女の子が苦しんでいるのを肩代わりしてしまう少年の話   作:二本角

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今回は呪術要素強め。オリジナルのアルプが登場しますが、再登場はしません。
七緒さん周りの設定も本作オリジナルです。


夏油傑という呪詛師

 夏油傑という呪詛師の話をしよう。

 彼は、もともとは才気溢れ、少々慇懃無礼なところがありながらも、善良な呪術師だった。

 呪詛師とは人を呪う術師のことだが、かつての彼は真逆と言って良かった。

 

『弱いヤツラに気をつかうのは疲れるよホント』

 

 彼の親友であり、呪術界最強の男が一般人のためにわざわざ帳を下ろすのを面倒くさがっているときも。

 

『弱者生存。それがあるべき社会の姿さ』

『弱きを助け、強きを挫く』

『いいかい?悟?』

『呪術師は、非術師を守るためにある』

 

 上層部が腐敗しきり、もはや建前でしかないその信念を彼は是としていた。

 彼の親友はそのあまりにも大きな力により、周りの人間が草木や花にしか見えなくなっていたのだが、そんな彼の指針となったのが、その男の持っていた善性であった。

 2人は呪術界の問題児にして最強のコンビとして、人々のために多くの呪霊を祓う日々を送っていた。

 しかし。

 

『五条悟は、俺が殺した』

『そうか・・・死ね!』

 

 呪術師をサポートする超大型結界の維持のため、星漿体という特殊な体質を持つ少女を護衛する任務についた2人だったが、『一切の呪力を放棄する代わりに超人的な身体能力を持つ』という天与呪縛をもった男に妨害を受けた。

 

『だが…その恵まれたお前らが、呪術も使えねえ俺みたいな猿に負けたってこと…』

『長生きしたきゃ忘れんな』

 

 その暴力的な力の前に親友は倒れ、守るべき少女は殺され、自身も敗北した。

 死後に暴走する危険があるために見逃されて生き延びたが、結局、その男は死に瀕して呪力の核心に至り、真の最強となった親友によって倒された。

 そして。

 

『傑』

『コイツら、殺すか?』

 

 守れなかった少女は、古くから生きるある術師の新しい器となるはずだった。

 しかし、それが気に食わない者たちがいた。

 人間という矮小な器に収めることなく、古くから生きる術師に、より高次の存在になって欲しいと願う者たちがいたのだ。

 そんな彼らは、その男にとって同じく守るべきはずである存在の非術師であり・・・

 

 

--パチパチパチパチ・・・

 

 

 彼らは、器の少女の死体を囲み、満面の笑みで拍手をしていた。

 偉大な存在を縛り付ける器がいなくなったことを、心の底から祝っていたのだ。

 

『いい。意味がない』

 

 彼は、その醜悪な非術師たちを殺さなかった。

 しかし、このときこそが彼の持つ信念にヒビが入った瞬間だった。

 

『じゃあ…非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか』

 

 呪術師の世界は過酷極まる。

 まだ二十歳にも満たない年齢であっても、呪術師ならばいつ死んでもおかしくない。

 彼の後輩も、仲間も、歯が欠けるように次々と死んでいった。

 非術師を守るために。

 そしてあるとき、彼はある女性と話をする機会を得る。

 女性は、呪術界でも3人(後に4人となるが)しかいない単独で国家転覆を可能とする特級術師であった。

 ・・・唐突であるが、呪霊とは非術師の負の感情から発生するものであり、呪術師の呪力から誕生することはない。

 そこで彼女は『すべての人類から呪力をなくす。または呪力のコントロールを可能とする』ことで呪霊の根絶を目指していた。

 そんな彼女に対して口にした台詞。

 それこそが、『非術師を皆殺しにすれば呪霊は発生しなくなるのだから、そうすればいい』というものだった。

 それは、一時の気の迷いもあったのだろう。

 親しい呪術師が死に、同じ立ち位置にいたと思っていた親友が遙か先に言ってしまい、弱っていたのも大きいだろう。

 それに対して、彼女は。

 

『夏油君』

『それはアリだ』

 

 方法としては有効である。

 それは否定しがたい事実。

 それ故に、彼女は認めてしまった。

 そして、この言葉はさらに彼の背中を押していき・・・

 

『術師だけの世界を作るんだ』

『私に従え。猿ども』

 

 とある山奥の村で、呪術師の才能を持つ双子の少女が『化け物』を呼び寄せたという『思い込み』で非術師の村人たちに虐待されているのを目にしたことで、そのタガが外れた。

 彼は、村人112名を皆殺しにして逃亡。

 彼の両親は非術師だったが、その両親すら例外にはできないという理由で殺害した。

 そして、かつて守れなかった少女の死を喜んだ宗教団体の幹部を殺し、組織を乗っ取り、呪術師だけの世界を作るための術師や資金、呪霊を集め、力を蓄えていく。

 ・・・こうして、夏油傑という男は『史上最悪の呪詛師』と呼ばれるようになった。

 

『ごめんなさい。夏油さんが言ってることは、まだよく分かりません』

『けど…友達を侮辱する人の手伝いは、僕には出来ない!』

 

 彼が呪詛師となってからしばらく。

 彼は特級被呪者・・・極めて強力な怨霊に取り憑かれた少年に目を付けた。

 呪霊を操る術式を持つ彼からすれば、その少年に取り憑いた怨霊はとても魅力的なリソースだったからだ。

 だが、少年は彼の思想を拒絶した。

 

『愛してるよ、里香。一緒に逝こう』

『そうくるか!!女誑しめ!!』

『失礼だな。純愛だよ』

『ならばこちらは大義だ!!』

 

 激闘の果てに、自らの命を怨霊へと捧げる縛りを課すことで絶大な力を得た少年。

 その少年との最後の決着は、彼が逃亡に成功したことでつかなかった。

 しかし。

 

『誰が何と言おうと非術師(さるども)は嫌いだ。でも、別に高専の連中まで憎かったわけじゃない』

『ただこの世界では、私は心の底から笑えなかった』

 

 逃げた先の路地裏で、かつての親友と再会を果たす。

 致命傷を負い、もはや逃げることもできない。

 そんな中で、彼は最後の最後に心の中にため込んだモノを吐き出して。

 

『傑』

『-----』

『はっ』

『最期くらい呪いの言葉を吐けよ』

 

 親友から『何か』の言葉を贈られて、笑いながら親友の手にかかって死亡した。

 これが、夏油傑という男の一生であった。

 後にその肉体がとんでもない外道の呪詛師に再利用されて日本を大混乱に陥れたり、親友がその最中に『史上最強の呪術師』に殺された後にこの世のどこでもない空港で出迎えて話をしたりしなかったようなこともあったが・・・それは『この世界』では関係のない話だ。

 少なくとも彼が『向こうの世界』からの飛行機便に乗っていたとき、彼1人だけだったのは間違いない。

 

 

-----

 

 

『ここは一体・・・私は何故生きている?』

 

 夏油が気が付いたとき、彼は学校からの家路に就いているところだった。

 背中には黒いランドセル。

 視界は記憶よりも低く、声も高い。

 

『なぜ、若返って・・・いや、子供に戻っているだと?』

 

 混乱していたのはほんの数分だった。

 呪詛師としても呪術師としても最高峰の彼であるからにして、落ち着きを取り戻すのは難しいことでもない。

 何より、『記憶』があったのだ。

 

『私が夏油傑であることは間違いない。今日は、小学校で授業を受けて、今はその帰り道・・・今朝食べた朝食の記憶もある。確かに『私がそうした』記憶がある』

 

 呪術師としての、呪詛師としての人生の記憶はある。

 だがそれだけでなく、今の小学生としての夏油傑の記憶もまた別に存在していたのだ。

 そして、その記憶によれば。

 

『この世界には、呪霊がいない・・・呪術師も』

 

 夏油少年の記憶は、普通の小学生男子にしては大人びていたが、それでも普通の域を出ないモノだった。

 夏油がかつていた世界の呪霊による行方不明者は年間一万人とも言われており、そこかしこで呪霊による被害が出ていた。

 しかし、夏油少年の記憶の中には『幽霊が見える=胡散臭い人。幽霊など非科学的』という常識があり、本人は全く以て呪霊の存在を知らなかったのだ。

 これは、生まれついて素質を持っている呪術師にはあり得ないことだ。

 本人が望む望まずに関わらず、術師ならば生きていれば必ず一度は呪霊を目にする。

 最下級の蠅頭など、少し探せばその辺にいるのだから。

 だと言うのにその存在を知らないということは、呪霊というモノが存在しない。あるいは、つい先ほどまでの夏油少年には術師としての才能がなかったということになる。

 

『・・・確かめる必要がある』

 

 幸いと言うべきか、己の呪霊操術は健在であり、しかも過去に所有していた呪霊が祓われたモノも含めてすべて揃っていた。

 夏油少年の記憶を頼りにこれまでのような日常生活を送りつつ(かつて殺害した両親に『ただいま』と言ったときはさすがの夏油も複雑な心境だったが)、呪霊を方々へと放って調査を行った。

 その結果。

 

『呪霊はいることにはいる。しかし、ほとんどが蠅頭だ。そして、呪術師がいる様子はない』

 

 呪霊はいないこともなかったが、そのほとんどが人を呪う力も持たない最下級の蠅頭。

 街を一つ探せば、一、二体四級がいる程度だった。

 そしてこの調査に当たって、送り出した呪霊が祓われることも見越していたが、結局すべての呪霊が最後まで健在だった。

 最後の方には街中を堂々と目立つように動かしたが、それでも反応する者は誰もいなかった。

 このことから、呪術師は存在していないと判断せざるを得なかった。

 ・・・なお、当初は『超高度な幻覚を操る術式に捕らわれている』という説も考えていたが、調査を始めて一週間が経った辺りで術者からの干渉がないこと、自分に確かに死んだ記憶があること、そもそも自分にこんなことをする理由も思いつかなかったために、夏油はここが現実であると認識している。

 

『人を襲う呪霊も、呪術師もいない。すなわち、非術師()のせいで犠牲になる術師もいない、ということか・・・ならば、私は』

 

 この事実がわかったとき、夏油の中で何かが消えた。

 それまでの夏油傑という人間を動かしていたのは、『非術師()への憎しみ』と『呪術師を救うという大義』。

 この両輪が回ることで、夏油は最悪の呪詛師への道を駆け抜けていったのだ。

 しかし、夏油が今いる場所は、憎むに足る理由を持つほどの非術師()も、守るべき術師もいない。

 今でもそこら中にうじゃうじゃいる非術師()は嫌いだが、術師はここにいる自分1人だけなのだから、かつてのように非術師を殺すにしても、そこに大義はない。

 かと言って、己1人のみのためだけに『気に入らないから』という理由で力を振るうなど、それは子供のワガママと変わらない。

 生真面目すぎて理想と現実の差に耐えられず呪詛師となってしまった夏油としては、それはそれで受け入れがたい。

 要は、己の中の行動理由のすべてが唐突に消え去ってしまったのだ。

 

『私は、どうすればいい・・・?』

 

 それからの夏油は、表向きはごく普通の少年として過ごした。

 正確には、『それしかできなかった』とも言える。

 己の中には術式(チカラ)があるのに、それを振るう理由も相手もいなくなってしまったのだから。

 漠然と、『このまま非術師()の中で埋もれていくのは嫌だな』という思いはあるが、かと言って行動に移すこともできない。

 そうして空っぽで宙ぶらりんな日々が続いていたある日のことだった。

 

『・・・ん?なんだあの男は?』

 

 未練がましくも周辺の調査を続けさせていた呪霊から、奇妙な感覚が伝わってきた。

 意識を集中させて、感覚を同調すると、路地裏を男が1人走っているところだった。

 呪霊に施した結界からは、呪力によく似た、しかし明らかに違うと分かるエネルギーを感じる。

 そして。

 

『はぁっ、はぁっ・・・しつこい連中だなクソっ!!こうなりゃ!!』

『っ!?なんだとっ!?』

 

 呪霊の目を通して、信じられないことが起きた。

 路地裏を走っていた男が悪態を吐いたかと思えば、一瞬で犬に変身したのだ。

 犬は、男が着ていた服を置き去りにして走って行く。

 

『あれは、一体何だ?あんな存在は、元の世界にもいなかった』

 

 動物に化ける術式など、聞いたこともない。

 見たところ、さっきの男は呪霊ではなく人間のように見えたが、感じる力から呪術師でもないようだが・・・

 

『近いな。行ってみるか』

 

 場所はそれほど離れていない。

 巨大なペリカンのような呪霊を喚び出し、その嘴の中に隠れて飛行すれば、あっという間に到着した。

 犬、否、男を尾行していたのは格の低い四級呪霊だったので、壁を通り抜けて移動できるために見失うこともなかった。

 

『ここまで来れば・・・だが、服を置いてきちまった。匂いで辿られるか?』

『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え・・・やあ、そこの人・・・いや、犬か。少しいいかい?』

『っ!?な、なんだテメェは!?なにをしやがった!?』

『ほう?実際に言葉を喋っているわけじゃないが、直接思念が伝わってくる。呪霊の中にはそうやって意思疎通を図るモノもいるが、似たようなものか?・・・ああ、すまないね』

 

 相手は機動力に優れる犬ということで、逃げられないように帳を下ろしてから話をしようとしたのだが、当然と言うべきか警戒させてしまったらしい。

 

『別に手荒な真似をしようってワケじゃない。ちょっと話を聞かせてもらいたいだけなんだ』

『うるせぇ!!人間の言うことなんぞ信用できるかよ!!』

 

 落ち着かせようと話しかける夏油だったが、むしろ相手を怒らせてしまったようだ。

 文字通り牙をむきだして飛びかかってくるが・・・

 

『っ!?なんだ!?何かいるのか!?』

『ふむ、呪霊は見えていないのか』

 

 犬は、何もない空中で突然動きを止めた。

 もっとも、何もないように見えるのは犬にとってであって、夏油の目には三級呪霊が自分を守るように立って犬を押さえているのがはっきり見えているのだが。

 そしてそこで。

 

『帳の外に、誰か来たな?』

 

 帳の外から見張らせていた呪霊に反応があった。

 帳のすぐ傍に、別の人影が来ている。

 どうやら男性のようだが、その腕にはさきほど犬が脱ぎ捨てた服を持っていた。

 

『キミ。外に誰か来ているようだが、キミの友達か何かかい?』

『白々しいこと言ってんじゃねーぞ人間!!てめぇもあのアルプとグルなんだろうが!!』

『・・・アルプ?ふむ、そうだな』

 

 夏油は少しの間考えた。

 呪霊が捕まえている犬と、外で慎重に様子を伺っている人間。

 どちらから話を聞く方が有益かと。

 そして。

 

『っ!?黒い壁が急にっ!?』

『やあこんにちは。この犬をお探しですか?』

『あ。ああ・・・だが、キミは一体・・・』

 

 帳を解除し、呪霊から受け取った犬を差し出すように突き出す。

 帳の外にいた男は警戒しているようだが、探していた犬を差し出してくる夏油を見て敵か味方か判断しかねているように見えた。

 

『私は夏油傑。まあ・・・しがない呪そ・・・いえ、呪術師ですよ』

『呪術師・・・?』

 

 そんな男に、これまでの調査の確認も兼ねて夏油は自分から己の正体を明かす。

 男は、困惑しながらも夏油が拘束していた犬を受け取り、首を絞めて意識を落していた。

 

『協力感謝する。だが、キミは一体何者なんだ?』

『奇遇ですね。私も、あなた方の正体について知りたいと思っているんです。どうでしょう?お互いに情報交換といきませんか?』

『・・・わかった』

 

 犬を追っていた男もまた動物に変身する能力を持っており、自らを『アルプ』と名乗った。

 犬は、人間を騙して心を壊すことで感情を得ようとする邪悪なアルプであるとも。

 呪術師などという存在は聞いたこともないと、予想通りの答えもまた。

 そうして、夏油はアルプの、他にも魔女や魔法のことも聞き出していき・・・

 

(これは中々、いい暇つぶしになりそうだ)

 

 これまでのように無難に生きていく道も考えないではなかった。

 しかし今のまま、普通の人間に埋没して生きて腐っていくには、それまでの人生の記憶が壮絶すぎた。

 そんな中に転がり込んできた、ちょうどいい『チカラのはけ口』だ。

 これを逃す手はなかった。

 アルプというわざわざ人間に成り下がろうとする連中の生き方は気に食わないが・・・

 

『邪悪なアルプを見つけ出して狩る・・・とても大変そうですね。私にも手伝わせてくれませんか?』

 

 そうして夏油傑は、この世界(サノバウィッチ)でも術式を振るう理由を手に入れたのだった。

 ・・・その数年後、手慰みに術式を使うことができても呪術師(ニンゲン)がいない孤独からアルプ狩りと並行して呪術師の捜索を続けていた夏油は呪霊と鉢合わせる寸前だった保科柊史と出会う。

 久しぶりに出会った同類で、しかも元の世界にもいなかった『呪霊の味』を知る術師の存在に、夏油は歓喜した。

 夏油にとって、保科柊史は自分の現し身のようだったのだ。

 呪霊の味を共感できる上に、異能に理解のない非術師()に疎まれて鬱屈とした感情を抱える、真の意味での同類だった。

 ある意味で、かつての親友(五条悟)以上に親近感を覚える存在。

 惜しむらくは(この世界にとっては幸運なことに)、保科柊史が非術師を疎んではいても、直接的な復讐までは望んでいなかったことか。

 これは、保科柊史の父親である保科太一が人格者であったことが大きい。

 夏油としても、非術師()同然であり、あの忌々しい男と同じ天与呪縛(フィジカルギフテッド)の禪院真希を傷つけたことであの少年(乙骨優太)を激昂させた経験から、無理に自分と同じレベルまで非術師を憎むように仕向けることはしなかった。

 この世界の非術師も疎ましいとは思うものの、元の世界の非術師()のように危険な呪霊を生み出しておきながら術師を追い込むような存在とは違うと、日常を過ごす上で理解していたのもあるが。

 これがもしも保科太一が息子のチカラに恐怖して虐待を加えていたり、あるいは周囲の人間が度を超えたイジメをしていたのならば・・・最強(五条悟)も、現代の異能(乙骨憂太)もいない世界で最悪の呪詛師が2人に増えるという、文字通り最悪の事態になっていただろう。

 幸いにも今の夏油にその気はないが、それは薄氷の上の平穏に過ぎない。

 今でこそ夏油は己のことを呪術師と名乗っているが、もしもたった1人の同類である保科柊史の身に何かあれば、夏油は何のためらいもなく呪詛師へと戻るのは明らかだからだ。

 この世界の両親も、弟子の父親や学友も、人間に憧れる獣であっても、何一つ考慮することなく鏖殺せしめるに違いない。

 夏油傑の魂が最悪の呪詛師と同じモノであることに変わりはないのだから。

 

 

-----

 

 

『さて、依頼人のご要望には沿えたかな?』

『・・・・・っ!!』

 

 相馬七緒は戦慄していた。

 もともと、アルプ殺しと悪名高い目の前の男に関わるのは気が進まなかったのだ。

 七緒の縄張り付近に邪悪なアルプが逃げ込んできたという噂を耳にしたときはどうにかしなければと思いはしたが、他のアルプに『七緒は中身が人間に近いから』という理由で交渉の窓口を押しつけられた際に断っておけばと後悔した。

 

『ターゲットはコウモリのアルプ。過去に、男女関係なく他人の命を奪う願いを唆したことで5人の命を奪っている・・・ちゃんと、『証拠』も用意したのだが』

『・・・ああ。間違いない。『コレ』は、我々が探していたアルプだ』

(証拠だと・・・?ああ、そうだな!!これ以上に狩りがうまくいった証拠はないだろうな!!)

 

 少々声を震わせながらも、きちんと受け答えができたことに七緒は自分で自分を褒めたかった。

 七緒とアルプ殺しがいるのは、シュバルツ・カッツェ付近にある七緒の自宅。

 慣れ親しんだ家のテーブルに並べられているのは、アルプ殺しが気味の悪い芋虫のようなナニカから取り出した『証拠』の数々。

 男の生首。そして引きちぎられたと思しきコウモリの羽だった。

 首だけになった男の顔は苦痛と恐怖で醜く歪んでおり、コウモリの羽からは血が滴っている。

 才能がない者が見てもわからないだろうが、並べられたパーツからはすべて同質の魔力が漂っており、人間の部位とコウモリの部位が同一人物のものであることを物語っていた。

 

(いくらなんでも、これは・・・)

 

 邪悪なアルプは自分たちのように人間と良好な関係を築きたい側としては邪魔でしかない。

 そして人間に近づきつつあるとはいえ、動物の本能も残るアルプであるから、そうした厄介者を暴力で排除することにも人間ほど忌避感は感じない。

 だが、人間の感性から未だにやや外れている七緒であっても、この証拠と、それを笑みを浮かべながら並べた男に対しては悪趣味であると思わずにいられなかった。

 

(アルプ殺しの噂・・・あれは本当だった)

 

 七緒は人間社会に紛れて喫茶店を経営できているように、アルプの中でも比較的人間に近く、周辺のアルプのまとめ役のようなことをすることもあって、それなりに顔が広い。

 そのため、アルプの中で噂になっているアルプ狩りのことも耳にしていた。

 

 曰く、『アルプにも見えない『ナニカ』を何体も従え、命乞いをするアルプを笑顔のまま殺した』だの、『身の毛もよだつような『化け物』に命じてアルプを一瞬でミンチに変えた』だの、挙げ句の果てに『邪悪なアルプと契約していた魔女まで手にかけた』だの・・・血なまぐさい噂に事欠かなかった。

 そしてその噂がすべて真実であると、七緒は本能で悟ったのである。

 

『そうか、それはよかった』

 

 しかし、そんな七緒の内心を知ってか知らずか、アルプ殺しは笑顔のままで、それが一段と不気味さを醸し出していた。

 そして。

 

『実は私には弟子が1人いるんだが、最近モン猟というゲームを一緒に始めたんだ』

『? あ、ああ?』

 

 唐突に、アルプ殺しは意味の分からない話を始めた。

 モン猟というゲームのことは、七緒も知っている。

 家族連れでやってきた客の子供が食事を待っている間にプレイしているのを見たことがある。

 だが、そのゲームが今の状況と何の関係があるのか。

 

(というか、この男に弟子がいるのか?この男の下で学んでいるとは、その人物もまともではないのだろうな)

 

 ゲームのことよりも、アルプ殺しに弟子がいるということの方が気になる七緒だったが・・・

 

『実はね。今回のこの証拠・・・いや、『素材』と言うべきかな。うん。この素材を剥ぎ取ってみることを思いついたのはモン猟をやってみたからなんだ。前々から、ターゲットを仕留めた報告のときに証明が面倒だと思っていたし』

『っ!?』

 

 まるで『面白い遊びを思いついた』と言うようなノリで人体のパーツを切り取ってきたと笑いながら言う男に、背筋が凍るような恐怖を感じた。

 

『いやあ、ゲームの中のハンターは大変だね。私にはたくさんの手があるから剥ぎ取りも苦労しなかったが、あっちは小さなナイフで大きなモンスターの素材を取らなきゃいけないんだから。まあ、私も私で・・・』

 

 そこで、男はコウモリの羽を摘まんで指で弄びながら。

 

『コウモリの素材と、人間の素材。両方集めるのは地味に面倒だったよ。どちらか片方だけだと、殺したのが本当に人間に変身できるアルプか分からないだろう?コウモリの羽を千切るのは簡単だったが、そこから人間の姿に変身させるのが骨でね。『早く楽になりたければさっさと変身しろ』と言っても中々聞いてくれなくて・・・』

『す、済まないが!!』

『ん?』

 

 七緒はもう限界だった。

 この男がちょっと『その気』になっただけで、指一本動かすことなく、何のためらいもなく自分を殺せるだろうという確信が芽生えたのだ。

 今この瞬間にも、自分もテーブルの上の生首の仲間入りをすることになるかもしれない。

 そう思っただけで、これ以上アルプ殺しの視界に自分がいることに耐えられそうになかった。

 

『店の準備があるんだ。もう家を出なければいけない』

『ああ、そうなのか。それは失礼したね』

 

 やはり笑顔を崩さないまま、アルプ殺しは席を立った。

 

『ならば、私はここでお暇しよう・・・ところでこの素材だが、いるかい?』

『っ!!いるわけないだろう・・・そちらで引き取ってくれないか?』

『構わないよ』

 

 アルプ殺しが指を鳴らすと、テーブルの上に乗っていた肉の塊が見る見る内に消えていった。

 まるで、見えない小さなナニカに食べられてしまったかのように。

 

『では、今度こそ失礼しよう。また依頼があれば、私に連絡してくれ』

『・・・ああ。そのときは、よろしく頼む』

 

 社交辞令を返せたのは、我ながら奇跡だと七緒は思った。

 アルプ殺しはそのまま振り返ることなく家を出て行ったが・・・

 

『・・・・・』

 

 しばらくの間、七緒は警戒を解かなかった。

 全力で神経を研ぎ澄まし、わずかな物音も聞き漏らさないように気を張っていた。

 そのまま30分が過ぎた頃。

 

『・・・ふぅ』

 

 ようやく『もう大丈夫』と思ったのか、崩れるように椅子に座り込んだ。

 

『・・・なんなんだ、あの男は』

 

 ぽつりとそう呟いた。

 ・・・七緒は元は野良猫であり、命の危機と言うべき場面にも幾度か出くわしている。

 しかし、これほどまでに恐怖を感じたことは一度もなかった。

 それほどまでに、アルプ殺しが理解しがたかったのだ。

 

『あんな悪趣味な真似をしたのは、私への示威行為か?それとも、ただの遊びか?・・・どちらにしてもまともじゃない』

 

 ・・・実を言うと、七緒の推測は当たっていた。

 夏油としては、語った通りアルプを追い詰めているときにモン猟のことを思い出したのは本当であり、『証拠の確保のついでに少々気に入らないアルプを脅かしてやるか』程度に気が乗っただけに過ぎない。

 しかし、たったそれだけのために、邪悪なアルプとはいえ凄惨極まる殺し方をできたのは、七緒の言うとおり常人の考え方からはかけ離れているだろう。

 例え七緒が人間だったとしても、いや、人間だからこそ理解できる思考ではない。

 だがそれでも、一つだけわかりきっていることがあった。

 

『あの男は、危険だ』

 

 心の底から、七緒はそう思うのだった。

 今後、二度とあの男と関わることがないことを祈りながら。




4月18日には投稿したいですね・・・

Pixiv版とハーメルンで違いはありませんが、こちらでもブクマとか付けてくれれば励みになります。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24476382

この作品をご存じでしょうか?①ダークギャザリング、②死印、③東方Project

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