ありませんでした・・・!!」

 

 自己紹介の後、オレは頭を下げて謝罪した。

 知らなかったとはいえ、オレが相馬さんが本来受け取るべき感情を横取りしていたのは事実。

 これからの学園生活のためにも、今後も綾地さんの代償の肩代わりは続けていきたいので、相馬さんと事を荒立てるようなことはしたくないと思ってのことだ。

 

「あ、ああ。謝罪を受け取ろう・・・しかし、キミは本当に夏油氏の弟子なのかい?」

「ええ、そうですけど・・・もしかして、先生に会ったことがあるんですか?」

「・・・ああ。この付近のアルプを代表して、私が『依頼』を出したことがある。だから、私は彼がやったこととその経緯を大凡知っている。その上で、キミはあの人の弟子とは思えないくらい、その・・・『普通』だなと思ってね」

「・・・そういうことですか」

「??? あの、七緒に保科君、さっきから誰のお話を・・・?」

 

 オレが頭を上げると、困惑した様子の相馬さんと目が合ったが、続く理由を聞いて納得する。

 

(先生は、どっちかと言うとアルプも嫌いみたいだからなぁ・・・)

 

 オレは、先生に会ったころにアルプのことについて話していた先生の言葉を思い出した。

 

 

--アルプとはいうのは、わざわざ(動物)から(人間)になりたいという連中だが・・・呪術師(我々)から見れば、どちらも大差はない存在さ

 

 

 先生は、異能を持たない普通の人間を嫌っている。

 そして、アルプは人間になると、アルプのときに持っていた魔法を失ってしまうのだが、わざわざ異能を棄ててまで普通の人間に『成り下がる』ことをヨシとする存在のことなど気に入るはずもない。

 相馬さんに対して、どのような態度を取ったのかはわからないが、まあ、結構失礼なことをしたのではないかと思う。

 一方、オレとしてはアルプという存在にあまり実感がなかったこと、何より、オレ自身が過去に『大失敗』をやらかしたこともあって、人様を悪く言えるような資格などない。

 少なくとも、アカギと違って相馬さんは大人な対応をしてくれてるし、それに見合うくらいの礼儀をもって応じるべき相手だと思っている。

 まあ、そこをあまり詳しく語っても先生のことを下げるだけになりそうなので言わないでおこう。

 

「その、オレはあまりアルプに関わったことがなくて・・・相馬さんは本当に普通の人にしか見えないから、普通の人間と同じように接してるって感じですね。もしも相馬さんが、野生動物みたいに凶暴だったらそれ相応の対応をしてたと思います」

「・・・ふむ?キミは、夏油氏の『仕事』を手伝ったりしたことがないということかい?」

(この場合の『仕事』というのは、そういうことなんだろうな)

 

 相馬さんの言いたいことがなんとなくわかった。

 

「はい。先生には便利な『モノ』を差し入れたり、依頼人からの事情の聞き込みなんかはやりますが、オレが『実務』をしたことは一度もないです」

「なるほど、道理で・・・わかった。納得がいったよ。キミの言うことを信用しよう」

 

 オレは先生の仕事を手伝ったことはあるが、実務(アルプ狩り)をやったことはない。

 当然、魔女の殺害も。

 オレの雰囲気からその辺りが事実だと納得できたのか、それまで漂っていたピリピリとした警戒心が薄れていく。

 だが、しかし。

 

「・・・・・」

 

 

(・・・オレが本当に人を殺したことがないかどうかは、オレ自身わかってないけど)

 

 オレの脳裏に、若い男の声が蘇る。

 

 

--いつだって魂は肉体の先にある。

 

 

--肉体の形は、魂の形に引っ張られる。

 

 

(一度壊れたモノを直せば、壊したことはなかったことになるのか?いや、そもそもオレは、ちゃんと『治せた』のか?)

 

 そのまま、オレは過去のことを思い出そうとして・・・

 

「・・・君?保科君?」

「っ!?あ、す、すみません!!」

 

 気が付けば、相馬さんと綾地さんが怪訝な顔でオレを見ていた。

 

「保科君、大丈夫ですか?なんだか、顔色がよくないですが・・・」

「いやいや、大丈夫!!すみません、相馬さん。話の続きを!!オレが謝った理由のことなんですが・・・」

「キミが大丈夫だと言うのなら構わないが・・・それは寧々にも聞かせていい話なのかい?」

「七緒?それはどういう・・・」

「そういえば、綾地さんには二度手間になるかもしれないから、オレのことはちゃんと説明してなかったね。よし、そこから話そう」

「保科君?」

 

 先生のこと辺りから話しの流れに置いていかれていた綾地さんに、改めてちゃんと説明することにする。

 相馬さんも、術式のことなんかはどこまで知ってるかわからないことでもあるし。

 

「まず、オカ研で言ったみたいにオレは魔女の息子で、母さんが魔法で身につけたチカラの一部を受け継いでるんだけど、それだけじゃないんだ。オレは、魔女の息子ではあるけど、使うのは魔法じゃない・・・オレは、呪術師なんだ」

 

 そうして、オレは呪術師のこと、術式のこと、オレがどのようにアルプがもらうはずだった感情を横取りしていたかを説明した。

 

「呪術師、ですか」

「・・・ふむ」

 

 オレの話を聞いて、綾地さんは『へ~』と感心したような顔を。

 相馬さんはまたもなにかを考え込んでいたが、やがて。

 

「・・・代償を肩代わりした経緯はわかった。むしろ、それならばこちらがお礼を言わなきゃいけないね。寧々を助けてくれてありがとう、保科君」

「七緒?えっと、その、わ、私もありがとうございますっ!!」

「いや、そこまで頭を下げなくても・・・オレだって打算でやったところもありますし」

 

 さきほどまでのオレのように、対面に座るオレに頭を下げる七緒さん。

 それを見た綾地さんも、釣られるように頭を下げてくる。

 ・・・2人とも、感謝してくれているのは本心みたいだ。

 

「いや、保科君が助けてくれなければ、寧々がトラブルに巻き込まれていたかもしれない・・・私は寧々が代償を支払うときの感情をもらっている身だが、いかんせん、寧々の代償は人間社会で生きる上でデメリットが多すぎる」

「そう!!そうですよ!!」

「・・・・・」

 

 相馬さんの台詞に、『そうだそうだ!!』と勢いよく追随する綾地さん。

 しかし、考えてみれば相馬さんの言うとおりだ。

 魔女の代償を決めるのはアルプでも魔女でもない『何か』だが、それ故か、心の欠片を集める上でも障害になる。

 椎葉さんは気をつければ回避できるだけその点はまだマシだが、先生が討伐した邪悪なアルプはそこを悪用すらしていたし。

 

「寧々の代償を決めたのは私でも寧々でもないが、もしも私が代償を決められるのなら、もう少し欠片集めの邪魔にならないモノを選ぶよ」

「・・・もしも私の代償を決めた人がいるのなら・・・ふふふ」

(綾地さん怖っ!?)

 

 光の灯っていない暗い瞳で小さく笑う綾地さんだが、開きっぱなしだったオレの術式に猛烈な羞恥と怒りの感情が流れ込んできたので、慌てて術式を切る。

 まあ、願いを叶えるためとはいえ、あんな痴女丸出しの格好をさせられた上に所構わず発情させられるという女の子どころか男でも恐怖しか感じない代償を背負わされればそうもなるだろうが。

 

「保科君が代償を肩代わりしてくれたことによる私の取り分の損失は、寧々の安全とのトレードオフだと思っている。私としては、チマチマと代償による感情をもらうよりも、寧々に願いを叶えてもらった方がずっといい」

「七緒・・・」

 

 一見、自分のメリットしか考えていないような台詞だが、相馬さんの目は穏やかだった。

 恐らくそれも嘘ではないが、綾地さんが危険な目に遭うのが純粋に嫌なのだろう。

 綾地さんもそれをわかっているかのように、少し嬉しそうな顔をしている。

 

「だから、保科君がそこまで気にすることはない。さっき謝ってくれただけでも十分さ」

「・・・・・」

 

 そうして、締めくくるように相馬さんはそう言った。

 それを聞いてオレは・・・

 

(いや、この人めっちゃ人間できてるな!?人間じゃなくてアルプだけど!!)

 

 内心で、ものすごく感激していた。

 オレと椎葉さんが一緒にいると見るや、いきなり突っ込んでわめき立てたアカギとは大違いだ。

 この反応は、オレの予想外だった。

 誰だって、自分の権利が侵害されればいい気はしない。

 電話での対応から冷静な相手だとは思っていたから、本来もらえるはずだった感情を横取されていたことに、暴力はなくとも嫌味の一つはあるかと覚悟していたのだが、いい意味で予想が外れた。

 だが、オレが提案しようとしていたことへの取っかかりがなくなって、逆に困ってしまう。

 

(まあ、いいか。正直に言おう)

 

 しかし、この相馬さんなら問題はないだろう。

 

「相馬さんが許してくれたことは、とても嬉しく思います。けど、オレから提案したいことがあるんです」

「提案?」

 

 オレの発言に、不思議そうな顔をする相馬さん。

 しかし、オレがここに来た理由は、今から言う提案を通すことだったのだ。

 オレと、綾地さん、相馬さんの3人が困らなくなるようにするために。

 

「はい。相馬さん。それに綾地さん。オレと縛りを、契約を結びませんか?」

 

 

-----

 

 

「契約・・・?」

 

 その単語を聞いた瞬間、さすがの相馬さんも多少警戒したようだ。

 アカギもそうだったが、アルプは契約にうるさい。

 相馬さんの場合、先生から呪術のことも多少聞き出していたようで、ある程度内容を知っているからこその警戒だろう。

 しかし、オレにとっては非常に重要なのだ。

 

「はい。オレは、オレのためにも綾地さんの代償の肩代わりは続けたいと思ってます。でも、綾地さんには悪いんだけど、いきなり100%の発情が来るとオレもヤバいから、普段教室だと術式を閉じてるんです」

 

 綾地さんのことをいつ爆発するかわからない爆弾に例えたことはあるが、我ながら秀逸な例えだと思っている。

 綾地さんの代償は、いつ来るのかわからない。

 それでいて、やってきたときには行動するのが難しいレベルの激しいヤツが襲いかかってくる。

 まさに時刻の分からない時限爆弾だ。

 だから、オレは教室では術式を閉じている。

 そうしておけば、不意の爆発でいきなりオレにまで発情の感情が流れてくることはない。

 しかし、これにはデメリットがある。

 

「単純に、綾地さんが代償で苦しんでいるのか見て判断するしかないこと。そして、オレ自身の代償で飢餓感が来るのが早くなること」

 

 オレの『感情を五感で感じ取り、エネルギーとして吸収する』心喰呪法はオンオフが可能である。

 これにより、術式に目覚める前のようにいつも他人の感情が勝手に流れてくることはなくなったのだが、その代わり、オレ自身の代償である『一定時間感情を吸収しないと飢餓感に襲われる』という縛りによって飢餓感が来るのが早まるのだ。

 普段は、ヤバそうになったら少しの間だけ術式をオンにして感情を吸収するといった手が取れるのだが、綾地さんがいる場合、術式をオンにしたらとんでもない発情をぶち込まれかねない。

 

「そ、それは、申し訳ないです、保科君・・・」

「あ、いや、そこまで気にしなくていいよ。一応、術式を少しずつ開いていけば一気に流れてくるのは防げるから。でも、それだと綾地さんが代償で困ってるかすぐにはわからないんだ」

 

 オレ自身が代償で苦しむのは勿論ゴメンだが、綾地さんに何かあってもどのみちオレが困ることになる。

 そういう意味で、今は非常にもどかしいのである。

 だが、綾地さんがオレの正体を知ったのなら話は違う。

 これまでのように、綾地さんに気が付かれないようにコソコソする必要がないのなら。

 

「そこで、綾地さんにはオレと縛りを結んで欲しい。内容は、四つ」

 

 オレは、持っていた通学鞄からルーズリーフを取り出して縛りの内容を書いていく。

 

 

① 綾地寧々は姫松学院内で自身の代償が発動した際、任意で保科柊史に合図を出す。

 

② 保科柊史は綾地寧々から合図を受け取った場合、対応できる際には必ず肩代わりを行わなければいけない(術式出力50%以上)。

 

③ 綾地寧々は保科柊史に代償を肩代わりされた場合、保科柊史に感謝する。

 

④ 保科柊史は綾地寧々からの合図がない限り、綾地寧々の代償による感情の吸収および肩代わりができなくなる。

 

 

「この内容だと、私しか得をしていないような・・・あ、そういえば保科君は感謝の感情を美味しいって思うんでしたっけ」

「そう。オレにとって、プラスの感情は味がいいし、代償による苦痛を中和できる。綾地さんが感謝してくれれば、オレはノーダメージなんだ。味のいい感情で飢餓感を満たせるなら、オレにもメリットがある」

 

 そこは、椎葉さんと結んだ縛りと同じだ。

 綾地さんからなら、感謝によるプラスの感情の徴収は難しくないと踏んだ。

 だが、この縛りで何より重要なのは④だ。

 

「④があれば、綾地さんが合図をするより前に不意打ちされずに済む」

「う・・・こ、これまでは保科君に大変ご迷惑を」

「いやいや、もう大丈夫だって。これからはこれで対策すればいいんだし」

 

 オレの心喰呪法は天与呪縛に近いらしく(そもそもオレは天与呪縛を伝聞でしか知らないが)、別の縛りによって、例えば『感情の吸収を放棄する代わりに飢餓感が来ないようにする』といった大きな調整することはできない。

 だが、細々とした縛りならばその限りではない。

 今回の場合、綾地さんという特定個人を指定し、『合図があれば通常と同じように術式が機能する』といった軽い縛りなので、これくらいならばいじくれるはずだ。

 

「・・・ところで、この合図っていうのはどういうものなんでしょうか?」

「ああ、それはこれを使って欲しい」

「これは・・・キーホルダー?」

「うん。急いで肩代わりして欲しいときは2回そのキーホルダーを握って欲しい。そうすればオレに伝わるから」

 

 オレが取り出したのは、楽器のベースの形をしたキーホルダーだ。

 キーホルダーそのものは商店街のガチャガチャで適当に回したら出た外れ品だが・・・

 

(このキーホルダーを基点に、オレが支配した蠅頭を一匹憑けてある・・・綾地さんが合図をすれば、オレに知らせるように命令した奴を)

 

 先生の呪霊操術もそうだが、オレの術式でも支配した呪霊とは感覚を共有することができる。

 また、先生の場合は呪霊に結界術を施すことで、周辺の呪力の感知もできていた。

 つまり、離れていても術者と呪力的な繋がりがあるということだ。

 

(この縛りの一番の目的は、『遠隔でオレの肩代わりが機能するのか?』っていうことを確かめるため)

 

 そう、綾地さんにこの話を持ちかけているのは、綾地さんたちに話した目的以外にも、『支配して感覚が同期した呪霊≓術者として、呪霊を介して自分の術式を使用する』という『術式の拡張』の実験がしたいからだ。

 

(椎葉さんだって、オレがいないところで代償で困ることがあるはず。それに、オレみたいなのがいつまでも椎葉さんみたいな可愛い子の傍に纏わり付いているなんて、悪いしね)

 

 前々から考えていたことでもある。

 椎葉さんとオレとの契約関係は、いつかは終わりを迎える。

 そうなったときに、オレは途轍もない喪失感を味わうだろう。

 そのときに備えて、椎葉さんの心の欠片が十分集まったら、少しずつ距離を取ろうと思っていたのだ。

 他にも、椎葉さんが普段の生活で困ったときや、万が一いじめられたときなどの非常用としての用途もあるが。

 綾地さんに渡したキーホルダーも、呪霊を憑ける際のちょうどいい目印を物色しているときに手に入ったものだ。

 ・・・ちなみにだが、この実験で憑けた呪霊には『合図があったときのみ触覚と呪力感知のみを共有する。またキーホルダーの持ち主に危機が迫った場合にはすべての感覚を共有する』という縛りを施しており、代償を、その、処理してる綾地さんをオレが見てしまうことはない。

 まあ、綾地さんには、そして縛りの内容を確認しつつキーホルダーを何とはなしに見ている相馬さんも最下級の呪霊である蠅頭は見えていないようなので、わざわざ言うつもりはないけど。

 

「・・・わかりました。これ、大事にしますね」

 

 そんなオレの思惑など知るよしもない綾地さんは、キーホルダーを大事そうに握りしめると、嬉しそうに笑った。

 

「あ、うん・・・まあ、大事にしてくれるなら嬉しいよ」

 

 今更、『それはガチャの外れ品で、綾地さんには実験台になってもらってる』などと言えるはずもなく、オレは少し引きつった笑顔で返事をするのだった。

 

 

-----

 

 

「それじゃあ、オレはこれで。また明日」

「はい。また会いましょうね、保科君」

 

 あの後、柊史は七緒とも『保科柊史は綾地寧々から吸収した感謝の感情の四分の一をストックしておき、定期的に相馬七緒に渡す』という縛りを結んだ。

 感情の割合については、柊史は当初『半分』としていたが、七緒の『寧々との安全とのトレードオフだから』という言葉に押し切られた形である。

 そうして、用事も済んだので柊史とともに帰ろうとした寧々であったが、七緒に『寧々とは契約のことで話したいことがある』と言われて柊史を見送る側となっていた。

 

(保科君、これからよろしくお願いしますね・・・)

 

 手を振って去って行く柊史に、手を振り返しながら、寧々は心の中でそう呟いた。

 手の中に握ったキーホルダーを、一回だけギュッと握りしめる。

 寧々は嬉しかったのだ。

 

(代償のことを知られてしまっていたのは恥ずかしいですけど・・・やっぱり保科君も仲間だったんですね)

 

 魔女と呪術師という違いはあるが、保科柊史もまた他人に言えないような秘密を持つ同類だった。

 寧々には七緒という理解者がいるとはいえ、日常のほとんどを過ごす学院の中では自分の正体を隠さなければならない。

 ましてや代償のことなどもってのほかである。

 だが、柊史の前では隠す必要がない。

 しかも、自分の恥ずかしい秘密を知った上で、代償で苦しんでいるときにこれまでのように助けてくれるのだ。

 これが今日初めてお互いの事情を知った間柄ならば、困惑や不安もあっただろう。

 しかし、寧々は柊史が自分の代償のことで何かをしてくれていることに感づいており、それに恩義を感じていた。そのうえで今日でその真相を確認できたという形だ。

 これで嬉しくないワケがない。

 さらに寧々は紬と違って学院内では人気者としての地位を確立している(本人に自覚はないが)。

 だが、寧々が抱える代償はその人気の高さがむしろ仇となるもので、社会的な死に瀕する危険性が常にあることから、ともすれば紬以上に柊史の助けはありがたいものであった。

 

「あ、そういえば、オカ研の部員数のこと・・・・」

 

 ふと、寧々は黒髪の生徒会長に言われたことを思い出した。

 柊史は、寧々が探していた人材としての要件を完璧に満たしていることに思い至ったのだ。

 

(今のオカ研に、部員は私1人だけ。学校としては、1人だけの部活に部室を貸し出すのはあまりよくないって)

 

 文化部の見せ場である文化祭は秋のハロウィーンに行われるが、そこまでに部員を増やしていて欲しいという話だった。

 考えてみれば当たり前で、1人だけしかいない部活に部室を与えるというのは、よほどの功績を出していなければ費用対効果が悪いし、他の部室を持たない部活とも色々と軋轢を生む。

 だが、オカ研に新入部員を入れるというのは、寧々の代償を考えると難しい話だ。

 どういうわけか、寧々1人になってから男子が入部しようとすることが多々あったが、それらをすべて断っているのもそういう理由だ。

 しかし、柊史ならばその辺りの事情も完全にクリアしている。

 

「どうしましょう・・・保科君には今回の契約・・・ううん、縛りのことでもだいぶお世話になってますし。これ以上何かをお願いするのは・・・でも、頼める人は保科君しか」

 

 そうして、寧々がウンウンと悩んでいるときだった。

 

「すまない寧々。待たせたね」

「いえ、大丈夫です」

 

 そこで、店の奥に引っ込んでいた七緒が戻ってきた。

 ・・・思えば、今日は七緒が自分のことを単なる契約相手以上に大事に想っていてくれているのがわかった日でもあった。

 寧々自身も己の願いを叶えるために協力して、相談にも乗ってくれる七緒のことは胸を張って親しい間柄と言える仲であるからにして、あのときは嬉しかった。

 ただまあ・・・

 

(保科君が言っていた、感情を補填する方法・・・手を繋がなきゃダメだったなんて。それに、最初の方で話してた『夏油』という人のことでも、なんだか保科君と盛り上がっているみたいでした)

 

 自分の方が先に出会ったのに、自分以上に柊史と打ち解けているように見えたのには、少しばかりモヤモヤするモノがあったが。

 柊史と手を繋ぎ、感情を流されたときには冷静沈着な七緒にしては珍しく目を丸くして驚いてもいて、それだけ感情が動いたのかと寧々としても驚きだった。

 

「それで七緒。契約のことで話があるって・・・」

「寧々、少し待っていてくれるかい?」

「はい?」

 

 自分の胸の内に生じた少しばかりのモヤつきを押しやって、自分を残した用件を聞こうとする。

 しかし、七緒は柊史が去っていた外に目を向け、しばらく辺りを見回してから戻ってくる。

 

「七緒?どうしたんですか?」

「いや、ちょっと確認をね。今からする話は、あまり保科君に聞かれていて欲しくないんだ」

「保科君に?」

 

 事情がよく飲み込めない寧々であったが、七緒が柊史を警戒しているのはわかった。

 

(もしかして、お店の奥に行ったのは保科君がお店から離れるのを待っていたから・・・?)

 

 それを察した寧々の中で、モヤつきが軽いイラつきに変わった。

 

「・・・七緒、もしかして保科君のことを疑っているんですか?」

 

 寧々にとって、柊史はこれまで陰ながら自分を助けてくれていた恩人だ。

 七緒は親しい仲だが、その恩人を疑うような真似をされて、いい気分がするわけもなかった。

 

「いや、私も保科君のことは疑っていないよ。彼はいい人なんだろう」

「なら、どうして?」

 

 疑っていないのなら、どうして柊史を警戒するようなことをするのだろう。

 

「確かに保科君は善人だろう。寧々も知っての通り、私はこれでも猫だ。人の姿でも、動物の持っていた勘は完全に鈍ってはいない。保科君からは、そこまで危険な雰囲気は感じなかった。だが、保科君はいい人でも、その関係者まで信用できるとは限らない」

 

 七緒は、アカギよりもずっと年上のアルプだ。

 危険への勘も、アカギより鋭い。

 柊史が夏油傑の『実務』を手伝ったことがないというのも事実だろう。

 もしも、柊史が『そういったこと』に手慣れていたのなら、あまりに身に纏う空気が大人しすぎる。

 彼の師匠と違って。

 

「私は、保科君が先生と呼ぶ人物、夏油傑に会ったことがある」

 

 理由を問う寧々の対面に座り、七緒は眉間にしわを寄せて何かを思い出すようにそう言った。

 

「あの男は・・・危険だ」

 




どうして世の中には純愛モノのエロゲの二次創作でNTRを描く人がいるんだろう・・・そんな感じの対抗心でこの小説はできてます。

この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

  • すべて知っている
  • ①と②を知ってる
  • ①と③を知ってる
  • ②と③を知ってる
  • ①だけ知ってる
  • ②だけ知ってる
  • ③だけ知ってる
  • すべて知らない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。